古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (43) 水面の美男子
ホオリはシオツチの教えに従いワタツミの宮に行きますが、ここでも注目すべき点があります。訳を再掲します。
【そこで教えに従って少し行くと、つぶさにそのいう通りになったので、その楓の木に登って坐っていた。そこにワタツミの娘トヨタマヒメの下女が、王器を持ってきて、水を汲もうとする時に、井戸に人影が写った。仰いでみると、麗しい男がいたので、たいへんあやしいと思った。
ホオリはその下女を見て、水が欲しいと仰せになった。下女は水を汲んで玉器に入れて差し上げた。ところが水を飲まずに、首飾りの玉を緒から外して、口に含んで、玉器に唾と共にパッと吐き入れられた。するとその玉は器にくっついて、下女は玉を離せなくなった。そこで玉の付いたままトヨタマヒメに差し上げた。】
”井戸に人影が写った”と訳していますが、読み下し文は、”井に光(かげ)有き”です。これについては、
”日の神の御子として、文字通り光がさしていたと見る方が穏やかではあるまいか。”(倉野憲司他校注『古事記 祝詞』)
との注釈もされています。一方で、日本書紀一書では、
”ちょうど人の姿が井戸に映っているのを見て”などともあり、こちらの解釈が一般的なので、”井戸に人影が写った”と訳しました。
この描写を、「水面の美男子」と呼びます。
「水面の美男子」とは、男と女の出会いの場面において、女が水面に映った男の顔をみる、という話です。メラネシア、ビスマルク諸島 パプアニューギニアに分布してます。
さらに、”異界を訪れたときにその入口の木陰や木の上で休む、あるいは隠れていると、異界の娘が水くみに来たので見つかる”、という話が、ギリシア神話ペルポセネの冥界下り、朝鮮半島の地下の悪魔退治など世界中に広範囲に見い出せます。(後藤明『世界神話学入門』P209-211)
これが単なる偶然なのか、とも考えられますが、これまでお話してきたとおり、人類の移動とともに伝播した、と考えるほうが自然です。
つまり、「釣針喪失譚」いわゆる「失われた釣針」神話の原型は、人類がアフリカ大陸を出た際にもともともっていた伝承であり、それが東南アジアに伝わり、パプアニューギニア方面で生まれた「水面の美男子」型のモチーフが取り込まれ、それが北上して日本列島にもたらされた、と推測されます。そして海幸彦山幸彦神話全体も同様です。なんとも壮大なロマンあふれる話ですね。
もうひとつ注目すべきポイントがあります。それは、下女がホオリに水の入った玉器を差し出したのに対して、ホオリは”水を飲まずに、首飾りの玉を緒から外して、口に含んで、玉器に唾と共にパッと吐き入れた。”という箇所です。
これは一種の呪術であり、”唾液の呪力によって玉を器にくっつけたのである。”(『古事記 祝詞』(倉野憲司他校注))とあります。海幸彦山幸彦神話には呪術を使う箇所がいくつか出てきますが、「唾液の呪力」というのも、なんとも面白いところです。
先に進みましょう。
【そこで教えに従って少し行くと、つぶさにそのいう通りになったので、その楓の木に登って坐っていた。そこにワタツミの娘トヨタマヒメの下女が、王器を持ってきて、水を汲もうとする時に、井戸に人影が写った。仰いでみると、麗しい男がいたので、たいへんあやしいと思った。
ホオリはその下女を見て、水が欲しいと仰せになった。下女は水を汲んで玉器に入れて差し上げた。ところが水を飲まずに、首飾りの玉を緒から外して、口に含んで、玉器に唾と共にパッと吐き入れられた。するとその玉は器にくっついて、下女は玉を離せなくなった。そこで玉の付いたままトヨタマヒメに差し上げた。】
”井戸に人影が写った”と訳していますが、読み下し文は、”井に光(かげ)有き”です。これについては、
”日の神の御子として、文字通り光がさしていたと見る方が穏やかではあるまいか。”(倉野憲司他校注『古事記 祝詞』)
との注釈もされています。一方で、日本書紀一書では、
”ちょうど人の姿が井戸に映っているのを見て”などともあり、こちらの解釈が一般的なので、”井戸に人影が写った”と訳しました。
この描写を、「水面の美男子」と呼びます。
「水面の美男子」とは、男と女の出会いの場面において、女が水面に映った男の顔をみる、という話です。メラネシア、ビスマルク諸島 パプアニューギニアに分布してます。
さらに、”異界を訪れたときにその入口の木陰や木の上で休む、あるいは隠れていると、異界の娘が水くみに来たので見つかる”、という話が、ギリシア神話ペルポセネの冥界下り、朝鮮半島の地下の悪魔退治など世界中に広範囲に見い出せます。(後藤明『世界神話学入門』P209-211)
これが単なる偶然なのか、とも考えられますが、これまでお話してきたとおり、人類の移動とともに伝播した、と考えるほうが自然です。
つまり、「釣針喪失譚」いわゆる「失われた釣針」神話の原型は、人類がアフリカ大陸を出た際にもともともっていた伝承であり、それが東南アジアに伝わり、パプアニューギニア方面で生まれた「水面の美男子」型のモチーフが取り込まれ、それが北上して日本列島にもたらされた、と推測されます。そして海幸彦山幸彦神話全体も同様です。なんとも壮大なロマンあふれる話ですね。
もうひとつ注目すべきポイントがあります。それは、下女がホオリに水の入った玉器を差し出したのに対して、ホオリは”水を飲まずに、首飾りの玉を緒から外して、口に含んで、玉器に唾と共にパッと吐き入れた。”という箇所です。
これは一種の呪術であり、”唾液の呪力によって玉を器にくっつけたのである。”(『古事記 祝詞』(倉野憲司他校注))とあります。海幸彦山幸彦神話には呪術を使う箇所がいくつか出てきますが、「唾液の呪力」というのも、なんとも面白いところです。
先に進みましょう。
【トヨタマヒメは、不思議に思って門の外に出て、若者を見るとすぐにほれぼれして、目くばせして、父に「家の門に、麗しい人がいます。」と申し上げた。海神が外に出て見て「この人は、アマツヒコの御子、ソラツヒコである。」と言って、すぐに中に入れて、アシカの皮の敷物を敷いて、絹製の敷物をその上に敷いて、その上に坐らせて、百取の机代の物を準備して、饗宴の会を開いて、娘のトヨタマヒメと結婚させた。こうして、3年の間、この国に住まわれた。】
トヨタマヒメの父ワタツミが外に出てホオリを見て、すぐに「アマツヒコの子のソラツヒコだ。」と言ったということは、ソラツヒコつまりホオリのことをもともと知っていたか、あるいはうわさなどで聞いたことがあったことになります。それほどまでにホオリ(とホデリ一族)は力をもっていたのでしょう。
さてホオリを迎い入れて、アシカの皮の敷物を敷いて、さらにその上に絹の敷物を敷いて坐ってもらいます。アシカ(原文では「美智」)とは唐突な印象ですが、かつては日本各地に棲息していました。”
近年までは日本全国の沿岸部に分布していたと考えられていますが、現在は絶滅危惧種となっています。”(Wikipedia「ニホンアシカ」)
そのアシカの敷物の上に、さらに絹の敷物を重ねてその上に坐ってもらったのですから、いかに”高貴な人”としてもてなされたかがよくわかりますね。
そして”百取の机代の物を準備して”とあるので、先にお話したとおり、ワタツミ・トヨタマヒメの家に婿に入ったことになります。そして婿として、3年間、ワタツミの家で暮らしたわけです。
⇩新著です。ご高覧いただければ幸いです。!!
https://amzn.to/46gAVrq
トヨタマヒメの父ワタツミが外に出てホオリを見て、すぐに「アマツヒコの子のソラツヒコだ。」と言ったということは、ソラツヒコつまりホオリのことをもともと知っていたか、あるいはうわさなどで聞いたことがあったことになります。それほどまでにホオリ(とホデリ一族)は力をもっていたのでしょう。
さてホオリを迎い入れて、アシカの皮の敷物を敷いて、さらにその上に絹の敷物を敷いて坐ってもらいます。アシカ(原文では「美智」)とは唐突な印象ですが、かつては日本各地に棲息していました。”
近年までは日本全国の沿岸部に分布していたと考えられていますが、現在は絶滅危惧種となっています。”(Wikipedia「ニホンアシカ」)
そのアシカの敷物の上に、さらに絹の敷物を重ねてその上に坐ってもらったのですから、いかに”高貴な人”としてもてなされたかがよくわかりますね。
そして”百取の机代の物を準備して”とあるので、先にお話したとおり、ワタツミ・トヨタマヒメの家に婿に入ったことになります。そして婿として、3年間、ワタツミの家で暮らしたわけです。
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