「古代のアート」幾何学模様に怪獣も 装飾古墳で黄泉の国めぐり

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編集委員・中村俊介
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 古墳の石室といえばあの世への入り口、光も差し込まない静寂と暗闇の世界だ。ところがそんな空間に、なぜか色鮮やかな壁画が施されていることがある。装飾古墳という。いったい誰のために、なんのために?

 答えを見つけようと、装飾古墳が密集している九州に足を運んだ。白眉(はくび)とされる福岡県桂川町王塚古墳へ向かおう。

ぜいたくな空間

 石室内に一歩踏み入れば、そこは別世界。真っ赤に塗り込められた壁を埋め尽くす色とりどりの三角文に、ずらりと並ぶ盾や矢を収める道具。人を乗せた馬もいる。ワラビ手文はほとばしる生命の息吹か。天井を覆う無数の珠文(しゅもん)は夜空にきらめく満天の星々みたい。しばしぼうぜんと立ち尽くす。

 実はこれ、古墳に隣接する王塚装飾古墳館ご自慢の、原寸大で再現された精巧なレプリカ。実物の見学は春秋の特別公開のみだが、本物の豪華さを実感するには十分で、特別史跡の評価も、なるほど納得なのだ。

 それにしても、あの世に旅立つ死者に捧げるにしては、なんてぜいたくな空間だろう。これほど労力が注がれたのはなぜか。

 「封じ込めると見せつける、その両方の意味があったのではないでしょうか」

 町教育委員会文化財担当の長安慧さんによると、幾何学的なモチーフで死者の霊力を封じ込める一方、追葬時には具象的な主題を生きている人々に見せつけ、ここに眠る被葬者を思い起こさせて顕彰したのでは、とのこと。「武器や武具は侵入者から遺体を守り、騎馬像もそれを見張っているのでしょうね」

 では、無数の珠文は? 「う~ん、星だと思うけど、夜の世界か黄泉(よみ)の国なのか。でも地の色が赤ですからねえ」

 眺めれば眺めるほどミステリアス。それが王塚古墳なのだ。

 まさに「古代のアート」。そんな形容がぴったりの装飾古墳とは、一体なんだろう。

 5世紀が始まるころ石棺に浮き彫りされた直弧文などが現れ、6世紀になると三角文や同心円文などの幾何学模様、あるいは動物や器財といった具象のモチーフが彩色で盛んに描かれた。素朴なものもあれば多色使いで飾り立てられたものもあり、なかにはストーリーめいた意味深な壁画もあって、実ににぎやかだ。

 その数は全国に600基を超え、九州北・中部や関東・東北南部など列島の東西に分布する。ただ、なぜか古墳文化の中心、近畿は空白地帯に近い。

高松塚、キトラ古墳との違いは

 「あれっ」と思った読者もいらっしゃるのでは。奈良・飛鳥地方の高松塚古墳やキトラ古墳の彩色壁画があるじゃないか、と。

 だが、両者の違いは一目瞭然だ。飛鳥にたったの2例、その登場も装飾古墳が消えた100年も後のこと。この写実的で洗練された中国風の絵に対して、装飾古墳はシンプルながら力強さ、素朴さ、原始のエネルギーに満ち、似ても似つかない。

 装飾古墳の壁画はなぜ描かれたのか。記事の後半では、「怪獣」が描かれた古墳や熊本県の古墳も訪ね、古代の謎にせまります。

 ならば装飾古墳は、中央の先…

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この記事を書いた人
中村俊介
編集委員|文化財・世界遺産担当
専門・関心分野
考古学、歴史、文化財、世界遺産