「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・九悩録 2
晴奈の話、第322話。
央北政治史のお勉強。
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2.
以前にもどこかで述べられていたが、央北は「天帝と政治の世界」である。
「神」と崇め奉られたタイムズ帝が亡くなった後、彼を信奉していた者たちが天帝教を創り上げた。それに伴って天帝教の政治権力が確立・増大され、以後300年近くに渡って「神権政治」――神とその末裔を主権とする、政治形態――が続いた。
その名残、影響は今もクロスセントラルに根強く残っており、他の街に比べ天帝教と、それに影響された文化があちこちに見られる。
「……かくして双月暦38年、世界は平和になったのです」
「ぱちぱち」「ぱちぱち」
シルビアと同じような格好をした尼僧が子供たちを集め、道端で紙芝居をしている。内容は神代の頃に行われた戦争を謳ったものらしい。
「牧歌的と言うか、のどかと言うか……。戦時中とは思えない光景だな」
街に入った晴奈たちは、西区の大通りを歩いていた。
「ここは住宅地みたいだから、そんなに騒々しくもないっスね」
フェリオの言葉に、フォルナも同意する。
「そうですわね。それに、天帝教の影響も強いようですわ。白い服の方、何度かお見かけしていますもの」
フォルナの言う通り、街に入ってから何度か、天帝教と思われる白い僧服の者たちとすれ違っている。それを見る限り、この街にあると言う中央政府の中枢が、大火の傀儡になっているとは到底思えない。
「なあ、エラン」
「はい?」
「あの話は本当なのか? 街並みや人を見る限り、とても黒炎殿が出入りしているとは思えぬのだが」
晴奈に尋ねられたエランは、けげんな顔をした。
「あの話、って?」
「ほら、ウエストポートで言っていた……」
「え、っと? すみません、何の話をしてましたっけ?」
エランは困った顔で聞き返してくる。見かねたフォルナが助け舟を出した。
「中央政府がカツミの支配下にある、と言うお話でしょう?」
「え、あ、あーあー。そうですね、そんな話、してましたね。
ええ、事実です。端的な例ですが、中央政府の歳出項目に『特別顧問料』と言う名目でカツミへ納める金が記載されています。その額は中央政府の歳入の6%、前年度で言えば50億クラムと言う途方も無い大金なんです」
「ふむ……」
何度聞いても現実味のないその額に、晴奈はただうなるしかない。
「しかも、それが319年の黒白戦争終結直後から、今年で丸200年続いているんです。200年間の税収入に多少の変動があったことを考えても、その合計は1兆、もしかしたら2兆にも及ぶとか。
それ以外にも、2年前の北海戦でカツミが中央側に付いていたことや、中央政府がカツミ討伐を表面上行わないこと――もっとも、裏では何度か試みてるみたいですが――など、彼が中央政府と密接なつながりがあるのは明白です」
「……なるほど。何とも、きな臭い話だ」
晴奈はため息をつき、街の中心部――すなわち中央政府の中心、中央大陸の中心である白亜の城、ドミニオン城に視線を向けた。
数々の風説や逸話のせいで核心が大分ぼやけてはいるが、大火が中央政府から莫大な金を得るに至った大まかな経緯は、次の通りである。
まず、天帝家によって長く神権政治が続いていた中央政府の内部が腐敗し、金と権力で人々を苦しめるならず者国家と化していたこと。これを批判した当時の政務大臣、ファスタ卿が天帝家の怒りを買い、投獄されたのだ。
それを助け出したのが、大火である。「何でも与える」ことを条件にファスタ卿を脱獄させ、中央政府に対する反乱軍を組織させた。その戦乱は世界中に及び、「黒白戦争」と呼ばれる、何年にも渡る長い戦いの後、ファスタ卿率いる反乱軍が勝利。
神権政治は終わりを迎え、貴族や名家たちによる王侯政治の時代に移った。中央政府もそれら王侯貴族たちの政治同盟と言う形で残り、ファスタ卿がその筆頭、総帥になるはずだった。
しかしここで、大火とファスタ卿との契約が発効され――。
「……それでファスタ卿は姿を消し、カツミが中央政府の権力を奪取したんです。以後200年間、カツミは中央政府から金を搾り取り続けているんです」
「ふむ……」
食堂に移ってエランの話を聞いていた晴奈が腕を組んでうなる一方、エランの右隣に座っていたフォルナが、疑問を口に出す。
「消えたファスタ卿は、一体どうなったのかしら」
「分かりません。カツミに暗殺されたとも、モンスターに姿を変えられたとも、色々な説が流れてますが、どれが本当なのか……」
「1兆と言う莫大なお金は、どこに消えたのかしら」
「それも、まったく分かってないみたいです。黒鳥宮建造に使われたとか、数々の神器を製造した際の制作費とか色々言われてますが、どう考えても1兆と言う額には、全然届かないんですよね。まだその大部分が、使われてないんでしょうね」
二人のやり取りを聞いていた晴奈が、首を傾げる。
「そんなに溜め込んで、一体何をするつもりなのか……?」
「さあ? 単に、貯金したいだけじゃないんですかね?」
エランは肩をすくめ、握っていたフォークをテーブルの上に並んでいた料理に向けようとした。
「いたっ」
ところが、同じようにコップに手を伸ばしていたフォルナの左手とぶつかってしまい、引っかいてしまった。
「……。何をなさいますの、エラン」
「あ、すみません」
エランは手を引っ込め、フォルナに頭を下げた。フォルナは左手を押さえながら一瞬チラ、とエランを見て手を引いた。
「……構いませんわ。お先にどうぞ」
「あ、はい」
エランはもう一度、右手を料理に持っていった。
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以前にもどこかで述べられていたが、央北は「天帝と政治の世界」である。
「神」と崇め奉られたタイムズ帝が亡くなった後、彼を信奉していた者たちが天帝教を創り上げた。それに伴って天帝教の政治権力が確立・増大され、以後300年近くに渡って「神権政治」――神とその末裔を主権とする、政治形態――が続いた。
その名残、影響は今もクロスセントラルに根強く残っており、他の街に比べ天帝教と、それに影響された文化があちこちに見られる。
「……かくして双月暦38年、世界は平和になったのです」
「ぱちぱち」「ぱちぱち」
シルビアと同じような格好をした尼僧が子供たちを集め、道端で紙芝居をしている。内容は神代の頃に行われた戦争を謳ったものらしい。
「牧歌的と言うか、のどかと言うか……。戦時中とは思えない光景だな」
街に入った晴奈たちは、西区の大通りを歩いていた。
「ここは住宅地みたいだから、そんなに騒々しくもないっスね」
フェリオの言葉に、フォルナも同意する。
「そうですわね。それに、天帝教の影響も強いようですわ。白い服の方、何度かお見かけしていますもの」
フォルナの言う通り、街に入ってから何度か、天帝教と思われる白い僧服の者たちとすれ違っている。それを見る限り、この街にあると言う中央政府の中枢が、大火の傀儡になっているとは到底思えない。
「なあ、エラン」
「はい?」
「あの話は本当なのか? 街並みや人を見る限り、とても黒炎殿が出入りしているとは思えぬのだが」
晴奈に尋ねられたエランは、けげんな顔をした。
「あの話、って?」
「ほら、ウエストポートで言っていた……」
「え、っと? すみません、何の話をしてましたっけ?」
エランは困った顔で聞き返してくる。見かねたフォルナが助け舟を出した。
「中央政府がカツミの支配下にある、と言うお話でしょう?」
「え、あ、あーあー。そうですね、そんな話、してましたね。
ええ、事実です。端的な例ですが、中央政府の歳出項目に『特別顧問料』と言う名目でカツミへ納める金が記載されています。その額は中央政府の歳入の6%、前年度で言えば50億クラムと言う途方も無い大金なんです」
「ふむ……」
何度聞いても現実味のないその額に、晴奈はただうなるしかない。
「しかも、それが319年の黒白戦争終結直後から、今年で丸200年続いているんです。200年間の税収入に多少の変動があったことを考えても、その合計は1兆、もしかしたら2兆にも及ぶとか。
それ以外にも、2年前の北海戦でカツミが中央側に付いていたことや、中央政府がカツミ討伐を表面上行わないこと――もっとも、裏では何度か試みてるみたいですが――など、彼が中央政府と密接なつながりがあるのは明白です」
「……なるほど。何とも、きな臭い話だ」
晴奈はため息をつき、街の中心部――すなわち中央政府の中心、中央大陸の中心である白亜の城、ドミニオン城に視線を向けた。
数々の風説や逸話のせいで核心が大分ぼやけてはいるが、大火が中央政府から莫大な金を得るに至った大まかな経緯は、次の通りである。
まず、天帝家によって長く神権政治が続いていた中央政府の内部が腐敗し、金と権力で人々を苦しめるならず者国家と化していたこと。これを批判した当時の政務大臣、ファスタ卿が天帝家の怒りを買い、投獄されたのだ。
それを助け出したのが、大火である。「何でも与える」ことを条件にファスタ卿を脱獄させ、中央政府に対する反乱軍を組織させた。その戦乱は世界中に及び、「黒白戦争」と呼ばれる、何年にも渡る長い戦いの後、ファスタ卿率いる反乱軍が勝利。
神権政治は終わりを迎え、貴族や名家たちによる王侯政治の時代に移った。中央政府もそれら王侯貴族たちの政治同盟と言う形で残り、ファスタ卿がその筆頭、総帥になるはずだった。
しかしここで、大火とファスタ卿との契約が発効され――。
「……それでファスタ卿は姿を消し、カツミが中央政府の権力を奪取したんです。以後200年間、カツミは中央政府から金を搾り取り続けているんです」
「ふむ……」
食堂に移ってエランの話を聞いていた晴奈が腕を組んでうなる一方、エランの右隣に座っていたフォルナが、疑問を口に出す。
「消えたファスタ卿は、一体どうなったのかしら」
「分かりません。カツミに暗殺されたとも、モンスターに姿を変えられたとも、色々な説が流れてますが、どれが本当なのか……」
「1兆と言う莫大なお金は、どこに消えたのかしら」
「それも、まったく分かってないみたいです。黒鳥宮建造に使われたとか、数々の神器を製造した際の制作費とか色々言われてますが、どう考えても1兆と言う額には、全然届かないんですよね。まだその大部分が、使われてないんでしょうね」
二人のやり取りを聞いていた晴奈が、首を傾げる。
「そんなに溜め込んで、一体何をするつもりなのか……?」
「さあ? 単に、貯金したいだけじゃないんですかね?」
エランは肩をすくめ、握っていたフォークをテーブルの上に並んでいた料理に向けようとした。
「いたっ」
ところが、同じようにコップに手を伸ばしていたフォルナの左手とぶつかってしまい、引っかいてしまった。
「……。何をなさいますの、エラン」
「あ、すみません」
エランは手を引っ込め、フォルナに頭を下げた。フォルナは左手を押さえながら一瞬チラ、とエランを見て手を引いた。
「……構いませんわ。お先にどうぞ」
「あ、はい」
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