香港「雨傘運動」10年、消えた報道と記録 民主派元議員が見たもの
香港の元区議・葉錦龍さん寄稿
普通選挙や自由を求めて若者たちが立ち上がった雨傘運動。その発端となった、香港政府庁舎前広場への学生の突入事件から、9月26日で10年となる。運動が弾圧された一方、社会状況を記録する役割を担うメディアも、その自由を大きく脅かされている。
最近、香港の公共放送「RTHK」の過去記事と番組アーカイブを検索して驚いた。2014年の雨傘運動も、19年の大規模デモも、民主派の区議の選挙も、記事がごっそり消えていた。RTHKが運営する公式サイトのみならず、公式のYouTubeチャンネルやFacebookなどのSNSからも削除されていた。
RTHKだけではない。独立系インターネットメディア「香港独立媒体」も、アーカイブ記事から一部、民主派関連の記述がなくなっていた。
民主派をめぐる過去の報道の記録まで消え始めている中、私が参加していた社会運動や選挙などについて過去に書かれた記事も、見当たらなくなっていた。海外に亡命した民主活動家のインタビューも、「扇動文章」に指定された。
メディアが海外にいる香港の研究者への取材や民主派寄りのコメントを自主規制したり、報道自体を自粛したりする動きも大きくなっている。
公共放送ラジオフランスの国際部門RFIなどによると、香港紙「明報」は、香港の鄧炳強・保安局長などからコラムニストが名指しで強く批判され、記事をたびたび訂正。コラムや風刺漫画を打ち切ったうえ、明報の編集長がコラムニストに対し、「知法守法、知所分寸(法を知り、それを順守し、分をわきまえること)」と「注意喚起」する文書まで書き送ったという。
今年8月には香港のニュースサイト「端伝媒(Initium Media)」が、拠点を香港からシンガポールに移転すると発表した。
統制の強まりを背景に、外資系企業も香港から徐々に撤退しているが、それを報じる記事も、香港メディアではなかなか見当たらない。それをとりつくろうかのように、香港政府は8月の「新聞公報」で、牛丼チェーン松屋の香港初出店について写真つきで掲載。香港経済が依然として外資に魅力的だとアピールしていた。
「裸の王様」のよう
20年の国家安全維持法、24年の国家安全維持条例の施行を経て、香港は報道の自由どころか、報道自体がどんどん失われている。香港紙「リンゴ日報」の廃刊や、創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏の逮捕は日本でも大きく報道されたが、それだけでなく、ネットメディア「立場新聞(スタンド・ニュース)」など多くの媒体が廃刊に追い込まれている。いずれの新聞も、編集長や記者らが訴追までされている。
こうした動きに、私だけでなく、香港の仲間たちも憤り、ショックも受けている。仲間の一人は「まるで裸の王様のように、都合のいい言論と思い出しか残させない」と嘆いていた。
過去の報道記事が消滅すれば…
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