大脇幸志郎
寒い日が続き、ラーメンに鍋物と、塩気の多い料理が恋しくなりますね。
医学知識を横目で見つつ、ちょっと不健康な生活を応援するこの連載。今回は、塩に注目します。
塩=食塩=塩化ナトリウムは、人体に欠かせない栄養素です。正確には「塩」として売られている製品には、塩化ナトリウム以外にもさまざまな風味のもとになる物質が含まれているのですが、今回の話には関係ありません。
健康のために減塩を、とよく言われますね。日本食は塩が多く、1日6グラムとか10グラムという目標に対して、日本人の平均的な摂取量は10.1グラム(2019年国民健康・栄養調査)と多めです。10グラムを6グラムまで減らすのはかなり大変なので、「体に悪くても塩味のものを好きなだけ食べたい」という方は小声で応援します。
では、塩をたくさん食べていると、どんな悪いことがあるのでしょうか。
よく言われるのが血圧ですね。高血圧症と診断された人は、減塩で血圧が少し下がります。
血圧が高くない人では、減塩の効果は小さくなるようです。また人種によっても差があるようです。2018年4月までの研究データを体系的に集めた報告(*1)によると、もともと血圧が高くないアジア人では、減塩をしても血圧は下がりません。高血圧と言われたことのない人なら、血圧は減塩をする理由にはならないということです。
さらに突き詰めてみましょう。血圧を下げるのはなぜでしょうか? 脳出血などの病気を防ぎたいからですね。確かに高血圧のほうが病気が増えます。では減塩すれば病気は減らせるのでしょうか?
2013年4月までの研究データに基づく報告(*2)によると、血圧が正常の人でも、高血圧の人でも、減塩によって死亡や病気が減るというはっきりしたデータはありませんでした。
なぜこうなるのかはわかりませんが、仮に血圧さえ下がれば、薬でも減塩でも効果は同じだと考えると、つらくて難しくて効果の弱い減塩よりも、薬を飲むだけのほうが効率的なのかもしれません。
ほかにも塩は体に水分をためさせるという仮説があります。その仮説に基づいて、心不全でむくみや息切れが出やすい人、肝硬変で腹水がたまりやすい人、メニエール病(内耳にある液体の異常が原因とされる病気)がある人に対する減塩療法が考えられています。
ところが効果はいずれもはっきりしません。臨床研究が繰り返し行われているのですが、結論はどっちつかずです(*3、4、5)。
塩分が多いと胃がんが増えるという説もあるのですが、これはエビデンスが非常に弱く、まして減塩をすれば胃がんにならないとは言えません(*6)。
話を広げるほどどんどん細かく小難しくなっていくので、これくらいにしましょう。
まとめると、減塩すると、高血圧の人では血圧が少し下がる(ただし高血圧による病気は減らない)というのが、唯一確かな効果です。
少し乱暴に言うと、こういうことです。日本人は塩を多く食べています。そして日本人は長生きです。ということは、塩を多く食べても長生きはできるのです。
減塩の健康効果を示すエビデンスはこれほど薄弱なのに、なぜこんなに多くの(医師や管理栄養士を含む)人が「塩は体に悪い」と信じているのか、なんとも不思議なことです。
ただ、健康効果などが実際はなくても、人は時に、「健康のため」と信じて途方も無いことをやってのけます。極端な例をひとつ挙げておきましょう。
1940年代に減塩を唱えて以来、長年支持されていた、デューク大学のウォルター・ケンプナーという医師がいます。ケンプナーは米とフルーツジュースの食事療法を考え出しました。1日あたりのナトリウム摂取量はわずか0.15グラムです。
ケンプナーは2週間ごとの尿検査で「患者」が食事療法を守っているかをチェックし、うまくいかなければむちで打ちました。93年に、ケンプナーによって「事実上の性奴隷」にされていたと主張する女性が訴訟を起こしました。判決は非公開とされています。
驚くべきことに、ケンプナーが拠点とした施設は2013年に閉鎖されるまで70年以上も続きました。訴訟があっても、5千ドルほど払って食事療法を試したいという人はいなくならなかったのです(*7)。
ケンプナーは海の向こうのひとごとだと、本当に言えるでしょうか?
*1 Cochrane Database Syst Rev. 2020 Dec 12;12:CD004022.
*2 Cochrane Database Syst Rev. 2014 Dec 18;2014(12):CD009217.
*3 Eur Heart J. 2012 Jul;33(14):1787-847.
*4 Gut. 1986 Jun;27(6):705-9.
*5 Cochrane Database Syst Rev. 2018 Dec 31;12(12):CD012173.
*6 Gastroenterol Res Pract. 2012;2012:808120.
1983年、大阪府生まれ。2008年に東大医学部を卒業後、「自分は医師に向いているのか」と悩み約2年間フリーターに。その間、年間300冊の本を読む。その後、出版社勤務、医療情報サイト運営を経て医師に。著書に「『健康』から生活をまもる」、訳書に「健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭」。