HPVワクチン勧奨再開、9年の間にあった議論 厚労省部会長に聞く
子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐワクチンについて、対象者に接種をすすめる「積極的勧奨」が、4月から約9年ぶりに再開される。定期接種の対象は小学6年~高校1年相当の女子で、この9年間に接種しなかった1997~2005年度生まれの女性も公費で接種できる。厚生労働省の副反応検討部会ではどんな議論があったのか。なぜ再開に至ったのか。部会長の森尾友宏・東京医科歯科大教授(小児科)に経緯や今後の課題を聞いた。
部会で深まった三つの議論
――勧奨再開に至った経緯を教えてください。
ここ数年で大きく三つの点で議論が深まりました。
一つ目は、有効性や安全性に関する論文が国内外から報告され、まとまったデータとして示せるようになったこと。二つ目は、市民に対して正確な情報提供が進んだこと。三つ目は、多様な症状が出た後の認知行動療法などについて、多くの医療機関で理解が深まったことです。
――一つ目の有効性や安全性については、どこまで証明されていますか。
20年にスウェーデンからHPVワクチンが子宮頸(けい)がんを抑えるという結果が報告されました。それまでは、がんになる前の段階の病変を減らすという報告はありましたが、がんそのものも抑えるということがわかりました。デンマークや英国でも同様の結果が報告されています。
安全性についても、接種後の長期疲労や、免疫が誤って自分を攻撃してしまう自己免疫疾患が多いのではないか、という指摘がありましたが、関連性がないという論文が海外から出ています。
大阪大の祖父江友孝教授を班長とした厚労省研究班が国内の疫学調査をしました。ワクチンを接種していない人でも全身の痛みや多様な症状を訴える人がいるというデータを報告し、論文になっています。
――二つ目の市民への正確な情報提供とは。
HPVワクチンに関する情報をまとめた20年版の国のリーフレットを、6~7割の自治体が対象者の家庭に配布し、情報提供が進みました。これが原因かはわかりませんが、20年後半から接種者が増え、ワクチンに対する認識が高まっていると考えられました。
――三つ目の認知行動療法については。
愛知医科大の牛田享宏教授を班長とした厚労省研究班が、全身の痛みなどの症状が出たときに認知行動療法的アプローチをすれば改善するという報告をしました。認知行動療法は、ものごとのとらえ方を変えて、考え方や行動のくせを修正していくために、心理的な支援などをしていく治療です。
ワクチンを接種したかどうかにかかわらず、体の反応として全身の痛みが起こることを医療者側も意識するようになりました。
最初に適切な医療につなげられるか
――接種後に体の広い範囲が痛んだり、記憶障害が出たりするなどの「多様な症状」が報告されたのをきっかけに、13年に積極的勧奨が止まりました。多様な症状をどう理解すればいいのでしょうか。
ワクチンを接種していない人でも多様な症状が出る場合があることが、疫学調査からわかってきました。一方で、「私は接種後に痛みが出た。その後に症状が悪化した」という人もいると思います。生活も苦労され、うまく言葉では説明できない痛みもあると思います。
重要なのは、最初に適切な医療を提供できる体制が整っていれば、つらい経験をせずに済んだかもしれない、ということです。ワクチンを接種したかどうかにかかわらず、どんな治療をしたらよくなっていくかを示せるようになるまでに時間がかかりました。
この経験を教訓として、こうした多様な症状があるということを、この数年、自治体や医療機関の勉強会で伝えています。
――多様な症状については、様々な見解があります。自己免疫疾患という可能性について、小児の免疫の専門家として、どう考えますか。
自己免疫疾患は、自分自身を攻撃する自己抗体や免疫細胞ができてしまうことで、様々な炎症が起きてしまう病気です。脳内の炎症部位によっては、記憶障害が起きる可能性も否定できません。
ただ、海外の論文をみても、HPVワクチンで自己免疫疾患の頻度が上昇したと言える確かなデータはありません。大切なのは、科学的なエビデンスを論文で発表し、治療につなげることです。
――接種者が増えれば、接種後に体調を崩す人が増える可能性はあります。医療機関の体制整備はどのような状況でしょうか。
各都道府県にはHPVワクチン接種後の症状を専門に診る協力医療機関があります。部会では、協力医療機関の拡充の話もありましたが、現時点では数は増やしていません。
現在、接種者数が増えていますが、症状を訴える人が急激に増えたという報告はありません。
重要なのは、接種した医療機関や、かかりつけの医療機関の役割です。小児科医は思春期特有の身体症状への知識は増えています。そこが9年前との大きな違いではないかと思います。
――思春期特有の身体症状があるのでしょうか。
思春期の症状、医療者の理解進む
接種後に失神を起こす人もいます。過去に注射で気分が悪くなったことがあるなど、心配な人は横になった状態で接種するなどの対応をとるのがよいと思います。
もともと、自律神経の乱れなどが原因で、朝起きるのが難しくなるなどの症状が出る「起立性調節障害」などが起きやすい年代です。慢性的な痛みなども含め、こうした機能性身体症状はけがや精神的なストレスなど、さまざまなきっかけで起きます。
接種にかかわらず、こうした症状に困っている人を、いかにして認知行動療法などの適切な治療につなげるか、が重要です。原因を突き止めようと検査をすればするほど、ますます状態が悪くなることにつながる可能性もあります。
――接種によって、こうした機能性身体症状が増えたかどうかを調べるには、こうした症状が接種していない人たちにどれぐらいあるか、を調べる研究が必要ではないでしょうか。
まずは、接種後のモニタリン…