Index ~作品もくじ~
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 1
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 2
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 3
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 4
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 5
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 6
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 7
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 8
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 9
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 10
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 11
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 12
- EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 13
新連載。4年ぶりのウエスタン小説。
ロング・ドライブの終わりと始まり。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。
このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う、とんでもない値が付いたと言う。
輸送コストや移動のリスクを差し引いても莫大なカネを手に入れられるとして、やがてロング・ドライブは、西部開拓時代における花形職業になった。今日の「西部劇」の象徴であるカウボーイ(牛追い)たちの起源もここにあり、西部開拓時代のイメージの半分は、このロング・ドライブによって形作られたと言っても過言ではないだろう。
しかし何にでも終わりがくるもので――開拓が進み、大陸横断鉄道が全米を網羅し、西部に牧場が林立するようになった頃には、わざわざ長大な距離を牛に歩かせる必要性がなくなり、ロング・ドライブは過去のものとなっていった。
とは言え「はるかなる旅」に憧れ、思いを馳せる人間は、現代にも大勢いる。数多の冒険小説やRPGゲームのほとんどは主人公にやたらと旅をさせているし、SUVの販売パンフレットには自然の真っ只中を駆け抜ける写真がずらりと並ぶ。
ロング・ドライブの本来の目的と経済価値が失われた今日においてもその象徴、即ち長い旅路そのものに惹かれる人間は確実に存在し――そしてその途方もない道のりにわざわざ挑もうとする人間がいることも、決して特異ではないのだ。
その日、旅の牧師であるデイモン・サリヴァンは、立ち寄った港町で――少なくとも真面目なキリスト教徒として生きてきたつもりの彼にとっては――奇妙で奇怪な者たちが船員を囲んでわめきちらしている場に出くわした。
「***!? ****! ****!」
「あ……なんだって? 困るなぁ、英語で話してくれんかねぇ……うーん」
良く分からない言葉でまくし立てる彼らは、総じて浅黒く見えた。肌の色や髪の色だけでなく、服装や持ち物までもが垢じみて、おしなべて薄汚かったからだ。
(インディアン……いや、船で来たようだし、中国人か?)
デイモンは当初そう予想したが、そうでないことはすぐ、彼らの中心にいた女が、はっきりとした英語で怒鳴って明かしてくれた。
「あーもう、じれったいねぇ! 休むトコあるかって聞いてんだよ! こちとらニッポンからえっちらおっちら2ヶ月も船に揺られ続けて、いい加減地面の上でぐっすり寝たいんだよ!」
(ニッポン? ……日本人なのか)
それを聞いた瞬間、デイモンはきびすを返して立ち去ろうとした。太平洋の向こうに住む民族と言う、「典型的な合衆国国民」、「真面目なキリスト教徒」である己の36年間の人生の中に一度として出くわさなかった相手にどう対応していいか、さっぱり分からなかったからだ。
(賢き者は災いを見らば避けよ、だ。そもそもあんなワケの分からないモノに関わっても、ろくなことにはならないだろう)
しかし次の、この女が放った言葉には、やはり「真面目なキリスト教徒」としては立ち止まらざるを得なかった。
「ねえ頼むよ、異人さん……いや、ココじゃアタシらがそーなるのか。いや、まあ、とにかくだ、ぐったりして動けない娘もいるんだよ」
気付けばデイモンは、その女の前に立っていた。
「宿を探しているのか?」
「そーだよ。ああ、やっと返事してくれた」
「君が落ち着いて話をしないからだ。雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉もある。必要なことだけ話したまえ」
「その言葉そっくりアンタに返したいね。説教はいらない、……いや、折角来てくれたアンタに突っかかっちゃ不調法だ。うん、ともかく寝るトコだ。横になってぐっすり眠れるトコを案内してくれないかい?」
「カネはあるのか?」
デイモンがそう質問したところ、女は一転、小声になる。
「こっちのカネはないんだが、コイツと交換……、買ってくれるトコはあるかい?」
そう言って女は懐から袋を取り出し、キラキラと光る櫛を差し出した。
「黄楊(つげ)の櫛だ。ニッポンじゃ高級品なんだが。あとはニッポンの銀貨と銅貨がいくらか……」
「ふーむ……どうだろう。とりあえず町で聞いてみるのがいいだろう。付いてきてくれ。いや、君だけでいい。みんなでぞろぞろ来られたら、まとまる話もまとまらなくなる」
「ソレもそーだねぇ。分かった、……あー、と? アンタ、名前は?」
尋ねつつ、女は自分の薄い胸をドン、と叩いた。
「ちなみにアタシはキツネだ。よろしく」
「……デイモンだ」
「なんだって!?」
名前を聞いた女は、ぎょっとした顔をする。この反応は子供の頃から嫌と言うほどされていたため、デイモンは淡々とした口ぶりで、彼女の誤りを正した。
「スペルはDamonだ。君はDemon(デーモン:悪魔)と勘違いしている」
「あっ、……ゴメンよ、デーモンさん」
「デ・イ・モ・ン、だ」
その後、キツネと名乗るこの女が、デイモンの納得が行く程度に発音できるようになるまでには600ヤードの距離を要したが、その甲斐あってこれ以降は二度と、キツネがこの発音を間違えることはなかった。
ロング・ドライブの終わりと始まり。
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1.
「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。
このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う、とんでもない値が付いたと言う。
輸送コストや移動のリスクを差し引いても莫大なカネを手に入れられるとして、やがてロング・ドライブは、西部開拓時代における花形職業になった。今日の「西部劇」の象徴であるカウボーイ(牛追い)たちの起源もここにあり、西部開拓時代のイメージの半分は、このロング・ドライブによって形作られたと言っても過言ではないだろう。
しかし何にでも終わりがくるもので――開拓が進み、大陸横断鉄道が全米を網羅し、西部に牧場が林立するようになった頃には、わざわざ長大な距離を牛に歩かせる必要性がなくなり、ロング・ドライブは過去のものとなっていった。
とは言え「はるかなる旅」に憧れ、思いを馳せる人間は、現代にも大勢いる。数多の冒険小説やRPGゲームのほとんどは主人公にやたらと旅をさせているし、SUVの販売パンフレットには自然の真っ只中を駆け抜ける写真がずらりと並ぶ。
ロング・ドライブの本来の目的と経済価値が失われた今日においてもその象徴、即ち長い旅路そのものに惹かれる人間は確実に存在し――そしてその途方もない道のりにわざわざ挑もうとする人間がいることも、決して特異ではないのだ。
その日、旅の牧師であるデイモン・サリヴァンは、立ち寄った港町で――少なくとも真面目なキリスト教徒として生きてきたつもりの彼にとっては――奇妙で奇怪な者たちが船員を囲んでわめきちらしている場に出くわした。
「***!? ****! ****!」
「あ……なんだって? 困るなぁ、英語で話してくれんかねぇ……うーん」
良く分からない言葉でまくし立てる彼らは、総じて浅黒く見えた。肌の色や髪の色だけでなく、服装や持ち物までもが垢じみて、おしなべて薄汚かったからだ。
(インディアン……いや、船で来たようだし、中国人か?)
デイモンは当初そう予想したが、そうでないことはすぐ、彼らの中心にいた女が、はっきりとした英語で怒鳴って明かしてくれた。
「あーもう、じれったいねぇ! 休むトコあるかって聞いてんだよ! こちとらニッポンからえっちらおっちら2ヶ月も船に揺られ続けて、いい加減地面の上でぐっすり寝たいんだよ!」
(ニッポン? ……日本人なのか)
それを聞いた瞬間、デイモンはきびすを返して立ち去ろうとした。太平洋の向こうに住む民族と言う、「典型的な合衆国国民」、「真面目なキリスト教徒」である己の36年間の人生の中に一度として出くわさなかった相手にどう対応していいか、さっぱり分からなかったからだ。
(賢き者は災いを見らば避けよ、だ。そもそもあんなワケの分からないモノに関わっても、ろくなことにはならないだろう)
しかし次の、この女が放った言葉には、やはり「真面目なキリスト教徒」としては立ち止まらざるを得なかった。
「ねえ頼むよ、異人さん……いや、ココじゃアタシらがそーなるのか。いや、まあ、とにかくだ、ぐったりして動けない娘もいるんだよ」
気付けばデイモンは、その女の前に立っていた。
「宿を探しているのか?」
「そーだよ。ああ、やっと返事してくれた」
「君が落ち着いて話をしないからだ。雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉もある。必要なことだけ話したまえ」
「その言葉そっくりアンタに返したいね。説教はいらない、……いや、折角来てくれたアンタに突っかかっちゃ不調法だ。うん、ともかく寝るトコだ。横になってぐっすり眠れるトコを案内してくれないかい?」
「カネはあるのか?」
デイモンがそう質問したところ、女は一転、小声になる。
「こっちのカネはないんだが、コイツと交換……、買ってくれるトコはあるかい?」
そう言って女は懐から袋を取り出し、キラキラと光る櫛を差し出した。
「黄楊(つげ)の櫛だ。ニッポンじゃ高級品なんだが。あとはニッポンの銀貨と銅貨がいくらか……」
「ふーむ……どうだろう。とりあえず町で聞いてみるのがいいだろう。付いてきてくれ。いや、君だけでいい。みんなでぞろぞろ来られたら、まとまる話もまとまらなくなる」
「ソレもそーだねぇ。分かった、……あー、と? アンタ、名前は?」
尋ねつつ、女は自分の薄い胸をドン、と叩いた。
「ちなみにアタシはキツネだ。よろしく」
「……デイモンだ」
「なんだって!?」
名前を聞いた女は、ぎょっとした顔をする。この反応は子供の頃から嫌と言うほどされていたため、デイモンは淡々とした口ぶりで、彼女の誤りを正した。
「スペルはDamonだ。君はDemon(デーモン:悪魔)と勘違いしている」
「あっ、……ゴメンよ、デーモンさん」
「デ・イ・モ・ン、だ」
その後、キツネと名乗るこの女が、デイモンの納得が行く程度に発音できるようになるまでには600ヤードの距離を要したが、その甲斐あってこれ以降は二度と、キツネがこの発音を間違えることはなかった。
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ウエスタン小説、第6話。
夜明けの暴動。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」
尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。
「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」
「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」
「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」
再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。
「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」
「行ってみるかい?」
尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。
(行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か)
「行くんだね?」
デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。
「アタシも行くよ」
「何故だ?」
「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」
「しかし丸腰では……」
「へっへ、心配ご無用ってやつさ」
キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。
「こっちも英国式を学んでる」
「……無茶はするなよ」
デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。
「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」
「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」
昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。
「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」
「……いや、……向かいの、あの店だな」
デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。
「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」
「どうしてさ?」
「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」
「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」
「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」
デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。
「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」
「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」
「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」
「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」
そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。
「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」
「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」
「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」
と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。
夜明けの暴動。
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6.
「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」
尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。
「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」
「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」
「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」
再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。
「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」
「行ってみるかい?」
尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。
(行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か)
「行くんだね?」
デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。
「アタシも行くよ」
「何故だ?」
「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」
「しかし丸腰では……」
「へっへ、心配ご無用ってやつさ」
キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。
「こっちも英国式を学んでる」
「……無茶はするなよ」
デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。
「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」
「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」
昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。
「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」
「……いや、……向かいの、あの店だな」
デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。
「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」
「どうしてさ?」
「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」
「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」
「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」
デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。
「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」
「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」
「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」
「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」
そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。
「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」
「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」
「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」
と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。
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ウエスタン小説、第13話。
二人の奇妙な旅立ち。
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13.
結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。
アメリカに残ったのは、あのまま行方知れずになったイチカワと、そして――。
「じゃ、よろしくぅ」「何故だ」
デイモンはあの手この手でキツネを撒こうとしたが、結局彼女はデイモンと一緒に、馬の上に座っていた。
「前にも言ったじゃないか。アタシ一人で旅に出ようったって、そりゃ無理ってもんだってさ」
「君もカネを受け取れば良かっただろう。そうすれば馬の一頭や二頭、調達できたはずだ」
「皆の分け前が減るじゃないか。アタシにゃアンタって言う頼りになる相棒がいるんだし、ソレで十分さ」
「誰がいつ君の相棒になったと言うんだ?」
顔をしかめるデイモンに、キツネはケタケタと笑って返す。
「おやおや、女を邪険にするもんじゃないよ。後が怖いってもんだ。もう一緒にベッドで寝てあげないよ?」
「いらん。不要だ」
「つれないねぇ。ま、もう町が見えないトコまで来たんだ。こんなトコで降りろなんて言いやしないよねぇ、牧師さんともあろうお方が」
「その確信があるから私にしがみついているんだろうが。……はぁ」
自分の頭脳ではそれ以上、キツネを退けられるような妙案を思いつくことができないと悟り、デイモンはあきらめに満ちたため息を漏らした。
「仕方がないから次の町までは私に付いてきて構わん。次の町までだぞ。いいか、次の町で別れてくれ。絶対にだ」
「はーいはいはい、じゃ、その次もよろしくぅ」
臆面もなくそう返され、デイモンは目を見開いた。
「……君には何を言っても無駄なのか!?」
「少なくともアタシが満足するまでは無理だろうねぇ」
「満足だって? 君みたいな図々しさの塊が満足することなんてあるのか?」
呆れ気味に尋ねたデイモンに――キツネはふっと、寂しそうな表情を浮かべた。
「ニューヨーク」
「ん?」
「この国の、東の果てまで行ってみたい。ソコまで連れてってくれたら、アタシは満足するよ」
「アメリカの東の果てと言うなら、ニューヨークより西に位置する町はボストンでもプリマスでも、いくらでもある。ニューヨークに何かあるのか?」
「……」
キツネは質問には答えず――代わりに、こんなことを言い出した。
「そう言やちゃんと名前を名乗ってなかったね。アタシはキツネ・ハスタニだ。適当に作った苗字だから、どこそこのお偉い家柄なんて由来はない。ニッポンのことばで蓮(Lotus)の谷(Valley)って意味だ。名前のキツネは人からもらったもんだが、由来はひどいもんさ。動物の狐(Fox)からだ」
「何がひどい? フォックスなんて名前はこの国にはいくらでもいる」
「だからこの国に来たようなもんさ。この国ならソレが普通だってんなら、気楽でいい。さ、アタシが名乗ったんだから、アンタも教えておくれよ。ソレが礼儀ってもんだろ」
「そんな礼儀は知らないが、聞きたければ答える。デイモン・サリヴァンだ。これもこの国じゃ、ありふれた名前だ」
「ミドルネームかなんかはないのかい?」
「そんな洒落たものは、私にはない。旅の道中なら、同姓同名の人物に会って難儀するようなこともありえないからな」
「ソレもそうか。……じゃ、アタシが付けたげようか?」
「いらない」
「だろーね、アハハハ……」
旅の牧師デイモンと、東洋人キツネの奇妙な旅は、こうして幕を開けることとなった。この東へ向かう旅の果てに何が待つのか――そしてそもそもキツネが言ったように、ニューヨークに到着したところで終わりとなるのかすら――誰にも、とりわけデイモン本人にさえも、分からなかった。
East Long Drive 1 ~ 東洋人、西の海から ~ THE END
二人の奇妙な旅立ち。
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13.
結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。
アメリカに残ったのは、あのまま行方知れずになったイチカワと、そして――。
「じゃ、よろしくぅ」「何故だ」
デイモンはあの手この手でキツネを撒こうとしたが、結局彼女はデイモンと一緒に、馬の上に座っていた。
「前にも言ったじゃないか。アタシ一人で旅に出ようったって、そりゃ無理ってもんだってさ」
「君もカネを受け取れば良かっただろう。そうすれば馬の一頭や二頭、調達できたはずだ」
「皆の分け前が減るじゃないか。アタシにゃアンタって言う頼りになる相棒がいるんだし、ソレで十分さ」
「誰がいつ君の相棒になったと言うんだ?」
顔をしかめるデイモンに、キツネはケタケタと笑って返す。
「おやおや、女を邪険にするもんじゃないよ。後が怖いってもんだ。もう一緒にベッドで寝てあげないよ?」
「いらん。不要だ」
「つれないねぇ。ま、もう町が見えないトコまで来たんだ。こんなトコで降りろなんて言いやしないよねぇ、牧師さんともあろうお方が」
「その確信があるから私にしがみついているんだろうが。……はぁ」
自分の頭脳ではそれ以上、キツネを退けられるような妙案を思いつくことができないと悟り、デイモンはあきらめに満ちたため息を漏らした。
「仕方がないから次の町までは私に付いてきて構わん。次の町までだぞ。いいか、次の町で別れてくれ。絶対にだ」
「はーいはいはい、じゃ、その次もよろしくぅ」
臆面もなくそう返され、デイモンは目を見開いた。
「……君には何を言っても無駄なのか!?」
「少なくともアタシが満足するまでは無理だろうねぇ」
「満足だって? 君みたいな図々しさの塊が満足することなんてあるのか?」
呆れ気味に尋ねたデイモンに――キツネはふっと、寂しそうな表情を浮かべた。
「ニューヨーク」
「ん?」
「この国の、東の果てまで行ってみたい。ソコまで連れてってくれたら、アタシは満足するよ」
「アメリカの東の果てと言うなら、ニューヨークより西に位置する町はボストンでもプリマスでも、いくらでもある。ニューヨークに何かあるのか?」
「……」
キツネは質問には答えず――代わりに、こんなことを言い出した。
「そう言やちゃんと名前を名乗ってなかったね。アタシはキツネ・ハスタニだ。適当に作った苗字だから、どこそこのお偉い家柄なんて由来はない。ニッポンのことばで蓮(Lotus)の谷(Valley)って意味だ。名前のキツネは人からもらったもんだが、由来はひどいもんさ。動物の狐(Fox)からだ」
「何がひどい? フォックスなんて名前はこの国にはいくらでもいる」
「だからこの国に来たようなもんさ。この国ならソレが普通だってんなら、気楽でいい。さ、アタシが名乗ったんだから、アンタも教えておくれよ。ソレが礼儀ってもんだろ」
「そんな礼儀は知らないが、聞きたければ答える。デイモン・サリヴァンだ。これもこの国じゃ、ありふれた名前だ」
「ミドルネームかなんかはないのかい?」
「そんな洒落たものは、私にはない。旅の道中なら、同姓同名の人物に会って難儀するようなこともありえないからな」
「ソレもそうか。……じゃ、アタシが付けたげようか?」
「いらない」
「だろーね、アハハハ……」
旅の牧師デイモンと、東洋人キツネの奇妙な旅は、こうして幕を開けることとなった。この東へ向かう旅の果てに何が待つのか――そしてそもそもキツネが言ったように、ニューヨークに到着したところで終わりとなるのかすら――誰にも、とりわけデイモン本人にさえも、分からなかった。
East Long Drive 1 ~ 東洋人、西の海から ~ THE END
»» 2024.08.28.
新連載。4年ぶりのウエスタン小説。
ロング・ドライブの終わりと始まり。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 1. 「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。 このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う、とんでもない値が付いたと言う。 輸送コストや移動のリスクを差し引いても莫大なカネを手に入れられるとして、やがてロング・ドライブは、西部開拓時代における花形職業になった。今日の「西部劇」の象徴であるカウボーイ(牛追い)たちの起源もここにあり、西部開拓時代のイメージの半分は、このロング・ドライブによって形作られたと言っても過言ではないだろう。 しかし何にでも終わりがくるもので――開拓が進み、大陸横断鉄道が全米を網羅し、西部に牧場が林立するようになった頃には、わざわざ長大な距離を牛に歩かせる必要性がなくなり、ロング・ドライブは過去のものとなっていった。 とは言え「はるかなる旅」に憧れ、思いを馳せる人間は、現代にも大勢いる。数多の冒険小説やRPGゲームのほとんどは主人公にやたらと旅をさせているし、SUVの販売パンフレットには自然の真っ只中を駆け抜ける写真がずらりと並ぶ。 ロング・ドライブの本来の目的と経済価値が失われた今日においてもその象徴、即ち長い旅路そのものに惹かれる人間は確実に存在し――そしてその途方もない道のりにわざわざ挑もうとする人間がいることも、決して特異ではないのだ。 その日、旅の牧師であるデイモン・サリヴァンは、立ち寄った港町で――少なくとも真面目なキリスト教徒として生きてきたつもりの彼にとっては――奇妙で奇怪な者たちが船員を囲んでわめきちらしている場に出くわした。 「***!? ****! ****!」 「あ……なんだって? 困るなぁ、英語で話してくれんかねぇ……うーん」 良く分からない言葉でまくし立てる彼らは、総じて浅黒く見えた。肌の色や髪の色だけでなく、服装や持ち物までもが垢じみて、おしなべて薄汚かったからだ。 (インディアン……いや、船で来たようだし、中国人か?) デイモンは当初そう予想したが、そうでないことはすぐ、彼らの中心にいた女が、はっきりとした英語で怒鳴って明かしてくれた。 「あーもう、じれったいねぇ! 休むトコあるかって聞いてんだよ! こちとらニッポンからえっちらおっちら2ヶ月も船に揺られ続けて、いい加減地面の上でぐっすり寝たいんだよ!」 (ニッポン? ……日本人なのか) それを聞いた瞬間、デイモンはきびすを返して立ち去ろうとした。太平洋の向こうに住む民族と言う、「典型的な合衆国国民」、「真面目なキリスト教徒」である己の36年間の人生の中に一度として出くわさなかった相手にどう対応していいか、さっぱり分からなかったからだ。 (賢き者は災いを見らば避けよ、だ。そもそもあんなワケの分からないモノに関わっても、ろくなことにはならないだろう) しかし次の、この女が放った言葉には、やはり「真面目なキリスト教徒」としては立ち止まらざるを得なかった。 「ねえ頼むよ、異人さん……いや、ココじゃアタシらがそーなるのか。いや、まあ、とにかくだ、ぐったりして動けない娘もいるんだよ」 気付けばデイモンは、その女の前に立っていた。 「宿を探しているのか?」 「そーだよ。ああ、やっと返事してくれた」 「君が落ち着いて話をしないからだ。雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉もある。必要なことだけ話したまえ」 「その言葉そっくりアンタに返したいね。説教はいらない、……いや、折角来てくれたアンタに突っかかっちゃ不調法だ。うん、ともかく寝るトコだ。横になってぐっすり眠れるトコを案内してくれないかい?」 「カネはあるのか?」 デイモンがそう質問したところ、女は一転、小声になる。 「こっちのカネはないんだが、コイツと交換……、買ってくれるトコはあるかい?」 そう言って女は懐から袋を取り出し、キラキラと光る櫛を差し出した。 「黄楊(つげ)の櫛だ。ニッポンじゃ高級品なんだが。あとはニッポンの銀貨と銅貨がいくらか……」 「ふーむ……どうだろう。とりあえず町で聞いてみるのがいいだろう。付いてきてくれ。いや、君だけでいい。みんなでぞろぞろ来られたら、まとまる話もまとまらなくなる」 「ソレもそーだねぇ。分かった、……あー、と? アンタ、名前は?」 尋ねつつ、女は自分の薄い胸をドン、と叩いた。 「ちなみにアタシはキツネだ。よろしく」 「……デイモンだ」 「なんだって!?」 名前を聞いた女は、ぎょっとした顔をする。この反応は子供の頃から嫌と言うほどされていたため、デイモンは淡々とした口ぶりで、彼女の誤りを正した。 「スペルはDamonだ。君はDemon(デーモン:悪魔)と勘違いしている」 「あっ、……ゴメンよ、デーモンさん」 「デ・イ・モ・ン、だ」 その後、キツネと名乗るこの女が、デイモンの納得が行く程度に発音できるようになるまでには600ヤードの距離を要したが、その甲斐あってこれ以降は二度と、キツネがこの発音を間違えることはなかった。 |
EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 1
2024.08.15.[Edit]
新連載。4年ぶりのウエスタン小説。ロング・ドライブの終わりと始まり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。 このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 2
2024.08.16.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。牧師の仕事。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. キツネがニッポンから持って来た通貨は、カネとしての価値はアメリカの地で問うことはできなかったが、「金属」としてなら取り扱ってもらうことができた。「全部で32ドル44セント、……ってのはどれくらいなんだい?」「宿代で言えば……一人一泊1ドル、32人分と言うところだ」「ソイツは良かった。ギリギリ全員分にゃなる」「だが宿の側が受...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 3
2024.08.17.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。日米葬儀観。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……キツネ。何かあったのか?」 一目見て、キツネが何らかのトラブルを起こしていることは明らかだったが、そのキツネに名前を呼ばれてしまい、その上、店主からも「なんとかしてくれよ」と訴えかけるような目を向けられてしまったため、デイモンは仕方なくキツネに声をかける。途端にキツネは、あのけたたましい声で状況を説明してくれた。「ち...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 4
2024.08.18.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。酩酊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. デイモンは早々に立ち去ろうとしたため、この町のことをあまり詳しく調べてはいなかったが、どうやらキツネは――薪と油を買い付ける際に周っていたためか――町の地理について明るいらしく、迷いもせずに彼をサルーンに案内した。「いらっしゃ……」 自分の姿を見るなり顔をしかめた店主に構う様子も見せず、キツネはカウンターにべしっとくしゃくしゃの1...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 5
2024.08.19.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。お堅い牧師さん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. キツネに言われるがまま身なりを整え直している間に、外はすっかり真っ暗になっていた。「どうする? アタシとしちゃまだ頭が重たいもんで、このまま二度寝しちまいたい気分なんだけども」「ねっ、眠るにしてもだ、一つのベッドに未婚の二人では大変まずいだろう。別の部屋を取りたまえ」「この部屋取ったのはアタシだよ。一緒が嫌だってん...
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ウエスタン小説、第6話。
夜明けの暴動。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 6. 「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」 尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。 「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」 「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」 「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」 再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。 「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」 「行ってみるかい?」 尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。 (行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か) 「行くんだね?」 デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。 「アタシも行くよ」 「何故だ?」 「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」 「しかし丸腰では……」 「へっへ、心配ご無用ってやつさ」 キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。 「こっちも英国式を学んでる」 「……無茶はするなよ」 デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。 「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」 「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」 昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。 「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」 「……いや、……向かいの、あの店だな」 デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。 「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」 「どうしてさ?」 「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」 「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」 「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」 デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。 「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」 「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」 「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」 「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」 そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。 「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」 「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」 「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」 と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。 |
EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 6
2024.08.20.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。夜明けの暴動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」 尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっ...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 7
2024.08.21.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。ガンマンとサムライ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 二人が小屋の陰に潜むと同時に、ニッポン人が二人、通りの向こうから現れた。「***?」「**」 二人は血に濡れた刃物を手に、悪魔のような形相で何かを話している。「何て話してる?」「大した内容じゃない。……次はドコを襲うんだ、だってさ」「あのロングソードで殺して回ってるのか」「アレはカタナだよ」「どちらにしろ、時代遅...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 8
2024.08.22.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。「古代」妄想狂。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. キツネにところどころ翻訳してもらいつつ、デイモンはイチカワから、彼らの計画の全貌を聞き出した。「我々は元々、菜代(なじろ)藩家臣の出であったが、諸々の事情で御家は取り潰しとなり、浪人となって千々に散ることとなった。いつの日か御家を再興するべく、元家臣の間で細々とながらも、親の代から協力し合っていたのだが、そうこうす...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 9
2024.08.24.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。三文芝居の裁判劇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. デイモンの予想通り、時代遅れのカタナ装備で盲目的に暴れ回っていた浪人たちは、連携を取って銃武装した町の住民たちにはまったく刃が立たず、ガンスミスの焼き討ちから1時間も経たないうちに、その全員が射殺されていた。 そして彼らとともに海を渡っていたニッポン人たちは彼らの仲間と判断され、まだ港の端でたむろしていたその全員...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 10
2024.08.25.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。デイモンとキツネの糾弾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 突然現れたデイモンとキツネに、住民たちは一斉にけげんな顔を向ける。「あ……? 誰だ、あんたら?」「私は旅の牧師だ。彼女は……」 ニッポン人だ、とデイモンは紹介しようとしたが――どこでくすねてきたのか、そしてどこで着替えてきたのか――いつの間にか東洋人らしからぬシャツとスカート姿になっていたため、やむなくこう続け...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 11
2024.08.26.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。卑劣な釈明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. 口を抑えて固まるフナバシに、デイモンとキツネだけではなく、住民たちも詰め寄った。「説明しろよ、おっさん」「今まであんだけペラペラ話しといて、急にだんまりか?」「言わなきゃこのまんま袋叩きだ。事情を話せば色々考えてやらないことはないぞ」「き、君たち。保安官は私だ。君たちに裁量は……」 口を挟みかけたダンブレックに、住民...
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EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 12
2024.08.27.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。ラスト・サムライ、闇に消える。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「あっ!?」「いないぞ!? どこ行った!?」 デイモンとキツネは互いに目配せし、ざわめく住民たちに背を向ける。「どうする?」「追う義理も必要もない。逃げた時点で罪を認めたようなものだ。となればいずれお尋ね者になるし、そのうち捕まるだろう」「同感だね。後はフナバシ締め上げてカネ巻き上げりゃ、皆もどうに...
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ウエスタン小説、第13話。
二人の奇妙な旅立ち。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 13. 結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。 アメリカに残ったのは、あのまま行方知れずになったイチカワと、そして――。 「じゃ、よろしくぅ」「何故だ」 デイモンはあの手この手でキツネを撒こうとしたが、結局彼女はデイモンと一緒に、馬の上に座っていた。 「前にも言ったじゃないか。アタシ一人で旅に出ようったって、そりゃ無理ってもんだってさ」 「君もカネを受け取れば良かっただろう。そうすれば馬の一頭や二頭、調達できたはずだ」 「皆の分け前が減るじゃないか。アタシにゃアンタって言う頼りになる相棒がいるんだし、ソレで十分さ」 「誰がいつ君の相棒になったと言うんだ?」 顔をしかめるデイモンに、キツネはケタケタと笑って返す。 「おやおや、女を邪険にするもんじゃないよ。後が怖いってもんだ。もう一緒にベッドで寝てあげないよ?」 「いらん。不要だ」 「つれないねぇ。ま、もう町が見えないトコまで来たんだ。こんなトコで降りろなんて言いやしないよねぇ、牧師さんともあろうお方が」 「その確信があるから私にしがみついているんだろうが。……はぁ」 自分の頭脳ではそれ以上、キツネを退けられるような妙案を思いつくことができないと悟り、デイモンはあきらめに満ちたため息を漏らした。 「仕方がないから次の町までは私に付いてきて構わん。次の町までだぞ。いいか、次の町で別れてくれ。絶対にだ」 「はーいはいはい、じゃ、その次もよろしくぅ」 臆面もなくそう返され、デイモンは目を見開いた。 「……君には何を言っても無駄なのか!?」 「少なくともアタシが満足するまでは無理だろうねぇ」 「満足だって? 君みたいな図々しさの塊が満足することなんてあるのか?」 呆れ気味に尋ねたデイモンに――キツネはふっと、寂しそうな表情を浮かべた。 「ニューヨーク」 「ん?」 「この国の、東の果てまで行ってみたい。ソコまで連れてってくれたら、アタシは満足するよ」 「アメリカの東の果てと言うなら、ニューヨークより西に位置する町はボストンでもプリマスでも、いくらでもある。ニューヨークに何かあるのか?」 「……」 キツネは質問には答えず――代わりに、こんなことを言い出した。 「そう言やちゃんと名前を名乗ってなかったね。アタシはキツネ・ハスタニだ。適当に作った苗字だから、どこそこのお偉い家柄なんて由来はない。ニッポンのことばで蓮(Lotus)の谷(Valley)って意味だ。名前のキツネは人からもらったもんだが、由来はひどいもんさ。動物の狐(Fox)からだ」 「何がひどい? フォックスなんて名前はこの国にはいくらでもいる」 「だからこの国に来たようなもんさ。この国ならソレが普通だってんなら、気楽でいい。さ、アタシが名乗ったんだから、アンタも教えておくれよ。ソレが礼儀ってもんだろ」 「そんな礼儀は知らないが、聞きたければ答える。デイモン・サリヴァンだ。これもこの国じゃ、ありふれた名前だ」 「ミドルネームかなんかはないのかい?」 「そんな洒落たものは、私にはない。旅の道中なら、同姓同名の人物に会って難儀するようなこともありえないからな」 「ソレもそうか。……じゃ、アタシが付けたげようか?」 「いらない」 「だろーね、アハハハ……」 旅の牧師デイモンと、東洋人キツネの奇妙な旅は、こうして幕を開けることとなった。この東へ向かう旅の果てに何が待つのか――そしてそもそもキツネが言ったように、ニューヨークに到着したところで終わりとなるのかすら――誰にも、とりわけデイモン本人にさえも、分からなかった。 East Long Drive 1 ~ 東洋人、西の海から ~ THE END |
EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 13
2024.08.28.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。二人の奇妙な旅立ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. 結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。 アメリカに残ったのは、...
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