学生運動は終わったか 変わる方法、終わらない「権力への問い」

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聞き手・岡田玄 聞き手・田中聡子
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 学生の立場から、権力や社会のあり方を問い直す学生運動。世界には今も学生のデモが世論を動かす国がある一方、日本では存在感が薄い。それはなぜなのか。今どきの形があるのか。社会運動論が専門の小杉亮子さん(埼玉大学准教授)、ラテンアメリカ地域研究と社会運動論が専門の三浦航太さん(アジア経済研究所研究員)、大学生だった2018~21年度にさまざまな社会活動に関わった北澤華蓮さん(バイオリニスト)に話を聞いた。

1968年の問いかけ、今も変わらず  小杉亮子さん

 全共闘運動が盛り上がった1968年は、日本の学生運動にとって象徴的な年です。今の学生やその親世代は、当時を直接経験していませんが、個人が直接記憶していなくても、「否定的な集合的記憶」があります。例えば72年の浅間山荘事件やその後発覚した同志殺人で知られる連合赤軍に関する映画や漫画、報道などの影響を受けて、学生運動に対する否定的なイメージが形作られています。

 当時の運動が、その後のくび…

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この記事を書いた人
岡田玄
東京社会部
専門・関心分野
中南米、沖縄、移民、民主主義、脱植民地主義