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晴読雨読、乱読遅読の独歩人生を送っております!

人との出会いはめっきり少なくなりましたが、新刊、古書を問わず本との逢瀬はこれからも大事にしていきたいと日々、思っています。

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2017/07/10

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  • 「ムーンライト・セレナーデ」 正三位参議中務卿中衛兼大将・藤原房前卿が家令、猪名部諸男

    澤田瞳子の火定(かじょう)という本を読んでいる。私、いくら歴史好きと雖も古代から平安期までのものは殆ど読まない。理由は簡単だ、まず、漢字が難しいく読めない。名前、地名など現在では使われない用語などが殆どで、いちいちルビを振ってないと読めない、確かに初回は振ってあるがその後は忘れて何だったか思い出せない。登場人物が多いと混乱してくる。そして一番の悩みが職責や職名、官位など例えば、「正三位参議中務卿中衛兼大将・藤原房前卿が家令、猪名部諸男」は何と読むのか。(しょうさんみ、さんぎなかつかさきょうけん、ちゅうえのたいしょう、ふじわらさきふさきょう、いなべのもろお)」と、こんなのが頻繁に出てくるようでは…

  • 太平洋戦争 part.2

    1945年3月19日07:08ごろ,日本近海にて日本軍機の緩降下爆撃を受け,右舷に大きく傾斜する空母「フランクリン」。戦争というのは本当に大スペクタクルだ。こんなのを身近に見るわけだから。乗組員は全員左舷に寄っている。 1945年4月7日,沖縄に向けて航海中,アメリカ軍艦載機の攻撃を受ける戦艦「大和」。14:20過ぎに沈没する。連合艦隊参謀神重徳大佐が4月5日、草鹿参謀長に大和へ説得に行くように要請し、草鹿は大和の第二艦隊司令部を訪れ、長官の伊藤整一中将に作戦命令の伝達と説得を行った。なかなか納得しない伊藤に「一億総特攻の魁となって頂きたい」と言うと、伊藤中将は「そうか、それならわかった」と即…

  • モニカ・ベルッチ Part.21

    モニカさん、なんど言っても聞いてもらえませんね。私のことなんかどうでもいいのですか、アナタはそんな冷たい女だったんですか。 もっと心の暖かい女だと思っていましたが。 こんなに懇願しているのに会ってもらえないんでしょうか。

  • ティツィアーノ・ヴェチェッリオ Part.5

    《聖母の幻視》(1520年) フランシスコ・ポデスティ美術館 《ティテュオス》(1548-1549年頃) プラド美術館 《聖家族》(1510年頃) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《アクタイオンの死》(1559年以降) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《三世代の寓意(慎重の寓意)》(1565-1570年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《聖ペテロとアレキサンデル IV世》(1503-1510年) アントワープ王立美術館 《ヴィーナスとアドニス》(1555-1560年頃) ゲティ・センター 《聖母子と聖パウロ》(1540年頃) ブダペスト国立西洋美術館 《聖愛と俗愛》(1515年) ボル…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 下山事件

    今となっては時効だから書くが、昭和12年7月7日、日中間の全面戦争の引き金になった盧溝橋事件起きた。その翌月、上海在住だった我が父は軍に徴用され現地の特務機関で働くことになる。これは本人の証言と引き揚げ後の資料により明らかなのだが、問題はその後だ。博多に引き上げ後は横浜で生活していたらしい。物心ついたころの私は、東京の板橋に住んでいたが継母と離婚後、名古屋の上飯田に親子二人で6畳一間のぼろアパートに住むようになった。そこに何故か古い新聞が山積みになっており、見出しには「キャノン」という文字が躍っていた。キャノンとは旧岩崎邸を本部とした、GHQ傘下の参謀第2部(G2)直轄の秘密情報機関のことで、…

  • シドニー・スウィーニー Part.9

    シドニーさん、もう私の頭の中はアナタのことでいっぱいです。どうしたらいいのですか、これはもうアナタの責任です。 アナタしか解決できない問題なんですよ。 分かりますよね、なんとかしてください。

  • ピーダ・イルステズ 1861年-1933年4月16日

    ペーダ・イルステズ 《来客を待つ)(1911年) 《読書する女性》(1907年) 《給仕する少女》 《1900年頃) 《縫物をする少女》(1898-1902年) リーベ美術館 《母と子》(1898年) 《ピアノのそばの少女》(1900年頃) 《朝の光》(1913年) 《インテリアで手紙を読んでいる少女》(1908年) 《読書する少女のいる室内》(1910年) 《開いたドア》(1910年) デンマークの方なんですか、誰だったか室内画といって、殆ど家から出ず室内だけを描いた人がいたと思いますが、アナタもそのタイプなんでしょうが。屋外の写生などがありません、とにかく室内の爽やかな空気感を描いているよ…

  • 桑田佳祐「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ〜R60」

    「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ〜R60」青山・Blue Note Tokyoに続いて、4月5日と6日に「クラブ月世」兵庫・神戸でもあるそうだが、いかんせん料金が全席指定 19,800円(税込)※1ドリンク代込で高い。さらに席数を調べると最大274名収容可能とある、会員限定なのでとても当たらない。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 陶工

    鹿児島に東郷という名が多いということは知っているだろうか。有名なところでは東郷平八郎、東郷青児、東郷茂徳などはみな薩摩人だ。この東郷という名には謂れがある、秀吉の朝鮮出兵の時に李朝の陶磁器など、白磁の素晴らしさを発見した武将たちが、日本に陶工を連れ帰ったんですね。東郷というのはその名残なんです。時を遡ること15世紀末のフランスは繰り返しイタリアへ遠征して、その際、イタリア・ルネサンの素晴らしさを目の当たりにしてシャルル八世は、ナポリから22人の職人を自国に呼び寄せ、フランスの芸術レベルを向上させた。続くルイ十二世もイタリアから多くの芸術作品、装飾品、工芸品を持ち帰った。ナチス・ドイツが多くの美…

  • 「パイレーツ・オブ・FM」 『O Holy Night』

    youtu.be 今朝の1曲は『O Holy Night』です。去年のクリスマスにアンディ・ウィリアムの歌で紹介したのはもう忘れていますよね。私の好きな曲でフル・オーケストラで会場で聴いたら泣いてしまうかもしれない。歌はモルモンタバナクル合唱団です。

  • 滝平二郎 part.38

    今日もまたふぶき こけし みそ汁 早春賦 石やきいも 水仙 ソーラン節 春まだ浅し 《山》 うさぎ

  • ミラ・ジョヴォヴィッチ Part.5

    1998 ミラさん、アナタは完全な肉食系ですね、見れば分かります。 けっしてグラマーではありませんが、これで巨乳だったら大変でしたよ。 まあ良かったのか悪かったのか、ともあれ一度会って、アナタという女性をもっとよく知りたいと思います。 とにかく露出しないではいられないのですか、分かりましたやってもらいましょう。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 『厄払い』

    私みたいな凡夫には苦手な職業が多すぎると密かに思っている。取り合えず絶対できないと思うものは二つほど挙げてみろと言われれば、先ず声優と噺家だ。滑舌の悪い私には不向きというか逆立ちしても無理な仕事だ。そういう意味ではアナウンサーもダメだろう。横文字、カタカナなどは滑らかに話せない。洋画の吹き替えなんかやっている人は本当に凄いと思う。落語家はどうかといえば、昔は今のようにカセットやDVD,またはyoutubeなんか無いので師匠に口伝で教わるらしい。古典落語などはそもそも基となる本がない。故に自分の師匠や他の師匠の家に出向いて噺を聞きながら修行をするってんだから、あんな長いものを暗記するなど出来ない…

  • 「パイレーツ・オブ・FM」 遥かなるアラモ

    www.youtube.com テキサス独立戦争中の1836年に起こった有名なアラモ砦の戦いを題材とした映画で、ジョン・ウェインが主演・監督・制作を兼任しデイビー・クロケット大佐を演じている。リチャード・ウィドマークがジム・ボウイ、ローレンス・ハーヴェイらがウィリアム・トラビス大佐を演じ、僅か187名で砦に駐留する革命軍。対するメキシコ軍は統制のとれた大軍で13日の攻防の末に、革命軍は全滅した。この映画にはリメイク版もあるが、私やっぱりオリジナル版の方が好きだ。曲はブラザーズ・フォーなどが歌ってヒットしたが、今日はピアノ演奏で。

  • 『AB通信:オドロイター発』 宮城野部屋閉鎖

    日本相撲協会は28日、都内で定例理事会を開催し、元幕内北青鵬の暴行問題のあった宮城野部屋を当面、事実上の閉鎖となる一門預かりに、宮城野親方(元横綱白鵬)と弟子を所属する伊勢ケ浜一門の伊勢ケ浜部屋に転籍させることを決めた。4月からで、期限は無期限。協会が1場所ごとに伊勢ケ浜、浅香山両親方から報告を受けて、その報告を受けて解除を判断するとしている。宮城野親方には27日に通達しているという。全員、親方も含めて真面目にやってれば協会も許してくれて宮城野部屋復活もありえる。一丸となって頑張ってもらいたい。

  • 『大谷翔平非公式スポークスマン』 水原氏を告発するのか

    「羽鳥慎一モーニングショー」で、ドジャース大谷翔平投手(29)の元通訳、水原一平氏(39)が違法スポーツ賭博に関与したとされる問題で、大谷側が水原氏に対する被害届をするかどうかが議論になった。水原氏は違法ブックメーカーで借金を抱え、大谷の口座から少なくとも450万ドル(約6億7500万円)が送金されたとされる。大谷サイドの弁護士は21日に「翔平が大規模な窃盗の被害に遭っていることが判明し、当局に問題を引き渡した」との声明を出した。果たして大谷は水原氏を告発するのか、私なら告発しないかもしれない。

  • いい女、ふだんブッ散らかしており 阿川佐和子

    何度も言ってるようにエッセイは自虐的なものに限る。くだらない洒落の連発は御無用。向田邦子と阿川佐和子の父親恐怖論、または強父論などはどんなエピソードでも面白くて好きだ。近年、彼女は結婚したそうだが、お見合い歴50回、身長150㎝弱の彼女がいかに世間を渡って来たのか、痛快活劇とは言わないが、その失敗談みたいなものが却って笑える。私個人は特別彼女のファンというわけではないが、文筆家としての彼女には興味がある。例えば好きな女優、タレント、歌手がいるとする。想像だが、時にユーモラスな発言をする阿川氏の才能を、その好きな女性に被せたら惚れてしまうかもしらないという、失礼な妄想をしてしまい兼ねないような女…

  • ジェニファー・ローレンス Part.12

    ジェニファーさん、正直の申します。今まで色んな女性と浮名を流してきましたが、意中のひとは今の私にはアナタしかいません。これは本当のことです。信じてください。私と会って話を聞いたもらえばよく分かると思います。とにかく一度会ってください。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 欣喜措く能はず

    過ぎし世に降る雪には 必ず三味線の音色が伝えるような 哀愁と哀憐とが感じられた。永井荷風。 荷風の『断腸亭日乗』は将来、間違いなく国宝に指定されるだろう。 そのぐらい日記文学の傑作だと思う。 美文、名文の誉高く、終戦の日、谷崎潤一郎夫妻と別れ汽車に乗る。 「午前十一時二十分発の車に乗る・・・新見駅にて乗換をなし、出発の際谷崎夫人の贈られし弁当を食す、白米のむすびに昆布佃煮及牛肉を添へたり、欣喜措く能はず、食後うとうとと居眠りする中山間の小駅幾箇所を過ぎ、早くも西総社また倉敷の停留所をも後にしたり、農家の庭に夾竹桃の花咲き稲田の間に蓮華の開くを見る、午後二時過岡山の駅に安着す、焼跡の町の水道にて…

  • 新訳 チャタレー夫人の恋人 D・H・ロレンス

    大阪で古書店最大手といえば天牛書店だろうが、数カ月前、病院の帰りに支店の方に寄って見るとなんと、本書が100均のワゴンの中にあるではないか。定価2500円(税別)、それがたったの100円。もうこれは買うしかないが、如何せん単行本で重たい。併し、昔むかしの本で伊藤整訳で本人が書いた『裁判』(上・下)を買ってあるので、これはどうしても先に読んでおかなければならない作品だ。今はなき旺文社のものだけに現在では入手困難。争点は基本的人権の擁護と思想表現の自由、または芸術か猥褻かで争われた有名な本だけに、興味津々で読んだはいいが、近年の視点からみると別にどうということのないものだった。やたら思考発想が難し…

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.51

    「マギー、寒いよ。マギーってば」「煩いわねダン、私だって寒いのよ」「いつになったら春は来るんだ」「明日からよ」「明日?」「そうよ、明日からよ」「よく言うよ、来るくるって全然来ないじゃないさ」「だから今度はホントよ」「急に明日から春になるの!」「そうよ、起きたたら春よ」「へえ、季節っていうのはそういうもんかね」「そういうもんよ」「よし、それなら明日が楽しみだ、ねえマギー」「そう、はしゃげるわよ」 「誰なんだ、こんなものを砂浜に刺した奴は。ええ、犬は立ち入り禁止ってか。ふざけやがって、どこのどいつだ、出て来やがれ。懲らしめてやる」 「分かったわかった、ちょっと待ってよ。慌てないで、沢山あるから。ほ…

  • ワシリー・カンディンスキー Part.7

    《切片》 《支配的な曲線》(1936年) ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 《クリスマスのニーナへ》(1926年) 《軟らかな中に硬く》 《絵の中の絵》 《コンポジション IX》(1936年) ポンピドゥ・センター 《E.R.キャンベルのための壁画 No.4の習作(カーニバル・冬)》 《決定的なバラ色》 《バラ色のアクセント》 《鋭くおだやかなバラ色》 アナタの絵はいつも幾何学的でなんだかよく解りません。 タイトルが示すものとも合致していないようで、本当に何だか解らないのです。 そもそもタイトルを付ける意味さえあるのかどうか。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には

    歴史というのは、時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には、そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう。どのような歴史も勝てば官軍だが、時が過ぎ、公平な立場に帰って過去を冷静に見たならば、果たしてあの裁きは正当なものであったのか、正邪はどちらの側にあったのか、天法理念の法則で考えることも出来るかもしれない。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。と、私は考える。一方的に日本だけが悪かったとは言い兼ねる、そんな歴史が昔あったのかも。おやすみなさい、また明日。

  • 少将滋幹の母 谷崎潤一郎

    日本人で名字の上に「大」の冠が付く人といえば二人しかいないだろう。大西郷と大谷崎だ。大西郷といえば幕末維新に広く知られたことで、大隈重信もそれを書いている。大谷崎と言い出したのは三島由紀夫じゃないかと思うがどうだろう。まだ10代の頃は最も苦手にしていた谷崎。何しろ改行が少なく字が小さい。さらに内容が難しそうで、さしあたり読んだのが『知人の愛』、今となっては『細雪』『猫と庄造と二人のをんな』『瘋癲老人日記』『鍵』『蓼喰ふ虫』など読んだが、さすがに『少将滋幹の母』は平安王朝風絵巻のようで難しい。併し、読むに従い本書がかなりの名作というのが解かってくる。谷崎本人もこれにはかなり自信を深めていたようで…

  • キム・カーダシアン 1980年10月21日 -

    キムさん、アナタは女優でありモデルでもあるんですか。とうぜんですよね、こんな素晴らしいスタイルなら。今、彼氏はいるんですか、いや、いてもいなくてもいいですがアナタみたいな人を探していたんですよ。日本女性の目が丸くなるようなスタイルの女性と一緒に歩くなりお茶を飲むなり。どうですか、一度、オールド・ジャパニーズボーイとデートしてまらえませんか。

  • 滝平二郎 part.37

    鶴は千年 亀は万年 竹馬 譲葉 たこあげ 炬燵 出船 猿も木から落ちる どんど焼き 小正月の朝 麦ふみ

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 11時50年分かのほんの5,6分の歴史

    私たち人類発生の歴史は、地球の誕生から今日までを一年とすると、なんと大晦日、12月31日の紅白歌合戦も済んで寺の鐘が鳴り始める11時50年分かのほんの5,6分の歴史でしかない。人生の道、あまりに遠し。何ていうが、たった5,6分の話だ。しかもその5分か6分の間のまたまた何万分の一秒かを私たちが生きているとは、恐れ入るばかりだ。ああ盃は満たせしか、嘆くとも、せんもなし。時は今、足元を滑りゆく。昨日は昨日、明日はあす。今日のこの日の喜びを。オーマー・ハイヤム。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。また明日。

  • マリリン・モンローの最期を知る男 ミシェル・シュネデール

    ハリウッドの美女といえば先ず、エリザベス・テーラー、ジンジャー・ロジャースを挙げたい。併し、誰となら付き合いたいかと問われれば、迷わずマリリン・モンローと答える。グラマー女優ならジェーン・マンスフィールドの方が遥かに上だが、モンローの人間的な可愛さというものは他の女優と比べて群を抜いているだろう。モンロー最後の映画は『荒馬と女』だが、はたしてモンローという荒馬を私が乗りこなせるかどうかは自信がない。関係をもった有名人だけでもジョー・ディマジオ、アーサー・ミラー、フランク・シナトラ、ケネディ大統領など、とても敵う相手じゃない。彼女が逃げないようにするには深い愛情と、性的欲求を完全に満たすしかなさ…

  • アルテミジア・ジェンティレスキ 1593年7月8日 - 1652年 女性画家

    自画像 《ユディットと召使》(1623-1626年頃)デトロイト美術館 《サムソンとデリラ』》(1635年)カポディモンテ国立美術館 《リュート奏者の自画像》(1616-1617年頃) ワズワース・アテネウム美術館 《受胎告知》(1630年) カポディモンテ国立美術館 《ジャエルとシセラ》(1620年) ブダペスト西洋美術館 《悔悛のマグダラのマリア》(1627-1629年頃) テラノーヴァ美術館 《ユディットとホロフェルネス》(1612-1613年) カポディモンテ国立美術館 《悔悛のマグダラのマリア》(1617-1620年頃) パラティーナ美術館 《マッダレーナ》 《ルクレツィア》(161…

  • 妄想仏像見学会 part.19

    『妄想仏像見学会百八十一回』は【京都・東寺/帝釈天半跏像(839年)】 『妄想仏像見学会百八十二回』は【奈良・法隆寺/中門金剛力士立像(711年)】です。 『妄想仏像見学会百八十三回』は【奈良・興福寺/金剛力士立像(鎌倉)】です。像高 阿形154.0cm、吽形153.7cm。 『妄想仏像見学会百八十四回』は【奈良・唐招提寺/伝獅子吼菩薩立像(8世紀)】です。 『妄想仏像見学会百八十五回』は【奈良・法隆寺夢殿/道詮律師坐像(876年)】です。 『妄想仏像見学会百八十六回』は【滋賀・金剛輪寺/阿弥陀如来坐像(鎌倉)】です。像高141cm。 『妄想仏像見学会百八十七回』は【神奈川・保福寺/薬師如来坐…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 日米修好通商条約

    幕末の動乱は旧来のやりかたを踏襲すれば済んだのに、なまじっか天皇・朝廷側の同意を得たうえで日米修好通商条約に調印しようとしたあまり、日本国の土台が大いに揺らぐことになる。いずれにせよ、それまでは、なんだかんだといっても、良好であった幕府と朝廷の関係が、天皇が幕府の求めた通商条約を承認しなかったことで一気に分裂気味を呈するに至る。そして、この間隙をつくように、外部勢力の介入が始まる。そして、これに、病弱であった家定将軍の後継者に一橋慶喜と紀州藩主の徳川慶福にするかをめぐる対立抗争が絡む、そのため、時代は一気に混迷の度合いを強め、このあと紆余曲折のすえ幕府が滅亡への途をたどることになった。「ムーン…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 わが可能な限りにおいて

    初期フランドル派の画家、ヤン・ファン・エイクといえば15世紀の北ヨーロッパ でもっとも重要な画家の一人と見なされているが、彼の作品に『赤いターバンの男』という絵があるが、額縁を見ると「ALSICH KANN」と署名に刻まれている。これは「わが可能な限りにおいて」という意味で、芸術家としての矜持が感じられる。それまでの画家はみずからを職人と認識している者ばかりだったが、ヤンはみずからを芸術家として認識していた。このヤンの思考が「画家=芸術家」という自己認識の確立に大きく寄与した。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。そうです、我が可能な限りにおいて読書をしているのみです。私は芸術家でもなく単…

  • 帰郷 大佛次郎

    これは新潮文庫の旧版で、私がおそらく10代の頃に販売していたものではなかろうか。恐ろしく字が小さい。大佛次郎の「帰郷」は夙に有名な小説で、昭和二十三年毎日新聞に連載され、執筆当時、筆者は癌病の疑いに悩み、これを最後の作品と覚悟していたが杞憂に終わり、思いがけず本作は異常な成功を収めたものとなり、翌年、芸術院文学賞を受賞した。併し、私はここ数十年本作のことをすっかり失念していて、先日、ワゴンの100均セールで見つけ購入した。物語は複数の人物が絡み合い、終戦間際のマレーシアから始まる。海軍の牛木利貞少将、他人の罪をきて海軍の公金を持ち逃げ、欧州で生活する同期の守屋恭吾。戦中のマレーシアに単身出かけ…

  • マディソン・ビアー Part.2

    マディソンさん、アナタカッコいいですね。どうしてあちらの方はビキニなんか着て堂々と砂浜なんか歩けるのですか。 臆するところがありませんよね。 そこが出来る女の凄さです。 惚れました、アナタに惚れました。 一緒に海辺を歩いてください。 きっとお似合いの二人になれると思いましよ。

  • 滝平二郎 part.36

    かいつぶり 村のかじや もらい風呂 春を待つ 注連縄 年の瀬 暮れる お正月さま 獅子舞い 初春

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 艦船職員服務規程

    昭和20年4月7日正午過ぎ、戦艦大和が初めて米軍機と接触した。ここに壮絶な大和最後の決戦が繰り広げられる。決戦空しく、部下から「注排水指揮所も破壊し、傾斜復元の手段は尽きました。総員を最上甲板に上げてください」、と有賀艦長に報告され、有賀艦長から総員を最上甲板、の命令が発せられ。有賀艦長は体を船体に縛り付け、大和と共に沈むことを選んだ。よく艦長は艦と運命を共にするのが習い、と思っている人がいるが、日本の海軍にはそのようなことはない。「艦船職員服務規程」において、艦長の義務としては、第三十三条に「艦長は其の艦遭難に際して之を救護するの術全く尽きたるときは、御写真を守護し乗員の生命を救助し且重要な…

  • 塞王の楯 今村翔吾

    その昔、滋賀県の大津に2度行ったことがある。一度目は27歳ぐらいだったが、何気なく狭い通りを歩いていると、明治24年5月に起きた「露国皇太子遭難之地」の石碑に出くわした。この事件に関してはそれ以前から知ってはいたが、あまりの偶然にビックリした。想像していたより遥かに狭い道幅で、当時、ここを人力車で走るには一車線の広さしかない。両側には巡査が整列して警護に当たっていたが、その中の一人、津田三蔵が皇太子を切りつけ、明治天皇がお見舞いに行くほどの大事件になった。その現場から東に琵琶湖まで突き抜ける辺りに大津城跡がある。迂闊なことに本作を知るまで関ヶ原の合戦が起こるその日まで、大津城の籠城戦があったこ…

  • マリリン・モンロー Part.71

    おお、マリリン、愛しのマリリン、アナタは私だけのものです。そうですよねマリリン、アナタしかいません。 私にとって女はアナタだけなんです。 頭の中はアナタだけなんですよ。 お願いですマリリン、私はダメオのもだと言ってください。 結婚しましょ、今すぐ、もう誰にも渡したくありません。

  • オイゲン・フォン・ブラース Part.2

    《好奇心》 《バルコニーのベネチアンビューティー》(1932年) 《梨の年次クリスマスから叫ぶ漁師》 《お気に入りの扇》(1889年) 《水汲み》(1908年) 《一日を迎える》 《GOD'S CREATURES》(1913年) 《浮気》(1894年) 《窓際の少女》(1889年) 《好奇心旺盛》(1897年) オイゲンさん、アナタの描く女性ほど艶めかしい女性はいませんね。 アナタの好みなんでしょうか、特に目が色っぽいですよ。 何枚か買いたい、いや、私の貰えませんか。 壁に大事に飾ってみたいのです。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 五稜郭

    実は私、北海道に行ったことがない。一度、五稜郭に行ってみたかったがもう無理な話になってしまった。幕末、旧幕府軍を率いた榎本武揚はここに独立政府を樹立。共和国宣言をした。併し、薩摩の黒田清隆率いる政府軍が明治2年5月、五稜郭を攻め榎本軍は降伏。新選組の土方歳三は戦死して現在まで遺骨は見つかっていない。双方の戦死者は幕軍531名、新政府軍324名。上野戦争と比べるとかなりの死傷者を出した政府軍だった。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。武士の意地と意地を懸けた戦いも今は昔。平和になった五稜郭を一度見たかったものだ。おやすみなさい、また明日。

  • イノセント・デイズ 早見和真

    初読みの作家で、帯に「3日ほど寝込みました」とあるが、何だったか他の本でも同じ文句を見たが、そんなことは絶対ありません。「衝撃のラスト」「最後の3行に泣いた」「〇万人が号泣」こんなキャッチフレーズは嘘ばっかりです。併し、本作は違った。寝込むことはないが、これほど緊張感を持たせるミステリーも珍しい。死刑囚となった犯人は初めから分かっているが、その女と接点があった数人が入れ替わるように主人公になり、女の人となりを紹介し、「そのような女性ではなかった」と記憶を遡り、どこかで女を擁護していく。恋人に暴力を振るわれ金銭を要求されても黙って従う、初心で大人しい女性だったと。女の名は田中幸乃、30歳。元恋人…

  • マディソン・ビアー 1999年3月5日 -

    マディソンさん、アナタ、セクシーですね、そういう女性が好きなんですよ。 露出、大いに結構毛だらけネコ灰だらけ。 アナタは上着を着ない人なんですか、なおさら結構。 デートしてください。

  • アルフォンス・ミュシャ Part.10

    《スラヴ叙事詩 ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々 》(1918年) プラハ国立美術館 《スラヴ叙事詩 ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチツキー》(1918年) プラハ国立美術館 《スラヴ叙事詩 フス派の王、ボジェブラディとクンシュタートのイジー》(1923年) プラハ国立美術館 《煙草巻紙 ジョブ》(1898年) 三浦コレクション(川崎市市民ミュージアム蔵) 《冬の夜》(1920年) 《スラヴ叙事詩 クロムェジーシュのヤン・ミリーチ》(1916年) プラハ国立美術館 《四芸術《舞踏》》(1898年) 《スラヴ叙事詩 イヴァンチッチェでの聖書の印刷》(1914年) プラハ国…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 人間に対する観察力

    作家というのは作品や日記や書翰のすべてにわたり一行一字も見のがさぬ注意ををもって見ても、一人の作家がそこに生活や思想のすべてを告白しているとは信じがたい。作家はその作品に於てまったく架空の観念の所産も、現実以上のリアリティを持ったものとして真実めかして描くことが出来る。と同様の技巧や手法を駆使するならば、その同じペンで、いかにも不用意に素顔をのぞかせたような擬態を、真実めかしてみせ、読者に手を拍たせておき、そのかげで、読者の手には素顔の皮だけを残し、ひきはがした血のしたたる自分の素顔の肉と骨だけの顔で嗤うことだって出来るのである。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。作家業とは本当に人間に…

  • 愛は死と共に 山崎富栄の手記

    本書はいつどこで買ったか覚えてないが、手に取った瞬間、これは確か家に文庫本があったはずだが、内容が同じものかどうかは判らなかった。併し、奥付を見ると昭和23年9月1日とあることからして、二人が心中した同年6月から2か月余りということになるので、初版本だろうと思い買うことにした。終戦からまだ3年も経っていない時期の本とあって紙質も悪く、旧字体でところどころ印刷ボケなどあり読みづらいが何とか読了。言うなれば彼女が太宰と会ってから死ぬ間際までの日記で、如何に富栄が太宰を尊敬し死ぬほど愛し抜いたかが繰り返し書かれている。「ひとりにしねいで」「死ぬときは一緒に」「連れてってください」など、とにかく二人は…

  • エヴァ・ガードナー Part.10

    1942年 1944年 1948年 エヴァさん、アナタをずーと追い求めているんですよ。いつになったら会ってくれるんですか。 アナタみたいな美人を私がほっとくわけないでしょ。 どうしてもアナタに会って私の気持ちを伝えたいのです。 だからどうしても会ってください。

  • ヤーコブ・ヨルダーンス 、1593年5月19日 - 1678年10月18日

    自画像 《アルガスのメルクリウス》(1620年頃) 《老婆》(1620年頃) 《4人の福音書家》(1625-1630年頃) ルーヴル美術館 《正直者を探すディオゲネス》(1642年頃) アルテ・マイスター絵画館 《豆の王様の祝宴》(1640-1645年頃) ウィーン美術史美術館 《エジプトから帰還する聖家族》(1616年頃) ベルリン絵画館 《貢の銭を探す聖ペテロ》(1623年頃) アムステルダム国立美術館 《聖家族》(1625-1630年頃) ブルケンタール国立博物館 《セレナーデ》 《神殿を潔める》(1650年頃) ルーヴル美術館 フランドルのバロック期の画家として有名なんですか。 ウィキ…

  • 西郷酉三の写真見つかる

    生やした男性は、隆盛が奄美大島にいたときの2人目の妻・愛加那との間に生まれた長男、菊次郎です。写真の裏には酉三の直筆とみられる署名があり、明治25年、酉三が20歳の時、士官学校に進むための東京の私立学校に在籍していた時のものとみられるということです。酉三はその後、学校を退学し、北海道鉄道東京支社に勤務しましたが、明治36年、31歳の時、結核のため亡くなったということです。凄い、酉三という子供がいたのは知らなかった。写真の裏には酉三の直筆とみられる署名があり、明治25年、酉三が20歳の時、士官学校に進むための東京の私立学校に在籍していた時のものとみられるということです。酉三はその後、学校を退学し…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 ロココ様式

    18世紀初頭、ヨーロッパ各地でバロックが隆盛を極めていた時代に、フランスの宮廷でバロックとは異なる新しい美術様式が生まれた。それがロココ様式である。ロココの特徴は軽快で明るく洗練されており、しかも官能的な点にあり、フワフワしたエロスという表現が最もしっくりくるかもしれない。併し、1730年代後半から、ドイツの美術家が「万人に共通する理想美を最も完全な形で実現したのは、古代ギリシャの芸術であった」とする理論を展開すると、軽薄なイメージのロココに対する反発も加わって、新古典主義は一躍時代の潮流となっていく。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。これ一つとってもヨーロッパの美術史は、変遷を理解し…

  • 夏物語 川上未映子

    本書は652頁もある大長編で、やたらと心理描写や情景描写が長い。私にしてはやや読みづらいものだった。著者は2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞の受賞者で、それを読んだ時にはあまり印象に残らなかった作家だったが、これだけ長いと作家の気持ちに寄り添うようになって来る。テーマとなるのは非配偶者間人工授精(AID)で、夫婦の意志を十分に確認したうえで、無精子症など絶対的男性不妊の場合に適用される方法で、主人以外の男性ドナーの精液を使用し人工授精で妊娠を試みる技術だが、問題は精子の提供者を知ることが出来ず、提供者も自身の精子がどの夫婦に用いられたかを知るが出来ない。成長した子供が事実を知った時に、父…

  • ケイティ・ペリー Part.7

    2015 2012) 2019 2009 (2010) (2010) 2009 2010 ケイティさん、やっとアナタみたいな人を見つけました。 アナタみたいな人が理想だったんですよ。 スタイルといい顔といい、もうまさしく私の好みなんですよ。 アナタと歩き、アナタのレストランに行き、アナタと住む、そんな人生が夢なんです。

  • ヒエロニムス・ボス 1450年頃 - 1516年8月9日

    ヒエロニムス・ボス 《十字架を担うキリスト》(1485-1490年)ヘント美術館 《ピラトの前のキリスト》(1516年頃)プリンストン大学美術館 《十字架の道行》(1495-1505年頃) エル・エスコリアル修道院 《荒野の洗礼者聖ヨハネ》(1490-1495年頃) ラサロ・ガルディアーノ美術館 《魔術師》(1502年頃) サン=ジェルマン=アン=レー 《快楽の園》(1490-1500年頃) 《卵のコンサート》(1475-1480年頃) リール美術館 《快楽の園》 《放蕩息子》(1480-1490年頃) ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 《聖アントニウスの誘惑》(1530-1540年頃)…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。「お染風」

    『半七捕り物長』の作者、岡本綺堂が若い頃の東京は、まだ江戸の情緒が残っていた。インフルエンザが猛威を振るった明治23年から翌年にかけて、江戸時代に流行った「お染風」の呼び方が復活する。歌舞伎や浄瑠璃の演目「お染久松」で、お染が久松に惚れる場面のようにすぐに感染するからだ。20年目後に発表した随筆には、向島で出会った農家の若い娘が出てくる。白い手拭いをかぶって軒先に「お染るす」と書いて紙札を貼っていた。お染が訪ねてこないようにの、おまじないである。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。それから100年以上経った現在でも、インフルエンザばかりかはしかも流行っているらしい。今や「お染風」の復活で…

  • 大名倒産 (下)浅田次郎

    相対的に面白い設定で尚且つ読み応えのある内容だったが、個人的には全編シリアスな話でも良かったようにも思う。「新田の開拓」「産業の奨励」「節倹の徹底」など、苦労した末の返済にして欲しかった。七福神や福の神、貧乏神といった非現実な神々の出演は要らなかった。そういう面では後半はイマイチだった。まあ、逆の感想もあろうが。

  • ナタリー・ウッド Part.8

    1969 ナタリーさん、アナタ、年々色っぽくなってきてますね。 いい女は、中年になるほど良くなるんですよ。 だんだん惚れてきましたよ、アナタの大きな目もぞくっときます。 そういう目で私を見つめてください。

  • 滝平二郎 part.35

    貰い菊 薪わり 秋深し 黄落 たき火 牡丹雪 寒い朝 迷い草 冬支度 仏作って魂入れず

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 映画はアリスから始まった

    大きなキャベツから赤ちゃんが生まれる「キャベツ畑の妖精」郵便局で切手を何十枚もなめた女性が、キスした相手と口がくっていてしまう「べとつく女」120年ほど前に撮られたこれらの短編映画は、いま見ても面白いらしい。発想が斬新でユーモアと風刺が利いている。撮ったのはアリス・ギイというフランス人で、世界最初の女性監督とされる。映画草創期の約20年間に仏米で何百本もの作品を撮った。制作や脚本も手がけ、子供二人を育てながら米東部にスタジオまで建てた。ルミュエール兄弟が19世紀末にパリで初めて映画を上映したのは有名な話だ。だが、同時代に活躍したギイはほとんど知られていない。その映画史から抜け落ちたのはなぜか。…

  • 大名倒産 (上)浅田次郎

    浅田次郎という人はとにかく博学だ。 まるで江戸時代の人が書いているようで、時代考証、武家言葉など小説の名手といっていい。この人は現代劇、時代劇と両刀使いで、とにかくよく調べている。 架空の藩である三万石の御領国・丹生山を継いだ四男の小四郎は妾腹の子。 何も知らず借金の額が二十五万両、利息は年に一割二分で三万両。 しかし対する歳入はたったの一万両。先代の父は密かに倒産を企てている。 糞がつくほどの真面目さ誠実さを武器に、なんとか倒産を防ごうと必死の「経営再建」に乗り出す。 確かにユーモアあり笑いありで面白い。 よく考えた設定だと思う。

  • ジャクリーン・ビセット Part.7

    1967年 ジャクリーンさん、ジャクリーンってば、ちょっと待って、お願いだから私の話を聞いてくださいよ。本当なんです、アナタが全てなんですよ。嘘じゃありません。アナタのことを心底愛しているんです。神に誓ってアナタこそ命なんです。もう、アナタなしでは生きていけません。どうぞ、どうぞ、アナタと二人で一度お話させてくださいよ。

  • 滝平二郎 part.34

    銀杏 秋灯 弘法にも筆の誤り 隣の花は赤い 冬がくる ひと休み 葦の原 小菊 晩酌 山は雪

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 田村俊子の『絵島生島』

    「こういう饐(すえ)臭いどろどろの情火をエロティックな筆で描きあげたこの一篇は、全体に無気力な退廃な気がただよっている。メタンガスがぷくぷく浮く真黒な堀川の水に、漂い流されていく古下駄のようなみじめな女の生活が、突っ放して書かれているのに、女の生活の悲惨よりも、女の情欲の救いのない熱っぽさの方が、行間から滲み出してくる」と書くのは田村俊子の『絵島生島』について瀬戸内晴美の評だ。瀬戸内晴美の本は数多く読んだが、こういう性に関する女の性にについては実に上手い言い回しをする。見習いたいものだ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。メッツ・藤浪晋太郎(29)が移籍早々から厳しい立場に追い込まれた。…

  • キム・ノヴァク part.8

    1961 1957 キムさん、いつもお綺麗ですね。私は以前、アナタに一目惚れしたんですよ。 これは本当の話です、信じてください。 女っぽくセクシーなところが大好きです。 プラチナブロンドのショートカットが本当に似合いますね。 一度、デートしてもらえませんか、それから先のことはまたお話しましょう。

  • ジョージ・フレデリック・ワッツ Part.5

    《枢機卿マニング》(1882年) ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリー 《祈願》(1887年) マンチェスター市立美術館 《星をまく》 《あまねく満たす者》 《毎日雨が降っていた》 《持たざる者》 《かのごとく栄光は過ぎ去りぬ》 《選択》 《死の裁判》 《スパニエルとネズミ》制作年不詳 個人蔵 う~ん、どれも好きな絵はありませんね。 あまり個性を感じないんですよ。 もうひとひねりお願いします。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 反対なし。自由なし。選択肢なし

    【ベルリン時事】「ウラジーミル・プーチン(ロシア大統領)の地滑り的な勝利を祝福したい」。 欧州連合(EU)のミシェル大統領は15日、同日投票が始まったロシア大統領選について、X(旧ツイッター)に投稿し、早くも「祝意」を表明した。開票は17日だが、反体制派が弾圧される中、プーチン氏の圧勝が確実視される情勢を強烈に皮肉った。 プーチン政権は政敵を封じ込め、圧倒的なプーチン氏の勝利を演出する構えだ。ミシェル氏は「反対なし。自由なし。選択肢なし」と批判した。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日は韓国でも大谷フィーバーが吹き荒れていたが、ロシアでは強引な風が吹き荒れていた。おやすみなさい、また…

  • 蹴りたい背中 綿矢りさ

    現在の私が20歳前後の青少年だったら、これを読んでどう思っただろうか。にしては、あまりにも時の経過があり過ぎて、当時の感性を取り戻すには遅すぎる。ただ、19歳だった私なら、作家としての野望もなく遥かに遠い存在に思えたかもしれない小説家。読むに精一杯で原稿用紙に向かうなど出来もしない話だった。大体、意表を突くようなこのタイトルからして思いつかないし、男と同部屋に居たからといって、唐突に背中を蹴りたくなったという衝動的な気持ちもよく解らない。主人公の二人が処女とも童貞とも書かれていないが、それほど恋愛感情がないままに男の部屋に上がり込んでしまうのはどういうわけか。併しながら19歳で芥川賞というのは…

  • シドニー・スウィーニー Part.8

    シドニーさん、もう私にとってはアナタしかいないんです。 信じて下さい、アナタなくして私はありません。 これが正真正銘の私の心です。 とにかく一度会ってコメダで私の話を聞いてください。

  • 妄想仏像見学会 part.18

    『妄想仏像見学会百七十一回』は【京都・東寺/女神坐像(平安初期)】です。 『妄想仏像見学会百七十二回』は【広島・文栽寺/十一面観音立像(平安)】です。像高147cm。 『妄想仏像見学会百七十三回』は【京都・清凉寺/釈迦如来立像・像内納入品(宋)】です。像高160センチ 『妄想仏像見学会百七十四回』は【神奈川・東慶寺/水月観音(鎌倉)】です。像高41cm。 『妄想仏像見学会百七十五回』は【和歌山・慈尊院/弥勒仏坐像(892年)】です。 『妄想仏像見学会百七十六回』は【岐阜・清水寺/十一面観音坐像(平安)】です。 『妄想仏像見学会百七十七回』は【栃木・羽下薬師堂/薬師如来立像(平安)】です。 『妄…

  • 「大谷選手と彼の妻が韓国に向かう前の写真」

    ついに出ました。大リーグ、ドジャースが球団の公式SNSで、大谷翔平選手が開幕シリーズが行われる韓国へ向かう航空機の前で女性と一緒に撮影した写真を投稿し「大谷選手と彼の妻が韓国に向かう前の写真だ」と紹介しました。バスケットボールの選手だったとか。180㎝はあるだろうか。以前の噂では大谷選手と2、3回会ったことがあり、挨拶された言っていたから、普通、彼と会う場所といったらスポーツジムぐらしかないだろう。おそらく間違いない。ということはオールスターでレッドカーペットに登場するということにもなり脚光を浴びるな。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 亀戸事件

    「ならし野に送り保護する事なれり」という記事は、気になる。千葉県内で軍隊がおこなった朝鮮人虐殺のほとんどが習志野聯隊によるもので、平沢計七ら社会主義者を殺害したのも同聯隊であったからである。9月2日の真夜中から5日にかけて、習志野周辺で朝鮮人16名と、日本人8名が殺害されたという。そして習志野収容所内で虐殺された朝鮮人もいた。と『梨本宮伊都子の日記』にはある、平沢計七らの殺害、これがいわゆる亀戸事件で、その昔、平沢の斬首された首を見たことがある。「危険な人物」と思われていた平澤は刺殺される時、「ここを突け」と額を指さしたが、腹部を刺され、「労働者万歳!」と叫んで死に就いたという。関東大震災での…

  • 無意識過剰 阿川佐和子

    檀ふみと阿川は共に父親が作家にして、娘二人は同学年で親友。違うのは身長で壇は170㎝もあるが、阿川は150㎝もない。ある日、二人で旅をした時の事、道中暇だからクイズをしないかと壇が持ちかけた。教養高い壇に、無教養がバレるから一旦は断ったのだが「大丈夫よ、好きなように言ってみて」といわれ、その誘いに乗ってしまった。『あいみての のちの心にくらぶれば 昔はものを思わざりけり』ってどういう意味か解釈せよ」「あいみて・・・あいみてね」「ほら、あの時代の歌なんて、みんなそちらの方面の話だから」「ははあ、そちらの方面か、なるほどわかりましたぞ」「言って言って」「つまり、あいみてとは、アレのことでしょ。アレ…

  • スター集合写真

    Steve McQueen, Paul Newman, Barbra Streisand and Sidney Potier Katharine Hepburn, James Stewart and Cary Grant Clark Gable, Cary Grant, Bob Hope, and David Niven 1958 Cary Grant, Ingrid Bergman and director Alfred Hitchcock Demi Moore, Drew Berrymore, Lucy Liu & Cameron Diaz Gloria Swanson visits Sh…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。『ウルビーノのヴィーナス』

    マネはティッツァーノの『ウルビーノのヴィーナス』からあえてヴィーナスの象徴を取り除き、パリの娼婦を描き、それが観衆の逆鱗に触れた。なぜマネはこのような絵を描いたのか。それは、パリの闇の姿を描き出そうとしたからだと考えられている。当時のパリは1853年以降に始まるパリの大改造によって近代化が進み、ブルジョワ階級の人々が夜な夜な舞踊界を開くなど享楽的な生活を送っていた。その裏で華々しく活躍していたのが娼婦たちだ。娼婦の存在は誰もが知っていたいたし、中にはそのお世話になっている者もいたが、決して表沙汰にしてはいけないものだった。それゆえ、マネは娼婦をカンヴァスに描くことによって、人々の偽善と、人々が…

  • ある行旅死亡人の物語 武田 惇志 (著), 伊藤 亜衣 (著)

    著者が見つけた、たった数行の死亡記事、警察も探偵もたどり着けなかった真実へ。「名もなき人」の半生を追った、記者たちの執念のルポルタージュだが、これがなかなかミステリー仕立てで面白そうなので買ってみた。2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死した。現金3400万円、星形マークのペンダント、数十枚の写真、珍しい姓を刻んだ印鑑。記者二人が、残されたわずかな手がかりをもとに、身元調査に乗り出す。舞台は尼崎から広島へ。たどり着いた地で記者たちが見つけた「千津子さん」の真実とは?「行旅死亡人」が本当の名前と半生を取り戻すまでを描いたノンフィクション。死というゆるぎない事実の上に、かつて…

  • テイラー・スウィフト Part.6

    2013 テイラーさん、聞きましたよ、アナタは大統領選挙に絶大な影響力があると。私の好みにも絶大な影響力を発揮しています。 もう、目が点になるぐらいアナタに夢中になりました。 アナタがバイデンと言えバイデン、トランプと言えば七並べ、いや、トランプです。 とにかくアナタのポチになりたいのです。 会ってください。

  • 滝平二郎 part.33

    汽車 夕焼小焼 山椒は小粒でもぴりりと辛い 日暮れ 天高く馬肥ゆ くりひろい リンゴの歌 読む 宝のもちぐされ 柿

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 御法度の裏街道を歩く渡世なんだ

    「俺たちやくざは、御法度の裏街道を歩く渡世なんだ。いわば天下の嫌われもんだ。それだけにな、何事も渡世の筋道を通さなくちゃいけないんだ」と座頭市も言っている。しかしどうだ、座頭市さえ筋道を通して裏街道を歩いているのに、表街道を堂々と歩く身の政治家の最近の所業は。口移しでチップを渡しただと。特に物議を醸すのがその言い訳だ。多様性の重要性を問おうとしたそうだ。何だ多様性とは、意味の分からない言い回しだな。今年の流行語大賞を狙っての発言なら一票出そうじゃないか。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。白鵬は四面楚歌ではないか。今場所後には結論が出るそうだが、いくら話し合っても決定権は一門にはない。理…

  • 共同研究 パル判決書 (下)

    1941年10月、国家としての日本の存在自体が深刻な危機にさらされていた時、多少とも要職にあった政治家や外交官は、挙げて国家の名誉を傷つけずに滅亡から免れる方法を見出すのに頭を悩ませていた。彼らは重責を担い、そして勇断を持って差し迫った危険に対処するという、厳粛な義務の履行求められている。そんな時、東條は窮迫した危機を十分承知のうえで登場してきた。併し、11月26日、東郷外相に送られて来た、いわゆる「ハルノート」では、日本の陸、海、空軍および警察の中国および仏印からの即時かつ無条件の撤退。蒋介石政権以外の中国の政府または政権否認、三国同盟の破棄。こんな条件を飲めるはずもなく、これは日本を戦争に…

  • シェリル・ラッド part.2

    シェーンなどで知られるアラン・ラッドの息子、デイビッド・ラッドは元夫なんですね、だからラッドだったんですか。知らなかったです。併しまたどうして『チャーリーズ・エンジェル』でシーズン2を下りちゃったんですか、毎回楽しみに観ていたのに。 今どうしているんですか、一度、お会いしましょうよ。

  • ジャン=バティスト=カミーユ・コロー Part.6

    《海辺のバッカンテ》(1860-1865年) メトロポリタン美術館 《フィレンツェのボーボリ庭園》(1835-1840年) ルーヴル美術館 《黄泉の国からエウリュディケーを連れ出すオルフェウス》(1861)ヒューストン美術館 《ヴェネツィアの朝》(1834年) プーシキン美術館 《読書する僧》(1865年頃) ビュールレ・コレクション 《ヴィル・ダヴレー 白樺のある池》(1855-1860年) 愛媛県美術館 《イタリアの風景》(1835年) ゲッティセンター 《薄明》 《田園の演奏》(1857年) コンデ美術館 《湖畔の大きな樹木(ヴィル・ダヴレー)》(1870年頃) 山王美術館 神話や歴史物…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 十二代目片岡仁左衛門一家5人が殺害事件

    昭和21年3月16日、渋谷区千駄ヶ谷で歌舞伎役者・十二代目片岡仁左衛門一家5人が殺害されているのが見つかる。殺されたのは、片岡仁左衛門(当時65歳)、その妻で元日活女優の小町とし子(当時26歳)、四男(当時2歳)、女中2人(当時12歳と当時69歳)。5人とも頭を薪割り用の斧で殴られていた。特にとし子は頭部をめった打ちにされていた。捜査線上に浮かんだのは、殺害された女中(当時12歳)の兄・I(当時22歳)で、事件直後から行方が分からなくなっていた。捜査本部はIを指名手配し、3月30日に逃亡先の宮城県川渡温泉で逮捕された。配給米を不当に搾取されのが原因らしいが、当時はそれほど食糧難の時代だった。「…

  • 共同研究 パル判決書 (上) 東京裁判研究会

    夙に有名な本書のことはかなり以前から知ってはいたが、手に取るに、あまりにも重厚長大で私には読めないものと諦めていた。また、『東京裁判研究会』側も「これを読みこなすのは専門家にとってすら大変なことである」と断っている。併し、私の住む沿線に去年、古書店が出来たのをきっかけに通ううち、文庫本5冊で800円というものにお世話になっていたが、ある日、『パル判決書(上・下)』もその中に入ると聞いてビックリ。2冊で計算すると350円ぐらいではないか。調べてみるに、ネットでは2冊2500円はする、これは買うしかないと、読めるかどうかは清水の舞台だ。併し、いざ、ページを開いてみるに「日本国民必読」とあったが、お…

  • ジーナ・ロロブリジーダ Part.3

    1950s 1955年 1955年 1959年 ジーナさん、アナタにウエストの細さは尋常ではありませんね。 また、そのイタリア人的なキツイ顔立ちが魅了的で子供だった私を惚れさせました。 アナタと付き合いたかった、今からでも遅くないですか。

  • ヒエロニムス・ボス part.2

    《快楽の園》 《守銭奴の死》 キリストの捕縛』1515年頃 サンディエゴ美術館 《石の切除手術》(1475-1480年頃) プラド美術館 《十字架の道行》(1490-1510年頃) ウィーン美術史美術館 《パトモスの聖ヨハネ》(1490-1495年頃) ベルリン絵画館 《聖アントニウスの誘惑》(1500-1510年頃) ネルソン・アトキンス美術館 《祈る聖ヒエロニムス》(1485-1495年頃) ゲント美術館 《茨の冠》(1530-1540年頃) エル・エスコリアル修道院 《東方三博士の礼拝》(1470-1480年頃) メトロポリタン美術館 ルネサンス期のネーデルラント の画家なんですね、この…

  • メゾンテリエ―他三編

    「メゾン テリエ」「聖水授与者」「ジュール伯父」「クロシェット」の4編からなる短編集だが、何年も前に岩波文庫に凝り、外国文学の短編集など沢山読んだが何一つ覚えてない。例えば同じモーパッサンの『脂肪の塊』などは欠片も記憶にない。「メゾンテリエ」なんかは娼館に努める女将と5人の娼婦の話だが読んだはなから忘れていってしまう。だから短編集はあまり読まないようにしているのだが。

  • ルネ・マグリット Part.15

    《喜劇の精神》 《終わりなき認識》 《空気の平原》 《二重の視点》 《神々の怒り》 《偶像》 《幸福な手》 《おしゃべりな宝石》 《ナイチンゲール》 《幽霊の城》 アナタの絵は摩訶不思議という言葉がピッタリですね。 写実的に描いた作品は一枚もないのですか。 生涯に一枚ぐらい描いてもよかったんではないでしょうか。

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.50

    わ~ら~にまみれてよ~、そだてたく~りいげ、きょうはひかれてよ~お、ま~ちへ~えゆ~く~、は~~~ああああ ラララララ~ララ、ラララララ~ララ、おっと、俺はジャマイカ犬のトーマスっていうんだ、宜しくな。アイ・ミュージック・レゲエってなもんだよアンタ、頼むぜ。とこれで飯はまだか、ジャマイカ風のやつをこってりとな。 「何じゃと、この俺さまにたてついて生きて帰れると思っているのか」「おお、おもしれえ、やってもらおうじゃねえか」「あとで吠え面かくな」「お前さんこそ気を付けな。この俺を食べてみろ、胃の中はチクチクだからな」「え、どうしてだ」「お前にとっては決して上手いエサにはならねえよ」「負けを認めたの…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 宗坊はいますか、宗坊はいますか

    大杉栄の妹あやめは、薄倖の人であった。アメリカのオレゴン州ポートランドで農業を営む橘宗三郎と結婚して宗一を生んだが、胸を病み、そのこともあってか夫婦仲が冷たくなったため、養生かたがた宗一と共に帰国し、静岡の姉婿、柴田勝蔵の世話で静岡病院に入院していた。宗一は、鶴見の大杉勇が引き取っていたが、震災でその家が倒壊したことを知った栄と野枝が迎えにきて、東京に連れ帰る途中を甘粕に拉致されて、二人の子供と間違えられて虐殺されてしまった。時に宗一は六歳で、母あやめの慟哭は悲痛であった。その時のことを友人が書いている。「宗坊はいますか、宗坊はいますか」と叫ばれました。僕たちがそれにどう答えらることが出来ませ…

  • ポトスライムの舟 津村記久子

    芥川賞選考委員会はまず文学的な技巧の高さを評価したみたいだ、併し、読み始めて何だかつまらないなと思っていたら、徐々にこれはなかなか書けない上手さだと気づかされる。29歳、社会人8年目、手取り年収163万円。工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ163万円で、1年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが。解説には主人公の内面の心情を吐露しているように見える部分はすべて、実は外面から見た客観的な描写なのであると書かれているが、そこはなかなか難しい解釈だ。会話は極端に少なく薄い割には時間がかかる…

  • エリザベス・テイラー Part.13

    1956 1967年 1958 自宅、1948年エリザベスさん、ハリウッド史上の美人といったらアナタですよね。アナタみたいな美人を私は見たことがありません。 お会いする前からもう私は結婚を意識しています。 あとはアナタ次第。 なんなら私、アメリカに帰化してもいいですから。

  • 滝平二郎 part.32

    磯節 吾亦紅 虫 かかし 影法師 葉鶏頭 暑さ寒さも彼岸まで さんま ままごと 星

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 腰から下は敢えて保証の限りではありません

    笹川良一は艶福家としても知られているが、巣鴨拘置所で連合国軍最高司令官総司令部から、「男装の麗人」として知られるスパイ、川島芳子との関係を尋問されて「ぼくは腰から上の人格者で、腰から下は敢えて保証の限りではありません」と言い放ったこともある。そこへいくと勝新太郎は「夕立の ざっとふるほど 浮名は立てど ただの一度も 濡れやせぬ」自分は沢山の女と噂を立てられているけど、一度だって他の女性と寝たことはないと言っている。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。豪放磊落なお二人は申しておりますが、はて、わたくしことダメオはどちらのタイプでしょうか。こればかりは言えません。墓石の裏にでも、いにしえの戯…

  • サロメ 原田マハ

    本作はワイルドやイラストレータのオーブリー・ビアズリーより、女優の姉でメイベル・ビアズリーの視点で書かれているように思う。弟の才能を天才と信じるメイベルは、危険な男ワイルドと弟が知りあい接近し『サロメ』の挿絵を描いて、その名を広く世に知らしめ、ワイルドの作品は永遠の命を与えられたと、つまり、ビアズリーの挿絵があったからこそ『サロメ』は永遠に人々の記憶に残ったともいえる。確かに一度見たらビアズリーの絵は忘れられないほどの独創力がり、誰もが記憶に残る。当時からそれは人々に認知されていたのであろう。だが、姉はワイルドの男色を危険視し、弟が彼に接近しすぎるのは激しく拒み、ワイルドの恋人アルフレッド・ダ…

  • キャサリン・ウィニック Part.4

    2013 キャサリンさん、アナタ、とびっきりの美人ですね。アナタみたいな人を探していたんですよ。 昔から言うでしょ、アイドルを探せって! そう、アナタこそ私のアイドルです。 お願いします、願いを叶えてください。

  • ウィンスロー・ホーマー Part.5

    《ハーク! ラーク》(1882年) ミルウォーキー美術館 《月光 ウッド・アイランド灯台》(1894年) メトロポリタン美術館 《キーウェスト 曳航アンカー》(1903年) ワシントン・ナショナル・ギャラリー 《月光(ウッド・アイランド灯台)》 《イン・ザ・ウィートフィールド(少女は麦畑に佇む)》 《海岸の陽光》(1890年) トリード美術館 《開いた窓で》(1872年) 《クリケット・シーン》(1864年)シカゴ美術館 《四葉のクローバー》(1873年) 《風が強まる(順風)》 アナタは海岸の絵を多く描くようになり、評価が高くなったんですよね。 海洋画家なんですか、特別なんとも思いませんが、…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子。

    「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子。 わたしが一番きれいだったとき、街々はがらがら崩れていって、とんでもないところから、青空なんかが見えたりした。わたしが一番きれいだったとき、まわりの人達がたくさん死んだ、工場で、海で、名もない島で、わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった。わたしが一番きれいだったとき、だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった、男たちは挙手の礼しか知らなくて、きれいな眼差しだけを残し皆発っていった。わたしが一番きれいだったとき、わたしの頭はからっぽで、わたしの心はかたくなで、手足ばかりが栗色に光った。わたしが一番きれいだったとき、わたしの国は戦争で負けた、そんな…

  • あちゃらかぱいッ 色川武大

    その昔、『スチャラカ社員』という番組があったが、それとはまったく無関係な話で、色川武大がまだ中学生ぐらいの頃の戦前、戦中、戦後の浅草を中心に活動した、ボードビリアンや軽演劇などの売れない役者などを哀歓をもって描いた作品だ。私の知らない名を残せなかった人たちが、金なし職なし飯なし女ありの、しがない人生で、あまり健康面のことなで考えず、いつ死んでも本望だと、破らかぶれでその場限りの浮世を渡り歩いたようでもの悲しい話だ。エノケン、エンタツアチャコ、古川ロッパ、益田喜頓、水の江滝子、柳家金語楼、山茶花究、森川信、有島一郎、伴淳三郎、東海林太郎、共産党の野坂参三、志賀義雄、宮本顕治、徳田球一などは知って…

  • マリリン・モンロー Part.58

    1950年 1950 モンローさん、ちょうどアナタの本を読んでいるところです。アナタの意外な素顔を見た思いです。 併し、私はアナタのある一面も見ました。 それは哀しみであり孤独と寂しさですね。 ひたすら愛を求めるアナタを見ていて手を差し伸べたいと思うようになります。 私だったらアナタを受け止められたのに。

  • ジョージア・オキーフ 1887年11月15日 - 1986年3月6日

    ジョージア・オキーフ 《青い帽子を持つ女性》 《New York Street with Moon》(1925年》 《白と青の花の形》 《音楽とピンクと青 II》 《遠くから近くに》 《黒十字社》 《マンハッタン》(1932年) 《骨盤と遠景》 《骨盤Ⅱ》 《雲の上の空》 オキーフは70年にも及ぶ長い画歴のなかで、ほとんど風景、花、そして動物の骨だけをテーマとして描きつづけた。なかでもオキーフの名を一躍有名にした画面いっぱいに拡大して花の絵を描いた作品群や、牛の頭蓋骨をイコンのように威厳を込めて描いた作品群がよく知られる。アナタ、アメリカ人で女性だったんですね、知りませんでした。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 チューブ入りの絵具

    チューブ入りの絵の具が発明されたのは1840年代初頭のことで、19世紀初めはブタの膀胱を絵具入れとして使っていた。残った絵具はまたそこに入れて保存する。これでは手間がかかるし、保存状態が悪いと絵具はすぐに固まる。そのため画家の創作活動は屋内の工房で行われるのが常で、油彩の絵具も必要な色を必要な分だけ油で溶いて使うスタイルがとられていた。チューブ入りの絵具はこうした問題を解決し、画家が戸外で絵を描くことを可能にした。当然、ゴッホはその恩恵を受けていたため、あれだけ屋外を写生することが出来たわけである。そして産業革命は西側諸国に大きな変革をもたらした。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。人類…

  • 漂砂のうたう 木内 昇

    『櫛挽道守』で第9回中央公論文芸賞を受賞に続いて二冊目の本だが、この人、木内 昇と書いて(のぼる)ではなく(のぼり)で女性作家なんですよ。本作は直木賞受賞作で、維新から10年、武士という身分を失い、根津遊廓の美仙楼で客引きとなった定九郎。自分の行く先が見えず、空虚の中、日々をやり過ごす。苦界に身をおきながら、凛とした佇まいを崩さない人気花魁、小野菊。変わりゆく時代に翻弄されながらそれぞれの「自由」を追い求める男と女の人間模様を描いたドラマだが、後半になるに従い、この作者のただならぬ筆力に絶句する。人間観察の奥深さ、時代小説の難しさ、起承転結織りなす読者の引き込みの上手さ。遊郭、着物に関する単語…

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