「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
SOTC719
レッド・ラギッド・ロード 26
ラモンの話、第26話。
ラスト1周の駆け引き。
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26.
(無茶苦茶だ!)
その走り方を見て、ラモンは――抜き去られる、順位が下がると言った次元ではない――恐怖を覚えた。
(レーサーの走りじゃない。あれはマジで人を山ほど轢いてる、人殺しの走りだ)
そして慌てた様子の一聖の声が、その恐怖を加速させる。
《ラモン! ジジイが後ろに迫ってる! 絶対に逃げ切れッ!》
「はぁ!? さっき人違いって言ったじゃないですか!?」
《今度のは本物だ! いいから逃げろ、ラモン!》
「ちょっ、りょ、……了解!」
第2セクターに飛び込んだところで、元々抜こうとしていた1位のヴェロチスタが目の前にいるのに気付く。
(さっきよりペースが落ちてる。予定より早いけど、ここで抜いた方が安全か。僕にとっても、多分相手にとっても。後ろのヤバいクルマがマジでじいさんだとしたら、コーナーでクッション代わりにぶつけるくらいはしれっとやるだろう。ここで抜けば流石に、そんなシチュエーションは起きなくて済む)
オーバルコーナーの終わり際に、外にふくらんだワフィカのクルマを内側から抜き、短い直線に入る。そしてワフィカもその直線に入ったところで、あの茶色いセダンが接触しつつ、彼女を抜いた。
(よし……クルマに多少の傷は付いちゃっただろうけど、タレたタイヤでコーナー攻めてる最中にボディプレスかまされるよりはよっぽどマシだろう。
で、……やっぱり、……あんなひどい運転するのは、……一人しかいないよなぁ)
シケインを切り抜け、第3セクターに入ったところで、茶色いセダンがラモンの背後に張り付く。
(……!)
そのコクピットに収まる運転手の――ヘルメットを被っているので顔は見えなかったが――姿を見て、ラモンは確信した。
(……やっぱ……じいさんだ……)
ヴォルペと茶色いセダンはもつれるようにして、最後のロングストレートに飛び出す。
(絶対に間違いようがない。殺意がクルマ越しにビンビンと伝わってくる。3年真横で浴びせられてきた、アルトじいさんの殺意だ)
ヴォルペのアクセルをベタ踏みし、ロングストレートをフルスロットルで爆走するが、茶色いセダンをまったく引き離せず、ぴったりと付いてくる。
(じいさんはマジの暗殺者でもある。じいさんが殺すと決めた相手は、遅かれ早かれ絶対に殺される。……だけど幸い、あの殺意が僕に向けられたことは、今まで一度も無かった。僕のことは仕事仲間でしかなかったし、殺したらクルマで逃げられない、仕事が完遂できないって理由があったからだ)
首筋がばくばくと音を立てているのが聞こえる。
(それに、……それなりに軽口叩き合ったりじゃれ合ったりはしてたけど、……怒らせないようにしてたから。もしうっかり怒らせて、その怒りがもし殺意に変わったら、僕はきっと殺されてただろう。だから波風立てないようヘラヘラ愛想笑いし続けて、ただの運転手として過ごしてきた。……そんなだったから反抗もできなくて、3年ズルズルと関係を続けなきゃならなかったのかも知れないけど。でも、じいさんに殺されたくなかった。殺意を向けられたくなかったんだ。
その殺意が今、間違いなく、僕に向けられてる)
ステアリングを握る両手がしびれ、感覚が無くなっていく。
(怖い……逃げたい……嫌だ。白猫党から優勝しろとか依頼されてるとしたら、僕を殺そうとしてるのは、1位を狙ってるからだ。だから横に逃げれば多分、じいさんは追わない。逃げれば死ななくて済むんだ。死ぬのは……怖いじゃんか。嫌だよ。マジで嫌だ。死にたくない。
……でも)
あふれてきた涙を、歯を食いしばって無理やり止める。
(テンコちゃんは僕を信じてくれてる。僕が1位でこのレースを終えるって。このヴォルペを用意してくれたテンコちゃんを、……いや、ただのタクシードライバーとして腐りかけてた人間に、『お前なら絶対優勝する』って声かけてくれたテンコちゃんを、裏切るなんてできるか!)
頭の中に、火花がスパークする。
(それに……それに……それにだ! じいさんは確かに超一流の何でも屋、『パスポーター』だ。どんなことやらせてもものすごいウデを発揮する超人、大達人だ。だから、他のどんなことでも、勝てるなんてこれっぽっちも思わないけど、……思えないけど、……だけど『これ』だけは別だッ!)
呼吸をするのも忘れ、ラモンは最終コーナーに向かってノーブレーキで突っ込む。
(他のどんなことで負けたとしても――クルマのことだけはあんたにだって、他の誰にだって負けない! 負けられない! 負けてなんかやるもんかッ!
勝負だ、アルト・トッドレール!)
アルトが右手を上げ、何か仕掛けてくる仕草を見せるが、そこで車間距離がぽん、と離れ、アルトの姿がバックミラーから消える。それをちらりとも確認することなく、全神経を両手両足に集中させ、ラモンはようやくブレーキを踏み、ドリフト体勢に入った。
(イチかバチかの大技だ――付いてこられるなら付いてきてみろおおおおおおおッ!)
最終コーナーの入口から出口まで、ヴォルペは横滑りに駆け抜け、渡り切る。そのままホームストレートに入り、ラモンはがつんとアクセルを踏み込んだ。
(……いない! じいさんが、……消えた……!)
ぽつんと自分のクルマだけになったホームストレートを猛然と駆け抜け――ラモンは万雷の拍手と喝采を浴びせられながら、ゴールラインを越えた。
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(無茶苦茶だ!)
その走り方を見て、ラモンは――抜き去られる、順位が下がると言った次元ではない――恐怖を覚えた。
(レーサーの走りじゃない。あれはマジで人を山ほど轢いてる、人殺しの走りだ)
そして慌てた様子の一聖の声が、その恐怖を加速させる。
《ラモン! ジジイが後ろに迫ってる! 絶対に逃げ切れッ!》
「はぁ!? さっき人違いって言ったじゃないですか!?」
《今度のは本物だ! いいから逃げろ、ラモン!》
「ちょっ、りょ、……了解!」
第2セクターに飛び込んだところで、元々抜こうとしていた1位のヴェロチスタが目の前にいるのに気付く。
(さっきよりペースが落ちてる。予定より早いけど、ここで抜いた方が安全か。僕にとっても、多分相手にとっても。後ろのヤバいクルマがマジでじいさんだとしたら、コーナーでクッション代わりにぶつけるくらいはしれっとやるだろう。ここで抜けば流石に、そんなシチュエーションは起きなくて済む)
オーバルコーナーの終わり際に、外にふくらんだワフィカのクルマを内側から抜き、短い直線に入る。そしてワフィカもその直線に入ったところで、あの茶色いセダンが接触しつつ、彼女を抜いた。
(よし……クルマに多少の傷は付いちゃっただろうけど、タレたタイヤでコーナー攻めてる最中にボディプレスかまされるよりはよっぽどマシだろう。
で、……やっぱり、……あんなひどい運転するのは、……一人しかいないよなぁ)
シケインを切り抜け、第3セクターに入ったところで、茶色いセダンがラモンの背後に張り付く。
(……!)
そのコクピットに収まる運転手の――ヘルメットを被っているので顔は見えなかったが――姿を見て、ラモンは確信した。
(……やっぱ……じいさんだ……)
ヴォルペと茶色いセダンはもつれるようにして、最後のロングストレートに飛び出す。
(絶対に間違いようがない。殺意がクルマ越しにビンビンと伝わってくる。3年真横で浴びせられてきた、アルトじいさんの殺意だ)
ヴォルペのアクセルをベタ踏みし、ロングストレートをフルスロットルで爆走するが、茶色いセダンをまったく引き離せず、ぴったりと付いてくる。
(じいさんはマジの暗殺者でもある。じいさんが殺すと決めた相手は、遅かれ早かれ絶対に殺される。……だけど幸い、あの殺意が僕に向けられたことは、今まで一度も無かった。僕のことは仕事仲間でしかなかったし、殺したらクルマで逃げられない、仕事が完遂できないって理由があったからだ)
首筋がばくばくと音を立てているのが聞こえる。
(それに、……それなりに軽口叩き合ったりじゃれ合ったりはしてたけど、……怒らせないようにしてたから。もしうっかり怒らせて、その怒りがもし殺意に変わったら、僕はきっと殺されてただろう。だから波風立てないようヘラヘラ愛想笑いし続けて、ただの運転手として過ごしてきた。……そんなだったから反抗もできなくて、3年ズルズルと関係を続けなきゃならなかったのかも知れないけど。でも、じいさんに殺されたくなかった。殺意を向けられたくなかったんだ。
その殺意が今、間違いなく、僕に向けられてる)
ステアリングを握る両手がしびれ、感覚が無くなっていく。
(怖い……逃げたい……嫌だ。白猫党から優勝しろとか依頼されてるとしたら、僕を殺そうとしてるのは、1位を狙ってるからだ。だから横に逃げれば多分、じいさんは追わない。逃げれば死ななくて済むんだ。死ぬのは……怖いじゃんか。嫌だよ。マジで嫌だ。死にたくない。
……でも)
あふれてきた涙を、歯を食いしばって無理やり止める。
(テンコちゃんは僕を信じてくれてる。僕が1位でこのレースを終えるって。このヴォルペを用意してくれたテンコちゃんを、……いや、ただのタクシードライバーとして腐りかけてた人間に、『お前なら絶対優勝する』って声かけてくれたテンコちゃんを、裏切るなんてできるか!)
頭の中に、火花がスパークする。
(それに……それに……それにだ! じいさんは確かに超一流の何でも屋、『パスポーター』だ。どんなことやらせてもものすごいウデを発揮する超人、大達人だ。だから、他のどんなことでも、勝てるなんてこれっぽっちも思わないけど、……思えないけど、……だけど『これ』だけは別だッ!)
呼吸をするのも忘れ、ラモンは最終コーナーに向かってノーブレーキで突っ込む。
(他のどんなことで負けたとしても――クルマのことだけはあんたにだって、他の誰にだって負けない! 負けられない! 負けてなんかやるもんかッ!
勝負だ、アルト・トッドレール!)
アルトが右手を上げ、何か仕掛けてくる仕草を見せるが、そこで車間距離がぽん、と離れ、アルトの姿がバックミラーから消える。それをちらりとも確認することなく、全神経を両手両足に集中させ、ラモンはようやくブレーキを踏み、ドリフト体勢に入った。
(イチかバチかの大技だ――付いてこられるなら付いてきてみろおおおおおおおッ!)
最終コーナーの入口から出口まで、ヴォルペは横滑りに駆け抜け、渡り切る。そのままホームストレートに入り、ラモンはがつんとアクセルを踏み込んだ。
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