失語症と闘った出口治明さん 「言葉を取り戻す」までの壮絶リハビリ
4月25日は「失語症の日」。脳卒中の後遺症などにより「話す」「聞いて理解する」といったコミュニケーションに障害を抱える失語症患者は、日本国内に約50万人いるとされる。実業家として知られ、現在は立命館アジア太平洋大学の学長を務める出口治明さん(75)も、2年前に脳出血を起こし、右半身まひと重い失語症の後遺症が出た。当初は「学長への復帰は難しい」と考えられていたが、壮絶なリハビリを経て、みごと復帰した。
出口さんの失語症は重く、入院直後は「あー」や「うー」といった音は出せても、意味のある言葉は話せない状態だった。
一般的なリハビリでは、耳で聞いた単語と同じ絵のカードを取ったり、「1、2、3……」など続く言葉を繰り返したりすることが多い。と同時に、指さしやジェスチャーなどを学ぶこともあるが、この方法に慣れ、話すことをあきらめてしまう患者もいる。
そこで出口さんが取り組んだのが、「全体構造法」というリハビリ法だった。
赤ちゃんは言葉を話せなくても、「あ」という声一つで、「あっ!」と驚きを表現したり、「あー」とがっかりした気持ちを伝えたりできる。全体構造法は、赤ちゃんが人間の言葉を学んでいく過程をたどっていくようなイメージで、段階的に言葉を獲得していくリハビリ法だ。
出口さんも、まずは「あ・い・う・え・お」の母音を、意思をもって自由自在に発声できるようにするところから始めた。
言語聴覚士と一緒に、まひのない左手を動かしながら、「あーー!」「あーー?」と、音の使い分けを意識しながら母音を発声する練習を重ねた。
自分では「えー」と言っているつもりでも、口から出てくる音が、「あー」「おー」となってしまうことも多かった。
それでも、「早く、話せるようになりたい」「早く、学長の仕事に戻りたい」と、決して落ち込むことはなかったという。
回復期リハビリテーション病棟に入院できる日数は、最長180日と決められている。出口さんは、「歩く」「話す」ことのどちらをとるかの選択を迫られ、結局、「話す」ことを選んだ。そのため、現在も移動は電動車いすに頼っている。
この4月、リハビリ中もずっと気にかけていた大学の新学部創設がいよいよ実現した。出口さんは、はっきりした口調で言う。
「やりたいことができて しあわせです」