令和になって共感者がなお増えるのでは
2020/03/08 09:05
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投稿者:象太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公・小野益次が自分の過去の記憶を辿る真面目な姿勢に好感を持つ。なぜだろう。
漱石の『こころ』の主人公・先生は、明治の精神に殉死した。その死は衝撃的で、読者への問いかけはあまりにも大きく、先生は「先生」という神になり読者に越えられない存在となった。
その点、読後の小野は身近だった。戦前は耽美主義的な絵を習い、戦時中にかけ軍国主義を煽る絵を描いて名声を得、戦後は画家を引退したが、時代の大きな変わり目を迎え、先生と呼ばれなくなっても、殉死せず生き続けている。過去を振り返る姿勢は、ある時は自分に厳しいが、ある時は自分の行動を肯定し美化する。信念に従って生きるという信念を持つ。その代わり若い世代を否定もせず、彼らからの批判は甘んじて受け入れる。
年を取るとはこういうことなのか。ノーベル賞作家の作品だから、小説のつくりにも注意を払おうという決意で読み始めたが、読み進めるうちにそんな意識は消えてしまい、小野の視点にずっぷりと入ってしまった。
昭和から平成を経て令和になった。社会の価値観は大きく変わっている。あらためて、この作品への共感者が増えるのではないか。
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投稿者:まなしお - この投稿者のレビュー一覧を見る
そんなに物語に起伏があるわけではない。最初は退屈だと感じていたが、100ページを過ぎたあたりから調子が乗ってきた。この翻訳は見事だ。翻訳されたものということを感じさせない。最初から日本語で書かれたように感じ、翻訳ものにありがちな違和感が全くない。
うつろう時代、うつり変わる気持ちを眺めて。
2020/09/05 12:27
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投稿者:梨桜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
記憶が曖昧な画家が語る戦前戦後の日々への想い。人の心、立場、世情は移ろいやすく、何が残るのか、何を残すのかで個人の芯が見えてしまう。
無邪気に見える子供への負荷、子の態度から、それが垣間見えた。
読む方の世代でも感想が変わりそう。
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夏目漱石の『それから』とか、太宰治の『斜陽』のように、破滅的な最後に向かっていくのかと思っていました。これはこれで好きです。
翻訳版の文体のためか、今まで触れた同氏の作品と比べると、舞台がそうであるからという理由以上に、日本的な印象を強く受けました。
一方、少し気になる点もいくつかありました。
語り手である小野さんの話がいちいち脇道に逸れるのは、もちろんそれが物語の肉付けとして重要なエピソードだからなんですが、「逸し方」っていうのはそう何パターンもあるわけではないので、「またか」と少し気が散る印象がありました。
それから、誰かの発言を思い出した直後に「本当にそういう表現をかの人が使ったかどうかは定かではないが……」というのもちょっと多かった。もちろん、小野さんが記憶のフィルターを通して過去を語っているということを強調する意味で大変有効な表現なのでしょうが、多用されるとこれも「またか」と思わざるを得なかったです。
それでも、人物の気持ちの機微とか、戦前戦中戦後と移り変わる日本の機運みたいなものへの戸惑いが、丹念に描かれていて、しかも救いのない話でないところが、なにか希望のようなものをもたらしてくれる気がしました。
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ある一人の男の意識の流れ。この作品に漂う静けさ。ドラマを見たせいもあり、主人公の小野は、渡辺謙さんだった。
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まもなく実写化!
カズオ・イシグロ氏『浮世の画家』
BS8Kで24日、NHK総合で30日から放送開始。
日曜美術館、ドラマ試写会ともに好評でした!
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集中力が続かなかったからか、あんまりおもしろくなかった。
なんかみんな奥歯にものを挟んだような物言いばかりで、
ちょっとうんざり。
率直に物言う孫はうるさいし。
うーん、これは私には合わなかった。残念。
戦時中の善が戦後には悪となる。
人をつくるのは状況なのかしら。
あとから考えるといかにも醜いことがその時は正しいと信じていたり、楽しいと思っていたりする。
そーゆー自分がいたことは確か。
人はいつでも善良であることは不可能だと思う。
ドラマは良かったらしい。観ればよかったかな。
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2回目。いつも素晴らしい小説をありがとう。
初めて日の名残りを読んだ時はたまげたけど、テーマほんとうにそっくり。
日の名残りの方が華やかさと鮮やかな色彩感があって好きだけど、地味で淡々としていて暗いこちらも良い小説。
主人公のやるせなさや辛さも、周囲の気まずさや不満も、どちらも手に取るようにわかるから、読んでて少ししんどくなる部分すらあった。
今主人公を責める周りの人たち、すなわち二人の娘や素一や三宅家の人たちは、戦争中は何を考えてどう行動してたの?
主人公が先陣切ってやったことが戦後的価値観に照らし合わせれば良くない行いだとしても、当時彼ら周囲の人たちはそれを支持して尊敬したんじゃないの?
戦後「民衆は騙されてたんだ!」とかいう民衆の無責任さ、そう言いたくなるのわかるけど、でも一歩立ち止まって考えてみなよ!!!
と言いたくなる。
彼らのも、小野とは違う方向からの自己正当化の一つよね。
小野の苦悩や考えれば考えるほどねじれてしまう建前と本心、自己正当化って側から見てるとなんて痛々しいの。自分でも痛々しい自覚あって必死に隠してるんだろうな、彼は。
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戦前から戦後にかけて、主人公の意識の変化や、心情の揺れが丁寧に描かれていて、とても興味深かった。
時代に翻弄される人々の様子もリアルに描かれていて、激動の時代に想いを馳せる事が出来た。
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浮世絵の画家の新版
老画廊は過去を回想しながら、自からが貫いて来た信念と新しい価値観の狭間に揺れる。
1986年にウイットレッド賞を受賞
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著者作品は3冊目、かな?
前に読んだ『私を離さないで』『遠い山なみの光』と比べると、圧倒的に後者のテイストに近い。舞台が日本、戦後という背景も似ている。
でも、内容、というかテーマは『私を~』に近いのかもしれない。
キーワードは“記憶”か。
主人公である画家の“わたし”が現在進行形のように物語を語っていくが、実は当時を振り返っているということが分かる。戦後という“価値観のパラダイムの変化”の時代は『遠い山なみの光』的であり、その中で漂う人を記憶の中で描くのは『私を離さないで』的だ。会話の応酬のあと、こうした表現が多く見られる。
「あの日、三宅二郎はほんとうにそういうことばを使ったのであろうか。」
「その朝わたしが正確にそう言ったと断言するわけにはいかない」
日常的情景を思い描いた後にも、
「その晩の記憶に限って妙に不明瞭なところがある」
“記憶”という単語はそう何度も使わないが、明らかにこの物語は過去のものだ。しかも、曖昧な。つまり、過去は、歴史は、“今のわたし”の記憶によってのみ形づくられる。家族や友人関係、その立ち居振る舞いも全て。なんなら、自分自身も。
『私を離さないで』を読んでいるので、こうした“わたし”のひとり語りが、最終的にはどこにも落ち着かないのは予想がついた。ふわふわと空気の中に漂うように、記憶の断片である、画家の人生が語られていく。“浮世”(floating world)というタイトルが活きる。
“わたし”は師匠であるモリに別れを告げる。
「先生、ぼくの良心は、ぼくがいつまでも<浮世の画家>でいることを許さないのです」
しかし、これも“わたし”の中の都合の良い記憶に過ぎない。人の人生なんて、そんなものだ。それを受けとめて、このあとも漂い続けていくのだ。
それが運命だ、それが人というものだ。なんてことない戦後の日本の小さな町での日常を描いて、そんな普遍的テーマを浮かび上がらせるあたり、さすがだ。
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こういう感想文を投稿するのは初めてなのでご容赦ください。以下の感想は読み終わったばかりの勢いで書いています。
最初から最後まで、画家・小野の視点で描かれている。『価値観の変動』と『生き方』に焦点を当てた作品だと感じた。私がこの本から受け取ったメッセージを以下に示す。
《価値観は時代とともに移ろい行くものだから、誰しも後になって自らの過ちに気がつくかもしれない。しかし、『自分の信念に従って、全力で生きた』ならば、それの信念が間違いであったとしても後悔はしないであろう。》
また、この作品では、とかく何かを明言するのを避ける傾向にある。しかし、多数の場面を組み合わせて、人の心の動きを鮮やかに描いていた。
以下に大まかな作品の流れを示す(完全なるネタバレです)。
戦時中、小野は〈地平ヲ望メ〉という版画作品で広く影響を及ぼした。この作品に描かれた精神は「お国の為に戦う」(だと考える)。作品は、当時の小野の信念に基づき描かれ、地域で大いに賞賛されたらしい。
しかし、終戦後にこの絵のテーマとなった精神は批判される。さらに、若者も当時の『権力者』への憎しみを曝け出す。それは、若者が『権力者』に、仲間の命を奪われたと考えるからである。
小野は、回想中に自らの過ちと、人々に与えた損害に正面から向き合い認める。価値観は移ろいゆくものであるからである。当時は良しとされていたものが、現代では悪になってしまうのである。
しかし、当時の小野が『自らの信念に従って、全力で行動した』という事実は変わらない。そして、彼は自らの過ちは認めても、当時の『生き方』には業績以上の満足感を得ていたのである。
一方、若者の言う『権力者』とは、将校・政治家・実業家達であったと判明する。そこで小野は自らが感じた責任の大きさは、自分の職業に見合っていなかったと悟る。けれども、確実に社会に影響を及ぼした者としての責任を感じ、また、自らの信念を貫いた事に誇りを持ちながら生きるのである。
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時代の変化に取り残された一人の老人。それでも威厳を保とうとするが、その切ないこと。その哀愁は、我が身にも無関係ではいられない切実さもある。
『日の名残り』では大英帝国没落後も英国紳士を貫こうとする執事でそれを描き、この『浮世の画家』では敗戦後も家父長的父親を演じようとする画家で描く。
ただ、『日の名残り』の方がより必死さと切なさが描出できている。
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画家の人生を通して、戦前から戦後の日本における価値観の変化を描いた作品。
戦中から戦後の世情の空気の移ろいを察知した画家の、過去の自分の作品が世間に与えた影響と責任を認めつつも、時代を生きたという誇りは忘れない強さを感じる。
同じような境遇で責任を感じて自ら命を絶った作曲家との対比なども印象的ではあるが、この話から思い出されるのは藤田嗣治。
彼が戦後、この作家と同じような境遇に陥り、世間から大きなバッシングを浴び逃げるようにパリに移住したことは、時代と世論の変化の残酷さをつくづく感じさせる。
そして最近のSNSを通しての、諸々の炎上騒動についても同様に考えさせる。
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過去に誇りを持っているのか、後ろめたいのか、この相反する二つの感情の同居が、主人公の語り口調と共に過去と現在を織り交ぜつつ描かれている