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文脈のおとしあなにハマらないために
2009/11/10 01:11
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Kana - この投稿者のレビュー一覧を見る
「読解」というと文章のなかにあるものを解読することだとおもってしまうが,この本はむしろ本のなかには書いてないことがいかに文章の解釈に影響するか,とくにそういう「文脈」をただしく理解しないと「わかったつもり」つまり誤解することになるかを,いろいろな例をつかって説明している.この本をよめば,「わかったつもり」というおとしあなにおちるのをふせぐことができるようになるだろう.
すごい分析力
2021/09/25 22:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:なのはな - この投稿者のレビュー一覧を見る
読解力とは何か?という問いを痛烈に投げかける本でした。「わかったつもり、がそれ以上読もうとする意欲を妨げる」という思想を根底として、主張を繰り広げています。もっと日本人の読解力不足に対する嘆きや改善策の主張などを書き連ねる学者然とした本なのかと思っていましたが、実際には驚くほど具体的に詳細に「深く読む」ということを実例で解説した本でした。ここまで丁寧に文を噛み砕いて解釈させようとする本はあまり見たことがありません。本来なら国語でこのような文の解体を教えるべきなのでしょうね。
ただ私はまだ文の解釈はもっと幅広くていいのではないか、という意識は持っています。作家としては、伏線的な要素をしっかり落とし込んだ文章を書いて、流れがスムーズに運ぶよう心がけるのは大切だと思いますが、読み手は必ずしも作者の意図通りに読む必要はないのではないか、と思いました。
どこまでいっても「わかったつもり」は「わかったつもり」で、それはそれで読み方の1つのように思いますが
2005/11/06 23:34
11人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みなとかずあき - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本を読み終えたのはすでに2週間以上前のことなのだけれど、この本について何か書こうとするとどうしても詰まってしまうのです。それは何故か?
この本について何を書いても、「それはあなたがわかったつもりになっているだけではないの」と言われそうな気がして仕方がないのです。
そもそも私がこの本を手に取ったのは、自分の子どもが「わかったつもり」になってしばしば試験で何でもないミスをしてくることを目の当たりにすることがあるので、こうしたことへの対処法を知りたかったからでした。
確かに、この本で「わかったつもり」という状態がより理解するためにはかえって困った状態であること、理解するためには「文脈」を活用しなければならないこと、「わかったつもり」にさせる原因・理由にさまざまなものがあること、「わかったつもり」を壊すための方法を知ることはできました。少なくとも自分では理解できたと思えました。
しかし、この本によればこの「自分としては理解できました」状態こそ「わかったつもり」状態なのかもしれません。それを検証するには、やはりこの本に従って自分の「わかったつもり」を壊すしかない、ということを繰り返していくしかないのでしょうか。
この本の冒頭に、「この本は、文章をよりよく読むためにはどうすればよいのかを述べたものです」とあります。確かに、少しでも理解を深めた読み方ができれば、私たちが手にする本をより楽しむことが可能でしょう。そのために、「わかったつもり」状態を何とかしなければならないということもうなずけます。しかし、それはいったい何のためにするのでしょうか?何のために「文章をよりよく読む」必要があるのでしょうか。
この本にはいくつか文章が載せられています。その文章を手がかりにして「わかったつもり」やその壊し方について述べられていますが、私はそれを読みながら「この読み方は説明文や実用書のようなものにしか通用しないのではないか」と思えて仕方ありませんでした。
例文の多くが国語の教科書から引用されていますが、あまり童話や小説は取り上げられていません。森鴎外の『高瀬舟』も取り上げられていますが、どちらかというと状況を説明したりする文章が多かったように思います。この本で述べられている「わかったつもり」とその壊し方は、説明文にはかなり応用できるように思えるのですが、はたして物語の鑑賞という点では有効なのでしょうか。
私たちが何か文章を読む、あるいは本を読むというのは、そこから新しい知識や情報を得るということもありますが、もっと純粋に楽しみとして読むということもあるのではないかと思います。その時にはよりよく理解するように読むことも大切だとは思いますが、ある場合には大胆な「誤解」や「想像」も必要ではないかと思います。そのような「誤解」や「想像」が、ある物語を創造した作者も思い及ばなかった解釈を生み出し、さらに新たな「読み方」を提示することもあるのではないでしょうか。それを、ひたすら「よりよい理解」を目指して読んでいては、新たな解釈は生まれてこないようにも思います。
そう思いながらこの本を読んでいたら、ちゃんと「解釈」について述べられている節がありました。どうもやはり私が「わかったつもり」になって、勝手に解釈していたようです。
でも、その「解釈」についての節のあとに「試験問題を解いてみる」という節があるところをみると、やはりこの本でいう「よりよく読む」というのは学校の勉強のためなのか、という懸念が拭いきれません。これも私があまりよく読めていなくて「わかったつもり」になっているためなのでしょうか?誰かこの本を読んで、私に教えてくれませんかねえ。