メルカリでドラえもんグッズを売ったら… 届いた感謝、見えた貧困
アニメの「ドラえもん」のキャラクターが描かれた、鉛筆や消しゴムなどの文具――。
2017年5月、当時、秋田県でフリーライターの仕事をしていた40代女性が、フリーマーケットサイト「メルカリ」に出品した文房具たちだ。
実家に眠っていた「お宝」だったが、昔のアニメグッズで、最近の画風とは少し違う。
「今の子供は欲しがらないかな。けど、古参ファンなら買ってくれるかも」
そんな軽い気持ちで出品した。早めに売り切るため、出品価格も元値以下の300円前後にした。
女性には「1円」でも集めたい目標があった。
半年後にフィンランドで開かれる経済イベントを取材したかった。往復の航空券代と2週間の滞在費が必要で、なんとか20万円前後を集めたかった。だから、「お宝」でも何かの足しになれば、という気持ちだった。
「ドラえもんファン」かと思ったら
出品して数日経ったころだ。
出品物の一つの商品ページに、丁寧な文面でコメントが書き込まれていた。
「こちらのお品物に加え、他の文房具もまとめて購入させていただいてもよろしいでしょうか?」
なぜだろうか――。
不思議に思いながらも、「こんな昔のグッズをまとめ買いするなんて、気合の入ったドラえもんファンに違いない」と喜んでしまった。
約10品目の文房具は、おまけで大幅に値下げして、まとめて千円あまりで購入してもらった。
すると、購入者から丁寧な言葉遣いの長文メッセージが届いた。
「実は…」想像もしなかった事情
「この度は大変良いものを格安で譲ってくださり、本当に助かりました」
繰り返し、感謝の思いが書かれていた。
これまで何百とメルカリで売買をしてきたが、こんなことは初めてだった。
驚きながら読み進めると、想像もしなかった事情がつづられていた。
「実は、うちの子どもが学校で使う学用品をそろえられなくて困っていました」
「安く、こんなに多くの文房具を譲ってくださり、ありがたいです」
「子どもにも、素敵な品物を大事に使うように、よく伝えておきます」
購入者の子供は小学校に上がったばかりなのだろうか。キャラクターものの文房具は、そんなに珍しいものじゃないけれど、自分が出品した古いドラえもんの文房具が、こんなに誰かの役に立つとは思わなかった。
女性は、そんなメッセージに対して「どういたしまして。気に入って頂いたようで幸いです。また機会があればお願いします」とだけ返信した。
それ以上、何と言葉をかければいいか分からなかった。
「子供に喜んでもらえて良かった」と感じた半面、思わぬ形で、困窮した家庭事情を打ち明けられたからだ。
「文房具すら中古で買うほど、日本は貧しい国になったのかな」
そう思った。
フィンランドとの落差に驚き
半年後に念願果たして訪れたフィンランドでは、さらに驚くような光景が広がっていた。小学校から大学まで授業料はかからず、小中学校では文房具や教科書などの学用品も全て無料で配られる。
大学院の博士課程に進めば、無料どころか給料までもらえることもあるのだと聞いた。経済イベントでは、起業や海外進出の意欲が旺盛な若者と世界各地の投資家たちが交流していた。
「お金のことを心配せずに学び続けられる環境があるからこそ、若者たちは生き生きとできるんだな」
日本にも小中学生向けの学用品などを国が支援する「就学援助制度」がある。
だが、補助額や対象世帯には制限がある。「義務教育は『無料』のはずなのに、実際は別。日本は、ゼロから教育施策を考え直した方がいいのでは」
女性は、そう考えるようになった。
トンボ鉛筆もヤマトのりも値上げ
文部科学省の学習費に関する調査によると、2021年、公立小学校での家庭の平均負担額は児童1人あたり約6万6千円。このうち、図書や学用品などは約2万4千円(36・8%)で、最も多い負担項目となっている。
この項目だけでも、小学校6年間で15万円近くが必要になり、家計の大きな負担となっている。
特に文房具類は近年、原材料費などの高騰を背景に値上げが相次ぐ。
大手文具メーカー「トンボ鉛筆」(東京)は昨年10月~今年5月、鉛筆など37品目を平均16・5%、消しゴムなど65品目を平均14%、それぞれ値上げした。
同じく大手の「ぺんてる」(東京)も昨年10月以降、色鉛筆など9品目について、10~700円ほど価格を上乗せしている。
のり・接着剤を作る「ヤマト」(東京)も、昨年11月、液状のり「アラビックヤマト」を187円から220円に値上げした。
入学シーズン 学用品の取引増える傾向
文房具などの学用品は、入学シーズンになると、フリマサイトでは需要が高まる傾向がある。
メルカリによると、「学用品」という単語を含む昨年2~4月の取引は、21年11月~昨年1月と比べ、3倍近くあった。年間取引数で見ると、昨年はコロナ禍前の18年に比べ、倍近くまで増えているという。巣ごもり需要に加え、コロナ禍の貧困も背景にあるとみられる。
困窮世帯に食料品や文房具を届けているNPO法人「キッズドア」(東京)の広報担当者はこう話す。
「子どものいる家庭にとって、文房具は必需品だが、消耗しやすく、高価なものも多い。コロナ禍で家計が苦しい中、値上げが追い打ちとなって、新品が買いづらい家庭も多いのではないか」
キッズドアではコロナ禍以降の3年間で、ノートや鉛筆などの文房具を、のべ2万人超の子どもに配ってきたという。文房具を受け取った子どもの一人は、こんなお礼の言葉をキッズドアに寄せた。
「こんなにいいシャーペンを持った事がなかったので、とてもうれしいです」
キッズドアのスタッフの誰もが、700円ほどのシャーペン1本にここまで喜んでくれる子どもがいるとは、思いもしなかったという。
困窮世帯の家庭では、まず優先されるのは命に直結する食費だ。その結果、子どもの学習にかかわる文房具の費用は後回しにされがちだ。
明るい未来の象徴であるはずの「ドラえもん」が、文房具をめぐる貧困問題の「今」をあぶり出している。
最近値上げされた文房具の一例
「ゴム付き鉛筆 2558」12本入り(トンボ鉛筆):792円→924円(2022年10月~)
「MONO もっとかる~く消せる消しゴム」1個(トンボ鉛筆):110円→132円(今年6月~)
液状のり「アラビックヤマト」1本(ヤマト):187円→220円(2022年11月~)
色鉛筆「ぺんてるパスティック 12色」(ぺんてる):990円→1122円(2022年10月~)
※全て税込み、希望小売価格