ここ30年くらいまともに音楽を聴いていない。数曲は、耳で覚えているけど。その中で印象に残るメロディーだな、と思っているのが「いきものがかり」だ。良い曲、書くよね。♪
「いきものがかり」の「いきものがたり」。「ありがとう」「風が吹いている」誰もが口ずさめる名曲ばかり。大人気グループ「いきものがかり」の有名曲の多くを作詩作曲している水野良樹氏が、自分たちの出会い、グループの結成、路上ライブ、メジャーデビュー、多くのミュージシャンとの出会い、そしてその後の大成功までのプロセスを、自ら甘酸っぱく書き下ろし。青春成長物語と呼ぶべき自伝的ノンフィクション」そのエッセンスを紹介しよう。
・「やってだめなら、やめればいい。やって出来たら、もうけもの。だったら一度はやってみたら」
・(サンダースネーク厚木)「う、うちのハコは、キャパ300人だよ…?300人もお客さん集められないでしょ?」「いや、大丈夫だと思います」その数カ月後、優しい金髪の店長は、この恐ろしいほど世間知らずの若者たちの、奇跡を見ることになる。
・路上ライブはその場の空気を読み、その空間に合わせて自分たちを適合させてtいくものだ。簡単に言えば、僕らはまず“客の空気ありき”ですべてをスタートする。それに慣れきってしまってい僕ら。路上ライブで経験してきた場の空気を“読む”感覚。ライブハウスのロックバンドたちの姿を見て知った、場の空気を“つくる”感覚。その狭間で、当時の僕らは、単純に困惑していたのだと思う。
・人間とって、もっとも普遍的なものは「死」だ。だからポップソングは突き詰めれば「死」をテーマとすることから逃れられないと思う。その本質は結局のところさして変わらない。「死」という逃れられない引力のような存在を前提に、歌は書かれ、聴かれ、歌われていくのだと僕は思う。
・「帰りたくなったよ」は人生のなかで、最もうまく書けた曲だと思っている。
・(藤井フミヤさん)「振りかえると いつも君が 笑ってくれた」名曲「TRUE LOVE」の、あまりに有名すぎる、あの一節だ。これがシンガーか。これがスターか。同じステージに立ってみて、その背中を目の前で見てみて、初めて感じる凄みがそこにあった。
・「これが最後です。自分はもうこれ以上書けない。時間が欲しい」自分はもしかしたらこれから曲を書けなくなるかもしれない。そう思っていたまさにそのタイミングで「朝ドラの話がきている」と伝えられた。これが、本当に、ものの見事に書けなかった。
・自分の感覚の焦点が定まらない。曲作りは「良し悪しの判断」の連続、積み重ねだ。なにが良いのか、なにが悪いのか、わからない。曲作りの感覚的な軸をすっぽりと失ってしまった。暗い森のなかにライトもなく投げ出されたような状態のなかで、それでも手探りで草木をかきわけるようにして作業を前へと進ませて数曲をかたちにしたけれ、どれが一番素敵なものかも自分では判断がつかない。自信などまったくない。曲出し会ではいつにも増して顔色の悪い表情でそこに座っていた。その中の一曲に「ありがとう」となる楽曲があった。とても不安な作品だった。確信を持てない作品だった。まさかこの歌が自分たちの人生をさらに大きく飛躍させるようなものになるなんて、ふたりともまったく想像もしていなかった。もしかしたら、いきものがたりにおいて初めて「ふたりの想像を超えたこと」が起きようとしていたのかもいれない。
・名も知らぬ誰かの日常へと、歌が届いている。自分たちの存在なんかよりもはるかに優しく、はるかに身近な存在として。歌だけがちゃんとひとり歩きをして、自分たちが直接出会えないひとの、そのすぐとなりまで。誰かの、本当に何気ない日常の瞬間のかたわらに、歌がちょこんと腰を掛けている。自分の手応えなんて、本当はどうでもいいじゃないか。うまく書けたのか、書けなかったのか。自分の創作の充実感など、達成感など、どうでもいいんじゃないか。そうやって誰かのそばに歌が届いて、誰かが大切にしている日々にただ寄り添うものとして歌を生かし続けてもらえるのなら、その方がもっと尊いことなんじゃないか。
・「桜は今年も咲いた。ひとを慰めようとか、悲しみを消してやろうとか、そんな風に誰かに想いを押し付けるように桜は咲いたりしない。“ただそこにあるもの”として咲いている。だから桜を見るひとは、言葉にできない感情を、誰にも言えない悲しみを、静かに桜に重ねることができる。僕は、歌も、そうなれると思う」
・(小田和正)「ずっと長く遠くまで歩いてきて、振り返ってみてそこではじめて、ああ、そういうことだったのかと思う。わかりきったことです。でも君たちは、今はまだ“ここ”にいるのです。志をもって、そこで、頑張りなさい」
……わかるなあ……響くなあ……ワタシもこれからメジャーになるときにこんな本を書くんだろうなあ、と予習できました。オススメです。(・∀・)♪