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プロフィール

ルミコ

Author:ルミコ
28年ぶりで東京から地元に戻り、実の両親との二世帯住宅で暮らす子なし主婦。
3歳年下の夫+ワンコ2匹の家族編成で、自宅敷地内の一角で細々とネイルサロンを営んでいます。

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買い物機能が崩壊すると、こうなる。

2024.05.31 08:23|未分類
数週間前に、母が夕方脱走してスーパーに行って白米3パックとほうれん草とキャベツ半玉を買ってきた。
白米3パックは翌日には消費期限がきて、キャベツもすぐにダメになり、廃棄された。
ほうれん草は、ヘルパーさんが茹でてカットしてラップに包んで冷凍にしてくれた。タッパーの中で小分けにラップされて、味噌汁の具が足りない時とかにちょっと使えるようにと言っていた。
しかし、翌日見るとキッチンカウンターの上で常温に戻されていた。
「せっかくヘルパーさんが冷凍してくれたのに、なんでここに置いてあるの?」
と母に聞くと、
「どうなってるのか見ようと思って」
と、言うので、ガックリして再度冷凍庫に入れた。
その時のほうれん草が、昨日は醤油色の汁の中に浮いていた。何か作ろうとしたのだろう。
残りのほうれん草も、別のタッパーに入れられ、何かしたのか何もしてないのか、開封する勇気もなかった。

こうして、ヘルパーさんの機転も無駄となり、冷凍と解凍を繰り返されて破棄される。スーパーも、何にも考えずに買い物していたらあっという間に2000円〜3000円になってしまう。あれもこれも高くなっているが、もう母には安いものを選ぶとか、今いくらくらいかなとか考えることができない。ただの無駄なのだ。悲しいことだ。
母が何か買ってきてしまうたびに、なんだか虚しい気持ちになる。冷凍と冷蔵を繰り返すのも認知症あるあるだろうな。
わかんないよね、冷蔵庫の引き出しのどこが冷凍でどこが野菜室とかさ。

昨日はデイサービスの日だったので、1日びっしり仕事を入れていた。
夕方母が帰ってきてからも、最後のお客さんが来るので準備中だった。ヘルパーさんが大きな声で元気に母に話しかけている声が、サロン内に響く。私はそれをかき消すように、少し大きい声でお客さんに話しかけたりする。ヘルパーさんが帰ったら帰ったで、その後母が見送りに外に出てしまわないかハラハラする。
なんとか最後のお客様を無事に送り出しして、片付けて19時半。
今から家に帰って夕食作って風呂沸かして…と思いながら、帰りがけにヘルパーさんの連絡帳をチェック。

以下のものの準備をお願いします。
1.トイレットペーパー
2.ティッシュペーパー
3.おしりふき
4.ニトリルグローブ
5.台所用洗剤
6.洗濯用洗剤(急ぎ!)
7.排水溝ネット
8.ほうじ茶ティーバッグ

どんだけよ! しかもかさばる物ばかり。スーパーで買えないものは早く言ってって言ってるじゃん。
ドラッグストアは車で行かないといけないわけよ。
オムツと尿取りパッドを買いに行くのからは解放されたけど、日々の買い物は食材だけじゃなく。
ヘルパーさんの入室が1回20分になったため、みんな時間がギリギリで消耗品のチェックまでやる暇がないのだろう。
週に一度1時間入室する人がこうやってまとめて書いてくる。まとめすぎや! 
どっと疲れが増して家に戻る。今日って木曜日じゃん。週の真ん中で明日も明後日も仕事よ。合間に遠くまで買い物行く元気がないわ。どうせ脱走してスーパー行くなら、こう言う必要なものを買ってきて欲しいものだ。ほうじ茶くらいならスーパーでも買えるし! あーもう、それにしても忙しいから今日スーパーに行ってパンを補充して、次に行くのは日曜だなって思ってたのに、こんなに買い物があるとは! イライラしていたら、夫が帰宅して「全部アスクルかアマゾンで頼んでしまえ!」と言ったのだけど、どれだけでかい荷物が届くのかと考えたら、トイレットペーパーとティッシュぐらいは週末買いに行かねばと思う。
楽しくもない買い物、私のカード決済。手間はお金で解決よ…。




↓あーもう!!面倒臭い!
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テーマ:病気と付き合いながらの生活
ジャンル:心と身体

正論vs認知症=消耗。

2024.05.30 08:40|未分類
先週の土曜日から増量した認知症の薬は、効果が出てるのかは謎。
魔の水曜日、昼の時間帯はGPSを気にしながら、在宅を確認して、いつも出かけてしまう13時前後を外して14時半にスーパーへ買い物へ出かけた。30分ほどして戻ってくると、母の家の玄関が10センチほど開いていた。そっと覗くと、スニーカーがあったので、家にいるんだなと安心。
自分の家に帰ると、うちの玄関も10センチほど開いていた…来たな。きっちり閉めたはずの玄関。
家に入られたかな。ワンコに「ばあちゃん来たかな?」と聞いてみる。
はあ。落ち着きないけど、在宅してるからまあいいか。

朝の訪問看護師さんの連絡ノートを見ると、お腹の調子も良くすっかり浣腸を卒業したようだった。母は勝手に漢方薬のおかげでお腹がゆるくなっていると思い込んでいるようだが、実際のところはどうなんだろう? 暖かい季節になってきて、ただお腹を壊してるんだったら困るんですけど。食べ物、飲み物の管理が難しい季節になってきた。
昨日も夕方のヘルパーさんがきた時には、大量の飲み物を用意していたとのこと。見えない誰かのためにせっせと用意していたようだ。
看護師さんは、母の足の乾燥を気にしてクリームを塗ってくれて、「デイサービスでもお風呂上がりに塗布していただけるように、連絡帳に記入させていただきました」と書かれていた。デイの連絡帳を見ると、家族からの伝言欄に、「ルミコ母さんを担当しております訪問看護師です。下肢の乾燥が気になるので、保湿クリームの塗布をお願いいたします」としっかり書いてくれていた。ほんとは、私が書くべきところを、先回りしてやってくれる。いつも何かプラスアルファで仕事をしてくれるこの看護師さんが好きだーー! 

水曜日は徘徊未遂が多いためヘルパーさんが16時台に来る。母にとっては早めの夕食で、逆にヘルパーさんが帰った後の徘徊が心配される。だんだん日が長くなってきてまだまだ明るいからね…。案の定、ヘルパーさんが帰った後、モニターを見ていると母が外に出ていたので、ダッシュで駆け下りていって話しかけた。
「今日はこれから薬剤師会の勉強会に行かなきゃいけないの」
と、言い出した…。またややこしいことを…。
「もうどこも行かないよ。薬剤師会は退会したでしょ!」
「えっ? してないわよ」
「入院してて会費滞納してたのが気になって、それ全額払って退会手続きしたじゃない? 会費も高かったし」
「薬剤師やめちゃったの? どうして?」
「薬剤師は国家資格だからやめてないけど、薬剤師会は現役で薬局で働いてる若い人が入ってメリットがある会だから、もう必要ないから退会したのよ」
「働いてるわよ! ほら、あそこで」
正論vsボケ。
全然噛み合わないけど、どう言えば納得するのかわからない! 薬剤師への執着がすごいので、なかなか諦めてくれない。私はただ、その謎の「薬剤師会の勉強会」とやらに出かけようとするのを止めたいだけなのに!

あなたは認知症になってもう薬剤師としては働けないので、薬剤師会は無意味なので退会しました。もう薬剤師として働くことも不可能です。あなたが働いていると思っているところは、昼間を一人にしておけない高齢者が集うデイサービスの施設です。あなたが認知症で目が離せないので行ってもらっているところです。

とでも言えれば良いが、そんなどストレートなことをあえて傷つけるように言えるわけもなく。だんだんイライラしてくるのを抑えて頑張って会話を続けた。
「外出禁止!って書いてあるでしょ!」
「外出じゃないわよ、勉強会よ!」
「勉強は家でしてください!誰も迎えに来ない時は出かけてはいけません」

もう〜、そんなに私を困らせないでよ〜!と言うと、
「ごめんごめん!わかったわよ! 行かないわ。大丈夫よ、今日は家に帰ります」
どこに帰るのよ〜!
「あっちの家に」
あっちの家はないのよ〜!

ぐったりしながらも、とにかく母を家に押し込んで、私は家に帰った。それから2時間後、夫が帰宅時に訪問すると、「はーい!」と言ってエプロンをつけてキッチンから母が出てきたそうだ。
「何か作ってるの? こんな時間に?」と聞くと、「お味噌汁を作ってるのよ」と言ったそうだ。ああ、またインスタント味噌汁を大量に鍋にぶち込んで煮込んでいる。夫が苦々しい顔をして帰宅すると、ああまた何かやらかしてるなとわかり、聞くのが怖い。

↓まあ、これが毎日ですから。
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テーマ:病気と付き合いながらの生活
ジャンル:心と身体

祖母の写真を母にプレゼントしてみると。

2024.05.29 08:36|未分類
母があまりにも日々「ばあちゃん来てる?」「ばあちゃんはどこへ行ったのかしら?」と、祖母のことを聞いてくるので、その都度、32年前に死んだよ、などと受け流していたけど、何かいい方法はないものかと夫と2人で考える。

「おばあちゃんの遺影がないから、死んだことを思い出せないんじゃないの?」
と、夫が言った。
確かに、ない。9年前にこの家をリノベーションした時に、古い家を家財道具ごとぶっ壊した。もちろん大事そうなものはダンボールに入れて一緒に引っ越したのだが、両親はもう物で溢れた家を整理するのも最終的には嫌になり、全部捨てていいわモードになっていた(笑)。当時、2人ともまだ働いていて、そんな中で大規模な引っ越しの片付けなんて、今思えばよくやったなと思う。
しかも、何十年も住んでいる一軒家なのだから、そりゃあ大変だった。リビング的に使っていた和室の天井近くには、祖母や祖父の遺影があったようななかったような…。曽祖母の遺影もあったかな。
新しい家には仏壇もない。キリスト教の両親には必要ないもので、私たちとしても残されても困るものだったので、なんのためらいもなく処分してくれたことはありがたかった。ふと気づけば遺影も物置にすらなかった。

母が元気だった頃に、「そういえば前の家に並んでいた遺影ってどうしたの?」と聞いたら、「捨てたわよ」とあっさり言われたものだった。私は母のそう言うサクッとしたところが好きだ。古い家も「壊しちゃいましょうよ!」と即断してくれて、古いものへの執着がないところが、とてもありがたかった。

それが今は、古いものを急に思い出すと言うわけだ。
まあ、父の遺影は一応あるけど、死んだことを忘れるのだから、祖母の遺影があったとしても同じことかもしれない。でも、祖母の写真が1枚もないのも寂しいのかな。昔のことだよって思い出せたら、何か変わるかな?
そう思って、物置になっている3階でアルバムを探して、祖母の遺影になりそうなものを2枚選んだ。なかなか1人で写っている写真がないし、できるだけ晩年の姿がいい。祖母が若すぎるとこれまた誰かわからない。
アルバムは祖母自身がまとめて貼り付けていたようで、日付と場所が入っていた。私が大学入学で上京した時に、祖母と両親が東京へ来たことがあったが、その時の写真のようだった。祖母が1人で高島屋の紙袋を持ってにっこり笑っている。
もう1枚は、祖母と親戚のおばさんと、母の3人が楽しそうに笑っている写真。日時から計算すると、母が44歳! 若い! 
その2枚を持ち帰り、アマゾンで注文した小さな写真たてに入れて、母に渡した。
「あら〜、ばあちゃんだわ〜。これはいつなのかしら〜」
母は嬉しそうに写真を眺めて、リビングに飾ってくれた。

写真を探す作業をしていると、いろんなものが出てきた。祖母の葬儀の写真もあった。マメだった父がしっかり記録を残していたようだった。送られてきた花を一つ一つ写真に撮り、弔問客の写真もあった。新聞に載せたお悔やみ欄も、切り抜いて貼り付けてあった。祖母は80歳で死去したようだ。今の母の方が年上なんだなと思うと不思議な気持ちになった。海外旅行が趣味のおしゃれで元気な祖母だったけれど、そんなに長生きではなかったんだな。時代もあると思うけど、認知症ではなかったと思う。なんだか私まで祖母を思い出してしんみりしてしまった。
あと、私たちの結婚式の写真や式次第なんかも大事に保存してあって、何時の新幹線に乗って何時にどこへ行き、どこのホテルに泊まり…と、父の字で予定が書き込まれた紙も挟まっていて、几帳面だった父のことも思い出した。ほんと、母じゃないけど、いつの間にか死んじゃったよね、100歳までなんとなく生きてそうな父だったけど。

この、祖母の遺影を母に渡したのは実は2週間くらい前のことだ。
「ばあちゃんは去年までいたのに!」と言われた直後のことだったが、それからばあちゃんを探す言葉は聞かれない。
久しぶりに笑顔の祖母の顔をみて、気持ちが落ち着いたのだろうか? 一緒に写る若い自分を見て何か感じたのだろうか?
人生を思いっきり楽しんで、介護らしい介護生活もなく80歳でパタっと死んでしまった祖母。
そのぐらいがちょうどいいのかもなあと不謹慎かもだけど、思ってしまった。




↓ほんと、それよ。
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認知症と記憶喪失。

2024.05.28 08:20|未分類
今期は主人公が「記憶喪失」になるっていう設定のドラマが多い。
流し見していると、「え? それは覚えてるの? 思い出したの?」みたいなシーンがあったりする。前日のことを忘れてしまう「アンメット」は、それでもなぜか医者の仕事と技術は忘れない。
「記憶を無くす」という意味では、認知症も記憶喪失とちょっと似ている。
記憶を都合の良いストーリーに妄想トッピングで仕上げてしまうところが、認知症の特徴だろうか。
記憶喪失の人たちは、新しい記憶をどんどん蓄積していく。前のことだけすっぽり消えている(あくまでドラマの中の話ですけど)。
認知症は、自分は何者で名前や住所なんかは覚えていたりするけど、父や祖母が死んだことは忘れている。

日曜の早朝5時半に、夫が釣りに行く準備をしていると、物音を聞きつけて母が出てきたという。釣りに行ってくるね!と言うと、気をつけて行ってらっしゃい!と、母は言い、その後、教会に行ったり帰ってきてお弁当を食べたり、ヘルパーさんが来たり帰ったり、新しい記憶が入っては出ていく。
月曜の夕方、ヘルパーさんが帰った後に母の様子を見に行くと、すでにパジャマの上下に着替えさせられ「今日はあったかいわね」と言っていた。ご飯食べたの?と聞くと、
「余っちゃったのよ。お父さん、食べてくれないかしら?」と、真顔で言う。
「食べないよね、死んでるから」
「そうよねえ〜」
「生きてたとしても、アイスは食べても弁当のおかずはあまり食べなかったけどね!」
「そうだったわね〜(笑)」
母は、父のことを思い出しながら楽しそうに笑う。
「お父さんは100歳まで生きそうな顔してたのに、なんでいつの間にか死んじゃったのかしら」
母にしてみたら「いつの間に」なんだよねー。

「ところで、釣りは釣れたの?」
え! 急に! そこは覚えてるの? 
短期記憶がかなり厳しい状態になり、昨日今日明日がわからないし、頭に残らない母が、日曜の早朝に夫が釣りに行ったことは覚えていた! 明日はデイサービスだよ、とか、明日は家にいる日だよ、なんて言っても忘れちゃうのに、そんなどうでもいいことは覚えている不思議よ。
今日の曜日もわからない。
「今日はお休みだったけど、明日からは仕事に行かなくちゃ」
などと、デイサービスを仕事を思い込んでインプットしたりする。まあ認知症あるあるだね。

「釣りは全然ダメだったよー。海が荒れてて、サーフィンの人がいっぱいいて釣りにならないし」
「あらそうなのー。まだまだこれからいい季節になるんだから、また天ぷら食べさせてもらわなきゃ!」
えええ。普通のことを言われると逆に動揺する私である(笑)。

土曜日から認知症の薬が増量されているのだけど、それが早速効いてきたってわけじゃないよね〜。
記憶障害はもう仕方がないと思う。でも、不穏になって妄想に突き動かされて徘徊に繋がるのが怖い。私の言葉も残らないのがつらい。新しい記憶が残らない母だけど、一生懸命にヘルパーさんのシフト表を見ながら、来てくれるヘルパーさんの名前を覚えようとしている。ちゃんと名前を呼んであげたいのだと言っていた。
そう言う母らしい部分がちゃんと面影として残る認知症。だんだんと骨組みだけになっていくのかな。

↓薬、効いてたらいいな。
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在宅日の憂鬱。

2024.05.27 08:23|未分類
土曜の朝から認知症の薬のひとつ「メマンチン」が増量になっている。
良い変化があることを期待しつつ、また月曜在宅日が始まって憂鬱である。
だんだんと、話が通じないことが増えた。会話はしたいのだろうけど、訪ねてきてチャイムを押して、でも、何が言いたいのか全然理解できない。一生懸命、推理を働かせるのだけど、妄想と思い込みとちょっとの事実と、入り混じって何が言いたいのかわからない。
出来るだけ明るく対応して、家へ帰らせる。夫は階段の下まで付き添って、家の中に入ったのを確かめて、外へのドアを施錠して戻ってくる。

先週は仕事も忙しくてバタバタしていて、パンの在庫管理もつい後回しに。ヘルパーさんが「消費期限が過ぎたものを処分しました」とノートに書いてくれた。ほんと、すみません。昨日は午前中のうちにスーパーに行き、母の昼ごはんの弁当とパン類を適量買い込んで、セットした。
唯一の休日なので、買い物やなんだかんだで出かけていて、母も教会へ行った日は疲れて家で寝ていることが多いので、あまり気にせず過ごしていた。夕方のヘルパーさんのノートには、「入室するとリハパンとシャツの姿でした。便がひどくて風呂場でお尻を洗ったとおっしゃっていて、青いスリッパと黄色いタオルは汚染していたので処分しました」と、書かれていた。なんだか修羅場だな。20分のヘルパータイムでこれかと思うと、「施設」と言うワードが頭をよぎる。
骨折というイレギュラーがあったものの、それも落ち着いてきて、週3回のデイサービスと月1回のショートステイのサイクルで、どこまでいけるかちゃんと見極めたい。ショートに慣れてもらって、徐々に期間を延ばしていき、やがて本当に話が通じなくなってきたら、もう在宅でいる必要はないのかなと見切る時かと思っている。
母が笑顔で、そして私と夫の存在を欠かせないものとして思っているうちは、まだ見守ろうと2人で決めた。

先週、福祉用具の担当の方が来て、書類にサインをするついでに、最近お母さんの様子はどうですか? と聞かれた。3月に骨折したこと、でも足腰はしっかりしていて、徘徊してしまって悩ましいことを話した。
福祉用具としてレンタルしているものの中に、いろんなセンサーがあるという説明をしてもらったが、この家の造りや母の行動的に、ちょうど良いものがなかなか見つからなかった。
「玄関にセンサーをつけてスマホに通知が来るようなものもあるんですけど、鳴ったからと行ってすぐにどうこうできるわけじゃないですし、このセンサー音で介護者が鬱になってしまうこともあるんです。鳴ってないのにいつも鳴ってるような気がして眠れなくなったとか、普段も通知音にビクビクしてしまったり、精神的にやられるんですよ」
わかる。
私も、玄関のガラガラ音で鬱っぽくなった。外で雷がなっていても、母が来たと思って飛び起きたりしている。ファミマの自動ドアの音を聞くとドキッとする(うちの室内チャイムと同じ音)。

「なので、センサーを付けるっていうのも結構難しいものなんですよ。Airtagをつけておられるのはいいと思いますね。気付いた時に場所を探せるっていうのはいいですよね。なんかもっと良い使い方や設定がなかったか僕も調べてみますね。あと、カタログに載ってないものでルミコさんのお宅に良いものがあったら、またポストインしておきます」
福祉用具の担当者は介護関係で唯一と言っていいほどITに強い! 他は本当にアナログだ。なんでも紙に書くし、連絡も電話だし、何かあればすぐ直筆の署名を求められる。介護の手続きって、もっと簡素に簡単にできていいのに。40代、50代を舐めんなよ! グループラインとかで何かあったら共有できたら楽なのにって、毎日思うよ。仕事用のラインワークスとか、ケアマネとヘルパーと看護師と福祉用具で共有できればさ、担当者会議とかわざわざ顔合わせてやることもないし、本人がいて話しにくいってこともない。活字になって残るから確認もできると思うんだけど。
でも、進化しないんだよねー。
とりあえず、福祉用具の担当者が、センサーを付けることに抵抗がある私の気持ちをよく理解してくれたので少し救われた。母を救う前に私がダメになる。



↓月曜からため息。
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仕事を中断させられるイライラ。

2024.05.25 09:31|未分類
徘徊事件から1週間経った、在宅の金曜日。
私は朝からピリピリである。
昼休みにはGPSを何度か確認して自宅にあることで安堵した。

午後から仕事がびっしり詰まっていて、お客さんとお客さんの間が30分しか空いていない。何かあったら嫌だなと思いながら、仕事をしていると、ちょうど施術が折り返したぐらいの途中も途中で、ドアの外からガラガラと母の家の扉が何度か開いたり閉まったりする音が聞こえ、そのうちに
「ルミちゃん!ルミちゃん!」
と、呼ぶ声が聞こえた。はあ。一番困るやつ。

私はお客さんに「ちょっと申し訳ありません」とお断りして筆を置き、ドアの外に出ていくと、玄関の前で冬のコートを着てスニーカーを履いた母がウロウロしていて、
「私、なんかわかんなくなっちゃったの」
と、言った。
「今日はどこも行かなくていい日だから、家に入ってて!」
と、言うものの、
「幼稚園まで送って行ってくれないかしら?」と言い出した。
「はあ? 私今仕事中なんだけど。どこも行かなくていいって言ってるでしょ! とにかく家に入って!」
もうイライラしていた。
サロンはテレビがついているけれど、おそらく会話は丸聞こえである。母はブツブツと言いながら、上着を脱いだり着たりして、家に入って行ったので、とりあえず仕事に戻った。

「すみません! どこまで塗りましたっけ?」
もうほんとにダメダメである。お客さんが「ここでーす!」と教えてくれたので、仕事を先に進める。
「お母さんですか?」と聞かれ、「はい、そうなんです。金曜日はデイサービスがない日なんで、ウロウロしてしまって、勝手に外に出そうになるんですよ」と正直に話す。
「うちはまだ母親大丈夫かなあ」と言う40代のお客様。親がボケてないってほんとに羨ましい。ボケ始めて3年、ボケてない親子の楽しげな旅行とか、ランチの投稿とか見ると心が沈むもんね。一体どう言う差があって、こんなことになっちゃうって言うんだろう? 長年薬剤師として、みんなの健康を気遣ってきた母が、人より早く脳が壊れた。今でも信じられないし、信じたくない。長い夢であってほしい。

なんとか1人目のお客様を終えて、次の方の準備のためにバタバタしていると、まだ母が扉のあたりで立っていた。
「私、幼稚園に行って来ないといけないから、一人で歩いて行くわ」
と、また怖いことを言うので、「幼稚園って何? なんの用があるの? うちに幼稚園児なんていないし!」と、ど正論をぶつける。
「あの、あの、ほら、あそこよ、○○苑。あそこの電気敷布のコンセントが入りっぱなしになってるかもしれないから、見て来ないと…」
意味不明の会話に付き合っているほど、時間に余裕はなかったので、ついつい怒鳴り気味になる。
「そんなことはしなくていい! ○○苑に電気敷布はないから!」
「あるわよ!」
不毛なやりとりが続く。
「じゃあ、電話して言っておこうかしら?」
「やめて! 何もしなくていいから。とにかく家に入ってて。私、ここで仕事してるの。声かけられると仕事中断しないといけないのよ。わからなくなったらとにかく家から動かないで。外出禁止って書いてあるよね。出かけなきゃいけない時は、必ず迎えの人が来るから、一人で勝手なことしないで!」

言ってることが正しいかどうかはもうわからん。
イライラする。邪魔しないで欲しい。
ああ、先生、早く薬を増量して〜〜!(木曜日に処方箋を出してるので、金曜日朝はこれまで通りで土曜日の分から変更になるのであります)

なんとかギリギリ金曜の午後を乗り切って、どっと疲れた。
夫が帰ってきてそこの話をすると
「でも、ちゃんと聞いてから出かけようとするなら進歩じゃない? ちゃんと勝手に行ったらダメってわかったんじゃないの?」と、言った。
確かにそうだ。母の良いところを見つけられる夫はすごいけど、それって日中離れてる時間があるからだろうな。私だって話を聞くだけならそのぐらいのことを思う余裕もあるかもしれない。
とにかく、薬の増量に期待して、週末で気持ちを切り替えたいところ。

↓ボケてない親、羨ましい。
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追いかけてくる認知症の症状。

2024.05.24 08:34|未分類
訪問診療の日だった。先生には徘徊のことは話していないが、今までなかった「外出禁止」の貼り紙に、なんとなく何かを察したようだった。
いつも通り穏やかに、「最近のお身体の調子はいかがですか?何か困ったことはありませんか?」と母に聞く。
「嫌な夢をしょっちゅう見るんです。それで目が覚めて眠れなくなってしまったりします」
と、母が言った。
「最近はどんな夢を見たか覚えていらっしゃいますか?」
と、聞かれ、
「子供達を学校に行かせないといけないのに、何も準備ができていなくて慌てたり、実際に子供が小さいわけでもないのにおかしいですよね」
それって、嫌な夢なのか?と突っ込みたかったが、黙って聞いていた。
母の子供だった私としては、実際のことを思い返す。小学校1年生から自分の部屋があったので、私も姉も一人で寝るし、一人で学校の準備をして一人で宿題をしていた。とても自立した子供だったような気がする。最近のお母さんたちが、5年生くらいの子と、一緒に寝てあげるとかお風呂に入れてあげて…とか言ってるのを見聞きして、ええっ!と驚く。
私に至っては、幼稚園すら一人でバス(園バスじゃなくて普通の市内バス)に乗って家に帰ってきていた。首から定期券を下げるのが嬉しかった。昭和だねー。
何が言いたいかというと、母は実際はそんなに甲斐甲斐しく子供の世話をしていたわけじゃない(笑)。
ひたすら自分の仕事を頑張っていたように思う。学校から帰ってきても母がいないのは当たり前で、特別どうとも思っていなかった。それなのに、今になって、子供を学校に行かせないと、とか食べさせないと、とか世話しないと、とか言い出すのが不思議だなー。できなかったことをやろうとしてるのかな?
いやいや、あなた、夢に見るほど私の世話そんなにしてませんから! って言いたい(笑)。

先生は、私の方を向いて、何か困っていませんか? と聞いてくれた。
「元気すぎて、勝手にどこまでも歩いて行ってしまって困ってます。一人でデイサービスの施設に行こうとしてこないだも1.4キロ歩いて、迎えに行ったりして大変でした」
と、話すと、「元気なのはとてもいいことですけどね」と言って処方箋をじーっと見ていた。
血圧も安定してきて、むくみも減って、お腹も浣腸がいらなくなった。血液検査の結果も問題なし。
「いや、皆さんの頑張りとしっかりした見守りのおかげで、こんなに状態が良くなって本当に素晴らしいです」
と、先生が言った。私がなんか褒められたような気がして嬉しかった。

そして「今飲まれているお薬は、とてもお体に合っているのかなと思うんですよ。夢を見たり、落ち着かなくなったりっていう症状を和らげるために、今飲んでいるお薬の容量を少し増やしましょうか」と先生が言うと、母が、薬の種類について聞き始め、「もう少し様子を見ましょうか」とわかった風なことを言った!
ちょうどその瞬間に、デイサービスのお迎えの人が20分も早く来てしまったので私が玄関に出て行って応対していると、先生が追いかけてきて、母から見えない廊下で「お母さんはああ言っておられますが、メマンチンという脳の働きに作用する薬を増やそうと思います。今5mgで、上限は20mgですが10mgに増やしてみましょう」と言ったので、私はそれでお願いします!と言った。認知症は待った無し。増やすのをためらっていても、どんどん進んでいくだけだ。
私はこの先生を信頼していて、ちゃんと段階を経て増量してくれている。認知症の薬としては3種類飲んでいるが、そのうちの1つが翌日から増量となる。

訪問診療が終わって、母がデイサービスに出かけて行った後に、薬について調べてみたけれど、徘徊する人などを落ち着かせる作用があるようだ。これぞ待った無し! 今すぐ増やして欲しい! しかし、薬よりもデイサービスやデイケアの方が効果的ということも書かれていた。それもなんか納得できる。
頑張って調整して、デイサービスを週3回にしてから母の笑顔が増えた。

薬の容量が上限に近づいていくたびに、認知症の進行を実感する。レビー小体型の症状は比較的おさまっているものの、アルツハイマー型の症状が追いかけてきている。


↓徘徊から1週間。今日は何もありませんように!
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人ごとではないニュースに怯え。

2024.05.23 08:42|未分類
一応、穏やかな日が続いている。油断はできない。
もうだいぶ暖かい日が多くなったが、気がつくと母の家はストーブがつけられている。
慌てて家に入って、「ストーブはもう勘弁して!(本音)」と言うと、「だって寒いのよ〜」と言いながら、母はヒーターのスイッチをオフ。エアコンは暖房でオンされている。もう電気代がとんでもないのだからダブル使いは本当に本当にもうやめて欲しい。
ヘルパーさんたちは、さりげなく衣替えを進めてくれているようで、厚手のものは衣装ケースの中に入り、薄手のものとカーディガンのような組み合わせでラックにかけられている。とても助かる。

昨日は在宅日だったけど、私は午前も午後もぎっしり仕事で、母の気配にハラハラしながら仕事を終えて、いつも以上に疲れる気がする。これから繁忙期に入り、スケジュールがギッチギチ。頼むから急な呼び出しだけはやめてくれ!

ゴールデンウイークの頃、私の地元で、とある町に放置されていた廃墟で女性の遺体が見つかったと言う地方ニュースがあった。心霊スポットになっていた廃墟で、肝試しに入った若者が、前かがみになって座っている遺体を見つけた。それからしばらくして、その遺体の身元がわかり、3月末から行方不明になっていた69歳の女性だった。自宅から廃墟までは1.5キロほどだった。
ちょうど母が先日歩いて行った距離と同じくらいだ。
女性の夫がインタビューに答えているのをニュースで見たが、夕ご飯の買い物に出かけて帰ってこないことが月に1〜2回あったと言っていた。「朝買い物に行って帰ったこんで、次の日に買い物して帰ってくる」と、答えている夫。その日は夜はどこにおられるんですかと言う質問に「ホテルに泊まったりとか?」と言っていたが、その辺にさっと泊まれるビジネスホテルが乱立しているエリアでもない。さらに、1〜2回警察に保護されたこともあったと言っていた。
自転車に乗っていて転んで頭を打って入院したりしたこともあったそうだ。
記者が「認知症とかそう言うことは?」と質問すると、「そう言うことはない」と夫は断言していたのがとても気になった。いや、認知症の症状だらけじゃないか!
月に1〜2回帰ってこないなんて普通じゃない。買い物に行って、何をしてるのかわからなくなってウロウロするのは、うちの母も初期の頃によくあった。近所の人に助けられて家に戻ってきたが、私はそれから母を一人で買い物に行かせることを禁じた。買い物は全て私が代行し、調理もできなくなっている母の負担を減らすために、配食弁当を取り始めたのもその事件がきっかけだった。
69歳で、まさか認知症の訳はない。地域のゴミ当番もやっているし、買い物もしてるし、家事もやっている。
そんな家族の思い込みと薄い危機感が感じられて、私は本当に背筋がゾッとした。しかも、インタビューに答える夫が時々半笑いなところがますます怖かった。あまりのことにバグったのか…?

幸い、うちの近くには廃墟的なものもなく、歩いても歩いても街中で人がいる。それでも、歩き疲れてどこかに迷い込んでしまうこともあるかもしれない。その女性が、どんな気持ちで廃墟にたどり着いて腰掛けたのか。そして誰にも見つけられずに最後を迎えたことに胸が痛んだ。人ごとではない。
認知症スイッチが入っている時の母を思うと、虚ろに歩きまわって、疲れてどこかに座り込むことも想像できる。
鍵をかけるのも虐待。言葉で制止するのも虐待。私の貼り紙も虐待か?

「私はちゃんと一人で買い物も行けるのに、どうして行ってはいけないのか?」
と、ケアマネに愚痴を言っていたと言う母。幸い、ちゃんと信号を渡り、店に入り、レジをやって帰ってこられた。幸運だっただけなのだ。白米3パックが、ちゃんとした買い物か? 

これだけ母に関わって悩んで日々を過ごしてきて、悲しすぎる最後は嫌だ。でも、もうできることはやっているし、どんなに介護サービスを網羅していても、あとは運なのではないかと思ってしまう。

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病気になった親との距離感。

2024.05.22 08:38|未分類
火曜日、安らぎのデイサービスの日だった。
朝のヘルパーさんの連絡ノートを見ると、「入室すると、フォーマルウエアーを着ておられました。教会へ行くとおっしゃいましたが、今日はデイサービスですよと言って着替えていただきました」と書かれていた。
淡々と職務をこなすヘルパーさん。いちいちビックリもしないのだろう。私だったら大騒ぎして怒ってそうだ。
教会行くにしてもフォーマルウエアーの必要はないし、また誰かの葬式とか結婚式とかそんな夢でもみたのだろうか。

留守になった部屋に入ると、テーブルの上にパンが一つ一つ広げておいてあった。
また最近現れるようになった「子供達」に食べさせようと配ったのだろうか。消費期限をチェックして、過ぎたものは処分して、スーパーでまた新たに買い直してセットした。パンだけでは昼ごはんにならないし、飽きるのかもと思い、カップラーメン売り場でカップの蕎麦やカップのうどんを買った。作り方の欄をしっかり見て、「フタを開けてかやくとスープを取り出して…」などと買いてあるものは、棚に戻す。
「フタを開けてお湯を注いで3分待つ」
これ一択! このカップヌードルタイプのバリエーションを探すと、蕎麦やうどんやそうめんなどが見つかった。細々した小袋が入っていて、後からスープを入れて…とかそういうのは無理だけど、お湯を入れるだけなら母にもきっとできる。
コーヒーが自分で入れられるんだから!

夕方時間ができたので、東京の友達たちとZOOMでおしゃべり。なんでもないことでワイワイ話して笑って気が紛れる。でも、母の帰宅時間になって席を外した。出迎えて会話する。もうすぐヘルパーさんが来るとか、なんでもないことを話すのが結構大事だ。
デイサービスでは、母の実母の家の近所に住んでいるというおばあちゃんと一緒になったそうだ。
「耳が遠くてね、こーんなに耳の近くに行って話さないと聞こえないんだけど、とってもしっかりしていてね、一人暮らししてるんですって」
聞けば、100歳前後のおばあちゃんだそうだ。まあ、母の話がどこまで本当かはわからないけど、81歳の母が「おばあちゃん」と言うくらいだから、そのくらいの年齢差があってもおかしくない。
「一人暮らしで頑張ってるんだもの、ビックリよね。誰もおられないんですって。私も負けられないわ!頑張らないとね。私なんてあなたたちが近くにいて恵まれてるわよね。迷惑かけないようにしっかりしないと!」
と、言って母はニコっと笑ってガッツポーズをした。
その「しっかり」が別の方向に行って無駄にしっかりしようとされると困るわけなんだが、母が元気をもらって今の自分の生活に不満を言うわけでもなく、毎日を過ごそうと思ってくれるなら嬉しい。

「やっぱりね、子供だからって言っても、急に離れていたのが一緒に住むとか、生活のペースが違ってくるからうまく行くわけがないのよ。だから無理して誰か一緒に住まないとってならなくていいと思うのよ。100歳になっても一人で暮らしてる人もいるんだから。うちは、今ぐらいの距離がちょうどいいわ」
そう言う母の言葉は、病気になる前の母と同じだ。
おかしなところは多々あれど、考え方が変わったわけではなく、認知症になっても母は母だと思える部分があるとホッとする。私もまだ頑張れるかなって思える。親が病気になったからって、急に近づこうと頑張らなくてもいいよって言ってくれてるみたいで、あなたは十分やってくれてるわよって言われたみたいで。ま、言われてないけど(笑)。

問題は何も解決してないけど、気持ちの問題。意外と大事。
今日も母は笑顔で、私も怒ることなく。それだけで十分平和。



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鍵をかけて閉じ込めるのは高齢者虐待です。

2024.05.21 08:26|未分類
月曜在宅日。私も仕事が入っていて、ピリピリ。
昼前には母がやってきて、デイサービスの施設にはどうやって行くのか? お昼はどうするのか?と聞いてきた。
同じパターンである。勝手に行ってもどうにもならないことをまた繰り返し説明して、ついつい語気が荒くなる。
「私だけなら別にいいんだけど、子供達が来てるでしょう? あの子達はどうしたらいいのかしら?」
と、言いだした。これもレビー小体型の定番パターンである。

子供はいない。お母さん一人だけだよ。お昼ご飯毎日なくて困るんだったら、お昼もお弁当取ろうか? 私、何か買いに行ってこようか?
と、言ってみるものの、「私は別にいいのよ」と言いだす。もうわからん。
外出の引き金が「昼ごはん」がないってことなのなら、母が在宅する月水金だけ、お弁当の宅配を頼んで手渡ししてもらうのはどうだろうと夫と話していた。おそらく、問題はそこじゃなくて、弁当は余る。そうこうしているうちに夕方の弁当が届いて、弁当渋滞が起こる。どれが新しいおかずなのかわからなくなって混乱する。

なんか、そんなループにはまりそう。

ランチどきにヘルパーを入れることもできないし、私が世話をすることもできない。弁当の宅配で外出が止められるなら、弁当自体は捨ててもいいじゃないかと夫が言っていた。届くことが目的なのだから。
母だって、なんだっていいわけじゃないと思う。施設のご飯が美味しいのだと言っていた。美味しいお弁当ならいいけど、いつも同じようなものが届いても意味ないよね。ケアマネから情報収集しているが、地域柄もあってあまり選択肢がない。

母の外出防止に、「鍵」をつけて出られないようにしたら良い、とコメントもよくいただくのだけど、出られないように外側から鍵をつけて閉じ込めることは、「虐待」に当たるので、できないのです。
ケアマネにも「鍵をつけることは、身体的虐待に当たるので、私たちとしては、徘徊される方は、徘徊された時の対処についてしか考えられないんです。GPSで場所を特定するとか、ネームタグを工夫するとか」と、言われた。
自分でも調べてみたが、どれだけ認知症が重度の高齢者で危険だったとしても、外側から鍵をして閉じ込めることは高齢者虐待防止法に抵触する。
身体的虐待は、高齢者の身体に暴力を加えたり外傷が生じなくても、外部との接触を意図的に継続的に遮断する行為も含まれる。自宅に閉じ込められた高齢者が苦痛を感じると、心理的虐待にも該当してしまう。

確かに、鍵をつけて外に出さないのが徘徊防止にはなるものの、もしもそれをやり始めたら母はどうなるのか? ヘルパーさんが来て、帰るときに鍵をかける? 弁当屋さんが来るときに鍵が開いて? 夜もまた閉められる。朝も、昼も。いつなら鍵は開けられる? 考え始めたら、やっぱりそれはできないと思う。ずっと閉じ込めておくなら、在宅介護に意味はあるのか? 母が母らしく自宅で安全に生活してくれるように、介護サービスを網羅して気を張って生活している。閉じ込めるのは私の本意ではなかったので、虐待だとはっきり言ってもらえて逆にスッキリした。

「外出するのが危険」という危険回避は、徘徊によって何かが起こって責められないようにするための、自分たちの危険回避なのではないか? と書かれていた。確かにそうかもしれないと思う。そうは言ってもね…っていう気持ちもある。
ショートステイを継続的に利用しながら、生活を整えて行こうと方向性が決まったばかりで、たまたま5月はショートの予約が取れずこんな事件が起きてしまった。私と夫は、諦めず母と対話を続けて、繰り返し言い聞かせるしかない。
とにかく6月のショートステイが待ち遠しい…。


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