重度障害あっても大学進学支えます 国の制度導入5年も利用わずか

重政紀元
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 重度の障害があっても大学で学びたい――。そんな当事者の声を実現しようと通学や学内でヘルパーの介助が受けられる支援制度を持つ自治体が出始めた。今春には少なくとも県内で2人が同制度を使って進学する。専門家は「利用を希望する障害者はもっと多い」と広がりを期待する。

 サービスを受け始める一人が習志野市の原昂大(こうた)さん(18)。県立船橋夏見特別支援学校の高等部を今春に卒業し、5日に東京情報大総合情報学部(千葉市若葉区)に入学する。自宅と大学間は家族が車で送迎。学内での車いすの移動や医療的ケアはヘルパーが行う。

 昂大さんは小2年の時に脳腫瘍(しゅよう)が見つかった。手術による運動機能への影響で車いす生活に。数時間おきのたんの吸引が欠かせず、睡眠時などは人工呼吸器も必要になる。それでも小学部では児童会長、高等部では自由に使える右手を生かしパソコン部で技術を磨いた。

 だが、なかなか将来への道は見通せなかった。中等部2年の時にあった公共機関での職場体験で「自分みたいな場合どんな仕事があるか」と尋ねたところ、「医療的ケアがある人は採用していない」と言われショックを受けたことは忘れられないという。

 展望が見えたのは高等部2年の時。支援学校の先生から「地域生活支援事業制度」について伝えられた。従来の障害福祉サービスでは、通学目的のヘルパー利用は認められていなかったが、居住自治体が認めれば可能になった。地元の習志野市の担当課も前向きで、翌年には制度を使う前提となる重度訪問介護の利用を認められた。

 ただ、自身の希望である情報系の学部があり、エレベーター設置など施設面の態勢の整った大学は県内には少なく、条件にあったのが東京情報大だった。春から計3回、オープンキャンパスに通い、進学先に絞った。

 同大にとっても昂大さんほど重度の障害がある学生を受け入れたことはなかった。入試では障害を理由にした優先はなく、調査書・志望理由書・リポート課題にもとづく審査で行われる試験には2度落ちた。支援学校の先生たちと何度も提出物の内容を練り直し、最終となる3度目の試験で合格を勝ち取った。

 昂大さんは「無理だと思っていたので本当にうれしかった。自宅でパソコンを使った仕事をするという夢に向かって進める。しばらくは授業で精いっぱいだと思うが、余裕ができたらサークルなど学生生活も楽しみたい」と笑顔を見せる。

 同学部の圓岡偉男学部長は「うちの学部で学ぶ中心は技術だが、技術は社会や人間について知らないと使えない。本人も大学で学ぶことは多いだろうし、周囲の学生にとっても重い障害がある人と同じ教室で学ぶことで見えてくるものがあるはず」と期待する。

 送り出す両親は息子の挑戦を見守る。母親の直美さん(50)は「これまでの支援学校の友達もいないし、親や先生が付き添ってくれた生活から一変する。自分で伝えないとヘルパーや周りの人も助けてくれない。まずはそれを乗りこえてほしい」と話す。

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 厚生労働省によると、2019年度に特別支援学校を卒業した2万2515人のうち、大学などへの進学は714人、企業への就職は7204人しかない。多くは就労系施設や生活介護事業所などに進まざるを得ない。

 地域生活支援事業の進学・就労支援はこのような現状を変えるために導入されたが、全国で導入した自治体数は①大学修学支援が18(20年度末時点)、②就労支援が26(昨年10月時点)。県内では①は浦安市が22年度から1人、②は現時点ではゼロで、今年度に千葉市が予定しているだけだ。

 理由の一つがヘルパーの報酬にかかるコストだ。

 県内で最初に修学支援制度を導入した浦安市では21年夏の開始予定だったが、応じるヘルパーが見つからず延期を余儀なくされた。スタートできたのは約1年後で、時給は倍以上の3920円に上げざるをえなかった。担当者は「都心の大学での介助だと当初の額では無理だった」と話す。

 もう一つは制度の周知が進んでいないことだ。

 県医療的ケア児等支援センターぽらりす(千葉市)によると、重度障害児を受け入れている特別支援学校の教員や役所の障害福祉関係の職員でも制度を知らない人がほとんどという。同センターでコーディネーターを務める景山朋子さんは「支援学校にはヘルパーの支援があれば大学で学んだり、仕事ができたりする重度障害者は毎年、一定数いる。自立の道をつくるためにも、もっと制度を知ってほしい」と話す。

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〈地域生活支援事業〉障害者や障害児の社会参加を促すために国が設けた制度で、県や市区町村が地域の特性や利用者の状況に応じて実施できる。従来、重度障害者の訪問介護は在宅での利用が原則だったが、2018年度から大学などの進学を対象にした「修学支援事業」、20年度からは就労先を対象にした「就労支援特別事業」として、通学・通勤、学内や事業所内でヘルパーの支援を受けられるようになった。

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