『海辺のカフカ(下)』  by 村上春樹

海辺のカフカ(下)
村上春樹
新潮文庫
平成17年3月1日 発行 
平成21年6月15日 27刷

 

(上)の続き。

megureca.hatenablog.com


僕のお父さんは、何者かに刺殺された。ジョニー・ウォーカーを刺殺したナカタは、西へ向かう。二人は、交わり合うのか?!佐伯さんの幽霊に再び会うことを願っている田村カフカ君。

 

以下、ネタバレあり。

 

(下)は、ナカタとホシノ青年の旅から始まる。ホシノは、大きな橋を渡ってとにかく西へ行くんだというナカタの話を聞いて、それなら四国だ、といい、トラックの荷物を目的地に届けると、会社に休みを届けて、ナカタに同行する。

 

ナカタは、徳島につくと眠りたいと言って、死んだように眠った。丸一日たってもすやすや寝ているナカタを起こすことをあきらめたホシノは、1人で街を散歩する。そして、カーネル・サンダースにであう。 カーネル・サンダースは、売春婦を斡旋してくれるという。ナカタのいう「入り口の石」を探していたホシノは、女より、「入り口の石」を知らないか?とカーネル・サンダースに尋ねる。上田秋成の『雨月物語から勿体ぶった一文を引用をしつつ、石のことも教えてやるから、いいからいい女と寝ておけ、、という、サンダースおじさん。

 

すすめられるままにいい女と寝て、ふたたびカーネル・サンダースにあったナカタは、「入り口の石」のありかを教えてもらう。神社にある石を持ち去るのは気が引けたけれど、カーネル・サンダースは、全てのものは流動的であり、過渡的なものなので問題ないという。宇宙そのものが巨大なクロネコ宅急便なんだ、と。石の場所がかわっても、石は変わらない、、、と。

 

ホシノは、石をナカタが寝ている旅館に運ぶ。ナカタはまだ寝ていた。34時間以上寝続けたナカタは、起きるとその石をみて、「入口の石だ」という。入り口の石なら、動かさなきゃ、ということで、二人で石を動かそうとすると、さっきと違ってものすごく重くて、なかなか動かない。やっとこさっとこ石を動かすと、どうやら、入り口が開かれたようだった。ナカタには、それがわかった。

 

そして再び、長い眠りに入るナカタ。

 

ホシノは、また1人で街を散歩する。そして、商店街にある喫茶店で、美しいクラッシック音楽に魅せられる。コーヒーが美味しくて、素敵なクラシックが流れる喫茶店。ホシノは、ナカタと一緒にいることで、確実に自分のなかで何かが変わっていくのを感じていた。そして、それを楽しんでいた。

 

ホシノは、カーネル・サンダースから電話を受ける。そこにいるとヤバいから、高松パークハイツ308号室へいけ、と言われる。どこまでも謎のカーネル・サンダースの言動。。。。

 

ナカタが起きると、二人は石と一緒にパークハイツ308号室へ移動する。ナカタは、入り口の石は見つかったけれど、これから何をすればいいのかわからない。だから、入り口を探してみることにする。レンタカーで街をぐるぐる回った二人は、「甲村図書館」にたどり着く。

図書館で、猫の本をみたり、本をよんだりしていた二人だった。ホシノは、ベートーヴェンの伝記を読んでいた。それを見つけた大島さんがホシノに話しかける。しばし、ベートーヴェン談議。そして、ホシノは「 音楽には人を変えてしまう 力 ってのがあると思う?」と大島さんに聞く。「もちろん」が大島さんの答えだった。

 

ナカタはふと立ち上がると、この先立ち入り禁止の札を無視して、佐伯さんの部屋にすたすたと行ってしまう。

ナカタさんを見た佐伯さんは、追い返すことなく、ナカタを迎え入れた。

 

ナカタも、佐伯さんも、入り口の石を超えてきた人だった。

 

二人とも影が人の半分しかない。互いに、それを認め合った。死に損なった二人ということなのか。この世とあの世の狭間が入り口の石なのか、、、、。

 

佐伯さんは、自分の人生をつづったノートをナカタに焼き捨ててくれるようにお願いする。そして、ナカタは、ホシノに手伝ってもらってそれを実行する。


一方で、僕は、再び佐伯さんの幽霊と出会うようになる。僕は、15歳の佐伯さんは、この部屋の「入口の石」を見つけたんだ、と思う。僕と佐伯さんの共通点は、「もうこの世から失われてしまった人」に恋をしていることだった。

 

僕は、ある日、佐伯さんに訊いてみる。「子どもはいますか?」「イエスともノーともいえない」と答える佐伯さんだった。佐伯さんは、僕のお母さんなのだろうか。。そのことを直接尋ねてみる。

佐伯さんは、「私は、 自分を傷つけることで他人を傷つけてきた。 だから私は今その報いを受けているの。」といって、自分にこの先にまっているのは、「死しかない」ようなことをいう。佐伯さんは、ギリギリのところで生きていた。

 

と、図書館に僕を尋ねて警察がやってくる。父親殺しの容疑がかかっているわけではないけれど、このままでは、東京に連れ戻されてしまう。大島さんは再び僕を森の小屋へかくまってくれることになる。小屋に行けば、しばらくは高松にもどってこれないだろう。そう思って、僕はさくらに黙って帰ったことを詫びつつ助けてくれたことにお礼の電話をする。その晩、まだ図書館で寝ていた僕のところに佐伯さんがやってくる。お化けではない。生身の佐伯さんだった。佐伯さんは、一言も喋らずに、僕の部屋に来ると裸になって僕のベッドに入ってきた。当たり前のことかのように、僕と佐伯さんは寝た。佐伯さんは最後まで口をきかず、服をきると何時ものようにフォルクスワーゲンで図書館から去っていった。

 

翌朝、大島さんはすぐに小屋へ行くように僕を促す。しばらく、佐伯さんとは会えなくなるだろう、、と言って。はやく森へ行かないと、、、佐伯さんが死にかけている、、と。
君は これからひとりで山の中に入って、君自身のことをするんだ。 君にとっても、ちょうどそういう時期が来ているんだ。耳を澄ませればいいんだ、田村カフカくん。耳を澄ませるんだ。はまぐりのように注意深く

 

そして、僕は、再び高知の森の小屋へ籠る。今度は、森で迷子にならないように、森の中に入ってみた。すると、二人の兵士にであう。僕は、まよわず兵士たちにつれられて森の奥へ入り込む。戦時中、森に迷い込んで二度と姿を見せなかった兵士たちが、僕を森の奥へ導いた。

兵士たちは、僕を森の奥の小屋に案内した。世話係がくるから、徐々にここの生活に慣れていけばいいと。やってきた世話係は、15歳の佐伯さんだった。夜になると僕は、大島さんにいわれたように、耳を澄ませた。

 

「どうして彼女は僕を愛してくれなかったのだろう。
 僕には母に愛されるだけの資格がなかったのだろうか?」


長い年月にわたって僕の心を激しく焼き、僕の魂をむしばみ続けてきた その問いかけ。母は、最後に僕を抱きしめることすらしなかった。ただ、僕の前から消えてしまった。。。東京の、野方の家での思い出を反芻する僕。母の顔の記憶はおぼろげだが、代わりに佐伯さんの姿が頭に浮かんできた。

 

夜には、大人の佐伯さんがやってきた。
「私は記憶をすべて燃やしてしまった。あなたは戻りなさい。」という。

そのころ、佐伯さんは、図書館の机に突っ伏したまま亡くなっていた。

 

佐伯さんは、自分が僕の母親だとは最後まで明確には口にしなかった。でも、母だったのだ。
僕は、東京に帰ることを、、、この世にとどまることを決心し、森の奥の小屋を後にする。自分がつけた印のおかげで、森の小屋から、大島さんの小屋まで戻ることができた。

 

そのころ、佐伯さんのノートを燃やして安心して眠るナカタが、永遠の眠りについていた。

いつものように深い眠りに入っているように見えたナカタだったが、ホシノが気が付いたときには息を引き取っていた。ホシノは、このまま逃げてしまおうかと思ったけれど、不思議とナカタの死体と一緒にいても嫌じゃなかった

 

「ナカタが開けた入り口をしめなきゃ」、という使命感に駆られて、ホシノは頑張る。
入り口を閉めるタイミングは、なんだか、今ではない気がする。その時をまつホシノ。

ホシノが、その石をゴロンと転がしたのは、僕が大島さんの小屋へ帰ったあとだった。


大島さんが高知の小屋までやってくる。佐伯さんは亡くなったとつげる。でも、僕は、大島さんに告げられる前から、きっと知っていた。佐伯さんが亡くなったことを。。。。

 

東京に戻ろうと思うと伝える僕に大島さんは、いつでもここにもどってくればいい、と言ってくれる。

 

僕には帰る場所がある。
図書館という、帰る場所がある。
だから、その前に東京に帰るのだ。
学校を卒業しよう。

 

さくらに電話して、無事であること、そして東京に帰ることを伝えた。
「もし私と話したくなったら、いつでもここに電話をしていいよ」
「さようなら、お姉さん」


最後は、岡山駅から新幹線で東京へ向かう僕の姿。僕の中の「カラスと呼ばれる少年」に、「きみはほんものの世界で一番タフな15歳の少年だ」という声が聞こえる。

「でも 僕にはまだ生きるということの意味が分からないんだ」と僕は言う。
「 絵を眺めるんだ」と彼は言う。
「 風の音を聞くんだ」
僕はうなずく。
「 君にはそれができる」
僕はうなずく。
「 眠った方がいい」とカラスと呼ばれる少年は言う。
「目覚めた時、 君は新しい世界の一部になっている」

やがて君は眠る。
 そして目覚めた時、 君は新しい世界の一部になっている。

 

THE END.

 

僕は、救われたのだろう。佐伯さんが燃やしてしまった記憶のノートは、誰にも知られるべきではない真実がかかれていたのかもしれない。

それを知らなくても、僕は、この世に戻ってきた。そして、世界で一番タフな15歳になった。

それでいい。

入り口の石を通じて、あっちとこっちを行き来したのは、ナカタと佐伯さんだけじゃない。僕も、父親も、きっとそうだったんだ。半分死んで、半分生きていた。

僕だけが生き残った。
そして、おまけのように、ホシノは新しい人生を見つけた。じいちゃんへの恩返しの代わりにナカタの代役を立派にやってのけた。

 

ホシノ本人は、その入り口の石で、4人が出入りしていたことは知らない。
でも、大事な、大事な役割を果たしたのだ。
きっかけは、ヒッチハイクでのせたじいちゃん似の老人。

音楽、小説、地方、図書館、森、小屋、運動、食事、老化、障害、夜、、、。

生と死であり、性と死。

 

読み返してみると、登場人物をつなぐヒントのようなものがある。「入口の石」の場所を出入りした4人は、みんな人生において死にそこなっている。ナカタは少年の時先生にぶたれて。佐伯さんは、恋人が死んだときに自殺未遂をしたのかもしれない。父は、ゴルフのキャディーをしていた時に雷に打たれて死にかけたというエピソードが出てくる。僕が、家出をするときに父の書斎から持ち出したレヴォのサングラスは、スポーツサングラスだ。に打たれた時にかけていたのかもしれない。そして、雷の話は、佐伯さんとつながる。佐伯さんはかつて、「雷に打たれて生還した人」についての本を出版していた。そこで、父にインタビューしたのかもしれない、と僕は父と佐伯さんの接点を思う。僕は、母に捨てられたことで死んだように生きてきたから「入り口の石」を超えたのか、あるいは、父のサングラスをかけたことで「入口の石」を超えたのか??

 

そして、なぜ、ホシノを「入口の石」に導いたのは、なぞのカーネル・サンダースおじぃさんだったのか?は、やっぱり、よくわからない。もしかして、1985年に阪神タイガースのファンによって道頓堀川に投げ込まれた「カーネル・サンダース人形」からきている?本書が発売された当時は、まだ川の中に沈んでいたはず、、、。

 

生き残った僕、ホシノ青年、大島さん、さくら、、きっとみんなこの流動的な世界で生き続ける。タフに、生き続ける。死もあるけれど、そんな生きる希望を感じる物語。生と死は「入口の石」をへだてて隣り合うもの。生まれたからには、人は死ぬ。。。。

 

今回も、たくさんの本がでてきて、読みたい本が増えてしまった。このところ小林秀雄の『本居宣長』を読み続けているので、源氏物語上田秋成も気になる。上田秋成本居宣長は、ケンカしたんだけどね。カフカの『変身』以外の作品も、T.S.エリオットの『空ろな人間』も、、、、いつか、読んでみよう。

 

あぁ、これが、村上春樹ワールド。
読めば読むほど、味わい深い。
スルメだね。 

 

思考が深まる感じがする。

そこも、好き。

 

それにしても、読書って一度したところで、描かれていることの1割も記憶にとどめていないかもしれない、と、つくづく思う。何事も、繰り返しインプットすることで初めて自分の記憶に固定されていく。何度も上書き保存しないと、消えて行っちゃうんだな、、、って思う。若い頃に読んだ時には、上田秋成フランツ・カフカとか言われても素通りだったのが、歳をとることで既知のものに変化していて、点と点がつながる。今年になって、何度上田秋成という名前を口にし、文字で目にしてきただろうか。。小林秀雄橋本治、、、そして、ここで大島さんが、カーネル・サンダースが口にするとは!

 

マツダロードスターだって、今読むから余計に懐かしぃ!!となる。プリンスの「リトル・レッド・コルベッド」だって、高校生の時バンドでコピーするほど大好きだったのに、今ではただ懐かしい。

 

懐かしいことを楽しめるは、人生長くやってきた特権だなって思う。

いやぁ、、、読書はやめられない。



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