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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第6部

    蒼天剣・邪心録 2

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    晴奈の話、第373話。
    賢者たちの対峙。

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    2.
     モールはひょいと机から降り、うろうろと部屋の中を歩き回りながら話を続ける。
    「ところがある時点から、クリスはコピー本の販売をぱったりとやめてしまった。もっと大儲けできる方法を手に入れたからだろうね」
    「もっと、大儲け?」
    「殺刹峰って麻薬やら不法魔術、人身売買やらの、非合法の商売によって莫大な利益を上げ、その結果たっぷりと、資金を蓄えてるんだってね。
     そしてクリスが解析した『魔獣の本』による強化術やら攻撃術やらで武装した、私設軍隊も持ってる。
     やろうと思えばちっさい国ぐらい攻め落とせるくらいの、物騒で侮れない勢力に成長してるんだよね」
    「どこかの国を? つまり、クーデターがその、クリス氏の目的だと?」
    「そうだろうね、きっと。多分、克暗殺だの、黒炎教団打倒だのは、クリスの眼中にゃ無いだろうね。そんなコトよりもどこかの国の女王サマに納まった方が、どれだけ儲けになるか」
    「でもそれは、モノやオッドが許さないでしょう? 彼らはカツミ暗殺のために、殺刹峰を創り上げたんだし」
    「だろうね。ま、敵の内情なんかどうだっていい。私らの目的は、殺刹峰を潰すってコトだしね」
    「そうね。
     ……ここにいても収穫は無さそうだから、他の部屋を当たりましょう」
    「そうしようかね」
     うろうろ歩き回っていたモールは、すっと部屋を出た。

     廊下を見渡したが、敵の姿も、晴奈が駆け寄ってくる様子も無い。
    「まだ、あの緑っ娘と戦ってるみたいだねぇ」
    「……ねえ、モールさん」
     ジュリアは眼鏡を直しつつ、尋ねてみる。
    「ん?」
    「あなたもしかして、人の名前を覚えるのは苦手な方なのかしら? 私のことも、ずっと『赤毛』だし」
    「いいや」
     モールはフン、と鼻で笑って返す。
    「興味ある人間以外、覚える気が無いんだよね。
     さっきの狼っ娘も何だかんだ名乗ってたけど、どーせ晴奈が倒すだろうし。この戦いが終わったら、君と会うコトも二度と無いだろうしね」
    「……まあ、そうね。じゃあ進みましょうか、ボロまといの魔術師さん」
    「へっ」
     と、通路の突き当たりに、いかにも物々しい扉がある。
    「あれが、首領の部屋かねぇ?」
    「その可能性は高いわね」
     と、モールが真面目な顔になる。
    「赤毛、もし戦うコトになったら、私の後ろにいた方がいいね」
    「え?」
    「クリスは相当の魔術師になっているはずだね。多分君なんかじゃ、勝ち目は無い」
    「随分な言い方ね」
     憮然としつつそう言ったジュリアに、モールがまた、小馬鹿にするような薄い笑みを浮かべた。
    「だって君、私に勝てる?」
    「……いいえ、そんな気はしないわ」
    「恐らくクリスは、私とほぼ互角の力を持っているはずだね」
     それを聞いたジュリアは目を丸くする。
    「モールさんと同じくらい? 賢者と称された、あなたと?」
    「ああ。つっても、私の『この体』も、もうガタが来てるんだ。もう何年も、かなりの無茶をさせてきたからねぇ。もうあんまり、高出力の魔術は唱えられない。
     やりすぎたら、いい加減『壊れちゃう』ね」
    「え……?」
     ジュリアはその言い方に違和感を覚えたが、それを尋ねる前に、モールはずんずんと奥へと進んで行ってしまった。

     扉を開け、モールは数歩進んだところで立ち止まる。ジュリアも忠告された通り、モールの背後に立つ。
     扉の向こうには、真っ暗な空間が広がっていた。
    「クリス。君なんだろ、首領は」
     モールは暗闇に向かって、静かに声を放つ。しばらくして、ひどく弱々しい女の声が返ってきた。
    「モール……。なつかしい……わね」
    「やっぱり、君だったんだね」
    「ええ……そうよ……わたしが……首領……」
     真っ暗な部屋の中で、モールとクリスはやり取りを続ける。
    「雪花が死んで、もう何年になるだろうね」
    「確か……そう……30年以上……」
     ぽ、と暗闇に灯りが一つ現れる。
    「その30年間、君は一体何をし続けた?」
    「色々……やったわ……」
     もう一つ、灯りがともる。
    「そう、色々だ。色々、えげつないコトをした。禁呪を世に放ち、他人を食い物にし、さらには、これからよりたくさんの人間を不幸にしようとしている」
    「心外……ね……」
     話している間にも、灯りの数はどんどん増えていく。
    「わたし……は……少なくとも……二人……幸せに……しているわ……」
    「へっ、どうせ君と花乃だけだろう? いや、花乃すら幸せにできてるかどうか、分かったもんじゃないね!」
    「ハナノ……? ああ……あの子……昔はそんな……名前だったかしら……」
     やがて、部屋の中がうすぼんやりと照らされ始めた。
    「今は……そんな……つまらない……名前じゃ……ない……。今は……フローラと……名乗らせているわ……」
    「雪花に失礼だと思わないね? 花乃は雪花の娘だ。名前を勝手に変えるなんて、親友に対する冒涜だろう?」
    「いいじゃない……そんなこと……。今は……わたしの……娘よ……」
     大広間の奥に座っている、痩せた狐獣人の女が、弱々しく、しかしふてぶてしく構え、モールに応えているのが見え始めた。
    「わたしの……ものを……わたしが……どう呼ぼうと……わたしの……勝手でしょう?」
    「いいや、花乃は君のものじゃない! 雪花のものだッ!」
     モールはいつになく語気を荒げつつ、杖を構えた。
    「やる気……ね……モール……」
     クリスも膝に置いていた本を手に取り、ゆらりと立ち上がった。
    「……それ……なら……――それなら、本気で行かせてもらうわ!」
     クリスの目が、まるで飢えた野獣のように照り光る。
    「強化術……『ライオンアイ』!」
    「古代の術……。とっくの昔に失われた、己の肉体を変形させるほどの身体強化術か。使いすぎれば、肉体が耐え切れず崩壊してしまう。……ソレを承知で、使うんだね?」
    「あなたの秘術を手に入れさえすれば、こんな老いさばらえた体がどうなろうと!
     死ね、賢者モールよ!」
     クリスの持っていた本から、紫色の光が噴き出す。
    「そしてその残滓(ざんし)で我が魔術を、我が野望を完成させたまえ!」
    「……秘術に溺れ、良識を失ったか。なーにが『我が野望』だってね。
     んなもん、ココで完膚なきまでにブッ潰してやるね!」
     モールの魔杖も、対抗するように紫色の光を帯びる。
     二人の賢者が放つ膨大な魔力の波動が、大広間全体を激しく揺らし始めた。

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    2016.09.04 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    モールは既に長いこと生きてますからね。
    50年、60年の人生ならともかく、三桁以上生きているとなると、
    一々人や場所の名前なんて覚えていられないでしょうし。
    長生きしてる人の処世術なんでしょう。

    NoTitle 

    モールの言うことは言いえて妙ですけどね。
    確かに今後会うことがない人の名前なんて誰も覚えないですからね。覚えても仕方ないことは覚えない。
    ・・・というのは人の心理ですからね。
    そういった意味では名前は記号ですね。
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