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EAST LONG DRIVE


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    新連載。4年ぶりのウエスタン小説。
    ロング・ドライブの終わりと始まり。

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    1.
    「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。
     このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う、とんでもない値が付いたと言う。
     輸送コストや移動のリスクを差し引いても莫大なカネを手に入れられるとして、やがてロング・ドライブは、西部開拓時代における花形職業になった。今日の「西部劇」の象徴であるカウボーイ(牛追い)たちの起源もここにあり、西部開拓時代のイメージの半分は、このロング・ドライブによって形作られたと言っても過言ではないだろう。
     しかし何にでも終わりがくるもので――開拓が進み、大陸横断鉄道が全米を網羅し、西部に牧場が林立するようになった頃には、わざわざ長大な距離を牛に歩かせる必要性がなくなり、ロング・ドライブは過去のものとなっていった。

     とは言え「はるかなる旅」に憧れ、思いを馳せる人間は、現代にも大勢いる。数多の冒険小説やRPGゲームのほとんどは主人公にやたらと旅をさせているし、SUVの販売パンフレットには自然の真っ只中を駆け抜ける写真がずらりと並ぶ。
     ロング・ドライブの本来の目的と経済価値が失われた今日においてもその象徴、即ち長い旅路そのものに惹かれる人間は確実に存在し――そしてその途方もない道のりにわざわざ挑もうとする人間がいることも、決して特異ではないのだ。



     その日、旅の牧師であるデイモン・サリヴァンは、立ち寄った港町で――少なくとも真面目なキリスト教徒として生きてきたつもりの彼にとっては――奇妙で奇怪な者たちが船員を囲んでわめきちらしている場に出くわした。
    「***!? ****! ****!」
    「あ……なんだって? 困るなぁ、英語で話してくれんかねぇ……うーん」
     良く分からない言葉でまくし立てる彼らは、総じて浅黒く見えた。肌の色や髪の色だけでなく、服装や持ち物までもが垢じみて、おしなべて薄汚かったからだ。
    (インディアン……いや、船で来たようだし、中国人か?)
     デイモンは当初そう予想したが、そうでないことはすぐ、彼らの中心にいた女が、はっきりとした英語で怒鳴って明かしてくれた。
    「あーもう、じれったいねぇ! 休むトコあるかって聞いてんだよ! こちとらニッポンからえっちらおっちら2ヶ月も船に揺られ続けて、いい加減地面の上でぐっすり寝たいんだよ!」
    (ニッポン? ……日本人なのか)
     それを聞いた瞬間、デイモンはきびすを返して立ち去ろうとした。太平洋の向こうに住む民族と言う、「典型的な合衆国国民」、「真面目なキリスト教徒」である己の36年間の人生の中に一度として出くわさなかった相手にどう対応していいか、さっぱり分からなかったからだ。
    (賢き者は災いを見らば避けよ、だ。そもそもあんなワケの分からないモノに関わっても、ろくなことにはならないだろう)
     しかし次の、この女が放った言葉には、やはり「真面目なキリスト教徒」としては立ち止まらざるを得なかった。
    「ねえ頼むよ、異人さん……いや、ココじゃアタシらがそーなるのか。いや、まあ、とにかくだ、ぐったりして動けない娘もいるんだよ」
     気付けばデイモンは、その女の前に立っていた。
    「宿を探しているのか?」
    「そーだよ。ああ、やっと返事してくれた」
    「君が落ち着いて話をしないからだ。雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉もある。必要なことだけ話したまえ」
    「その言葉そっくりアンタに返したいね。説教はいらない、……いや、折角来てくれたアンタに突っかかっちゃ不調法だ。うん、ともかく寝るトコだ。横になってぐっすり眠れるトコを案内してくれないかい?」
    「カネはあるのか?」
     デイモンがそう質問したところ、女は一転、小声になる。
    「こっちのカネはないんだが、コイツと交換……、買ってくれるトコはあるかい?」
     そう言って女は懐から袋を取り出し、キラキラと光る櫛を差し出した。
    「黄楊(つげ)の櫛だ。ニッポンじゃ高級品なんだが。あとはニッポンの銀貨と銅貨がいくらか……」
    「ふーむ……どうだろう。とりあえず町で聞いてみるのがいいだろう。付いてきてくれ。いや、君だけでいい。みんなでぞろぞろ来られたら、まとまる話もまとまらなくなる」
    「ソレもそーだねぇ。分かった、……あー、と? アンタ、名前は?」
     尋ねつつ、女は自分の薄い胸をドン、と叩いた。
    「ちなみにアタシはキツネだ。よろしく」
    「……デイモンだ」
    「なんだって!?」
     名前を聞いた女は、ぎょっとした顔をする。この反応は子供の頃から嫌と言うほどされていたため、デイモンは淡々とした口ぶりで、彼女の誤りを正した。

    「スペルはDamonだ。君はDemon(デーモン:悪魔)と勘違いしている」
    「あっ、……ゴメンよ、デーモンさん」
    「デ・イ・モ・ン、だ」
     その後、キツネと名乗るこの女が、デイモンの納得が行く程度に発音できるようになるまでには600ヤードの距離を要したが、その甲斐あってこれ以降は二度と、キツネがこの発音を間違えることはなかった。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 1
    »»  2024.08.15.
    ウエスタン小説、第2話。
    牧師の仕事。

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    2.
     キツネがニッポンから持って来た通貨は、カネとしての価値はアメリカの地で問うことはできなかったが、「金属」としてなら取り扱ってもらうことができた。
    「全部で32ドル44セント、……ってのはどれくらいなんだい?」
    「宿代で言えば……一人一泊1ドル、32人分と言うところだ」
    「ソイツは良かった。ギリギリ全員分にゃなる」
    「だが宿の側が受け入れてくれるかどうか。東洋人を嫌う人間も少なくない」
    「ソコは神頼みってヤツだねぇ」
     だがキツネが頼ったニッポンの神々がアメリカで力を奮うには、少しばかり距離が遠かったらしく――。
    「なに!? 死んだって!?」
     先程キツネが案じていた娘は、既に息を引き取ってしまっていたのだ。
    「そんな……」
     一転、意気消沈した様子のキツネが他のニッポン人と話しているのをぼんやり眺めつつ、デイモンは牧師の仕事、即ち祈りと埋葬を申し出ようかと考えたが、かぶりを振ってあきらめた。
    (異邦人で異教徒だ。私の出る幕ではない)
     そしてやはり、彼女たちには彼女たちなりの流儀があるらしく、亡くなった娘を担いでどこかへ行ってしまった。一人その場に残されたデイモンはそのまま港の先に広がる、太平洋の穏やかな海を眺めていた。
    (ニッポンからはるばる、この海を越えて……か)
     30年以上前、まだ物心付く前にしか渡航経験のないデイモンには、海がどれほど危険なものなのか、まったく想像も付かなかったが――港にいた者たちのどよめきと呆れ声を聞き、少なくとも一人の人間が立ち向かえるような相手ではないことを悟った。
    「あーあ……あの東洋人たちの船、沈んじまったぜ」
    「あの船ってあれだろ、ジャンク船ってやつだろ?」
    「おいおい、いくらなんでもそんな骨董品なわけないっての。阿片戦争の頃の船じゃねえか」
    「あいつらが乗ってたのは確か……センゴクブネ? とか何とか」
    「どっちにしろ最新の船じゃない。ボイラーもパドルも付いてない骨董品だ」
    「そんなガラクタで海を渡ろうなんてよっぽどバカなのか、よっぽど追い詰められてたのか」
    「どっちもだろうぜ」
    「違いねえや、ひひひ……」
     彼らの言う通り、キツネたちが乗ってきた船はもう影も形もなく、海の底に沈んでしまったらしかった。

     ちなみに西部開拓時代における「旅の牧師」と言う職業には、2つの稼ぎ口がある。1つは垢の付いた聖書を片手に中の物語を読み聞かせ、開拓民の退屈を紛らわせること。そしてもう1つは牧師のいない町で出た死者を弔い、その遺品を葬儀屋と山分けすることである。
     デイモンは後者の稼ぎ口としてキツネたちに狙いを付けたものの、前述の状況から、それは困難であることが早々に判明した。そこでもう一つの稼ぎに精を出そうとしたのだが、荒野のど真ん中にある寂れた町ならともかく、彼が今立ち寄っているここは、多くの旅人が集まる港町である。本の中の登場人物よりもよっぽど面白い冒険を果たした勇者がそこかしこにいたため、真面目で堅苦しい意図と説教臭い教訓が透けて見える彼の話など、誰も聞こうとしない。
     どちらの稼ぎもままならず、デイモンは早々にここでの仕事をあきらめることにした。
    (とりあえず豆とベーコンをいくらか買って、次の町を目指そう)
     旅の準備を整えるため、デイモンは雑貨屋に足を運んだ。と――。
    「あれっ? デイモンじゃないか」
     苦々しい表情を浮かべる店主の前に、キツネが立っていた。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 2
    »»  2024.08.16.
    ウエスタン小説、第3話。
    日米葬儀観。

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    3.
    「……キツネ。何かあったのか?」
     一目見て、キツネが何らかのトラブルを起こしていることは明らかだったが、そのキツネに名前を呼ばれてしまい、その上、店主からも「なんとかしてくれよ」と訴えかけるような目を向けられてしまったため、デイモンは仕方なくキツネに声をかける。途端にキツネは、あのけたたましい声で状況を説明してくれた。
    「ちょいと聞いとくれよ、デイモン。今ね、店主さんに薪と油を頼んでんだけどさ、売れないって言うのさ。こっちはちゃんとカネ出すって言ってんだよ? こっちがニッポン人だからって、差別するなんてひどいじゃないか!」
    「ふむ」
     我慢強く聞き終え、デイモンは店主に尋ねる。
    「何故売らないんだ?」
    「いやいや牧師さん、だって何に使うんだって聞いたらこの女、『人を焼くから』って言うんだぞ!? いくらカネ払うって言われたって、人殺しになんか協力できねえよ!」
    「だーかーらー、もう死んでるんだって! ちゃんと弔ってやらなきゃかわいそうだろ!? ソレともアメリカじゃ死んだ人間なんてそこいらで野ざらしにしとけってのかい!?」
    「……二人とも落ち着いてくれ」
     デイモンは二人をなだめつつ、キツネに質問を重ねる。
    「どうして死体を焼くんだ? いや、咎めるつもりはない。そもそもこの国では、亡くなった人間は土の中に埋葬するのが通例で、これは宗教上の理由だ。だから焼くと言われて面食らった。しかし君たちが死体を焼こうとしているのも、宗教上の理由からだろうか?」
    「そうだよ。ニッポンじゃ『荼毘(だび)に付す』っつって、弔いの一環なんだよ」
    「なるほど」
     デイモンは彼女の言い分を聞き、思案する。
    (彼女の態度や経緯からして、この説明は嘘や方便ではないだろう。とは言え理解しがたい部分のある話だが……しかし異教の習慣だからと言って頭から拒否・拒絶するのでは、12世紀のカトリック教徒と一緒だ。私はもっと文明的な時代の牧師であるし、もう少し寛容であってもいいだろう)
    「デイモン?」
     顔を覗き込んできたキツネに、デイモンはチラ、と目線を合わせ、小さくうなずいて返した。
    「君の主張は概ね理解した。君たちなりの弔いの行為を否定する判断材料と権利は私にはないし、店主にも恐らくはあるまい」
    「えっ!?」
     目を丸くする店主に、デイモンはわざと小難しく説明してやった。
    「アメリカ人としては不満な点もあるだろうが、相手はニッポン人だ。君が彼らの生活習慣を熟知していて、彼女の主張を退けるに足る宗教上の知見を有しているのなら、存分に主張したまえ。私はそれについても吟味し、改めて裁定を下そう」
    「ちけ……ちけん? あー……えっと」
     一転、店主は面倒臭そうな表情を浮かべる。それを確認して、デイモンはこう続けた。
    「私の、いや、いち牧師としての意見としては、『特に問題ないだろう』と言うことだ。後は君が売るか売らないかの話だ。売ってくれるかね?」
    「……牧師さんがオーケーだってんなら、俺からは何にも言うことはない」
     その後は素直に話が進み、キツネは薪と油を買うことができた。

     どうにか買い物を終え、二人は大量の薪と油を抱えて往来に出た。
    「いやー悪いね、荷物運びまでやらせちまって」
    「常識的に考えれば、君にこの量の薪を運ぶのは無理だろうからな」
     往来をまっすぐ進み、町の外へ出たところで、ニッポン人らがたむろしているのを確認する。
    「……」
     と、彼らはデイモンの姿を見て、じろりと敵対心に満ちた目を一斉に向ける。
    「***」
     デイモンの前にキツネが立ち、彼らに一言声をかけたところで、彼らは目線を切ったものの――。
    「歓迎されていないようだ」
    「悪いね。金髪で目が黒くない人間をコレまでとんと見たコトがないヤツらばっかなもんで、気味悪がってるのさ」
    「君はそうじゃないと言うような口ぶりだし、実際、初対面でいきなりグイグイけしかけてきた。英語もかなり流暢だし、以前にアメリカ人から教わった経験が?」
    「どっちかって言やイングランド人からだね。ちょいと縁があったもんでさ」
    「それじゃ正真正銘のキングス・イングリッシュ(標準語的英語話者)か。……詳しく聞きたいところだが、今はそんな空気じゃなさそうだ」
     キツネを除くニッポン人たちは誰一人として顔を合わそうとせず、ひたすら背を向けている。
    「私はここで失礼するとする。もう会うことは……」「ちょっとちょっと、お待ちよデイモン」
     別れの言葉を口にしようとしたデイモンの手を、キツネがぐいっと引っ張る。
    「アンタに二度も三度も助けてもらったってのにお礼も何もなしでハイさよならってんじゃ、あんまりにも不調法じゃないか。一杯おごらせてもらうくらいはさせてくんなよ。おっと、お坊さんだから酒はご法度だったか?」
    「ニッポンの宗教の戒律がどうなっているかは知らないが、少なくとも私は普通に飲む。……礼を言われるほどのことをしたとは思っていないが、酒をおごると言われてわざわざ断る理由はない」
    「おやぁ……? アンタ案外イケるクチなんだね?」
     デイモンの反応に、キツネは口をニヤッと歪ませ、嬉しそうに笑った。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 3
    »»  2024.08.17.
    ウエスタン小説、第4話。
    酩酊。

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    4.
     デイモンは早々に立ち去ろうとしたため、この町のことをあまり詳しく調べてはいなかったが、どうやらキツネは――薪と油を買い付ける際に周っていたためか――町の地理について明るいらしく、迷いもせずに彼をサルーンに案内した。
    「いらっしゃ……」
     自分の姿を見るなり顔をしかめた店主に構う様子も見せず、キツネはカウンターにべしっとくしゃくしゃの1ドル札を叩きつけた。
    「コレでコイツにうまい酒と料理を出しとくれ」
    「……」
     店主は1ドル札に描かれたハクトウワシをじーっとにらみつけ、裏返して文面を眺めたりしていたが、どうやら真札と分かってもらえたらしく、くるりと背を向けて酒瓶を手に取った。
    「テキーラでいいか?」
    「てき……てく……何だって?」
     尋ね返したキツネに、デイモンが答える。
    「うまい酒だよ。あんたが注文した通りだ。ありがとう、マスター」
     出されたテキーラとグラス2つを受け取り、デイモンはそのまま注ごうとした。が、キツネが瓶をつかみ、デイモンのグラスに注ぎ入れる。
    「お酌くらいさせとくれよ」
    「おしゃく?」
    「ニッポンの礼儀だよ。お酒飲ませる時は、人に注いでもらう方が気分いいってもんだろ?」
    「そんなもんかね。……気持ちは受け取る。ありがとう」
     礼を述べ、デイモンはぐい、とグラスをあおった。



     結論から言えばデイモンは、グラスをあおって3秒後からの記憶の一切を失っていた。
     彼は普段から、自分は酒に強い性質だと認識しており、テキーラのショットグラス1杯程度で潰れるはずがないと確信していたのだが、どうやらキツネをはじめとする未知の異邦人たちとの出会いは相当のストレスを彼に与えており、30代半ばの放浪者にしてはすこぶる頑丈だったはずの内臓が、この日はいくらかへたっていたらしい。

     なので――ふと目を覚まし、夕闇にぼんやり照らされたベッドの中で、裸のキツネと一緒に横になっていることを認識したその瞬間、彼の頭の中で大量の感嘆符と疑問符が戦争(シビルウォー)を始めてしまった。
    (……!? なっ、……え、……まさか!? いや、バカな、俺が!? キツネと!? 一緒に!? まさか!? 夢!? ウソだ!)
     辛くも感嘆符軍が勝利を収め、デイモンは慌ててベッドから抜け出し自分の姿を確認する。そこでようやく、いつもの旅装のままであることに気付き、またも疑問符側が勢力を盛り返した。
    (服着てる? じゃ俺はまだ、……いや、キツネが着せた? まさか? 何のためにだ? ……ん?)
     ベッドの中のキツネをよく見てみれば、彼女は裸ではなく、昼にもまとっていた薄い木綿製の服がはだけ、左肩と、そう豊かでもない胸の谷間が見えていただけだった。
    (キツネも服のまま? じゃあ……いや……んんん?)
    「……んん~」
     と、キツネがあくびをし、目をうっすら開いた。
    「おやぁ……お目覚めかい、デイモン? ……ああ、頭がクラクラする。アンタの言ってた通り、『てくいら』ってのはガツンと来るもんだねぇ。……ああ、心配しなさんな。アンタを1階のサルーンからこの部屋まで引っ張ってベッドに転がして、ついでにアタシもおねんねしてたってだけさね。酔いが回っちまったもんでさ。……ふあ~あ」
    「……本当に何も? 何もなかったんだな?」
     思わずそう尋ねてしまったデイモンに、キツネはベッドの中でケラケラ笑って返した。
    「あっててほしかったのかい?」
    「い、いやいやいや! 俺、……私は聖職者だ! 異性との未婚での同衾(どうきん)など、あってはならない! なくて良かった! ああ、良かったとも!」
    「その割にゃ、お前さんの方はガッカリしてるように見えるがねぇ、へっへへ」
     キツネはのそっと上半身を起こし、服を整えながら、「アンタもズボンくらいしっかり履きな、大物さん」と続けた。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 4
    »»  2024.08.18.
    ウエスタン小説、第5話。
    お堅い牧師さん。

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    5.
     キツネに言われるがまま身なりを整え直している間に、外はすっかり真っ暗になっていた。
    「どうする? アタシとしちゃまだ頭が重たいもんで、このまま二度寝しちまいたい気分なんだけども」
    「ねっ、眠るにしてもだ、一つのベッドに未婚の二人では大変まずいだろう。別の部屋を取りたまえ」
    「この部屋取ったのはアタシだよ。一緒が嫌だってんなら、アンタが出てくのがスジってもんじゃないのかい?」
    「うぬぬ」
     あっさり言い負かされ、デイモンは部屋を出ようとする。が、キツネが「ちなみにね」とたたみかける。
    「この宿、他は満室だってさ。ココ以外にもう2部屋あったみたいだけど、アタシが取ろうとした時にゃもう、ココしか空いてないって言われたよ。外出て探してみるかい? 行き来の多い町だしもう宵の口だから、空いてる宿なんかもうどこにもないと思うがね」
    「……野宿って手もあるさ」
    「強がるねぇ。だけどあったかい西海岸とは言え、せっかく取れた宿を放り出して町の外で焚き火にかじりついて一晩過ごすってのは、肉体的にも精神的にもなかなか辛いと思うがねぇ? それともこっちのお坊さんも荒行すんのかい?」
    「……」
     ドアの前まで進めていた足をぐるりと戻し、デイモンはベッド――ではなく、横にあった椅子に座り込んだ。
    「一緒には寝ない。絶対にだ。私はここで寝る」
    「はーいはい、お好きにどうぞ。そんじゃおやすみ、デイモン」
    「おやすみ、キツネ」
     場が一瞬静まり返るが、キツネがすぐに口を開く。
    「横になりたかったらなっていいよ。半分開けとくから」
    「ならん。真ん中で寝てていい」
    「強情っぱりだねぇ」
     ふたたび静寂が訪れようとしたが、今度はデイモンがその静寂を破る。
    「そう言えば昼に尋ねようとしていたが」
    「ん?」
    「あんたのその英語は、イングランド人から教わったと言っていたな? 渡英したのか?」
    「ああ。2年ほどね」
    「その割にはかなり……なんと言うか……英国式の肩肘張った感じがないように思えるが」
    「ちょいと北の方まで何度か行ったからかもね。おかげでジェーン・ブルにゃなれなかったが、気の合う友達はいっぱいできたよ」
    「率直に言って、生粋のイングランド人よりはあんたの方が気楽に話ができる。あんたの、元々の性格もあるのかも知れないが」
    「そりゃどうも。アタシもアンタとは、仲良くなれそうな気がするよ」
     そのまま会話が途切れ、二人はそのまま眠りについた。



     もう一度入った夢の中で、デイモンは「師」に会っていた。
    「友よ、同志よ。君はまだ悩んでいるように見える」
    「……」
     焚き火を囲んで反対側に座る「師」が、穏やかな口調でデイモンに話しかける。
    「宿命を、天命を悟り、それに則って旅を続けて、それでもなお、君は悩んでいるようだ」
    「……」
    「何を悩む? 旅路が永遠に続くことか? それとも運命から逃れられぬことか?」
    「……」
     デイモンは沈黙を貫く。
    「君と会った時にも私は言った。己の使命を悟れ。しかし縛られるなと」
    「……」
    「君は縛られている。10年、旅を続けているのはそのためだ。続けたくないのならば、縛られるな」
     淡々と諭し終えて、「師」はその場から、何枚かの羽根を残してふっと消える。一人残ったデイモンは、忌々しげにつぶやいた。
    「俺を縛ったのはあんただろう。あんたの言葉のせいで、俺はまだ、何をしたらいいのか分からないんだ」



    「何したらだって? とりあえずもうちょっとしたらさっさと起きて、1階で朝メシ食うこったね」
    「……!」
     もう一度目を覚ました時には、デイモンは――あれだけ強情を張っていたにもかかわらず――ベッドの上にいた。
    「おはよう、デイモン」
    「おっ、おはよう。……い、いや、キツネ。何故私をベッドに運んだ?」
    「アンタが自分から寝転んだんじゃないか。さては寝ぼけてたね?」
    「ほ、本当に?」
    「やっぱり半分開けといて正解だったみたいだねぇ、へっへへへ」
     そう言ってキツネはまだ横になったままのデイモンの顔を見下ろし、ニヤニヤと笑っていたが――遠くから響いてくるパン、パンと言う破裂音に、血相を変えた。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 5
    »»  2024.08.19.
    ウエスタン小説、第6話。
    夜明けの暴動。

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    6.
    「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」
     尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。
    「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」
    「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」
    「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」
     再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。
    「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」
    「行ってみるかい?」
     尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。
    (行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か)
    「行くんだね?」
     デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。
    「アタシも行くよ」
    「何故だ?」
    「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」
    「しかし丸腰では……」
    「へっへ、心配ご無用ってやつさ」
     キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。
    「こっちも英国式を学んでる」
    「……無茶はするなよ」


     デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。
    「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」
    「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」
     昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。
    「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」
    「……いや、……向かいの、あの店だな」
     デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。
    「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」
    「どうしてさ?」
    「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」
    「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」
    「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」
     デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。
    「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」
    「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」
    「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」
    「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」
     そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。
    「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」
    「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」
    「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」
     と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 6
    »»  2024.08.20.
    ウエスタン小説、第7話。
    ガンマンとサムライ。

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    7.
     二人が小屋の陰に潜むと同時に、ニッポン人が二人、通りの向こうから現れた。
    「***?」
    「**」
     二人は血に濡れた刃物を手に、悪魔のような形相で何かを話している。
    「何て話してる?」
    「大した内容じゃない。……次はドコを襲うんだ、だってさ」
    「あのロングソードで殺して回ってるのか」
    「アレはカタナだよ」
    「どちらにしろ、時代遅れもはなはだしい。もはや古代人の仮装だ」
    「同感だね。……『言われた店は全部焼いた。中心部に向かおう』だって」
    「……!」
     デイモンは思わず拳銃を構え、ニッポン人二人の後ろに躍り出ていた。
    「止まれ!」
    「……!」
     血まみれの二人がぐるりと振り向き、らんらんと光る目をデイモンに向けた。
    「*****!」
     二人はカタナを腰の前で握り、デイモンに何かを叫ぶ。
    「何だって?」
    「『殺せ』だとさ。……コレは正当防衛って言い張れると思うね、アタシの見立てじゃ」
    「同感だ」
     カタナを振り上げ、奇声を上げながら飛びかかってきた男に、デイモンは躊躇(ちゅうちょ)なく弾丸を浴びせる。
    「ぬっ、……う……」
     血で汚れた木綿の服にぽつ、ぽつと穴が空き、そこから彼自身の血が噴き出す。
    「**……ご……ぼっ」
     男はなおも何かを叫びかけたが、口からも血が滝のように流れ出し、そのまま膝から崩れ落ちた。
    「**! **ッ!」
     もう一人の男が倒れた相棒に駆け寄り、どうやら名前らしい何かを叫ぶ。
    「**! *****!」
     男はデイモンを見上げ、殺意に満ちた目でにらみつけた。
    「*****!」
     しかし彼が立ち上がるより早く、デイモンは相手のすぐそばに迫り、拳銃を彼の眉間に突きつけていた。
    「あんた、こっちの言葉は分かるのか?」
    「や、ヤー」
    「それはドイツ語か? それともオランダ語か? 英語が話せるなら『イエス』と言ってくれ。そっちの方がありがたい」
    「……イエス。ちょっと、話せる」
     オランダ語訛りを感じるも、どうやら意思の疎通程度はできるらしかった。
    「私はサリヴァン。あんたの名前は?」
    「俺の名前はジュウベエ・イチカワだ」
    「ではMr.イチカワ、あんたらは何故この町を襲っている? なにか理不尽な目に遭ったのか?」
    「違う」
     イチカワはカタナを横に置き、足の上に体を乗せる形で座り込んだ。
    「俺たちの目的はこの町を主君に献上することだ」
    「何だって?」
    「我々はこの町を占領し、御家再興の足がかりとする」
    「言ってる意味がさっぱり分からない。そんな訳のわからないことのために、罪のない人間を殺戮したのか?」
    「大義のためだ」
    「……私は寛容な人間であろうと心がけているが、お前たちのしたことは寛容の限度を超えている。善良な人間として、このまま保安官のところまで連行することにする。立て」
    「分かった」
     イチカワは立ち上がりながらカタナをつかみ――次の瞬間、デイモンに肉薄した。
    「……っ」
    「****!」
     カタナが横に払われ、デイモンの胴を真っ二つにしかける。だが――。
    「うっ!?」
     ギン、と金属音が鳴り、カタナが遠くに弾かれた。
    「穏便に接してくれてるお坊さん相手に不意打ちとは、お侍さんの風上にも置けないヤツだねぇ」
     銃口から硝煙をくゆらせながら、キツネが物陰から現れた。
    「そんでイチカワさんだっけか。急所は外してやったはずだ。今度こそお行儀よくおすわりして、きちんと話しとくれよ。一体なんだって、海の向こうのこの町を襲ったのかをさ」
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 7
    »»  2024.08.21.
    ウエスタン小説、第8話。
    「古代」妄想狂。

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    8.
     キツネにところどころ翻訳してもらいつつ、デイモンはイチカワから、彼らの計画の全貌を聞き出した。
    「我々は元々、菜代(なじろ)藩家臣の出であったが、諸々の事情で御家は取り潰しとなり、浪人となって千々に散ることとなった。いつの日か御家を再興するべく、元家臣の間で細々とながらも、親の代から協力し合っていたのだが、そうこうするうちに幕府が倒れ、新政府が興り、我々の武士としての身分も有名無実のものとなった。この調子では御家再興どころか、我々の身の上も危うい。そう考えてこの計画を――即ちアメリカに渡り、ここに我らの新たな城を築くことを企てたのだ」
    「そのために店を焼いたってのかい? なんてバカなんだい、アンタたちは!」
     呆れるキツネに、デイモンも同意する。
    「ああ、荒唐無稽にもほどがある。仮にこの町を制圧し、君たちの言うオイエサイコーとやらを成し遂げたとしても、合衆国政府が認可するわけがない。ましてや町ひとつ滅ぼすような危険な組織を放っておくわけもない。おそらくはもう既に、近くの州軍基地に緊急連絡が伝わっているはずだ」
    「む……」
     黙り込むイチカワを前に、デイモンとキツネは顔を見合わせる。
    「で、このバカをどうするかだけど」
    「彼一人のことを考えるなら、即刻連行するのが得策だろう。だが話を聞くに、相手は1人じゃない」
    「だねぇ。アタシが覚えてるだけでも、明らかに元お侍さんって感じのが10人はいたはずだ。コイツ一人牢屋にブチ込んだところで、他が暴れてるってんじゃ意味がない。全員とっ捕まえなきゃね。
     で、イチカワさん。残りは何人いるんだい? もちろん正直に答えておくれよ? まさかお侍サマともあろう者が、こんな状況でウソついてアタシたちをだまそうなんて思ってやしないだろうね?」
    「俺と、さっきそっちの男にやられたチバを入れて、浪人は11名だ。代表はクラノカミ・フナバシで、50そこそこで白髪の、小柄な男だ」
    「そのMr.フナバシがリーダーか。そいつを何とかすれば、他の奴も止められるかも知れないな。どこにいるのか分かるか?」
    「分からない。他の者と共に、どこかで行動しているだろうとは思うが」
    「リーダー自ら? ……いや、たった11人で町一つ滅ぼそうとするなら、全員体制で動くのが当然か。探すしかないな」
     話を聞き終え、デイモンは近くにあったロープで、イチカワを縛る。
    「Mr.イチカワ、ここでじっとしていろ。後で保安官に突き出す」
    「……」
     イチカワはそれ以上何も言わず、されるがままに、近くのひさしの柱にくくりつけられた。

     デイモンたちは町の、まだ襲われていない箇所を周り、浪人たちを探し回った。時刻はまだ早朝ながらも、どうやら騒ぎに気付いた者がデイモンたち以外にも相当数いたらしく――。
    「いたぞーッ!」
    「殺せ! 撃ち殺しちまえ!」
     あちこちで銃の発砲音と、男の悲鳴が聞こえてくる。
    「この様子じゃ、浪人さんたちの分はかなり悪そうだ。いや、もう負けたも同然だろうね」
     そうつぶやくキツネに、デイモンは首を横に振った。
    「確かにこのままローニンたちが全滅し、騒ぎが収まる可能性は高い。……だが疑問はある」
    「って言うと?」
    「そもそも町に着いた時点で、彼らはその規模を確認していたはずだ。敵情視察もせずに砦に攻め込むのは愚策、いや、無策にもほどがある。いくら蛮勇の持ち主といえども、敵の居場所も分からないのに刃物を振り回して、成果が出ると考える者はいないだろう。それ以前に敵すらまともに定まっていない、攻撃目標が不明なまま作戦行動を行っていると言うのでは、もはやただの暴徒だ。
     第一、フナバシがリーダー、つまりは指揮官を務めていると言うことになるが、指揮官がここまで荒唐無稽な行動を執らせるだろうか? 何を以て作戦終了した、勝利したと伝えるつもりなんだ? 彼らの行動のどこをどう切り取っても、論理が破綻している」
    「アンタはまたゴチャゴチャと考え事してるけど、つまり何が言いたいんだい?」
     苛立ち気味に尋ねてきたキツネに、デイモンは「サルーンに戻ろう」と返した。
    「なんだって? 浪人さんたちを放っといて三度寝しようってのかい?」
    「ローニンたちに関しては、おそらく我々の助力なしでも町の人間がどうにかできるだろう。それよりも謎を究明する方が建設的だ。サルーンの店主もこの騒ぎで目を覚ましている可能性は高いし、町のことを聞くならうってつけだ。話を聞きに行こう」
     そう答え、デイモンはサルーンへと足を向けた。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 8
    »»  2024.08.22.
    ウエスタン小説、第9話。
    三文芝居の裁判劇。

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    9.
     デイモンの予想通り、時代遅れのカタナ装備で盲目的に暴れ回っていた浪人たちは、連携を取って銃武装した町の住民たちにはまったく刃が立たず、ガンスミスの焼き討ちから1時間も経たないうちに、その全員が射殺されていた。
     そして彼らとともに海を渡っていたニッポン人たちは彼らの仲間と判断され、まだ港の端でたむろしていたその全員が縄で縛られ、広場へと連行されていた。
    「**……***……」
     彼らはどうやら日本語で釈明、あるいは命乞いをしているようだったが、町の人間には太平洋の向こうの言語など分かるはずもない。
    「さっさと殺せ! 縛り首だ!」
    「悪魔どもめ!」
     殺気立つ住民たちは、今にも私刑(リンチ)を決行しかねない、恐怖と怒りが入り混じった表情を並べていた。と――。
    「お、お待ち下さい!」
     ニッポン人たちの前に、やはり同郷らしい東洋人が駆け込み、地面に頭をこすりつけるようにしてしゃがみ込んだ。
    「この者たちは無関係にございます! あの凶行は浪人たちの暴走、暴挙によるものであり、彼らはまったく関係がございません! どうか、どうかお慈悲を!」
    「んっ……んん?」
     突然現れた白髪の男に、住民たちはあっけに取られる。そこへ身なりのいい、明らかに町の名士と分かる男がやって来た。
    「騒ぎを聞いて駆けつけた。一体どうしたと言うのだね?」
    「あっ、ダンブレックさん!」
     ぴかぴかと光る保安官(シェリフ)のバッジを胸に付けたその名士は、住民たちに鷹揚な物腰で尋ねる。
    「町が騒がしいようだが、何かあったのか?」
    「そいつらですよ! その東洋人たちが町を焼いて回っ……」「何だって!?」
     住民が説明し終わらないうちに、ダンブレック氏は大仰に驚いてみせた。
    「それで、あなたたちがその犯人と?」
     そしてまだ地面に頭を付けていた白髪の男に尋ねると、彼はがばっと顔を挙げ、もう一度、叩きつけるように頭を下げた。
    「滅相もございません! 共に海を渡りはしましたが、彼らは我々とは無関係の者たちです! 恐らくは血気盛んが過ぎるあまり、町を略奪して回ろうとしたのでしょう。しかし、しかしです! 重ねて申し上げますが、彼らは我々とは無関係なのです! 我々は皆、善良な人間でございます! 虫も殺さぬような、罪なき者たちでございます! ですからどうか、どうかご慈悲を……」
    「ふーむ、なるほど」
     ダンブレックはにこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼の肩をとん、とんと叩く。
    「お話は分かりました。なるほど、実際に襲っていた人間とあなた方は、衣服や持ち物からして違います。どうやら無関係であることは確かなようだ。
     どうだ、皆? 彼らの言うことを信じてやっては?」
     彼の言葉に、住民たちは一様に困惑した表情を浮かべた。
    「いや……しかし……」
    「そんな、どこから来たか分からんような東洋人を信じるって言うんですか?」
    「なるほど、その意見ももっともだ。確かにこのニッポン人の言うことを、おいそれと信用できるものではない。しかしだ、私には彼らが悪い人間には見えない。そもそも銃やナイフも持っていない様子だし、無害であることは明らかだ。もし彼らが本当に善なる人々であった場合、処刑などしてはそれこそ我々が罪人となってしまう。『疑わしきは罰せず』のことばもある。確たる証拠なしに裁くことは、決して許されない。
     そこで提案だが、ここは彼らを私に任せてはもらえないだろうか。私の監督下に彼らを置く形で、彼らを新たな住民として迎え入れ町の復興と振興に貢献してもらう。万が一何か問題を起こした場合は、私の裁量で判断する。今回の件の償いを彼らにさせるとするなら、これがベストであると私は思う。この処置で納得してくれるか、皆?」
    「いや……だけど……うーん……」
     渋る様子を見せながらも、住民たちは溜飲を下げる。
    「でもまあ、あんたにそう言われちゃ、強情張るわけにも行かないしなぁ……」
    「本当に何かあったら、どうにかしてくれるって約束してくれるんだな?」
    「ああ、請け負うとも。私を信じてくれたまえ」
     ドンと分厚い胸板を叩くダンブレックに、ようやく住民たちは応じかけた。
    「まあ……じゃあ……」
     と――そこに、二人の男女が割って入ってきた。
    「その判決、異議アリだよ」
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 9
    »»  2024.08.24.
    ウエスタン小説、第10話。
    デイモンとキツネの糾弾。

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    10.
     突然現れたデイモンとキツネに、住民たちは一斉にけげんな顔を向ける。
    「あ……? 誰だ、あんたら?」
    「私は旅の牧師だ。彼女は……」
     ニッポン人だ、とデイモンは紹介しようとしたが――どこでくすねてきたのか、そしてどこで着替えてきたのか――いつの間にか東洋人らしからぬシャツとスカート姿になっていたため、やむなくこう続けた。
    「……私の同業者だ」
    「ウソつけ。どう見ても東洋人だろうが。しかも女だ」
    「おや、東洋人と女は牧師やっちゃいけないなんて法がこの州にゃあんのかい? アタシは聞いたコトないがね。まあ議論すんのはソコじゃない。いま議論すべきはソコのおっさん二人が信用に足る紳士かどうかってコトだ」
     そう言ってキツネは、ダンブレックとフナバシを指差した。
    「改めて考えてみなよ、みんな? 昨日、今日現れたばかりの東洋人を、おっさん一人が『信じろ』って言ったら『ハイ仰せのままに』つって、手放しで信じるってのかい? そりゃああんまりにも無責任ってもんじゃないか。大体そのおっさんが、ソコまで信用できる人物だってのかい?」
    「そりゃそうだ。ダンブレックさんはこの町の名士だ。シェリフもやってるし」
     反論した住民に、今度はデイモンが尋ねる。
    「東洋人らに焼き討ちされた店舗について聞きたい。シュナイダー銃器店、バーグマン雑貨店、そしてリヴァーモア運送。この3店に共通点はあるか?」
    「は……?」
    「職種も場所もバラバラじゃねえか。関係なんて……」
    「あっ」
     と、2、3人が声を上げる。
    「そこって確か、裁判で争ってたんじゃなかったっけ? ダンブレックさんと」
    「あー……そう言や聞いたかも、それ。特許訴訟とか運賃の未払いとかで」
    「卸してた商品引き上げるぞとか何とか言ってたって」
     それを聞いて、キツネはニヤリと口の端を歪ませる。
    「おやまあ、何だかキナ臭いじゃないか。バラバラに襲われた店が全部、このMr.ダンブレックと揉めてたトコだってのは」
    「ぐ、偶然だ。裁判だって円満に和解するつもりだったし」
    「ソレからおかしな点はもう一つある。フナバシとか言ったね、そのおっさん。やけに流暢(りゅうちょう)な英語を話すじゃないか。他の皆はコレっぽっちも話せないのに、何でアンタはそんなにペラペラとおしゃべりなんだい? しかも立て板に水のごとく、すらすらと弁解の口上を並べて。まるで前もって準備してたようにさ」
    「よ、よその国に渡るのなら、そこの言葉を学んで当然ではないか。弁解の言葉も、申し訳ないと思う気持ちがあればこそだ」
     しどろもどろに反論する二人に、もう一度デイモンがたたみかけた。
    「そして3つ目の謎だ。諸君はあの東洋人が、どこの国から来たのか知っているのか?」
    「え……さあ?」
    「太平洋から渡ってきたって話はサルーンだかどっかで聞いたかも」
    「じゃ、中国人じゃないの? あいつらいっぱいいるって言うし、太平洋渡って来るんなら中国人だろ」
    「でもダンブレックさん、あいつらのこと……」
     住民が一斉に、疑惑の目をダンブレックに向ける。
    「そう。普通のアメリカ人が、会ってまもない東洋人がどこの生まれかなど、すんなり見抜けるものではない。それなのにこのMr.ダンブレックは一目で、この白髪の東洋人がニッポン人であると見抜いた。一言もMr.フナバシが『自分はニッポン人である』と自己紹介していないにも関わらず、だ」
    「……っ」
     二人が血相を変える。それを見たキツネは、二人を指差して喝破した。
    「つまりコイツらグルなんだよ。大方、この町で保護してもらうコトを条件に、裁判で揉めてる相手を手下に襲わせろと命じたのさ。でなきゃ飛び飛びに店を焼くなんて珍妙なコト、するわきゃない」
    「し、知らない! 無関係だ!」
    「おや、まだ強情張るってのかい?」
     キツネはニヤッと笑い、こう続けた。
    「アタシとコイツはアンタのコト、イチカワさんから全部聞いたんだがねぇ?」
    「い、イチカワだと!?」
     フナバシは顔を真っ赤にし、憤慨する。
    「くそっ、あの石頭めが! 何度も説明しただろうが! これが唯一、我々の生き延びる道だと……」
    「へー? 生き延びる道ねぇ。アタシが聞いたのは、アンタが浪人たちの頭だってコトくらいだけどねぇ。やっぱウラがあるってコトかい」
    「なん……っ!?」
     キツネの言葉に、一転、フナバシの顔色は真っ青になった。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 10
    »»  2024.08.25.
    ウエスタン小説、第11話。
    卑劣な釈明。

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    11.
     口を抑えて固まるフナバシに、デイモンとキツネだけではなく、住民たちも詰め寄った。
    「説明しろよ、おっさん」
    「今まであんだけペラペラ話しといて、急にだんまりか?」
    「言わなきゃこのまんま袋叩きだ。事情を話せば色々考えてやらないことはないぞ」
    「き、君たち。保安官は私だ。君たちに裁量は……」
     口を挟みかけたダンブレックに、住民たちの冷ややかな視線が向けられる。
    「あんたは黙ってろ。あんたも後で、事情をゆっくりじっくり聞かせてもらうからな」
    「うぐ……」
     ダンブレックが口をつぐんだところで、再度住民たちはフナバシを取り囲む。
    「さあ、これでもう邪魔も助けも入らない。きっちり説明してもらおうか、フナバシさんとやら」
    「う……ううっ」
     フナバシはぶるぶると震えながらも、ぽつりぽつりと事情を明かした。
    「発端は……御家再興を断念したことにある。私が若い頃に仕えていた菜代藩が取り潰され、父の家督を引き継いだばかりの私は、再興に奔走せざるを得なかったのだ。だが時代の流れは再興どころか、武士の地位の保証すら許してはくれなかった。……このまま時代に取り残され、路頭に迷うようなことになれば、亡くなった父にも、身柄を預かってきた部下たちにも申し訳が立たぬ。そう考え、私は部下たちに御家再興をあきらめ、再興のために貯めてきた資金を元手に会社を興してはどうかと提案したのだ。
     ところが私より若いはずの部下たちは、私より頭が固かった。到底実現不可能な御家再興を、まだ断行せんと息巻いていたのだ。話せども話せども、私の案に納得する者はいなかった。それどころか私を反逆者として殺害すると公言する者さえいた。やむなく表面上、もう一度再興を考えるとして話をまとめたが、もはや私には、彼らの凝り固まった観念を溶かすことは不可能だった」
    「だからこの町で暴れさせて、どさくさに紛れて殺させたってことか」
     住民たちは憤慨しつつも、追及を止めない。
    「ダンブレックさんとはどう言う関係だ?」
    「起業案を実行することも依然考えていたし、実現の可能性を高めるため、こちらで関係づくりをしていた。その過程でダンブレックさんと出会った。ダンブレックさんは『会社経営の経験もないのにいきなり起業するのはリスクが高い。それよりも私に資金を預けてくれれば、二倍にも三倍にもできる』と、投資信託を持ちかけてくれた。最終的に私もそれに乗ることにし、浪人たちを連れてこの町にやって来たのだ。……わ、私はあくまで彼の言うことに従っただけだ。そうしなければ浪人たちに殺されていただろう。どうしようもなかったのだ。ど、どうかその点だけは何とか、酌量してはくれないだろうか」
     命乞いをしてきたフナバシに、キツネは「バカ言いな」と冷たく返した。
    「ダンブレックの出資者ができるくらいカネを持ってるアンタはこっちだって良い思いができるだろう。だが一文無しで日本語しか話せないアイツらは、ココで何をどうすりゃいいのさ? ダンブレックはドサクサに紛れて『自分の監督下に置く』っつったが、そりゃつまり、アイツらみんなダンブレックの奴隷になるってコトじゃないか。アンタはカネに加えて、アイツらをダンブレックに差し出すつもりだったんじゃないのかい?
     大体、そんな素寒貧の皆を連れてきたのは他でもないアンタだった。アタシも当事者だからよく覚えてるよ。何のつもりでアタシら全員の渡航費用を肩代わりしたのさ? どうあれ自分の部下を見殺しにしたアンタが博愛精神の持ち主だとは、アタシには到底思えやしないし、きっと周りの皆々様もそうは思ってないだろうよ。なあ、みんな?」
    「勝手に代弁するな! ……だが確かにそうとしか思えん」
     憤慨しつつも、住民たちは一様にうなずいて返す。
    「そりゃ奴隷制なんて一昔以上前に廃止された話だが、1ドルも持ってない、英語もフランス語もしゃべれないような奴らがこの町にノコノコやって来たって、何もできやしないもんな」
    「結果的に、ダンブレックさんの奴隷になるしかないってわけだ。……本当に悪どいこと考えるな、ダンブレックさんよ?」
     住民たちはダンブレックの立っていた方に向き直ったが――その時には既に、彼はその場にいなかった。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 11
    »»  2024.08.26.
    ウエスタン小説、第12話。
    ラスト・サムライ、闇に消える。

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    12.
    「あっ!?」
    「いないぞ!? どこ行った!?」
     デイモンとキツネは互いに目配せし、ざわめく住民たちに背を向ける。
    「どうする?」
    「追う義理も必要もない。逃げた時点で罪を認めたようなものだ。となればいずれお尋ね者になるし、そのうち捕まるだろう」
    「同感だね。後はフナバシ締め上げてカネ巻き上げりゃ、皆もどうにか生活するなり、ニッポンに帰るなりできるだろうし。……ソレだけ助言しとくか」
    「うん?」
     首をかしげたデイモンに、キツネは肩をすくめて返した。
    「一緒に暮らすんじゃないのか、って? お生憎様、アタシはココでじっとしてるつもりはまったくないのさ。ソレよかのんびり、この国を旅してやろうって思ってるんでね」
    「そうか。まあ、君ならこの国に限らず、どこに行ってもやっていけるだろうな。それだけの才覚と性格を持っている。……それじゃ、元気で」
    「おや?」
     今度はキツネが首をかしげる。
    「まさかアンタ、こんだけ付き合っといてハイさよならって言うんじゃないだろうね」
    「何だって?」
    「そもそもアンタの言う通り才覚と器量はあっても、カネがない。全財産30ドルとS&Wだけってんじゃ、馬も買えないだろ? じゃ、持ってるヤツにたかるしかないじゃないのさ」
    「私が馬を持っていると思うのか?」
    「旅の牧師さんなら持ってるだろ? ソレともアンタ実は19世紀の救世主で、水の上でも空の上でも自由自在に渡れるってのかい?」
    「そんなわけないだろう。確かに馬はいるが、1頭だけだ」
    「十分じゃないか。アタシの体重は12貫、ああいや、100ポンド弱ってところだ。アンタは見たところ160ポンドってところだし、お馬さんなら260ポンドくらいどうってコトないだろ」
    「私は155ポンドだ。軍で測った時の話だが。……いや、そんなことはどうでもいい。連れて行くなんて一言も言ってない」
     押し問答を繰り返しながら、二人は広場を離れ、焼き討ちがあった通りに戻ってきていた。
    「……ありゃ、こんなトコまで来ちまったね」
    「うん? ……しまったな、つい」
    「っと、そう言やイチカワのコト忘れてた。アイツ、殺されてやしないだろうね」
     そうつぶやき、キツネはパタパタと足音を立てて駆ける。そのまま放っておいて町を離れてしまえば、そのまま縁を切れるはずなのだが――結局何故かデイモンも、彼女の後を付いて行ってしまった。

     ほどなく、二人はイチカワを縛り付けた柱に到着する。だが――。
    「縄が切られてるな。どうやって抜け出したんだ?」
    「そう言やお侍さんなんだから、大小持っててもおかしかないやね。長いのはソコら辺に転がったまんまのはずだが、短い方は懐にでも隠してたか」
    「ふーむ……もっと念入りに身体検査すべきだったか」
    「ま、放っておいても、……いや、まずいか。あの騒ぎを知らないだろうし、もしかしたら一人で突っ走って、誰か斬り殺してるかも知れない」
    「そっちは追う必要があるな」
     デイモンとキツネは顔を見合わせてうなずき合い、同時にきびすを返した。と――。
    「その必要はない」
     探そうとしていた当の本人が、誰かの頭を片手に立っていた。
    「い……イチカワ!?」
     まだ血の滴っている頭部を左手に提げたイチカワに、デイモンたちは戦慄する。が、イチカワは首を横に振り、「心配するな」と返した。
    「事情はすべて、広場の陰で聞いていた」
    「えっ?」
    「お前たちに縛られた後、すぐ脇差で縄を切って、後を追ったのだ。……だがその時には既に同胞は残らず討ち取られ、多勢に無勢と悟ってフナバシの元に戻ろうとした。ところが――お前たちには隠していたが――落ち合う予定だった場所に、フナバシはいなかった。不審に思っていたところで、住民たちが共に渡ってきた者たちを捕まえた。その後の成り行きは、すべて見て、聞いていたのだ。こいつが逃げたこともな」
     そう言ってイチカワは、左手に持っていたダンブレックの頭部を投げ捨てた。
    「うっ……」
    「元凶はこいつだろう? こいつが卑怯なことを画策せねば、同胞たちは死ななかったはずだ。恐らくは、共に渡ってきた俺の妹もな」
    「あの娘は……あんたの妹だったのかい」
     キツネの問いに、イチカワは目をうるませながら「そうだ」と答えた。
    「俺は一切を失った。家族も、友も、仕えるべき人間もだ。その上帰る手段をも失った。……まさかここで、俺の命までも奪おうと言うのではあるまいな」
    「……」
     デイモンは拳銃にかけていた手を、すっと放す。
    「法も、そして神も恐らく、君のやったことを許しはしないだろう。だが君には同情すべき点が大いにある。だから私は牧師ではなく一人の人間として、君を見逃そう」
    「……痛み入る。ジュウベエ・イチカワ、この恩は決して忘れん」
     イチカワは二人に背を向け、その場から歩き去った。
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 12
    »»  2024.08.27.
    ウエスタン小説、第13話。
    二人の奇妙な旅立ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
     結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。
     アメリカに残ったのは、あのまま行方知れずになったイチカワと、そして――。

    「じゃ、よろしくぅ」「何故だ」
     デイモンはあの手この手でキツネを撒こうとしたが、結局彼女はデイモンと一緒に、馬の上に座っていた。

    「前にも言ったじゃないか。アタシ一人で旅に出ようったって、そりゃ無理ってもんだってさ」
    「君もカネを受け取れば良かっただろう。そうすれば馬の一頭や二頭、調達できたはずだ」
    「皆の分け前が減るじゃないか。アタシにゃアンタって言う頼りになる相棒がいるんだし、ソレで十分さ」
    「誰がいつ君の相棒になったと言うんだ?」
     顔をしかめるデイモンに、キツネはケタケタと笑って返す。
    「おやおや、女を邪険にするもんじゃないよ。後が怖いってもんだ。もう一緒にベッドで寝てあげないよ?」
    「いらん。不要だ」
    「つれないねぇ。ま、もう町が見えないトコまで来たんだ。こんなトコで降りろなんて言いやしないよねぇ、牧師さんともあろうお方が」
    「その確信があるから私にしがみついているんだろうが。……はぁ」
     自分の頭脳ではそれ以上、キツネを退けられるような妙案を思いつくことができないと悟り、デイモンはあきらめに満ちたため息を漏らした。
    「仕方がないから次の町までは私に付いてきて構わん。次の町までだぞ。いいか、次の町で別れてくれ。絶対にだ」
    「はーいはいはい、じゃ、その次もよろしくぅ」
     臆面もなくそう返され、デイモンは目を見開いた。
    「……君には何を言っても無駄なのか!?」
    「少なくともアタシが満足するまでは無理だろうねぇ」
    「満足だって? 君みたいな図々しさの塊が満足することなんてあるのか?」
     呆れ気味に尋ねたデイモンに――キツネはふっと、寂しそうな表情を浮かべた。
    「ニューヨーク」
    「ん?」
    「この国の、東の果てまで行ってみたい。ソコまで連れてってくれたら、アタシは満足するよ」
    「アメリカの東の果てと言うなら、ニューヨークより西に位置する町はボストンでもプリマスでも、いくらでもある。ニューヨークに何かあるのか?」
    「……」
     キツネは質問には答えず――代わりに、こんなことを言い出した。
    「そう言やちゃんと名前を名乗ってなかったね。アタシはキツネ・ハスタニだ。適当に作った苗字だから、どこそこのお偉い家柄なんて由来はない。ニッポンのことばで蓮(Lotus)の谷(Valley)って意味だ。名前のキツネは人からもらったもんだが、由来はひどいもんさ。動物の狐(Fox)からだ」
    「何がひどい? フォックスなんて名前はこの国にはいくらでもいる」
    「だからこの国に来たようなもんさ。この国ならソレが普通だってんなら、気楽でいい。さ、アタシが名乗ったんだから、アンタも教えておくれよ。ソレが礼儀ってもんだろ」
    「そんな礼儀は知らないが、聞きたければ答える。デイモン・サリヴァンだ。これもこの国じゃ、ありふれた名前だ」
    「ミドルネームかなんかはないのかい?」
    「そんな洒落たものは、私にはない。旅の道中なら、同姓同名の人物に会って難儀するようなこともありえないからな」
    「ソレもそうか。……じゃ、アタシが付けたげようか?」
    「いらない」
    「だろーね、アハハハ……」



     旅の牧師デイモンと、東洋人キツネの奇妙な旅は、こうして幕を開けることとなった。この東へ向かう旅の果てに何が待つのか――そしてそもそもキツネが言ったように、ニューヨークに到着したところで終わりとなるのかすら――誰にも、とりわけデイモン本人にさえも、分からなかった。

    East Long Drive 1 ~ 東洋人、西の海から ~ THE END
    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 13
    »»  2024.08.28.

    新連載。4年ぶりのウエスタン小説。
    ロング・ドライブの終わりと始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。
     このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う、とんでもない値が付いたと言う。
     輸送コストや移動のリスクを差し引いても莫大なカネを手に入れられるとして、やがてロング・ドライブは、西部開拓時代における花形職業になった。今日の「西部劇」の象徴であるカウボーイ(牛追い)たちの起源もここにあり、西部開拓時代のイメージの半分は、このロング・ドライブによって形作られたと言っても過言ではないだろう。
     しかし何にでも終わりがくるもので――開拓が進み、大陸横断鉄道が全米を網羅し、西部に牧場が林立するようになった頃には、わざわざ長大な距離を牛に歩かせる必要性がなくなり、ロング・ドライブは過去のものとなっていった。

     とは言え「はるかなる旅」に憧れ、思いを馳せる人間は、現代にも大勢いる。数多の冒険小説やRPGゲームのほとんどは主人公にやたらと旅をさせているし、SUVの販売パンフレットには自然の真っ只中を駆け抜ける写真がずらりと並ぶ。
     ロング・ドライブの本来の目的と経済価値が失われた今日においてもその象徴、即ち長い旅路そのものに惹かれる人間は確実に存在し――そしてその途方もない道のりにわざわざ挑もうとする人間がいることも、決して特異ではないのだ。



     その日、旅の牧師であるデイモン・サリヴァンは、立ち寄った港町で――少なくとも真面目なキリスト教徒として生きてきたつもりの彼にとっては――奇妙で奇怪な者たちが船員を囲んでわめきちらしている場に出くわした。
    「***!? ****! ****!」
    「あ……なんだって? 困るなぁ、英語で話してくれんかねぇ……うーん」
     良く分からない言葉でまくし立てる彼らは、総じて浅黒く見えた。肌の色や髪の色だけでなく、服装や持ち物までもが垢じみて、おしなべて薄汚かったからだ。
    (インディアン……いや、船で来たようだし、中国人か?)
     デイモンは当初そう予想したが、そうでないことはすぐ、彼らの中心にいた女が、はっきりとした英語で怒鳴って明かしてくれた。
    「あーもう、じれったいねぇ! 休むトコあるかって聞いてんだよ! こちとらニッポンからえっちらおっちら2ヶ月も船に揺られ続けて、いい加減地面の上でぐっすり寝たいんだよ!」
    (ニッポン? ……日本人なのか)
     それを聞いた瞬間、デイモンはきびすを返して立ち去ろうとした。太平洋の向こうに住む民族と言う、「典型的な合衆国国民」、「真面目なキリスト教徒」である己の36年間の人生の中に一度として出くわさなかった相手にどう対応していいか、さっぱり分からなかったからだ。
    (賢き者は災いを見らば避けよ、だ。そもそもあんなワケの分からないモノに関わっても、ろくなことにはならないだろう)
     しかし次の、この女が放った言葉には、やはり「真面目なキリスト教徒」としては立ち止まらざるを得なかった。
    「ねえ頼むよ、異人さん……いや、ココじゃアタシらがそーなるのか。いや、まあ、とにかくだ、ぐったりして動けない娘もいるんだよ」
     気付けばデイモンは、その女の前に立っていた。
    「宿を探しているのか?」
    「そーだよ。ああ、やっと返事してくれた」
    「君が落ち着いて話をしないからだ。雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉もある。必要なことだけ話したまえ」
    「その言葉そっくりアンタに返したいね。説教はいらない、……いや、折角来てくれたアンタに突っかかっちゃ不調法だ。うん、ともかく寝るトコだ。横になってぐっすり眠れるトコを案内してくれないかい?」
    「カネはあるのか?」
     デイモンがそう質問したところ、女は一転、小声になる。
    「こっちのカネはないんだが、コイツと交換……、買ってくれるトコはあるかい?」
     そう言って女は懐から袋を取り出し、キラキラと光る櫛を差し出した。
    「黄楊(つげ)の櫛だ。ニッポンじゃ高級品なんだが。あとはニッポンの銀貨と銅貨がいくらか……」
    「ふーむ……どうだろう。とりあえず町で聞いてみるのがいいだろう。付いてきてくれ。いや、君だけでいい。みんなでぞろぞろ来られたら、まとまる話もまとまらなくなる」
    「ソレもそーだねぇ。分かった、……あー、と? アンタ、名前は?」
     尋ねつつ、女は自分の薄い胸をドン、と叩いた。
    「ちなみにアタシはキツネだ。よろしく」
    「……デイモンだ」
    「なんだって!?」
     名前を聞いた女は、ぎょっとした顔をする。この反応は子供の頃から嫌と言うほどされていたため、デイモンは淡々とした口ぶりで、彼女の誤りを正した。

    「スペルはDamonだ。君はDemon(デーモン:悪魔)と勘違いしている」
    「あっ、……ゴメンよ、デーモンさん」
    「デ・イ・モ・ン、だ」
     その後、キツネと名乗るこの女が、デイモンの納得が行く程度に発音できるようになるまでには600ヤードの距離を要したが、その甲斐あってこれ以降は二度と、キツネがこの発音を間違えることはなかった。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 1

    2024.08.15.[Edit]
    新連載。4年ぶりのウエスタン小説。ロング・ドライブの終わりと始まり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ロング・ドライブ」とは食用牛を繁殖地から消費地まで輸送する、西部開拓時代ならではのビジネスを指す言葉である。 このビジネスのはじまりは繁殖地であるテキサスから、ゴールドラッシュによる人口の急増で食料需要が激増したカリフォルニアへと運ぶものであったが、この時には購入額の10倍、20倍と言う...

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    ウエスタン小説、第2話。
    牧師の仕事。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     キツネがニッポンから持って来た通貨は、カネとしての価値はアメリカの地で問うことはできなかったが、「金属」としてなら取り扱ってもらうことができた。
    「全部で32ドル44セント、……ってのはどれくらいなんだい?」
    「宿代で言えば……一人一泊1ドル、32人分と言うところだ」
    「ソイツは良かった。ギリギリ全員分にゃなる」
    「だが宿の側が受け入れてくれるかどうか。東洋人を嫌う人間も少なくない」
    「ソコは神頼みってヤツだねぇ」
     だがキツネが頼ったニッポンの神々がアメリカで力を奮うには、少しばかり距離が遠かったらしく――。
    「なに!? 死んだって!?」
     先程キツネが案じていた娘は、既に息を引き取ってしまっていたのだ。
    「そんな……」
     一転、意気消沈した様子のキツネが他のニッポン人と話しているのをぼんやり眺めつつ、デイモンは牧師の仕事、即ち祈りと埋葬を申し出ようかと考えたが、かぶりを振ってあきらめた。
    (異邦人で異教徒だ。私の出る幕ではない)
     そしてやはり、彼女たちには彼女たちなりの流儀があるらしく、亡くなった娘を担いでどこかへ行ってしまった。一人その場に残されたデイモンはそのまま港の先に広がる、太平洋の穏やかな海を眺めていた。
    (ニッポンからはるばる、この海を越えて……か)
     30年以上前、まだ物心付く前にしか渡航経験のないデイモンには、海がどれほど危険なものなのか、まったく想像も付かなかったが――港にいた者たちのどよめきと呆れ声を聞き、少なくとも一人の人間が立ち向かえるような相手ではないことを悟った。
    「あーあ……あの東洋人たちの船、沈んじまったぜ」
    「あの船ってあれだろ、ジャンク船ってやつだろ?」
    「おいおい、いくらなんでもそんな骨董品なわけないっての。阿片戦争の頃の船じゃねえか」
    「あいつらが乗ってたのは確か……センゴクブネ? とか何とか」
    「どっちにしろ最新の船じゃない。ボイラーもパドルも付いてない骨董品だ」
    「そんなガラクタで海を渡ろうなんてよっぽどバカなのか、よっぽど追い詰められてたのか」
    「どっちもだろうぜ」
    「違いねえや、ひひひ……」
     彼らの言う通り、キツネたちが乗ってきた船はもう影も形もなく、海の底に沈んでしまったらしかった。

     ちなみに西部開拓時代における「旅の牧師」と言う職業には、2つの稼ぎ口がある。1つは垢の付いた聖書を片手に中の物語を読み聞かせ、開拓民の退屈を紛らわせること。そしてもう1つは牧師のいない町で出た死者を弔い、その遺品を葬儀屋と山分けすることである。
     デイモンは後者の稼ぎ口としてキツネたちに狙いを付けたものの、前述の状況から、それは困難であることが早々に判明した。そこでもう一つの稼ぎに精を出そうとしたのだが、荒野のど真ん中にある寂れた町ならともかく、彼が今立ち寄っているここは、多くの旅人が集まる港町である。本の中の登場人物よりもよっぽど面白い冒険を果たした勇者がそこかしこにいたため、真面目で堅苦しい意図と説教臭い教訓が透けて見える彼の話など、誰も聞こうとしない。
     どちらの稼ぎもままならず、デイモンは早々にここでの仕事をあきらめることにした。
    (とりあえず豆とベーコンをいくらか買って、次の町を目指そう)
     旅の準備を整えるため、デイモンは雑貨屋に足を運んだ。と――。
    「あれっ? デイモンじゃないか」
     苦々しい表情を浮かべる店主の前に、キツネが立っていた。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 2

    2024.08.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。牧師の仕事。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. キツネがニッポンから持って来た通貨は、カネとしての価値はアメリカの地で問うことはできなかったが、「金属」としてなら取り扱ってもらうことができた。「全部で32ドル44セント、……ってのはどれくらいなんだい?」「宿代で言えば……一人一泊1ドル、32人分と言うところだ」「ソイツは良かった。ギリギリ全員分にゃなる」「だが宿の側が受...

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    ウエスタン小説、第3話。
    日米葬儀観。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……キツネ。何かあったのか?」
     一目見て、キツネが何らかのトラブルを起こしていることは明らかだったが、そのキツネに名前を呼ばれてしまい、その上、店主からも「なんとかしてくれよ」と訴えかけるような目を向けられてしまったため、デイモンは仕方なくキツネに声をかける。途端にキツネは、あのけたたましい声で状況を説明してくれた。
    「ちょいと聞いとくれよ、デイモン。今ね、店主さんに薪と油を頼んでんだけどさ、売れないって言うのさ。こっちはちゃんとカネ出すって言ってんだよ? こっちがニッポン人だからって、差別するなんてひどいじゃないか!」
    「ふむ」
     我慢強く聞き終え、デイモンは店主に尋ねる。
    「何故売らないんだ?」
    「いやいや牧師さん、だって何に使うんだって聞いたらこの女、『人を焼くから』って言うんだぞ!? いくらカネ払うって言われたって、人殺しになんか協力できねえよ!」
    「だーかーらー、もう死んでるんだって! ちゃんと弔ってやらなきゃかわいそうだろ!? ソレともアメリカじゃ死んだ人間なんてそこいらで野ざらしにしとけってのかい!?」
    「……二人とも落ち着いてくれ」
     デイモンは二人をなだめつつ、キツネに質問を重ねる。
    「どうして死体を焼くんだ? いや、咎めるつもりはない。そもそもこの国では、亡くなった人間は土の中に埋葬するのが通例で、これは宗教上の理由だ。だから焼くと言われて面食らった。しかし君たちが死体を焼こうとしているのも、宗教上の理由からだろうか?」
    「そうだよ。ニッポンじゃ『荼毘(だび)に付す』っつって、弔いの一環なんだよ」
    「なるほど」
     デイモンは彼女の言い分を聞き、思案する。
    (彼女の態度や経緯からして、この説明は嘘や方便ではないだろう。とは言え理解しがたい部分のある話だが……しかし異教の習慣だからと言って頭から拒否・拒絶するのでは、12世紀のカトリック教徒と一緒だ。私はもっと文明的な時代の牧師であるし、もう少し寛容であってもいいだろう)
    「デイモン?」
     顔を覗き込んできたキツネに、デイモンはチラ、と目線を合わせ、小さくうなずいて返した。
    「君の主張は概ね理解した。君たちなりの弔いの行為を否定する判断材料と権利は私にはないし、店主にも恐らくはあるまい」
    「えっ!?」
     目を丸くする店主に、デイモンはわざと小難しく説明してやった。
    「アメリカ人としては不満な点もあるだろうが、相手はニッポン人だ。君が彼らの生活習慣を熟知していて、彼女の主張を退けるに足る宗教上の知見を有しているのなら、存分に主張したまえ。私はそれについても吟味し、改めて裁定を下そう」
    「ちけ……ちけん? あー……えっと」
     一転、店主は面倒臭そうな表情を浮かべる。それを確認して、デイモンはこう続けた。
    「私の、いや、いち牧師としての意見としては、『特に問題ないだろう』と言うことだ。後は君が売るか売らないかの話だ。売ってくれるかね?」
    「……牧師さんがオーケーだってんなら、俺からは何にも言うことはない」
     その後は素直に話が進み、キツネは薪と油を買うことができた。

     どうにか買い物を終え、二人は大量の薪と油を抱えて往来に出た。
    「いやー悪いね、荷物運びまでやらせちまって」
    「常識的に考えれば、君にこの量の薪を運ぶのは無理だろうからな」
     往来をまっすぐ進み、町の外へ出たところで、ニッポン人らがたむろしているのを確認する。
    「……」
     と、彼らはデイモンの姿を見て、じろりと敵対心に満ちた目を一斉に向ける。
    「***」
     デイモンの前にキツネが立ち、彼らに一言声をかけたところで、彼らは目線を切ったものの――。
    「歓迎されていないようだ」
    「悪いね。金髪で目が黒くない人間をコレまでとんと見たコトがないヤツらばっかなもんで、気味悪がってるのさ」
    「君はそうじゃないと言うような口ぶりだし、実際、初対面でいきなりグイグイけしかけてきた。英語もかなり流暢だし、以前にアメリカ人から教わった経験が?」
    「どっちかって言やイングランド人からだね。ちょいと縁があったもんでさ」
    「それじゃ正真正銘のキングス・イングリッシュ(標準語的英語話者)か。……詳しく聞きたいところだが、今はそんな空気じゃなさそうだ」
     キツネを除くニッポン人たちは誰一人として顔を合わそうとせず、ひたすら背を向けている。
    「私はここで失礼するとする。もう会うことは……」「ちょっとちょっと、お待ちよデイモン」
     別れの言葉を口にしようとしたデイモンの手を、キツネがぐいっと引っ張る。
    「アンタに二度も三度も助けてもらったってのにお礼も何もなしでハイさよならってんじゃ、あんまりにも不調法じゃないか。一杯おごらせてもらうくらいはさせてくんなよ。おっと、お坊さんだから酒はご法度だったか?」
    「ニッポンの宗教の戒律がどうなっているかは知らないが、少なくとも私は普通に飲む。……礼を言われるほどのことをしたとは思っていないが、酒をおごると言われてわざわざ断る理由はない」
    「おやぁ……? アンタ案外イケるクチなんだね?」
     デイモンの反応に、キツネは口をニヤッと歪ませ、嬉しそうに笑った。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 3

    2024.08.17.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。日米葬儀観。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……キツネ。何かあったのか?」 一目見て、キツネが何らかのトラブルを起こしていることは明らかだったが、そのキツネに名前を呼ばれてしまい、その上、店主からも「なんとかしてくれよ」と訴えかけるような目を向けられてしまったため、デイモンは仕方なくキツネに声をかける。途端にキツネは、あのけたたましい声で状況を説明してくれた。「ち...

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    ウエスタン小説、第4話。
    酩酊。

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    4.
     デイモンは早々に立ち去ろうとしたため、この町のことをあまり詳しく調べてはいなかったが、どうやらキツネは――薪と油を買い付ける際に周っていたためか――町の地理について明るいらしく、迷いもせずに彼をサルーンに案内した。
    「いらっしゃ……」
     自分の姿を見るなり顔をしかめた店主に構う様子も見せず、キツネはカウンターにべしっとくしゃくしゃの1ドル札を叩きつけた。
    「コレでコイツにうまい酒と料理を出しとくれ」
    「……」
     店主は1ドル札に描かれたハクトウワシをじーっとにらみつけ、裏返して文面を眺めたりしていたが、どうやら真札と分かってもらえたらしく、くるりと背を向けて酒瓶を手に取った。
    「テキーラでいいか?」
    「てき……てく……何だって?」
     尋ね返したキツネに、デイモンが答える。
    「うまい酒だよ。あんたが注文した通りだ。ありがとう、マスター」
     出されたテキーラとグラス2つを受け取り、デイモンはそのまま注ごうとした。が、キツネが瓶をつかみ、デイモンのグラスに注ぎ入れる。
    「お酌くらいさせとくれよ」
    「おしゃく?」
    「ニッポンの礼儀だよ。お酒飲ませる時は、人に注いでもらう方が気分いいってもんだろ?」
    「そんなもんかね。……気持ちは受け取る。ありがとう」
     礼を述べ、デイモンはぐい、とグラスをあおった。



     結論から言えばデイモンは、グラスをあおって3秒後からの記憶の一切を失っていた。
     彼は普段から、自分は酒に強い性質だと認識しており、テキーラのショットグラス1杯程度で潰れるはずがないと確信していたのだが、どうやらキツネをはじめとする未知の異邦人たちとの出会いは相当のストレスを彼に与えており、30代半ばの放浪者にしてはすこぶる頑丈だったはずの内臓が、この日はいくらかへたっていたらしい。

     なので――ふと目を覚まし、夕闇にぼんやり照らされたベッドの中で、裸のキツネと一緒に横になっていることを認識したその瞬間、彼の頭の中で大量の感嘆符と疑問符が戦争(シビルウォー)を始めてしまった。
    (……!? なっ、……え、……まさか!? いや、バカな、俺が!? キツネと!? 一緒に!? まさか!? 夢!? ウソだ!)
     辛くも感嘆符軍が勝利を収め、デイモンは慌ててベッドから抜け出し自分の姿を確認する。そこでようやく、いつもの旅装のままであることに気付き、またも疑問符側が勢力を盛り返した。
    (服着てる? じゃ俺はまだ、……いや、キツネが着せた? まさか? 何のためにだ? ……ん?)
     ベッドの中のキツネをよく見てみれば、彼女は裸ではなく、昼にもまとっていた薄い木綿製の服がはだけ、左肩と、そう豊かでもない胸の谷間が見えていただけだった。
    (キツネも服のまま? じゃあ……いや……んんん?)
    「……んん~」
     と、キツネがあくびをし、目をうっすら開いた。
    「おやぁ……お目覚めかい、デイモン? ……ああ、頭がクラクラする。アンタの言ってた通り、『てくいら』ってのはガツンと来るもんだねぇ。……ああ、心配しなさんな。アンタを1階のサルーンからこの部屋まで引っ張ってベッドに転がして、ついでにアタシもおねんねしてたってだけさね。酔いが回っちまったもんでさ。……ふあ~あ」
    「……本当に何も? 何もなかったんだな?」
     思わずそう尋ねてしまったデイモンに、キツネはベッドの中でケラケラ笑って返した。
    「あっててほしかったのかい?」
    「い、いやいやいや! 俺、……私は聖職者だ! 異性との未婚での同衾(どうきん)など、あってはならない! なくて良かった! ああ、良かったとも!」
    「その割にゃ、お前さんの方はガッカリしてるように見えるがねぇ、へっへへ」
     キツネはのそっと上半身を起こし、服を整えながら、「アンタもズボンくらいしっかり履きな、大物さん」と続けた。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 4

    2024.08.18.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。酩酊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. デイモンは早々に立ち去ろうとしたため、この町のことをあまり詳しく調べてはいなかったが、どうやらキツネは――薪と油を買い付ける際に周っていたためか――町の地理について明るいらしく、迷いもせずに彼をサルーンに案内した。「いらっしゃ……」 自分の姿を見るなり顔をしかめた店主に構う様子も見せず、キツネはカウンターにべしっとくしゃくしゃの1...

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    ウエスタン小説、第5話。
    お堅い牧師さん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     キツネに言われるがまま身なりを整え直している間に、外はすっかり真っ暗になっていた。
    「どうする? アタシとしちゃまだ頭が重たいもんで、このまま二度寝しちまいたい気分なんだけども」
    「ねっ、眠るにしてもだ、一つのベッドに未婚の二人では大変まずいだろう。別の部屋を取りたまえ」
    「この部屋取ったのはアタシだよ。一緒が嫌だってんなら、アンタが出てくのがスジってもんじゃないのかい?」
    「うぬぬ」
     あっさり言い負かされ、デイモンは部屋を出ようとする。が、キツネが「ちなみにね」とたたみかける。
    「この宿、他は満室だってさ。ココ以外にもう2部屋あったみたいだけど、アタシが取ろうとした時にゃもう、ココしか空いてないって言われたよ。外出て探してみるかい? 行き来の多い町だしもう宵の口だから、空いてる宿なんかもうどこにもないと思うがね」
    「……野宿って手もあるさ」
    「強がるねぇ。だけどあったかい西海岸とは言え、せっかく取れた宿を放り出して町の外で焚き火にかじりついて一晩過ごすってのは、肉体的にも精神的にもなかなか辛いと思うがねぇ? それともこっちのお坊さんも荒行すんのかい?」
    「……」
     ドアの前まで進めていた足をぐるりと戻し、デイモンはベッド――ではなく、横にあった椅子に座り込んだ。
    「一緒には寝ない。絶対にだ。私はここで寝る」
    「はーいはい、お好きにどうぞ。そんじゃおやすみ、デイモン」
    「おやすみ、キツネ」
     場が一瞬静まり返るが、キツネがすぐに口を開く。
    「横になりたかったらなっていいよ。半分開けとくから」
    「ならん。真ん中で寝てていい」
    「強情っぱりだねぇ」
     ふたたび静寂が訪れようとしたが、今度はデイモンがその静寂を破る。
    「そう言えば昼に尋ねようとしていたが」
    「ん?」
    「あんたのその英語は、イングランド人から教わったと言っていたな? 渡英したのか?」
    「ああ。2年ほどね」
    「その割にはかなり……なんと言うか……英国式の肩肘張った感じがないように思えるが」
    「ちょいと北の方まで何度か行ったからかもね。おかげでジェーン・ブルにゃなれなかったが、気の合う友達はいっぱいできたよ」
    「率直に言って、生粋のイングランド人よりはあんたの方が気楽に話ができる。あんたの、元々の性格もあるのかも知れないが」
    「そりゃどうも。アタシもアンタとは、仲良くなれそうな気がするよ」
     そのまま会話が途切れ、二人はそのまま眠りについた。



     もう一度入った夢の中で、デイモンは「師」に会っていた。
    「友よ、同志よ。君はまだ悩んでいるように見える」
    「……」
     焚き火を囲んで反対側に座る「師」が、穏やかな口調でデイモンに話しかける。
    「宿命を、天命を悟り、それに則って旅を続けて、それでもなお、君は悩んでいるようだ」
    「……」
    「何を悩む? 旅路が永遠に続くことか? それとも運命から逃れられぬことか?」
    「……」
     デイモンは沈黙を貫く。
    「君と会った時にも私は言った。己の使命を悟れ。しかし縛られるなと」
    「……」
    「君は縛られている。10年、旅を続けているのはそのためだ。続けたくないのならば、縛られるな」
     淡々と諭し終えて、「師」はその場から、何枚かの羽根を残してふっと消える。一人残ったデイモンは、忌々しげにつぶやいた。
    「俺を縛ったのはあんただろう。あんたの言葉のせいで、俺はまだ、何をしたらいいのか分からないんだ」



    「何したらだって? とりあえずもうちょっとしたらさっさと起きて、1階で朝メシ食うこったね」
    「……!」
     もう一度目を覚ました時には、デイモンは――あれだけ強情を張っていたにもかかわらず――ベッドの上にいた。
    「おはよう、デイモン」
    「おっ、おはよう。……い、いや、キツネ。何故私をベッドに運んだ?」
    「アンタが自分から寝転んだんじゃないか。さては寝ぼけてたね?」
    「ほ、本当に?」
    「やっぱり半分開けといて正解だったみたいだねぇ、へっへへへ」
     そう言ってキツネはまだ横になったままのデイモンの顔を見下ろし、ニヤニヤと笑っていたが――遠くから響いてくるパン、パンと言う破裂音に、血相を変えた。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 5

    2024.08.19.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。お堅い牧師さん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. キツネに言われるがまま身なりを整え直している間に、外はすっかり真っ暗になっていた。「どうする? アタシとしちゃまだ頭が重たいもんで、このまま二度寝しちまいたい気分なんだけども」「ねっ、眠るにしてもだ、一つのベッドに未婚の二人では大変まずいだろう。別の部屋を取りたまえ」「この部屋取ったのはアタシだよ。一緒が嫌だってん...

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    ウエスタン小説、第6話。
    夜明けの暴動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」
     尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。
    「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」
    「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」
    「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」
     再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。
    「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」
    「行ってみるかい?」
     尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。
    (行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か)
    「行くんだね?」
     デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。
    「アタシも行くよ」
    「何故だ?」
    「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」
    「しかし丸腰では……」
    「へっへ、心配ご無用ってやつさ」
     キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。
    「こっちも英国式を学んでる」
    「……無茶はするなよ」


     デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。
    「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」
    「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」
     昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。
    「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」
    「……いや、……向かいの、あの店だな」
     デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。
    「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」
    「どうしてさ?」
    「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」
    「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」
    「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」
     デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。
    「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」
    「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」
    「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」
    「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」
     そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。
    「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」
    「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」
    「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」
     と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 6

    2024.08.20.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。夜明けの暴動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」 尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっ...

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    ウエスタン小説、第7話。
    ガンマンとサムライ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     二人が小屋の陰に潜むと同時に、ニッポン人が二人、通りの向こうから現れた。
    「***?」
    「**」
     二人は血に濡れた刃物を手に、悪魔のような形相で何かを話している。
    「何て話してる?」
    「大した内容じゃない。……次はドコを襲うんだ、だってさ」
    「あのロングソードで殺して回ってるのか」
    「アレはカタナだよ」
    「どちらにしろ、時代遅れもはなはだしい。もはや古代人の仮装だ」
    「同感だね。……『言われた店は全部焼いた。中心部に向かおう』だって」
    「……!」
     デイモンは思わず拳銃を構え、ニッポン人二人の後ろに躍り出ていた。
    「止まれ!」
    「……!」
     血まみれの二人がぐるりと振り向き、らんらんと光る目をデイモンに向けた。
    「*****!」
     二人はカタナを腰の前で握り、デイモンに何かを叫ぶ。
    「何だって?」
    「『殺せ』だとさ。……コレは正当防衛って言い張れると思うね、アタシの見立てじゃ」
    「同感だ」
     カタナを振り上げ、奇声を上げながら飛びかかってきた男に、デイモンは躊躇(ちゅうちょ)なく弾丸を浴びせる。
    「ぬっ、……う……」
     血で汚れた木綿の服にぽつ、ぽつと穴が空き、そこから彼自身の血が噴き出す。
    「**……ご……ぼっ」
     男はなおも何かを叫びかけたが、口からも血が滝のように流れ出し、そのまま膝から崩れ落ちた。
    「**! **ッ!」
     もう一人の男が倒れた相棒に駆け寄り、どうやら名前らしい何かを叫ぶ。
    「**! *****!」
     男はデイモンを見上げ、殺意に満ちた目でにらみつけた。
    「*****!」
     しかし彼が立ち上がるより早く、デイモンは相手のすぐそばに迫り、拳銃を彼の眉間に突きつけていた。
    「あんた、こっちの言葉は分かるのか?」
    「や、ヤー」
    「それはドイツ語か? それともオランダ語か? 英語が話せるなら『イエス』と言ってくれ。そっちの方がありがたい」
    「……イエス。ちょっと、話せる」
     オランダ語訛りを感じるも、どうやら意思の疎通程度はできるらしかった。
    「私はサリヴァン。あんたの名前は?」
    「俺の名前はジュウベエ・イチカワだ」
    「ではMr.イチカワ、あんたらは何故この町を襲っている? なにか理不尽な目に遭ったのか?」
    「違う」
     イチカワはカタナを横に置き、足の上に体を乗せる形で座り込んだ。
    「俺たちの目的はこの町を主君に献上することだ」
    「何だって?」
    「我々はこの町を占領し、御家再興の足がかりとする」
    「言ってる意味がさっぱり分からない。そんな訳のわからないことのために、罪のない人間を殺戮したのか?」
    「大義のためだ」
    「……私は寛容な人間であろうと心がけているが、お前たちのしたことは寛容の限度を超えている。善良な人間として、このまま保安官のところまで連行することにする。立て」
    「分かった」
     イチカワは立ち上がりながらカタナをつかみ――次の瞬間、デイモンに肉薄した。
    「……っ」
    「****!」
     カタナが横に払われ、デイモンの胴を真っ二つにしかける。だが――。
    「うっ!?」
     ギン、と金属音が鳴り、カタナが遠くに弾かれた。
    「穏便に接してくれてるお坊さん相手に不意打ちとは、お侍さんの風上にも置けないヤツだねぇ」
     銃口から硝煙をくゆらせながら、キツネが物陰から現れた。
    「そんでイチカワさんだっけか。急所は外してやったはずだ。今度こそお行儀よくおすわりして、きちんと話しとくれよ。一体なんだって、海の向こうのこの町を襲ったのかをさ」

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 7

    2024.08.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。ガンマンとサムライ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 二人が小屋の陰に潜むと同時に、ニッポン人が二人、通りの向こうから現れた。「***?」「**」 二人は血に濡れた刃物を手に、悪魔のような形相で何かを話している。「何て話してる?」「大した内容じゃない。……次はドコを襲うんだ、だってさ」「あのロングソードで殺して回ってるのか」「アレはカタナだよ」「どちらにしろ、時代遅...

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    ウエスタン小説、第8話。
    「古代」妄想狂。

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    8.
     キツネにところどころ翻訳してもらいつつ、デイモンはイチカワから、彼らの計画の全貌を聞き出した。
    「我々は元々、菜代(なじろ)藩家臣の出であったが、諸々の事情で御家は取り潰しとなり、浪人となって千々に散ることとなった。いつの日か御家を再興するべく、元家臣の間で細々とながらも、親の代から協力し合っていたのだが、そうこうするうちに幕府が倒れ、新政府が興り、我々の武士としての身分も有名無実のものとなった。この調子では御家再興どころか、我々の身の上も危うい。そう考えてこの計画を――即ちアメリカに渡り、ここに我らの新たな城を築くことを企てたのだ」
    「そのために店を焼いたってのかい? なんてバカなんだい、アンタたちは!」
     呆れるキツネに、デイモンも同意する。
    「ああ、荒唐無稽にもほどがある。仮にこの町を制圧し、君たちの言うオイエサイコーとやらを成し遂げたとしても、合衆国政府が認可するわけがない。ましてや町ひとつ滅ぼすような危険な組織を放っておくわけもない。おそらくはもう既に、近くの州軍基地に緊急連絡が伝わっているはずだ」
    「む……」
     黙り込むイチカワを前に、デイモンとキツネは顔を見合わせる。
    「で、このバカをどうするかだけど」
    「彼一人のことを考えるなら、即刻連行するのが得策だろう。だが話を聞くに、相手は1人じゃない」
    「だねぇ。アタシが覚えてるだけでも、明らかに元お侍さんって感じのが10人はいたはずだ。コイツ一人牢屋にブチ込んだところで、他が暴れてるってんじゃ意味がない。全員とっ捕まえなきゃね。
     で、イチカワさん。残りは何人いるんだい? もちろん正直に答えておくれよ? まさかお侍サマともあろう者が、こんな状況でウソついてアタシたちをだまそうなんて思ってやしないだろうね?」
    「俺と、さっきそっちの男にやられたチバを入れて、浪人は11名だ。代表はクラノカミ・フナバシで、50そこそこで白髪の、小柄な男だ」
    「そのMr.フナバシがリーダーか。そいつを何とかすれば、他の奴も止められるかも知れないな。どこにいるのか分かるか?」
    「分からない。他の者と共に、どこかで行動しているだろうとは思うが」
    「リーダー自ら? ……いや、たった11人で町一つ滅ぼそうとするなら、全員体制で動くのが当然か。探すしかないな」
     話を聞き終え、デイモンは近くにあったロープで、イチカワを縛る。
    「Mr.イチカワ、ここでじっとしていろ。後で保安官に突き出す」
    「……」
     イチカワはそれ以上何も言わず、されるがままに、近くのひさしの柱にくくりつけられた。

     デイモンたちは町の、まだ襲われていない箇所を周り、浪人たちを探し回った。時刻はまだ早朝ながらも、どうやら騒ぎに気付いた者がデイモンたち以外にも相当数いたらしく――。
    「いたぞーッ!」
    「殺せ! 撃ち殺しちまえ!」
     あちこちで銃の発砲音と、男の悲鳴が聞こえてくる。
    「この様子じゃ、浪人さんたちの分はかなり悪そうだ。いや、もう負けたも同然だろうね」
     そうつぶやくキツネに、デイモンは首を横に振った。
    「確かにこのままローニンたちが全滅し、騒ぎが収まる可能性は高い。……だが疑問はある」
    「って言うと?」
    「そもそも町に着いた時点で、彼らはその規模を確認していたはずだ。敵情視察もせずに砦に攻め込むのは愚策、いや、無策にもほどがある。いくら蛮勇の持ち主といえども、敵の居場所も分からないのに刃物を振り回して、成果が出ると考える者はいないだろう。それ以前に敵すらまともに定まっていない、攻撃目標が不明なまま作戦行動を行っていると言うのでは、もはやただの暴徒だ。
     第一、フナバシがリーダー、つまりは指揮官を務めていると言うことになるが、指揮官がここまで荒唐無稽な行動を執らせるだろうか? 何を以て作戦終了した、勝利したと伝えるつもりなんだ? 彼らの行動のどこをどう切り取っても、論理が破綻している」
    「アンタはまたゴチャゴチャと考え事してるけど、つまり何が言いたいんだい?」
     苛立ち気味に尋ねてきたキツネに、デイモンは「サルーンに戻ろう」と返した。
    「なんだって? 浪人さんたちを放っといて三度寝しようってのかい?」
    「ローニンたちに関しては、おそらく我々の助力なしでも町の人間がどうにかできるだろう。それよりも謎を究明する方が建設的だ。サルーンの店主もこの騒ぎで目を覚ましている可能性は高いし、町のことを聞くならうってつけだ。話を聞きに行こう」
     そう答え、デイモンはサルーンへと足を向けた。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 8

    2024.08.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。「古代」妄想狂。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. キツネにところどころ翻訳してもらいつつ、デイモンはイチカワから、彼らの計画の全貌を聞き出した。「我々は元々、菜代(なじろ)藩家臣の出であったが、諸々の事情で御家は取り潰しとなり、浪人となって千々に散ることとなった。いつの日か御家を再興するべく、元家臣の間で細々とながらも、親の代から協力し合っていたのだが、そうこうす...

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    ウエスタン小説、第9話。
    三文芝居の裁判劇。

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    9.
     デイモンの予想通り、時代遅れのカタナ装備で盲目的に暴れ回っていた浪人たちは、連携を取って銃武装した町の住民たちにはまったく刃が立たず、ガンスミスの焼き討ちから1時間も経たないうちに、その全員が射殺されていた。
     そして彼らとともに海を渡っていたニッポン人たちは彼らの仲間と判断され、まだ港の端でたむろしていたその全員が縄で縛られ、広場へと連行されていた。
    「**……***……」
     彼らはどうやら日本語で釈明、あるいは命乞いをしているようだったが、町の人間には太平洋の向こうの言語など分かるはずもない。
    「さっさと殺せ! 縛り首だ!」
    「悪魔どもめ!」
     殺気立つ住民たちは、今にも私刑(リンチ)を決行しかねない、恐怖と怒りが入り混じった表情を並べていた。と――。
    「お、お待ち下さい!」
     ニッポン人たちの前に、やはり同郷らしい東洋人が駆け込み、地面に頭をこすりつけるようにしてしゃがみ込んだ。
    「この者たちは無関係にございます! あの凶行は浪人たちの暴走、暴挙によるものであり、彼らはまったく関係がございません! どうか、どうかお慈悲を!」
    「んっ……んん?」
     突然現れた白髪の男に、住民たちはあっけに取られる。そこへ身なりのいい、明らかに町の名士と分かる男がやって来た。
    「騒ぎを聞いて駆けつけた。一体どうしたと言うのだね?」
    「あっ、ダンブレックさん!」
     ぴかぴかと光る保安官(シェリフ)のバッジを胸に付けたその名士は、住民たちに鷹揚な物腰で尋ねる。
    「町が騒がしいようだが、何かあったのか?」
    「そいつらですよ! その東洋人たちが町を焼いて回っ……」「何だって!?」
     住民が説明し終わらないうちに、ダンブレック氏は大仰に驚いてみせた。
    「それで、あなたたちがその犯人と?」
     そしてまだ地面に頭を付けていた白髪の男に尋ねると、彼はがばっと顔を挙げ、もう一度、叩きつけるように頭を下げた。
    「滅相もございません! 共に海を渡りはしましたが、彼らは我々とは無関係の者たちです! 恐らくは血気盛んが過ぎるあまり、町を略奪して回ろうとしたのでしょう。しかし、しかしです! 重ねて申し上げますが、彼らは我々とは無関係なのです! 我々は皆、善良な人間でございます! 虫も殺さぬような、罪なき者たちでございます! ですからどうか、どうかご慈悲を……」
    「ふーむ、なるほど」
     ダンブレックはにこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼の肩をとん、とんと叩く。
    「お話は分かりました。なるほど、実際に襲っていた人間とあなた方は、衣服や持ち物からして違います。どうやら無関係であることは確かなようだ。
     どうだ、皆? 彼らの言うことを信じてやっては?」
     彼の言葉に、住民たちは一様に困惑した表情を浮かべた。
    「いや……しかし……」
    「そんな、どこから来たか分からんような東洋人を信じるって言うんですか?」
    「なるほど、その意見ももっともだ。確かにこのニッポン人の言うことを、おいそれと信用できるものではない。しかしだ、私には彼らが悪い人間には見えない。そもそも銃やナイフも持っていない様子だし、無害であることは明らかだ。もし彼らが本当に善なる人々であった場合、処刑などしてはそれこそ我々が罪人となってしまう。『疑わしきは罰せず』のことばもある。確たる証拠なしに裁くことは、決して許されない。
     そこで提案だが、ここは彼らを私に任せてはもらえないだろうか。私の監督下に彼らを置く形で、彼らを新たな住民として迎え入れ町の復興と振興に貢献してもらう。万が一何か問題を起こした場合は、私の裁量で判断する。今回の件の償いを彼らにさせるとするなら、これがベストであると私は思う。この処置で納得してくれるか、皆?」
    「いや……だけど……うーん……」
     渋る様子を見せながらも、住民たちは溜飲を下げる。
    「でもまあ、あんたにそう言われちゃ、強情張るわけにも行かないしなぁ……」
    「本当に何かあったら、どうにかしてくれるって約束してくれるんだな?」
    「ああ、請け負うとも。私を信じてくれたまえ」
     ドンと分厚い胸板を叩くダンブレックに、ようやく住民たちは応じかけた。
    「まあ……じゃあ……」
     と――そこに、二人の男女が割って入ってきた。
    「その判決、異議アリだよ」

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 9

    2024.08.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。三文芝居の裁判劇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. デイモンの予想通り、時代遅れのカタナ装備で盲目的に暴れ回っていた浪人たちは、連携を取って銃武装した町の住民たちにはまったく刃が立たず、ガンスミスの焼き討ちから1時間も経たないうちに、その全員が射殺されていた。 そして彼らとともに海を渡っていたニッポン人たちは彼らの仲間と判断され、まだ港の端でたむろしていたその全員...

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    ウエスタン小説、第10話。
    デイモンとキツネの糾弾。

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    10.
     突然現れたデイモンとキツネに、住民たちは一斉にけげんな顔を向ける。
    「あ……? 誰だ、あんたら?」
    「私は旅の牧師だ。彼女は……」
     ニッポン人だ、とデイモンは紹介しようとしたが――どこでくすねてきたのか、そしてどこで着替えてきたのか――いつの間にか東洋人らしからぬシャツとスカート姿になっていたため、やむなくこう続けた。
    「……私の同業者だ」
    「ウソつけ。どう見ても東洋人だろうが。しかも女だ」
    「おや、東洋人と女は牧師やっちゃいけないなんて法がこの州にゃあんのかい? アタシは聞いたコトないがね。まあ議論すんのはソコじゃない。いま議論すべきはソコのおっさん二人が信用に足る紳士かどうかってコトだ」
     そう言ってキツネは、ダンブレックとフナバシを指差した。
    「改めて考えてみなよ、みんな? 昨日、今日現れたばかりの東洋人を、おっさん一人が『信じろ』って言ったら『ハイ仰せのままに』つって、手放しで信じるってのかい? そりゃああんまりにも無責任ってもんじゃないか。大体そのおっさんが、ソコまで信用できる人物だってのかい?」
    「そりゃそうだ。ダンブレックさんはこの町の名士だ。シェリフもやってるし」
     反論した住民に、今度はデイモンが尋ねる。
    「東洋人らに焼き討ちされた店舗について聞きたい。シュナイダー銃器店、バーグマン雑貨店、そしてリヴァーモア運送。この3店に共通点はあるか?」
    「は……?」
    「職種も場所もバラバラじゃねえか。関係なんて……」
    「あっ」
     と、2、3人が声を上げる。
    「そこって確か、裁判で争ってたんじゃなかったっけ? ダンブレックさんと」
    「あー……そう言や聞いたかも、それ。特許訴訟とか運賃の未払いとかで」
    「卸してた商品引き上げるぞとか何とか言ってたって」
     それを聞いて、キツネはニヤリと口の端を歪ませる。
    「おやまあ、何だかキナ臭いじゃないか。バラバラに襲われた店が全部、このMr.ダンブレックと揉めてたトコだってのは」
    「ぐ、偶然だ。裁判だって円満に和解するつもりだったし」
    「ソレからおかしな点はもう一つある。フナバシとか言ったね、そのおっさん。やけに流暢(りゅうちょう)な英語を話すじゃないか。他の皆はコレっぽっちも話せないのに、何でアンタはそんなにペラペラとおしゃべりなんだい? しかも立て板に水のごとく、すらすらと弁解の口上を並べて。まるで前もって準備してたようにさ」
    「よ、よその国に渡るのなら、そこの言葉を学んで当然ではないか。弁解の言葉も、申し訳ないと思う気持ちがあればこそだ」
     しどろもどろに反論する二人に、もう一度デイモンがたたみかけた。
    「そして3つ目の謎だ。諸君はあの東洋人が、どこの国から来たのか知っているのか?」
    「え……さあ?」
    「太平洋から渡ってきたって話はサルーンだかどっかで聞いたかも」
    「じゃ、中国人じゃないの? あいつらいっぱいいるって言うし、太平洋渡って来るんなら中国人だろ」
    「でもダンブレックさん、あいつらのこと……」
     住民が一斉に、疑惑の目をダンブレックに向ける。
    「そう。普通のアメリカ人が、会ってまもない東洋人がどこの生まれかなど、すんなり見抜けるものではない。それなのにこのMr.ダンブレックは一目で、この白髪の東洋人がニッポン人であると見抜いた。一言もMr.フナバシが『自分はニッポン人である』と自己紹介していないにも関わらず、だ」
    「……っ」
     二人が血相を変える。それを見たキツネは、二人を指差して喝破した。
    「つまりコイツらグルなんだよ。大方、この町で保護してもらうコトを条件に、裁判で揉めてる相手を手下に襲わせろと命じたのさ。でなきゃ飛び飛びに店を焼くなんて珍妙なコト、するわきゃない」
    「し、知らない! 無関係だ!」
    「おや、まだ強情張るってのかい?」
     キツネはニヤッと笑い、こう続けた。
    「アタシとコイツはアンタのコト、イチカワさんから全部聞いたんだがねぇ?」
    「い、イチカワだと!?」
     フナバシは顔を真っ赤にし、憤慨する。
    「くそっ、あの石頭めが! 何度も説明しただろうが! これが唯一、我々の生き延びる道だと……」
    「へー? 生き延びる道ねぇ。アタシが聞いたのは、アンタが浪人たちの頭だってコトくらいだけどねぇ。やっぱウラがあるってコトかい」
    「なん……っ!?」
     キツネの言葉に、一転、フナバシの顔色は真っ青になった。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 10

    2024.08.25.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。デイモンとキツネの糾弾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 突然現れたデイモンとキツネに、住民たちは一斉にけげんな顔を向ける。「あ……? 誰だ、あんたら?」「私は旅の牧師だ。彼女は……」 ニッポン人だ、とデイモンは紹介しようとしたが――どこでくすねてきたのか、そしてどこで着替えてきたのか――いつの間にか東洋人らしからぬシャツとスカート姿になっていたため、やむなくこう続け...

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    ウエスタン小説、第11話。
    卑劣な釈明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
     口を抑えて固まるフナバシに、デイモンとキツネだけではなく、住民たちも詰め寄った。
    「説明しろよ、おっさん」
    「今まであんだけペラペラ話しといて、急にだんまりか?」
    「言わなきゃこのまんま袋叩きだ。事情を話せば色々考えてやらないことはないぞ」
    「き、君たち。保安官は私だ。君たちに裁量は……」
     口を挟みかけたダンブレックに、住民たちの冷ややかな視線が向けられる。
    「あんたは黙ってろ。あんたも後で、事情をゆっくりじっくり聞かせてもらうからな」
    「うぐ……」
     ダンブレックが口をつぐんだところで、再度住民たちはフナバシを取り囲む。
    「さあ、これでもう邪魔も助けも入らない。きっちり説明してもらおうか、フナバシさんとやら」
    「う……ううっ」
     フナバシはぶるぶると震えながらも、ぽつりぽつりと事情を明かした。
    「発端は……御家再興を断念したことにある。私が若い頃に仕えていた菜代藩が取り潰され、父の家督を引き継いだばかりの私は、再興に奔走せざるを得なかったのだ。だが時代の流れは再興どころか、武士の地位の保証すら許してはくれなかった。……このまま時代に取り残され、路頭に迷うようなことになれば、亡くなった父にも、身柄を預かってきた部下たちにも申し訳が立たぬ。そう考え、私は部下たちに御家再興をあきらめ、再興のために貯めてきた資金を元手に会社を興してはどうかと提案したのだ。
     ところが私より若いはずの部下たちは、私より頭が固かった。到底実現不可能な御家再興を、まだ断行せんと息巻いていたのだ。話せども話せども、私の案に納得する者はいなかった。それどころか私を反逆者として殺害すると公言する者さえいた。やむなく表面上、もう一度再興を考えるとして話をまとめたが、もはや私には、彼らの凝り固まった観念を溶かすことは不可能だった」
    「だからこの町で暴れさせて、どさくさに紛れて殺させたってことか」
     住民たちは憤慨しつつも、追及を止めない。
    「ダンブレックさんとはどう言う関係だ?」
    「起業案を実行することも依然考えていたし、実現の可能性を高めるため、こちらで関係づくりをしていた。その過程でダンブレックさんと出会った。ダンブレックさんは『会社経営の経験もないのにいきなり起業するのはリスクが高い。それよりも私に資金を預けてくれれば、二倍にも三倍にもできる』と、投資信託を持ちかけてくれた。最終的に私もそれに乗ることにし、浪人たちを連れてこの町にやって来たのだ。……わ、私はあくまで彼の言うことに従っただけだ。そうしなければ浪人たちに殺されていただろう。どうしようもなかったのだ。ど、どうかその点だけは何とか、酌量してはくれないだろうか」
     命乞いをしてきたフナバシに、キツネは「バカ言いな」と冷たく返した。
    「ダンブレックの出資者ができるくらいカネを持ってるアンタはこっちだって良い思いができるだろう。だが一文無しで日本語しか話せないアイツらは、ココで何をどうすりゃいいのさ? ダンブレックはドサクサに紛れて『自分の監督下に置く』っつったが、そりゃつまり、アイツらみんなダンブレックの奴隷になるってコトじゃないか。アンタはカネに加えて、アイツらをダンブレックに差し出すつもりだったんじゃないのかい?
     大体、そんな素寒貧の皆を連れてきたのは他でもないアンタだった。アタシも当事者だからよく覚えてるよ。何のつもりでアタシら全員の渡航費用を肩代わりしたのさ? どうあれ自分の部下を見殺しにしたアンタが博愛精神の持ち主だとは、アタシには到底思えやしないし、きっと周りの皆々様もそうは思ってないだろうよ。なあ、みんな?」
    「勝手に代弁するな! ……だが確かにそうとしか思えん」
     憤慨しつつも、住民たちは一様にうなずいて返す。
    「そりゃ奴隷制なんて一昔以上前に廃止された話だが、1ドルも持ってない、英語もフランス語もしゃべれないような奴らがこの町にノコノコやって来たって、何もできやしないもんな」
    「結果的に、ダンブレックさんの奴隷になるしかないってわけだ。……本当に悪どいこと考えるな、ダンブレックさんよ?」
     住民たちはダンブレックの立っていた方に向き直ったが――その時には既に、彼はその場にいなかった。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 11

    2024.08.26.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。卑劣な釈明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. 口を抑えて固まるフナバシに、デイモンとキツネだけではなく、住民たちも詰め寄った。「説明しろよ、おっさん」「今まであんだけペラペラ話しといて、急にだんまりか?」「言わなきゃこのまんま袋叩きだ。事情を話せば色々考えてやらないことはないぞ」「き、君たち。保安官は私だ。君たちに裁量は……」 口を挟みかけたダンブレックに、住民...

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    ウエスタン小説、第12話。
    ラスト・サムライ、闇に消える。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
    「あっ!?」
    「いないぞ!? どこ行った!?」
     デイモンとキツネは互いに目配せし、ざわめく住民たちに背を向ける。
    「どうする?」
    「追う義理も必要もない。逃げた時点で罪を認めたようなものだ。となればいずれお尋ね者になるし、そのうち捕まるだろう」
    「同感だね。後はフナバシ締め上げてカネ巻き上げりゃ、皆もどうにか生活するなり、ニッポンに帰るなりできるだろうし。……ソレだけ助言しとくか」
    「うん?」
     首をかしげたデイモンに、キツネは肩をすくめて返した。
    「一緒に暮らすんじゃないのか、って? お生憎様、アタシはココでじっとしてるつもりはまったくないのさ。ソレよかのんびり、この国を旅してやろうって思ってるんでね」
    「そうか。まあ、君ならこの国に限らず、どこに行ってもやっていけるだろうな。それだけの才覚と性格を持っている。……それじゃ、元気で」
    「おや?」
     今度はキツネが首をかしげる。
    「まさかアンタ、こんだけ付き合っといてハイさよならって言うんじゃないだろうね」
    「何だって?」
    「そもそもアンタの言う通り才覚と器量はあっても、カネがない。全財産30ドルとS&Wだけってんじゃ、馬も買えないだろ? じゃ、持ってるヤツにたかるしかないじゃないのさ」
    「私が馬を持っていると思うのか?」
    「旅の牧師さんなら持ってるだろ? ソレともアンタ実は19世紀の救世主で、水の上でも空の上でも自由自在に渡れるってのかい?」
    「そんなわけないだろう。確かに馬はいるが、1頭だけだ」
    「十分じゃないか。アタシの体重は12貫、ああいや、100ポンド弱ってところだ。アンタは見たところ160ポンドってところだし、お馬さんなら260ポンドくらいどうってコトないだろ」
    「私は155ポンドだ。軍で測った時の話だが。……いや、そんなことはどうでもいい。連れて行くなんて一言も言ってない」
     押し問答を繰り返しながら、二人は広場を離れ、焼き討ちがあった通りに戻ってきていた。
    「……ありゃ、こんなトコまで来ちまったね」
    「うん? ……しまったな、つい」
    「っと、そう言やイチカワのコト忘れてた。アイツ、殺されてやしないだろうね」
     そうつぶやき、キツネはパタパタと足音を立てて駆ける。そのまま放っておいて町を離れてしまえば、そのまま縁を切れるはずなのだが――結局何故かデイモンも、彼女の後を付いて行ってしまった。

     ほどなく、二人はイチカワを縛り付けた柱に到着する。だが――。
    「縄が切られてるな。どうやって抜け出したんだ?」
    「そう言やお侍さんなんだから、大小持っててもおかしかないやね。長いのはソコら辺に転がったまんまのはずだが、短い方は懐にでも隠してたか」
    「ふーむ……もっと念入りに身体検査すべきだったか」
    「ま、放っておいても、……いや、まずいか。あの騒ぎを知らないだろうし、もしかしたら一人で突っ走って、誰か斬り殺してるかも知れない」
    「そっちは追う必要があるな」
     デイモンとキツネは顔を見合わせてうなずき合い、同時にきびすを返した。と――。
    「その必要はない」
     探そうとしていた当の本人が、誰かの頭を片手に立っていた。
    「い……イチカワ!?」
     まだ血の滴っている頭部を左手に提げたイチカワに、デイモンたちは戦慄する。が、イチカワは首を横に振り、「心配するな」と返した。
    「事情はすべて、広場の陰で聞いていた」
    「えっ?」
    「お前たちに縛られた後、すぐ脇差で縄を切って、後を追ったのだ。……だがその時には既に同胞は残らず討ち取られ、多勢に無勢と悟ってフナバシの元に戻ろうとした。ところが――お前たちには隠していたが――落ち合う予定だった場所に、フナバシはいなかった。不審に思っていたところで、住民たちが共に渡ってきた者たちを捕まえた。その後の成り行きは、すべて見て、聞いていたのだ。こいつが逃げたこともな」
     そう言ってイチカワは、左手に持っていたダンブレックの頭部を投げ捨てた。
    「うっ……」
    「元凶はこいつだろう? こいつが卑怯なことを画策せねば、同胞たちは死ななかったはずだ。恐らくは、共に渡ってきた俺の妹もな」
    「あの娘は……あんたの妹だったのかい」
     キツネの問いに、イチカワは目をうるませながら「そうだ」と答えた。
    「俺は一切を失った。家族も、友も、仕えるべき人間もだ。その上帰る手段をも失った。……まさかここで、俺の命までも奪おうと言うのではあるまいな」
    「……」
     デイモンは拳銃にかけていた手を、すっと放す。
    「法も、そして神も恐らく、君のやったことを許しはしないだろう。だが君には同情すべき点が大いにある。だから私は牧師ではなく一人の人間として、君を見逃そう」
    「……痛み入る。ジュウベエ・イチカワ、この恩は決して忘れん」
     イチカワは二人に背を向け、その場から歩き去った。

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 12

    2024.08.27.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。ラスト・サムライ、闇に消える。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「あっ!?」「いないぞ!? どこ行った!?」 デイモンとキツネは互いに目配せし、ざわめく住民たちに背を向ける。「どうする?」「追う義理も必要もない。逃げた時点で罪を認めたようなものだ。となればいずれお尋ね者になるし、そのうち捕まるだろう」「同感だね。後はフナバシ締め上げてカネ巻き上げりゃ、皆もどうに...

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    ウエスタン小説、第13話。
    二人の奇妙な旅立ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
     結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。
     アメリカに残ったのは、あのまま行方知れずになったイチカワと、そして――。

    「じゃ、よろしくぅ」「何故だ」
     デイモンはあの手この手でキツネを撒こうとしたが、結局彼女はデイモンと一緒に、馬の上に座っていた。

    「前にも言ったじゃないか。アタシ一人で旅に出ようったって、そりゃ無理ってもんだってさ」
    「君もカネを受け取れば良かっただろう。そうすれば馬の一頭や二頭、調達できたはずだ」
    「皆の分け前が減るじゃないか。アタシにゃアンタって言う頼りになる相棒がいるんだし、ソレで十分さ」
    「誰がいつ君の相棒になったと言うんだ?」
     顔をしかめるデイモンに、キツネはケタケタと笑って返す。
    「おやおや、女を邪険にするもんじゃないよ。後が怖いってもんだ。もう一緒にベッドで寝てあげないよ?」
    「いらん。不要だ」
    「つれないねぇ。ま、もう町が見えないトコまで来たんだ。こんなトコで降りろなんて言いやしないよねぇ、牧師さんともあろうお方が」
    「その確信があるから私にしがみついているんだろうが。……はぁ」
     自分の頭脳ではそれ以上、キツネを退けられるような妙案を思いつくことができないと悟り、デイモンはあきらめに満ちたため息を漏らした。
    「仕方がないから次の町までは私に付いてきて構わん。次の町までだぞ。いいか、次の町で別れてくれ。絶対にだ」
    「はーいはいはい、じゃ、その次もよろしくぅ」
     臆面もなくそう返され、デイモンは目を見開いた。
    「……君には何を言っても無駄なのか!?」
    「少なくともアタシが満足するまでは無理だろうねぇ」
    「満足だって? 君みたいな図々しさの塊が満足することなんてあるのか?」
     呆れ気味に尋ねたデイモンに――キツネはふっと、寂しそうな表情を浮かべた。
    「ニューヨーク」
    「ん?」
    「この国の、東の果てまで行ってみたい。ソコまで連れてってくれたら、アタシは満足するよ」
    「アメリカの東の果てと言うなら、ニューヨークより西に位置する町はボストンでもプリマスでも、いくらでもある。ニューヨークに何かあるのか?」
    「……」
     キツネは質問には答えず――代わりに、こんなことを言い出した。
    「そう言やちゃんと名前を名乗ってなかったね。アタシはキツネ・ハスタニだ。適当に作った苗字だから、どこそこのお偉い家柄なんて由来はない。ニッポンのことばで蓮(Lotus)の谷(Valley)って意味だ。名前のキツネは人からもらったもんだが、由来はひどいもんさ。動物の狐(Fox)からだ」
    「何がひどい? フォックスなんて名前はこの国にはいくらでもいる」
    「だからこの国に来たようなもんさ。この国ならソレが普通だってんなら、気楽でいい。さ、アタシが名乗ったんだから、アンタも教えておくれよ。ソレが礼儀ってもんだろ」
    「そんな礼儀は知らないが、聞きたければ答える。デイモン・サリヴァンだ。これもこの国じゃ、ありふれた名前だ」
    「ミドルネームかなんかはないのかい?」
    「そんな洒落たものは、私にはない。旅の道中なら、同姓同名の人物に会って難儀するようなこともありえないからな」
    「ソレもそうか。……じゃ、アタシが付けたげようか?」
    「いらない」
    「だろーね、アハハハ……」



     旅の牧師デイモンと、東洋人キツネの奇妙な旅は、こうして幕を開けることとなった。この東へ向かう旅の果てに何が待つのか――そしてそもそもキツネが言ったように、ニューヨークに到着したところで終わりとなるのかすら――誰にも、とりわけデイモン本人にさえも、分からなかった。

    East Long Drive 1 ~ 東洋人、西の海から ~ THE END

    EAST LONG DRIVE 1 ~ 東洋人、西の海から ~ 13

    2024.08.28.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。二人の奇妙な旅立ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. 結局、海を渡ってきたニッポン人約20人は、フナバシが日米の銀行に預けていた御家再興の軍資金を分け合うことで話がまとまり、全員がその資金で日本へ無事に帰ることができた。フナバシに関しては日本へ強制送還された上で逮捕・収監されることとなり、獄中でそのまま人生を終えることが決定付けられた。 アメリカに残ったのは、...

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