《あらすじ》
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよなーーー。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づく女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある事故死をきっかけにそれぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。
読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。
【要約・感想】P137-P161
神戸八重子
2019年5月1日まで、267日(平成から令和へと元号が変わるまで)
今日でその命のすべてを使い切るつもりなのかと思うほど八月の太陽は容赦ない。紗矢先輩の実家で鎌倉に学祭の会議を含めて遊びにいくことになった、八重子とよし香。
紗矢の実家に帰ると、ダイニングテーブルにすらりとしたシルエットの女性が腰掛けていた。
姉の真輝が仕事の夏休みで帰省していた。
「真輝さんって、おいくつなんですか?」八重子が聞いた。
会社人7年目の29歳で紗矢の8つ上である。八重子のお兄ちゃんと同い年であることがわかった。真輝と紗矢の会話をさっきからずっと聞いていると妹と実行委員代表の狭間をゆらゆら揺れていて新鮮なきもちになった。
最近ローンチしたWEBメディアで副編集長を務めているという真輝は性的搾取やルッキズムについて元から考えていたということから、この企画を一般的な学生に向けてどうアプローチしていいか等、八重子たちの引き出しにはないアドバイスを沢山くれた。
「大切なのは全体を貫くテーマだと思うんだよね」と。
八重子は考えた。ダイバーシティフェスを象徴するテーマは何だろう。普段まったく無味を持たない学生たちも、自分に関係あるのだと思わせる言葉は一体何だろうと。
さっき自分が感じ取ったものを思い出した。それは紗矢と輝の開係性。自分の人生にはない二人の会話を羨ましいと思ったあの瞬間、「繋がり、は、どうですか」
悩みごとなど気軽に話せる人と繋がれたらきっと生きやすくなるはずだと。
「無敵の人」について真が話し出した。それは例えば、家に引きこもっている人や家族・友人・恋人・仕事とか、社会にあるどんな繋がりからも外れて守るべきものが何もないから何でもできる精神状態の人のことを言うと。
この人たちに話してみてもいいのだろうか。兄のこと。
兄は横浜国立大学卒業後は地元の銀行に就職して、順調な人生を歩み母は大いに喜んでいた。だが部屋から出てこなくなったのは社会人4年目の夏からだった。
「明日からまとまった休みを取ったから」嘘をついていた。会社からの電話で発覚。
兄は職場で浮いていたみたいだった。仕事能力の低さに加えて性経験がないことで童貞エリートと揶揄されていたのである。
ビジネススキルと性経験。兄を溺愛していた母が面倒を見ることができなかった部分。
八重子は兄が最後の出勤から帰宅する2時間前に、興味本位で兄の部屋に入った。そこでノートパソコンと目が合った気がした。
開くと、「素人JKの妹極秘ハメ撮り映像流出」というタイトルの動画が開かれていたのである。それを見た瞬間、自分の身体が兄の部屋の空気全体を拒否した。
それ以降の男性からの視線が気になり、八重子の心身は白く冷たい陶器を埋め込まれたように重くなった。
それから紗矢の実家からの帰り道の電車の中で、「スペード」のSNSをよし香と見ていた。やはり八重子は諸橋大也を探す。やっと出会えた。なぜか視線が怖くない異性。
嫌な気持ちにならない。大也のことをずっと見ていられる。いつしか太ももの間に手をずっと挟んでいた。
紗矢の姉と八重子の兄は同い年であるがゆえに、バリバリ働いているキャリアウーマンの姉と比べ引きこもりになってしまっている兄のことを思うと複雑な気持ちになる。
兄は会社でいわゆるいじめにあっていたということもあり、兄に強く言えるわけでもなく、そもそも比べること自体がナンセンスなのだが。
またパソコンを盗み見した際の八重子のショックは相当なものなんだろうな思う。
百歩譲って、アダルトビデオを見るのは男性として(女性も見る方もいてるが)日常のうちではあるんだろうが、その設定が妹の八重子と同じであるのがショックだったんだろう。
兄も安易なパスワードかつ動画を消さずに置いておくのもセキュリティ面などから考えると、ある程度過失はあるのかなぁとは思う。とはいえ勝手に盗み見する八重子も絶対によくないので、それで兄を嫌いになるのはあまりにも兄が可哀想すぎる。
そんなショッキングな出来事があった中で、諸橋大也に出会えて良かった。今後ずっと男性に対して嫌悪を感じるのでなく、好意を抱けること自体がいいことだ。ただそれが事件にかかわる男というのが心配だが、それは読者目線であり、あくまで当事者の八重子は知る由もないが...
読んでいる中で、「ローンチ」という言葉を初めてみたので少し調べてみた。
ローンチとは、新しい商品やサービスを市場に投入することを指すビジネス用語
この言葉は「launch」に由来し、元々はロケット船の打ち上げや進水を意味していた。
ビジネスシーンでは新たなプロジェクトや製品の開始を示すために使われるようになったのである。
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