強くなるために学んだ中国語 苦境の石川佳純を支えたファンの言葉
長年にわたり日本の卓球界を引っ張ってきた石川佳純さん(30)は、流暢(りゅうちょう)な中国語を話せることでも知られています。5月の引退会見では、中国メディアからの質問に中国語で的確に答え、日本語通訳まで自らこなす姿が話題になりました。
「学校で中国語を学んだことはない」という石川さんは、一体どのようにして中国語を身につけたのでしょうか。原点にあった、卓球でもっと強くなりたいという思いと、間違いを恐れずに言葉を発し続けた姿勢。石川さんの心の支えとなった中国人ファンたちとの絆についても聞きました。
――中国語と初めて出会ったのはいつですか。
「私は山口市出身ですが、卓球留学のような形で大阪の中学に入学しました。そこで、4、5人の中国人コーチたちが話す中国語を聞いたのが初めてでした。生徒たちには日本語で指示を出すのですが、コーチ同士では中国語で話していました。中国語を初めて聞いた印象は、強めの発音で難しそうだなというものでした」
――中国という国に対しては、どのようなイメージを持っていましたか。
「私は7歳から卓球をしていたので、中国は卓球が世界一強い国だというイメージでした。小学生のときは、オリンピックで金メダルを取った張怡寧選手が大好きで、毎日試合のビデオを見ていました。完全無欠のチャンピオンという感じでした」
――中国語をどのように学んでいったのですか。
「中学で中国人コーチが話している中国語を自分もわかるようになりたい、と思ったのがきっかけです。言葉がわかることで、コーチの教えをじかに吸収して、自分の卓球のレベルもきっと上がるだろうと思ったんです」
「中国語を学校で勉強したということはなくて、毎日の卓球の練習の中でちょっとずつ単語を教えてもらって、それを少し使って交流して、と繰り返すうちに、だんだん会話もできるようになっていきました」
「最初に教えてもらった単語は、フォアハンドの『正手(チョンショウ)』とバックハンドの『反手(ファンショウ)』でした。その後、サーブ『発球(ファーチウ)』、レシーブ『接発球(チエファーチウ)』というように、単語がつながり、ひも付けて覚えていくという感じでした」
自分なりのさまざまな方法で、徐々に中国語を身につけていく石川佳純さん。記事後半では、苦しかった東京オリンピックの代表選考レースで、中国のファンたちに心を支えられたことについても語ってくれました。
「覚えた単語をノートに書いたことも何度かあったんですが、面倒で2ページぐらいしか続きませんでした(笑)。でも、毎日毎日聞いていると、最初は覚えられなくても、1週間ぐらいたつと聞いてわかるようになるんです。その『わかる、わかる』という発見が楽しくなってきました」
アイスクリームが食べたいのに……
――自分なりの中国語習得法は何かありましたか。
「中国に試合に行った時に知…
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- 【視点】
私は中国語を学んで30年を超えましたが、日本語話者の中国語として、石川さんのレベルは驚くほど高いと感じます。そんな石川さんが「学校で中国語を学んだことはない」とはビックリしましたが、同じく学校で日本語を学んだ経験を持たない、石川さんと同世代
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