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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第6部

    蒼天剣・橙色録 2

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    晴奈の話、第305話。
    あの男の正体と本名。

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    2.
    「……~ッ!」
     いきなり飛び起きたシリンに、横で寝ていたフェリオは驚いて目を覚ました。
    「ど、どしたシリン?」
    「……あ? えっと、あ、……夢か、今の」
    「夢?」
     シリンはベッドから抜け出し、汗でぐしょぐしょに濡れた寝巻きを脱ぎつつ、フェリオに背を向けてぽつりとつぶやいた。
    「ちょっと昔の夢、見てしもてん。ものっすごい怖いおっさんがおってな。……ほら」
     そう言ってシリンは、シャツを脱いだ裸の背中を見せた。
    「ちょっ、おま、……っ」
     シリンの背には「キ」の字を斜めにしたような、三筋の刀傷が刻まれていた。
    「あんまり怖くて、そのおっさんから逃げようとしたらな、斬られてしもたんよ。……今でも思い出すと、ぞっとすんねん」
     そう言ってシリンは、ぺたりと床に座り込んだ。
    「シリン……」
     フェリオもベッドから離れ、シリンの側に座った。
    「ま、落ち着け。昔の話、だろ? 今はオレが付いてるって」
    「うん。……離れんといてな、ダーリンちゃん」
    「ちょ、『ちゃん』て何だよ。って言うか服、早く着替えろって。目のやり場に困るし」
    「えへー」
     シリンは涙を拭きつつ、フェリオに抱きついた。

     ちなみに――この夜中の騒ぎで、バートも起こされたらしい。
     シリンとフェリオが食堂に向かった頃には既にバートが朝食を食べ終え、コーヒーを前にして煙草をふかしているのが目に入った。
    「おはようございます、先輩」
    「おはよー、バート」
    「……てめーら、まずはそこに座れ」
     バートの目は真っ赤に充血し、目の下には隈ができていた。
    「一緒に寝るのは許可してやった。だが一緒になって夜中騒がしくするのまでは、許可した覚えは無えぞ」
    「あ、……もしかして聞いてました?」
    「同じ部屋だぞ。聞こえねえと思ってんのか」
     バートの血走った目ににらまれ、シリンとフェリオは揃って頭を下げた。
    「あ、えーと、……ごめんなぁ、バート」
    「マジすんませんっしたっス」
    「次やったら承知しねーぞ。お前らそのまんま、廊下に放り出すからな」
     バートは煙草をグリグリと灰皿に押し付け、一息にコーヒーを飲んで席を立った。



    「あぁ? 『阿修羅』?」
     シリンは部屋に戻ったところで、まだ不機嫌そうなバートに、8年前に出会ったあの剣士のことを知らないかどうか尋ねてみた。
    「うん、アシュラ。どー考えてもソイツ、コッテコテの悪人やったし、ダーリンちゃ……、フェリオから、バートは悪いヤツに詳しいって聞いとるから、なんか知ってへんかなー思て」
    「阿修羅……、阿修羅ねぇ」
     バートは煙草をくわえながら目を閉じ、記憶を探る。
    「どんなヤツだった?」
    「えっと、耳は短くて、黒い髪にちょっと白髪の生えた、口ヒゲ生やしたおっさんやった」
    「何歳くらいだ?」
    「んー、40そこそこかなぁ」
    「8年前だから、今は50越えてるくらいか。となると、生まれは470年前後ってとこだな。その辺りで生まれた、短耳の剣士……、うーん」
     バートはスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。
    「そう言や夜中、傷がどーのって言ってたよな。背中に三太刀浴びたって?」
    「え、もしかしてウチのハダカ見た?」
     バートの質問に、シリンは真っ赤になる。一方のバートは、殊更苦い顔を返しつつ、こう続ける。
    「違うって。いやな、『阿修羅』って呼ばれてて、一度に三太刀浴びせる剣士って言えば、もしかしたらって言うのがいるんだよ」
    「お?」
     思い当たった様子のバートを見て、シリンの顔に緊張が走った。
    「誰なん?」
    「まあ、そいつかなー、って程度なんだが。
     元は中央政府の将校で、超一流の剣士だったヤツだ。でも何だかんだで軍上層部から目を付けられ、半ば強制的に除隊。その後は裏の世界に飛び込み、暗殺者として活躍したヤツだ。
     そいつは『三つ腕』とか『暴風』とか、色んな呼び名が付けられた。で、最終的に付けられたのが確か『阿修羅』。
     央南禅道で悪性・悪癖の一つとされている『修羅』の性分――何でも、人を傷つけずにいられない性格のことだって聞いた――を極めちまったヤツのことを、阿修羅と呼ぶらしい」
    「人を傷つける性分っスか……。そりゃまた、物騒っスねぇ」
     シリンはいつになく真剣な目をして、バートに尋ねた。
    「そいつ、名前は何て言うん?」
    「えーと、確か……」
     バートはもう一度、手帳に視線を落とす。
    「確か、トーレンスって名前だ。トーレンス・ドミニク元大尉。
     ま、最近じゃ全然うわさは聞かないし、どっかで野垂れ死んでんじゃないか?」



    「ウィッチ、報告だ」
     片腕の男、モノがあの病弱そうな狐獣人の前に平伏し、用件を伝えた。
    「金火公安の者たちが、央北へ秘密裏に侵入したらしい。目的は恐らく、我々殺刹峰の捜索及び拿捕、もしくは討伐だろう」
    「そう……、目障りね……。早く……片付けてちょうだい……」
    「承知した」
     モノはすっと立ち上がり、踵を返して「狐」――ウィッチに背を向けた。
     と、そこでウィッチが引き止める。
    「待ちなさい……。何なら……、『プリズム』を……出動させても……、いいわよ……」
    「ふむ」
     モノはもう一度ウィッチに向き直り、わずかに口角を上げた。
    「聞いたところによると、公安の奴らは闘技場の闘士たちを捜索チームに引き入れたらしい。一般兵だけでは少々心許ないと思っていたところだ。
     それではお言葉に甘えて、使わせてもらうとするか」
    「ええ……、よろしくね……トーレンス……」
     ウィッチは大儀そうに手を挙げ、モノ――トーレンスを見送った。

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    アクセス9000件目、自分で踏んでしまいましたorz

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    2016.07.18 修正
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