「いいね」をカンタンに信用してはならない
2018/06/11 08:49
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投稿者:くりくり - この投稿者のレビュー一覧を見る
「政治に関して理性的に判断する知的な市民よりも、情緒や感情によって態度を決める大衆を重視し、その支持を求める手法あるいはそうした大衆の基盤に立つ運動をポピュリズムと呼ぶ。ポピュリズムは諸刃の剣である。庶民の素朴な常識によってエリートの腐敗や特権を是正するという方向に向かうとき、ポピュリズムは改革のエネルギーとなることもある。しかし、大衆の欲求不満や不安をあおってリーダーへの支持の源泉とするという手法が乱用されれば、民主政治は衆愚政治に堕し、庶民のエネルギーは自由の破壊、集団的熱狂に向かいうる。(知恵蔵から抜粋)」
普通の暮らしをする多くの庶民大衆が政治に向き合うとき、その判断基準は何によるのか、かつては、新聞、テレビ報道などのマスメディアが主流であった。マスコミは「第4の権力」とも言われていた。しかし、今はその様相が大きく変化してきている。
本書は、最新のネット技術やネット情報の心理分析、世論操作を事業にする企業の実態などを紹介し、この間、世界情勢が大きく動いたアメリカ大統領選、イギリスのEU離脱国民投票はネットの世論操作が大きく関わったことを推測・分析している。
トランプ大統領の当選の陰には、デジタルテクノロジーが駆使された事実があったこと。有権者の個人データーが知らない間に利用される恐ろしさ・・・ネット利用者の個人データーのビックデーターの処理と活用で世論操作が行われたその手法。ネット上のフェイクニュースが大衆に与える影響などなどを明らかにして衝撃的だ。
ネットは世界の人々をつなげるものと、好意的に捉えるばかりではいけない。おそらく、決まった輪の中で、「フィルターバブル」の中に閉じこもる傾向が助長されやすい。そうした中で、テクノロジーによって「つぶやき」が広げられているのだ。ツイッターの書き込みの24%はボッットだという。ツイッターのアカウントのわずか5%が全体の75%の書き込みを行っているのだそうだ。「いいね」は信用できない。
アラブの春もSNS革命と言われているが、世論操作が行われている。イギリスの国民投票もしかり。スペインのカタルーニャの独立などはロシアの仕掛けが疑われるなどなど世論操作が、大国や大金持ちによって行われているというのだ。
そうした中での「国民投票」は真に、国民の意思が反映しうるのか、まさに「だまされない」本当の民主主義のためのリテラシーを確立しなければならない。
ちなみに、ドイツはナチスを台頭させた反省から、国民投票という制度はないそうだ。
国民投票という制度自体も再考する必要性が迫られているのかもしれない。
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最初はダラダラまとまりがないなぁ‥と感じたものの、豊富な事例(週刊誌みたいで失笑をさそうものも含め)と各国の状況や国民性が丁寧に記述されていて好感が持てる。ポピュリズムの台頭をネットやSNSだけの責任にはもちろんできないが、民意を操作しようとする権力者にとっては非常に便利で残酷な兵器に、私たちは便利さを享受することと引き換えに片目をつぶった状態で今までやってきたのだという事を改めて考えさせられた。
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歴史的な支配機構は進化を続けてきたけど
現代のデジタルの世界は、情報の集約化の点で
極めて精緻な支配が可能になる。
我が身を振り返っても、アマゾンの履歴や
Facebookの書き込みを分析されると
私生活は丸裸になる。
結局、便利さを犠牲にしても
情報を入力しない、という決断が
必要なんだと思う。
もう一つは、騙されないリテラシー。
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救いようがない現実を前にして気分が悪くなってしまった…。ただ、形や規模は違うにしても、大衆操作は昔からあったことだと思うので、負けてはいけないのだと思う(難しいとは思うけど)。
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消費生活と政治に関する最新のデジタルテクノロジーの手法を紹介し、「民主主義」に及ぼす影響
使い方はどんどん洗練され上手になっていくのが歴史の流れ。起こり得る結果であったとしても、
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まだ読んでいる最中だが今年のザベスト確定。ポピュリズムの話かと思いきや、序章はビッグデータブローカーが節操なく暗躍する現代を的確に表現。
・ソーシャルメディア上では「すました自分」を見せがちで嘘がつかれることが多いが、検索は真実を語る。
・やっぱりアメリカはデータ産業への規制が緩い。Facebookに自分に関する情報を請求したら消去したはずの記録も含め拒否した友達リクエストなど膨大な行動記録が残っていた。人の繋がりの監視が実現してしまっている。
・しゃべるスマート人形「ケイラ」はいつも会話に待機しているため、周囲の会話が勝手にサーバーに送られていて、ハッキングされる可能性も高かった。シリは大丈夫??
・リベラルな著者のFacebookフィールドに保守の友人の投稿が表示されなくなった。友達関係は解消していないのにFacebookが勝手に自分の考えに近い投稿を表示しているよう。自分の好きな情報ばかりの「フィルターバブル」に閉じこもる、面白ければ偽ニュースがバズる、陰謀論が拡散する。。。これがデジタルポピュリズム。
・ドイツはナチスに国民が煽動されて政治がメチャクチャになった歴史があるから国民投票はない。デジタルポピュリズムはプロパガンダキャンペーンで世論を恣意的に操作しやすい。そもそも多数決で白黒つける国民投票は「国民の決めたこと」として議会のチェックバランスを超越してしまう。直接民主主義が間接民主主義よりすぐれるわけではない。制度的に急進的、排外的法案が可決されないことに間接民主主義の価値がある。
・Facebookはミャンマーで無料にネット接続できる代わりにFacebookの選んだサイトに接続するサービスを提供し、ミャンマー人のインフラになったが、ロヒンギャに関するフェイクニュースが拡散するなど問題があった。インドはFacebookの申し出を断り、イギリス支配時を彷彿とさせる「あなた方のためだから」にも嫌悪感を示した。
著者はケンブリッジアナリティカによるトランプ選挙支援に問題意識を持ってこの本を書いたとのこと。
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政治とビジネスが一体になってしまっている。
たった1年前の本なのに既に古びている部分もあるのが恐ろしい。
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SNSをやらないから知らなかったが、こういう世界がすでに相当な深度で社会に浸透していることに衝撃を受けた。支配者層の”養分”となって搾取される運命にあることが知られるようになっても、今さらSNSを使うのをやめるわけにはいかないし、国家権力で規制する訳にも行かないのだろう。これからも似たような、そしてさらに強力な情報収集、解析ツールが登場すると思われるが、もはやなすすべもなく、無力感しかない。
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ツイッターやフェイスブック等のソーシャルメディアは、コミュニケートしたい人たちとだけ、コミュニケートする。字数も限られ、論理だった物言いではなく、決めつけ・生な感情の吐露が中心となる。自分の見たい現実だけを見ることが通常化し、事実かどうかより、あってほしい世界が大切にされる。エコーチェンバー現象。閉鎖的な空間でのコミュニケーションを繰り返すことにより、特定の信念が増幅または強化されていく。
パーソナリティに応じて、ニュアンスや広告のタイプを変える「個別化されたプロパガンダ」としてのマイクロターゲット広告。それが、SNSを事業とし、拡大し、既にTVを超える広告収入をもたらし、巨大産業化を可能にしたが、それを自らの政治勢力を拡大することに活用する人々が出てきた。敵をつくり、嘘と陰謀で、恐怖・不安をあおり、人々の怒りを増幅させ、組織のエネルギーとしていく。単純化したスローガンを連呼する強いリーダーを求めるようになる。結果、イギリスのEU離脱が起き、トランプ大統領を生み出した。
デジタル・ポピュリズムへの対抗は容易ではない。あれかこれかで整理できるような問題解決などない。課題も複雑で、多元主義的なアプローチが必要となる。だからデジタル・ポピュリズムは当分続く。デジタル・ポピュリズムを考えるうえで好著。
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ソーシャルメディアと政治の関係は年々密接になっている。特にアメリカ大統領選挙2020は代表的な例だった。特に最近は新型コロナの影響もあってソーシャルメディアのようなオンラインのプラットフォームは政治家にとっても有権者にとっても重要な媒体。オンラインで繋がれるメリットは大きいが、情報の信頼性といった点では課題が残る。また無意識に自分が得る情報も自分に似た考えばかりになってしまうのも問題。
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多くが米国の例で特にトランプの大統領選挙を中心としたSNS関連のものである。筆者の友人との実例もあるので、読んでみて米国のSNS利用について知るのはいい。
卒論では、SNSの日本との対比としての米国の実例としては使えるのかもしれない。
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イギリスのEU脱退、トランプ大統領誕生といった、正直、有り得ないと思っていたことが起こったのは、この本の副題「操作される世論と民主主義」、世論と民主主義が操作された結果であるということを示してくれた本でした。
上の歴史的事件(?)が起きた時もこういう話が報道されていたと思いますが具体的に示されて、改めて恐ろしさを感じました。
自分自身が見聞きする情報が必ずしも正しいとは限らないということを忘れず、複数のルートから情報を入手し、自分自身が望まない結果を生む選択をしないように気を付けないと、と改めて感じました。