トランクルームに住む「ワーキングプア」、劣悪環境で暮らす「ネットカフェ難民」、母の遺骨と暮らす「車中泊者」、田舎暮らしで失敗した「転職漂流者」、マスク転売をする「新型コロナで失職した男」……etc.
貧困問題に鋭く切り込み、ネットで大論争を巻き起こした週刊SPA!「年収100万円」シリーズが、追加取材による大幅に加筆・修正して書籍化! 憧れを抱き上京したはずの東京で、絶望しながらも、年収100万円前後で必死に生きる16人の叫びを収録したノンフィクション。各章の考察コラムには、自身も困窮家庭出身である新進気鋭のジャーナリスト・吉川ばんび氏が担当している。
4月30日発売、
「年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-」(扶桑社新書)から今回は収録されるエピソードを1人公開。ゴミ屋敷で暮らす男性が、生活保護受給に至るまでの経緯とは?
令和2年4月30日発売、登場人物16人、吉川氏の考察も含め、自身の人生を考えさせられる一冊
後遺症と毒親の呪縛に苦しむ「ゴミ屋敷に暮らす生活保護受給者」
●大森雄二さん(仮名・38歳)男性
積み上がったゴミ山の上で、菓子パンを食べる大森さん
「ちょっと散らかっていますが……大丈夫ですか?」
大森雄二さん(仮名・38歳)に訪問取材のお願いで電話連絡した際、部屋の様子を何度も「散らかっている」と説明していたのが気になっていた。その理由は、ドアを開けるとすぐに理解できた。笑顔で招き入れる大森さんの表情とは裏腹に、その背後には目眩(めまい)がするほどのゴミの山がそびえ立っていた。
大森さんは東京で月13万円の生活保護を受給しながら、必死にもがき続けているひとりだ。現状について話を聞くため、板橋区の大山駅にほど近い住宅街のアパートを訪ねた。
木造、築51年。大森さん曰く、全6室のうち5部屋に生活保護受給者が住んでいて、「大家は生活保護住宅扶助に合わせて家賃を設定している」という。新築戸建てが立ち並ぶ朗らかな住宅街の一角で、昭和の雰囲気を残す老朽化した建物は、一種独特な雰囲気を醸し出していた。
A3用紙2枚分程度の玄関の三和土(たたき)には、踏みつぶされて平らになった運動靴が散乱。そこから続く4畳二間の部屋は間仕切りの戸が倒壊し、奥の部屋までビッシリとビニール袋や衣類が積み上がっているのがわかる。
玄関脇の台所には段ボール箱がうずたかく積み上げられ、その上には濁った水が張られた洗面器が無造作に置かれている。ユニットバスのドアは蝶番(ちょうつがい)が乱暴に外され、バスタブのなかに立てかけられていた。
「物が多い部屋なんで、土足で入っていいですよ」
腰の高さまで積み上がったゴミを踏み分けて部屋の中央へ進むと、山の頂上に座るよう勧められた。天井の照明器具からはクモの巣が張り巡らされ、顔の近くで揺らいていたが、大森さんは気にも留めない。壮絶に汚れた部屋にしてはにおいが少ないと思いきや、時折、腐った卵のような強烈な刺激臭が顔に吹きつける。部屋の中に、どこからか風が吹き込んでいた。
閉じない窓とモノクロの世界
「窓がきちんと閉められなくて、隙間風が入ってきてしまうんですよ。寒くないですか? こんな部屋の状況を見られたくないのもあって、大家に修理も頼めず、そのままにしているんです。エアコンも故障しているけれど、何年も放置しています」
居室の窓の一部は、東日本大震災のときに激しい揺れで窓枠が歪んでしまい、閉まらなくなったのだという。おかげで夏は蒸し風呂、冬は極寒状態だ。窓の隙間からは、隣接する新築戸建てのリビングが見えた。風に揺れる庭の樹木と黄色いカーテン。近隣の子どもの笑い声が聞こえる。ホコリと異臭に覆われて色彩を失った室内から見る外の世界は、あまりにも眩しい。大森さんは、近くに落ちていた段ボール箱を拾うとサッと隙間を覆った。
「昨夏、体調が悪くなり救急車を呼んだのですが、待つ間に意識を失って倒れてしまったんです。でも、窓が開いていたため救急隊員が外から声をかけてくれ、目が覚めました。あるときは、栄養失調で気絶しているところを、遊ぶ約束をしていた友人が家まで訪ねてきて発見してくれたこともあります。
『外から確認できたおかげで命拾いしたね』と言われていい面もあるけれど、台風の日は部屋の中まで嵐になるんです。大切な書類がいくつか飛んでしまい、部屋のどこにあるのかわからなくなりました」
貧困さゆえ度重なる栄養失調に悩まされているというが、部屋にはコンビニの総菜パンの袋が散乱している。大森さんが“捨てられない”状態になったのは、生活保護受給のため現在のアパートに転居してからだ。うつと関節炎を抱えており、片付けられない家財道具とゴミが混然一体に積み上がる一方になった。
「一度、区の保護司さんがこの状況を見かねて家財処分料が支給されるよう手配をしてくれて、清掃業者を呼んだことがあります。作業のために『事前にいるモノといらないモノに分別するように』と言われましたが、それが難しいんですよね」
結局、業者は表層の目につく生ゴミを処理しただけで、部屋の中が整理整頓されることはなかった。近隣からは『くさいアパート』と呼ばれていることも知っているが、自分ではもう処理はできないという。
「だいぶ荷物は減りましたが、あっという間に元通り。現在は清掃バイトで高級レストランのフロアを掃除しているくせに、僕、自宅の掃除はできないんです。この下には、レアなマンガがたくさんある。あの棚は、(手前にゴミの山があり)もう手が届かないけれど、マニア垂涎のマンガがある。この部屋は『ガラクタばかり』じゃない。お宝が眠っているんですよ」
大森さんが指さす足元には衣類が入ったビニール袋と、ペットボトルが散乱しており、価値ある本が眠る気配は感じられなかった。「オークションにかければかなりの値がつく小説もある」と豪語するが、果たして、売れる状態で保管されているのだろうか。
「人は離れていくけれど、モノは離れない。手放せるわけがありません」
チラシや段ボール箱、正体不明の液体で湿ったビニール袋の上にどかっと座り、大森さんは周囲を愛おしそうに眺めた。この状況でも、大森さんが飄々としていられる理由は何なのだろうか……。