「あなたにも可能性が」栗原友さんが7歳の娘に伝えた遺伝性乳がん
まだがんになっていないけれど、リスクの高いおっぱいを予防的に切除したの。あなたにもその可能性がある――。料理家の栗原友さん(47)は、7歳のひとり娘に、遺伝性のがんとどう向き合っているのかについて、伝えています。2019年に左胸にがんがみつかり、遺伝子検査で乳がんや卵巣がんになるリスクが高い「HBOC」(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)と分かり、予防のため、がんがみつかっていない右胸も左胸と同時に切除し、翌年には卵巣・卵管の切除手術も受けました。昭和大学病院のブレストセンター長の中村清吾医師(65)と、その経験について語り合いました。
栗原 3年前のゴールデンウィーク(GW)に、海外のビーチでオイルをぬっていたら、左胸にしこりをみつけました。帰国後にすぐに検査を受け、乳がんだとわかり、聖路加国際病院で手術することを決めました。主治医から「遺伝性のがんの可能性があるので、遺伝子検査を受けてみませんか」と勧められました。リスクは知って備えたい性分なので、すぐに受けました。
40代前半で乳がん 遺伝子検査受けることに
中村 乳がんの8割は女性ホルモンの感受性が高いタイプです。栗原さんはこれとは別の「トリプルネガティブ」というタイプ。遺伝性腫瘍(しゅよう)の確率が高いので、遺伝子検査を受けて、予防的な観点でがんと向き合うことを提案されたのだと思います。
栗原 そうなのですね。
中村 検査の結果、栗原さんは、HBOCだった。つまり遺伝子「BRCA1」か「BRCA2」に変異があり、がんを抑制する働きが弱い。HBOCの女性が生涯で乳がんにかかるリスクは約50~90%とされ、日本人女性全体の10%と比べ高い。卵巣がんになるリスクは約20~60%です。男性も乳がんや前立腺がんになる割合が高くなります。家系に、乳がんや卵巣がんの人がいると、この遺伝性のがんを疑う典型的な所見です。がんになりやすい遺伝子はこれ以外にも複数判明しています。2020年4月から、HBOCによる乳房と卵巣の予防切除手術や遺伝子検査が保険適用になりましたが、将来は、複数の遺伝子について一度に検査できるようになると思います。
栗原 そういえば、「簡単に遺伝子検査ができます」というCMもありますよね。
中村 唾液(だえき)などで簡易に検査するものですよね。そのタイプのものは、保険診療に組み込まれていないものがほとんどです。でも、将来はもっと検査の種類が増えると思います。
栗原 私が受けた遺伝子検査は5分で終わり、保険適用になる前だったので約20万円でしたよ。
中村 今は、6万円です。
栗原 3分の1!(笑)。遺伝子検査と予防的手術への保険適用にこぎつけるまでの道のりは長かったのですか?
中村 日本の遺伝性乳がんの予防的な対応は、欧米に比べてかなり遅れていました。でも20年にようやく保険適用になり、まだ、がんになっていない胸や卵巣も予防のために切除するという治療は進みました。今の課題は、未発症の方への保険適用です。つまり、HBOCの患者さんのお子さんやご家族が「検査を受けたい」と希望された時に、検査費用や、陽性なら切除手術も保険適用にするのか、という点です。
栗原 私には7歳の娘がいるので、早くそうなって欲しい。誰に言えばいいですか?
中村 国ですね(笑)。保険適用の幅を広げることが必要だと私も思っています。「この遺伝子に変異があると、将来この病を発症する可能性が高い」ということが一度に分かる検査が保険適用されれば、医療経済の観点からも良いのですよ。ただ、遺伝性のがんの予防治療には、患者さんとそのご家族への丁寧な「遺伝カウンセリング」が欠かせません。
遺伝カウンセラーがいたからこそ 予防切除した胸からもがん
栗原 その通りだと思います。私自身、遺伝カウンセラーの存在がなければ、遺伝子検査も受けなかったし、予防切除に踏み切ることもなかったと思います。私の場合は、予防切除した乳房から、オカルトがん(偶然発見がん)が見つかったのです。
中村 それは良かった。乳房や卵巣の予防切除は、理解されにくいこともありますよね。人により価値観が異なりますから。
栗原 男性だけでなく、女性からも、「わざわざ取る必要あったの?」「なぜ?」と言われました。
中村 遺伝性乳がんは、50~80%の確率で、生涯のうちに乳がんが見つかります。通常は約10%の確率なのに対してです。だから、やはり予防切除は有効なのです。でも、なぜ予防切除を選ぶのかについては、がんになった人にしか分からないのかもしれませんね。
栗原 私自身は、胸を失うことに、そんなにこだわりはなかったのですよ。それよりも、将来がんになることを避けたいと合理的に考え、抵抗なく決断しました。卵巣の予防切除手術と左右同時に乳房の再建手術を受けて、仕上がりにも大満足です。
中村 ご家族への対応は?
栗原 父は末期の肺がんで余命宣告を受けていたので、がんだということは伝えましたが、「遺伝性」であることは伏せました。母と弟には、カウンセラーに相談しながら遺伝子検査を受ける選択肢があることを伝え、ふたりとも受けることを決めて、陰性でした。
当時4歳だった娘への対応は悩みました。遺伝カウンセラーの助言を踏まえて、上手に言えました。「ママの胸に悪者がいるから退治するよ。安心して、良い先生方がついているからね」と伝えると「ママかわいそう」と言って最初は娘は泣いたけれど、絆も深まり、今では心強い応援団です。
娘に告白「将来、ママと同じがんになるかも」
中村 遺伝性のがんであることは、娘さんにどんな風に伝えましたか?
栗原 これは、カウンセラー…