感涙いたづらになりにけること
丹波国に出雲という所がありましてな、出雲国より大社の御分霊を遷して、立派なお社が建っております。志田某とかいうお人の領地ですが、この人が秋の頃に、聖海上人をはじめ多勢の人を招いて、
「出雲詣でに是非いらしてください。おはぎを御馳走しますよ」
と言うので、皆で一緒に行ったそうです。
各各拝んでいるうちに、たいそう信心が高まってまいります。
さて聖海上人、ふと見ると、お社の前の獅子と狛犬が背中合わせの後ろ向きに立っているじゃあありませんか。
「これは素晴らしい。非常に珍しい獅子の立ち方だ。特別な由来があるのだろう」
と涙ぐむほどのたいそうな感心振り。
「皆さん、このありがたさがおわかりになりませんか。いけませんなあ」
と上人が言うものだから、皆も神妙に思い始めまして、
「確かに他とは違っていますな。都へのいい土産話ができました」
などと言い合います。
上人はなおも感動しきりの様子で、由来を知ろうと、年配の、訳知り顔をした神官を呼び止めて、
「こちらのお社の獅子の置き方、何か謂れがあるとお見受けします。ちょっと伺いたいのですが」
と訊いたんですな。
すると神官、
「ああこれですか。悪餓鬼どもの仕業ですよ。まったくけしからん」
と、獅子を正しい向きに据え直すとそのまま行ってしまいましたとさ。
――徒然草 第二百三十六段より
出雲大神宮 【いずもだいじんぐう】 | |
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鎮座地 | 京都府亀岡市千歳町千歳出雲無番地 |
包括 | 単立 |
御祭神 | 大国主命【おおくにぬしのみこと】 三穂津姫命【みほつひめのみこと】 天津彦根命【あまつひこねのみこと】(配祀) 天夷鳥命【あめのひなどりのみこと】(配祀) |
創建 | 不詳 |
延喜式神名帳 | 丹波國桑田郡 出雲神社 名神大 |
社格等 | 丹波国一宮 旧国幣中社 |
別称/旧称 | 出雲神社 千年宮 元出雲 大八洲国国祖神社 |
元出雲
丹波国一宮の出雲大神宮は、大国主命とその后神三穂津姫命を祀り、古くは出雲神社と称した延喜式内社。冒頭に記した『徒然草』の一段に登場することでよく知られている。創祀の時期は不明。天福二年(1234)三月二十三日付の関東御教書によると和銅二年(709)に社殿を創立。丹波国司大神朝臣狛麻呂によるものという。社殿が造営されるはるか以前から、背後の御蔭山(千歳山/出雲山)を神体山として神代より祭祀を行ってきたという。御蔭山は国常立尊の鎮まる神蹟として三穂津姫命が奉斎し、姫は薨じたのち同山に葬られたという伝承もある。
現在の本殿は貞和元年(1345)足利尊氏の建立と伝え、国の重要文化財。
一般に出雲大社からの勧請とされ、『徒然草』もそう記しているが、社伝では逆で、出雲大神宮から出雲大社へ大国主命の分霊を遷したと称する。それ故「元出雲」の称号を有するという。
国史における初見は『日本紀略』弘仁九年(818)十二月乙丑条の「丹波国桑田郡出雲社名神ニ預ル」の記述。「名神」とは特に霊験著しいとされる神に付される称号であり、国家の大事の際に行われる臨時の祭祀である名神祭において祈願される、いわば国家に認められた神社だ。
万寿二年(1025)の旱魃の際には祈雨のため大般若経転読が行われ、間もなく雨が降ったことが『左経記』に記されている。
『西園寺相国実兼公日記』によれば正応五年(1292)には最高位の正一位に昇っている。
平安時代末期には蓮華王院(三十三間堂)の荘園となっている。その後西園寺家の知行するところとなったようだ。
室町期には幕府の保護を得、戦国時代に入ると丹波守護代内藤貞正の崇敬を受けるなど、丹波国一宮として大いに隆盛した。
その後江戸時代になると社運は衰微廃頽するが、明治四年(1871)に国幣中社に加列し、再び興隆を得る。
出雲大神宮の北にある極楽寺(亀岡市千歳町千歳北所)の十一面観音像はかつての神宮寺にあったものという。観音像を神饌田に運び出して水をかけ、怒らせることで雨が降るよう祈ったとされ、「雨乞観音」の異名がある。
摂末社
かつては三十六の摂末社を有していたというが、現在残るのは以下の八社。摂社
- 上ノ社(素戔嗚尊 奇稲田姫尊)
- 黒太夫社(猿田毘古神 大山祇神)
末社
- 笑殿社(事代主命 少那毘古名命)
- 春日社(建御雷之男神 天兒屋命)
- 稲荷社(宇迦之御魂神)
- 辨財天社(市杵島姫命)
- 崇神天皇社(御真木入日子印恵命)
- 祖霊社
広い神域は緑に覆われ、水が流れ、磐座が点在し、古い信仰の名残を感じ取ることができる。神気なるものがどのようなものか知る由もないが、外界とは違う空気が漂うような気にさせる場所だ。聖海上人が狛犬の配置を深読みしてしまったのも無理からぬことかもしれない。
参考文献:
◇京都府教育会南桑田郡部会(編)『南桑田郡誌』 京都府教育会南桑田郡部会 1924
◇角川日本地名大辞典編纂委員会(編)『角川日本地名大辞典26 京都府 上巻』 角川書店 1982
◇永積安明ほか(校注)『方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄』(新編日本古典文学全集44) 小学館 1995
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