「支援者」増えても派遣ゼロ 進まない失語症対策に当事者が要望
病気や事故で言語機能に障害を負った失語症の人の言葉を通訳し、サポートする「意思疎通支援者」。厚生労働省が2018年から養成、派遣を進める人たちだ。埼玉県内でも養成はされているが、ニーズの把握は進まず、当事者への派遣は足踏み状態。一方、生活に困る当事者からは派遣を求める声があがる。
先月17日、さいたま市役所を失語症の人が訪ねた。市内で暮らしている木村ひとみさん(45)だ。福祉行政を担う永島淳福祉部長に面会し、失語症に悩む人への支援者派遣などを求める要望書を手渡した。
木村さんは一人暮らしをしていた3年前、急に足がふらつき、ろれつが回らなくなった。医師の診断は脳梗塞(こうそく)だった。建設関係の仕事を辞めて治療に専念し、症状は改善したが、考えたことを言葉にしたり文字を声に出したりするのは難しいまま。病院で医師の診察を受けるのもひと苦労だ。
文字に加え、数字の識別も難しい。そのため、飲食店での注文や会計、銀行での振り込み手続きでは、計算のほか金額表示なく口答だけだと確認できずに苦労する。途切れながらの言葉やジェスチャーで思いを伝えるが、「忙しそうな店員らを前に理解してもらえない悔しさが募る」という。
周囲に支えてもらうが、支援者がいれば、医師や店員との会話を仲介してもらえるためスムーズにコミュニケーションが取れると期待する。しかし、さいたま市では支援者の養成が進む一方で、派遣はまだない。
永島部長は「派遣の必要性は感じている。具体的にどう取り組んでいくか、養成で協力する県、川口市と検討していく」と話す。
失語症は、病気や交通事故で脳の一部が損傷し、言語機能に後天的な障害が起こる状態。記憶や判断はできるが「話す」「聴く」「読む」「書く」といった動作が難しく、動作別の個人差がある。全国に30万~50万人いるとされ、生活に支障が出て、社会から孤立しやすいことが課題だ。
県言語聴覚士会によると、県内の失語症の人は推計約1万5千人で、1割は支援者が必要とみられる。「家族だけがサポートするという考え方は時代遅れ」で、家庭事情を問わず支援者の派遣は喫緊の課題という。
意思疎通支援者は、厚生労働省令に基づく認定資格に合格した人か、同省が18年に作成した「養成カリキュラム」に基づき、都道府県や指定市、中核市が実施する研修を受講した人。派遣は一般市町村も担う。
埼玉県によると、県内でこれまでに養成された支援者は22人。ただ、当事者につながった例はない。当事者ニーズの把握が難しいうえ、市町村から具体的な問い合わせもほとんどないという。
県内のある支援者の女性は身近に失語症者がいて、当事者と家族の苦労を知り、21年に養成研修を受けた。「誰かの役に立ちたいと研修を受けても当事者につながらなければスキルも衰える。もったいない」
一方、熊本県内で支援者派遣の事業の立ち上げに関わった経験を持つ目白大学言語聴覚学科(さいたま市岩槻区)の橋本幸成・専任講師(失語症学)は、実際に事業化するとリピーターが多く、継続的なニーズがあったと指摘する。「まずは支援側の目が行き届きやすい小規模地域で取りかかることで、事業の方向性や必要な対策が見える」