「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・紫色録 5
晴奈の話、第320話。
刀傷と火傷。
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5.
どうにかソロンクリフを脱出した小鈴たちは、早足で街道を進んでいた。
「結局ソロンクリフでは何の情報も集められなかったわね」
「ま、仕方ないわ。3人無事なだけでもいいじゃん」
小鈴の言葉に、ジュリアはコクとうなずく。
「そうね。……他の2班も無事かしらね」
「無事よ、きっと。闘技場のツワモノ揃いなんだし。ね、瞬二さん」
小鈴は楢崎に声をかけたが、楢崎の反応が無い。何かを考えているように、ぼんやりと上を向いている。
「……瞬二さーん?」
「んっ?」
「どしたの?」
「あ、ああ。……いや、少し考えごとをね」
楢崎は小さく咳払いし、ぽつりぽつりと話す。
「あの、モエと言う子。昔どこかで、見たような気がするんだ」
「へえ?」
「どこだったかな……。あの傷が気になって、どうにも思い出せない」
「あの傷、ひどかったわね。斬られた上に、焼串でも押し付けられたのかしら?」
ジュリアの考察に、楢崎は首をかしげる。
「いや、あれは多分、……いや」
「どうしたの、ナラサキさん?」
「いや、もしかしたら、と思ったんだけど。多分、違うかも知れない」
「……?」
楢崎は腕を組み、「うーん……」とうなるばかりだった。
(あの子を、もっと幼くして、傷のことを抜くと、……確かに、見覚えがある。それは多分、紅蓮塞で、だろうな。
でも、あの刀傷と火傷が混じった傷――あれは間違いなく我が同門、焔流剣士が付けたであろう傷だ。もし僕の記憶と推察が正しかったとしたら、あの子は同門に傷を付けられたことになる。
それは、あんまり考えたくない――同門同士が殺し合いをしたなんて、あまりにも気分の悪い話だから)
楢崎は篠原と戦った時のことを思い出し、首を横に振った。
某所、殺刹峰アジトにて。
「ドミニク先生、あの……」
鮮やかな緑色の髪をした狼獣人の少女が、「バイオレット」「マゼンタ」「オレンジ」3隊からの報告をまとめていたモノに声をかけた。
「うん?」
モノは少女に背中を見せたまま応える。
「どうした、キリア君」
「また、剣を教えて欲しいんです」
「……何故だ?」
ここでようやく、モノは少女、キリアに向き直った。
「教えるべきことは余すところ無く教えたはずだ。何か不満があるのか?」
「はい。まだ、あの技をちゃんと教えてもらっていません」
「……」
モノはあごに手を当て、黙り込む。
「先生が腕を失い、十分な指導ができなくなったことは十分、承知しています。それにわたしも兄も、『プリズム』の中でも上位に立つ腕となったことは自覚しています。
でも、モエさんが一蹴されたと聞いて……」
「……ふむ」
モノは右腕を左の二の腕に置き、無くなったその先の感触を思い出すようにさする。
「確かに『バイオレット』君の腕は確かだ。こちらへ引き入れた時から、その才能は目を見張るものがあった。
とは言え私の指導をまだ、十分に受けたわけではない。彼女はまだ、伸びるところがある。逆に言えばまだ、十分に鍛えられていない。そこが彼女の、今回の失敗につながったのだろう。この問題は今後、私の指導を継続して受けていけば解決できるはずだ。
そしてキリア君、君はモエ君以上に力を持った、非常に優秀な戦士だ。『プリズム』の中で、フローラやミューズに並ぶ強さを持っていることは、この私が保障する。モエ君が勝てる相手に遅れを取ると言うことはまず無い、そう断言しよう。それでは不満かね?」
「……」
キリアは唇をきつく噛み、無言でうなずいた。
「……そうか」
モノは椅子から立ち上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。
「私の言を聞いてなお不満を持つと言うことならば、教えねばなるまい」
「え……」
「それからキリア君」
モノは鞘から剣を抜き払い、手首を利かせてひらひらと振る。次の瞬間、キリアの髪留めが剣の先に弾かれ、三つに分かれて砕け散った。
「……!」
「片腕になったとは言え、残ったもう一方の腕にはまだ、『阿修羅』が棲みついている。十分な指導ができない、と言うことは無い。安心したまえ」
モノはそう言って床に落ちた鞘を蹴り上げ、器用に剣を納めた。
「ついて来なさい。君が知りたいと言う技を教えよう」
「……はい!」
キリアは深々と頭を下げ、モノの後についた。
「うっ」
ほぼ同じ頃、殺刹峰の医務室。
「なーに泣きそうな顔してんのよぉ」
「……いえ、薬がしみただけです」
「我慢しなさぁい」
オッドが作戦から戻ってきたモエの手当てをしていた。
「はい」
「……しっかし、ひどい顔ねーぇ。折角いい顔してるのに、そのおでこから左頬まで達する、ふっかぁい傷跡。火傷と刀傷がない交ぜになって、ちょっとグロテスクよぉ」
「……」
「一体、どうしたのぉ? ……あ、あーあー」
オッドは咳払いをし、その質問を撤回した。
「覚えてない、のよねぇ?」
「はい。……ここに来る前のことは、何も」
「そーそー、そーだったわねぇ。……でもやっぱり気になるわねぇ、その傷。医者として、とーっても興味深いわぁ」
「あの、あまり見ないでください……。私にとってこの傷は、鏡を見ることさえ嫌になるようなものなのです」
「……あ、ゴメンねーぇ。ま、とりあえず気休め程度だけどぉ、皮膚病に効く塗り薬あげちゃうわねぇ」
「……ありがとうございます」
モエは静かに頭を下げる。オッドは薬を探しながら、彼女に背を向けてぺろりと舌を出した。
(あーぶない、危ない……。『昔の』コトにあんまり深く突っ込んじゃ、『洗脳』が解けちゃうトコだったわぁ。
より従順な兵士を作るための、記憶封鎖――えげつないわねぇ、ホント。……ま、アタシも人のコトは言えないけどねーぇ)
「ドクター?」
思いふけっていたせいで、いつの間にかオッドの手は止まっている。
「あ、あーらゴメンなさいねぇ。ちょっと考えゴトしてて。……いやねぇ、その傷。刀傷と火傷を同時になーんて、アレみたいってねぇ、ちょこっと思ったのよぉ」
「アレ、と言うのは?」
「ほら、央南のアレよぉ。あの、えーと、火を使う剣術。何だったかしらねぇ?」
オッドが何の気なしに言ったその言葉に、モエの頭の中のどこかで、何かが瞬いた。
――貴様に刀を握る資格など無い!――
その瞬きはほんの一瞬だったが、背の高い女がモエに向かってそう叫んでいたのを、ぼんやりとだが思い出した。
(……誰?)
思い出そうとしたが、傷口にふたたび塗られた消毒薬があまりにもしみたので、すぐに忘れてしまった。
蒼天剣・紫色録 終
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刀傷と火傷。
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どうにかソロンクリフを脱出した小鈴たちは、早足で街道を進んでいた。
「結局ソロンクリフでは何の情報も集められなかったわね」
「ま、仕方ないわ。3人無事なだけでもいいじゃん」
小鈴の言葉に、ジュリアはコクとうなずく。
「そうね。……他の2班も無事かしらね」
「無事よ、きっと。闘技場のツワモノ揃いなんだし。ね、瞬二さん」
小鈴は楢崎に声をかけたが、楢崎の反応が無い。何かを考えているように、ぼんやりと上を向いている。
「……瞬二さーん?」
「んっ?」
「どしたの?」
「あ、ああ。……いや、少し考えごとをね」
楢崎は小さく咳払いし、ぽつりぽつりと話す。
「あの、モエと言う子。昔どこかで、見たような気がするんだ」
「へえ?」
「どこだったかな……。あの傷が気になって、どうにも思い出せない」
「あの傷、ひどかったわね。斬られた上に、焼串でも押し付けられたのかしら?」
ジュリアの考察に、楢崎は首をかしげる。
「いや、あれは多分、……いや」
「どうしたの、ナラサキさん?」
「いや、もしかしたら、と思ったんだけど。多分、違うかも知れない」
「……?」
楢崎は腕を組み、「うーん……」とうなるばかりだった。
(あの子を、もっと幼くして、傷のことを抜くと、……確かに、見覚えがある。それは多分、紅蓮塞で、だろうな。
でも、あの刀傷と火傷が混じった傷――あれは間違いなく我が同門、焔流剣士が付けたであろう傷だ。もし僕の記憶と推察が正しかったとしたら、あの子は同門に傷を付けられたことになる。
それは、あんまり考えたくない――同門同士が殺し合いをしたなんて、あまりにも気分の悪い話だから)
楢崎は篠原と戦った時のことを思い出し、首を横に振った。
某所、殺刹峰アジトにて。
「ドミニク先生、あの……」
鮮やかな緑色の髪をした狼獣人の少女が、「バイオレット」「マゼンタ」「オレンジ」3隊からの報告をまとめていたモノに声をかけた。
「うん?」
モノは少女に背中を見せたまま応える。
「どうした、キリア君」
「また、剣を教えて欲しいんです」
「……何故だ?」
ここでようやく、モノは少女、キリアに向き直った。
「教えるべきことは余すところ無く教えたはずだ。何か不満があるのか?」
「はい。まだ、あの技をちゃんと教えてもらっていません」
「……」
モノはあごに手を当て、黙り込む。
「先生が腕を失い、十分な指導ができなくなったことは十分、承知しています。それにわたしも兄も、『プリズム』の中でも上位に立つ腕となったことは自覚しています。
でも、モエさんが一蹴されたと聞いて……」
「……ふむ」
モノは右腕を左の二の腕に置き、無くなったその先の感触を思い出すようにさする。
「確かに『バイオレット』君の腕は確かだ。こちらへ引き入れた時から、その才能は目を見張るものがあった。
とは言え私の指導をまだ、十分に受けたわけではない。彼女はまだ、伸びるところがある。逆に言えばまだ、十分に鍛えられていない。そこが彼女の、今回の失敗につながったのだろう。この問題は今後、私の指導を継続して受けていけば解決できるはずだ。
そしてキリア君、君はモエ君以上に力を持った、非常に優秀な戦士だ。『プリズム』の中で、フローラやミューズに並ぶ強さを持っていることは、この私が保障する。モエ君が勝てる相手に遅れを取ると言うことはまず無い、そう断言しよう。それでは不満かね?」
「……」
キリアは唇をきつく噛み、無言でうなずいた。
「……そうか」
モノは椅子から立ち上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。
「私の言を聞いてなお不満を持つと言うことならば、教えねばなるまい」
「え……」
「それからキリア君」
モノは鞘から剣を抜き払い、手首を利かせてひらひらと振る。次の瞬間、キリアの髪留めが剣の先に弾かれ、三つに分かれて砕け散った。
「……!」
「片腕になったとは言え、残ったもう一方の腕にはまだ、『阿修羅』が棲みついている。十分な指導ができない、と言うことは無い。安心したまえ」
モノはそう言って床に落ちた鞘を蹴り上げ、器用に剣を納めた。
「ついて来なさい。君が知りたいと言う技を教えよう」
「……はい!」
キリアは深々と頭を下げ、モノの後についた。
「うっ」
ほぼ同じ頃、殺刹峰の医務室。
「なーに泣きそうな顔してんのよぉ」
「……いえ、薬がしみただけです」
「我慢しなさぁい」
オッドが作戦から戻ってきたモエの手当てをしていた。
「はい」
「……しっかし、ひどい顔ねーぇ。折角いい顔してるのに、そのおでこから左頬まで達する、ふっかぁい傷跡。火傷と刀傷がない交ぜになって、ちょっとグロテスクよぉ」
「……」
「一体、どうしたのぉ? ……あ、あーあー」
オッドは咳払いをし、その質問を撤回した。
「覚えてない、のよねぇ?」
「はい。……ここに来る前のことは、何も」
「そーそー、そーだったわねぇ。……でもやっぱり気になるわねぇ、その傷。医者として、とーっても興味深いわぁ」
「あの、あまり見ないでください……。私にとってこの傷は、鏡を見ることさえ嫌になるようなものなのです」
「……あ、ゴメンねーぇ。ま、とりあえず気休め程度だけどぉ、皮膚病に効く塗り薬あげちゃうわねぇ」
「……ありがとうございます」
モエは静かに頭を下げる。オッドは薬を探しながら、彼女に背を向けてぺろりと舌を出した。
(あーぶない、危ない……。『昔の』コトにあんまり深く突っ込んじゃ、『洗脳』が解けちゃうトコだったわぁ。
より従順な兵士を作るための、記憶封鎖――えげつないわねぇ、ホント。……ま、アタシも人のコトは言えないけどねーぇ)
「ドクター?」
思いふけっていたせいで、いつの間にかオッドの手は止まっている。
「あ、あーらゴメンなさいねぇ。ちょっと考えゴトしてて。……いやねぇ、その傷。刀傷と火傷を同時になーんて、アレみたいってねぇ、ちょこっと思ったのよぉ」
「アレ、と言うのは?」
「ほら、央南のアレよぉ。あの、えーと、火を使う剣術。何だったかしらねぇ?」
オッドが何の気なしに言ったその言葉に、モエの頭の中のどこかで、何かが瞬いた。
――貴様に刀を握る資格など無い!――
その瞬きはほんの一瞬だったが、背の高い女がモエに向かってそう叫んでいたのを、ぼんやりとだが思い出した。
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思い出そうとしたが、傷口にふたたび塗られた消毒薬があまりにもしみたので、すぐに忘れてしまった。
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総もくじ 双月千年世界 3;白猫夢
総もくじ 双月千年世界 2;火紅狐
総もくじ 双月千年世界 1;蒼天剣
総もくじ 双月千年世界 短編・掌編・設定など
総もくじ 双月千年世界 3;白猫夢
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総もくじ 双月千年世界 短編・掌編・設定など
もくじ 双月千年世界 目次 / あらすじ
もくじ 他サイトさんとの交流
もくじ 短編・掌編
もくじ 未分類
もくじ 雑記
もくじ クルマのドット絵
もくじ 携帯待受
もくじ カウンタ、ウェブ素材
もくじ 今日の旅岡さん
~ Comment ~
NoTitle
洗脳・・・兵士・・・たしか必要悪な部分もあると思います。
その時代、その世界観によっては。
最近ではオセロがありますけど、精神って結構不透明と言うかなんというか・・・。性格もあるのもかもしれないですし、うつ病は最近の精神療法は医学的にも解明されていますが・・。一番重要なところが解明されていないところもありますよね。
その時代、その世界観によっては。
最近ではオセロがありますけど、精神って結構不透明と言うかなんというか・・・。性格もあるのもかもしれないですし、うつ病は最近の精神療法は医学的にも解明されていますが・・。一番重要なところが解明されていないところもありますよね。
- #709 LandM
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- 2012.03/06 09:23
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洗脳にかかりやすい人は概ね、この言葉に当てはまるタイプなのだろうなと思います。
どこにも拠り所が無く、非常に不安定な状態。
どれだけ胡散臭くても、信じられるものがあるのとないのとでは、
心の在りようは大きく違うでしょうね。
構成員たちを絶対的に信じさせ、記憶を封じた現在の殺刹峰でもなお、
その洗脳は続いています。
これからもずっと、自分たちの都合いい駒でいてもらうために。