米国で広がるオリヴィア・ロドリゴ旋風 熱狂や執着、偏見を読み解く

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ライター・竹田ダニエル=寄稿
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Re:Ron連載「竹田ダニエル 私たちがつくる未来」 第1回

 アメリカの歌手、オリヴィア・ロドリゴが今、「若い女性アーティスト」のあり方の可能性を抜本的に変えている。

 オリヴィアは一世代に一人の才能の持ち主だと言われる。レファレンスやオマージュを多く取り入れた楽曲のクオリティーの高さやスタイルの可能性のみならず、若い女性アーティストとしての評価のされ方などが、ポップミュージックの未来の体現だとしてデビュー以来、注目され続けている。

 私自身、彼女が提起する「社会的な“普通”への抵抗」や、Z世代のリアルな声を表現する姿、そしてここまで社会全体で議論されるほどの存在であることに、大きな関心を抱いた。アジア系アメリカ人(フィリピン系ミックス)である彼女が、様々なアイデンティティーの「代弁者」として多くを背負わされていることも事実だ。

 連載初回となる今回、オリヴィアを取り巻く議論や、Z世代やミレニアル世代が彼女に熱狂(もしくは執着)する背景について分析したい。

 デビュー曲「ドライバーズ・ライセンス」は全米・全英シングルチャート初登場1位、Spotifyではグローバル週間再生数歴代1位を獲得、そしてデビューアルバム「サワー」をリリース後はグラミー賞を3部門で受賞した。

 9月8日にリリースされたセカンドアルバム「ガッツ」は米音楽メディア「ピッチフォーク・メディア」で異例の8.0点という高評価を得た。「ガッツ」は全12曲が、「ヴァンパイア」を筆頭に米ビルボードHot100のトップ40にチャートイン。リリースしたアルバム2枚が連続で全曲、トップ40にチャートインするのは史上初だ。

聴けば聴くほど「世代を超えて議論を起こす」

 この新アルバムは、聴けば聴くほど「世代を超えて議論を起こす」、自覚的で矛盾ばかりで不完全で完璧なアルバムだ。俳優出身である彼女ならではのメタ的な表現力、ポップミュージックの歴史を強力な味方につけたストーリーテリングも圧巻で、「一世代に一人の才能」と称賛される理由が強く伝わる作品になっている。ストリーミングの時代において、なかなか生まれない「ポップスター」としての地位を、このアルバムをもって彼女は確実に確立しているのだ。

 先行リリースシングルである「ヴァンパイア」と「バッド・アイディア・ライト?」に着目するだけでも、ものすごくたくさんの分析ができるし、様々なアーティストからのインスピレーションもたどれる。バラード調のコード進行はレディオヘッドの「クリープ」を、ポストパンクのサウンドはブライアン・ウィルソン、トーキングヘッズ、ウェット・レッグなどをほうふつとさせる。

 しかし、彼女の音楽を理解するには単なる「インスピレーション」や「レファレンス」と比較するよりも、様々な音楽のスタイルを使って、どのように彼女自身のストーリーを描くのかに注目した方が、作品全体もより一層楽しめる。彼女は様々なアーティストの影響を受けながら、盗んでいるのではなく、全く新たな景色を描くためにポップミュージックをパレットとして活用している。ポップミュージックを徹底的に分析するポッドキャスト「Switched on Pop」のオリヴィア・ロドリゴ特集の回でも、彼女の楽曲の正しい解釈は、彼女は影響を受けるだけの媒体ではなく、そのテーマや「音楽性」を自分のものにして、ストーリーを展開できることにある、と話している。

「Z世代最強のアーティスト」

 ロックというサウンドや世界観が持つ可能性に乗せて、怒りや悲しみ、恨みや不安を皮肉と自覚性もりもりに表現。日記に必死に書き込むようなスピード感ある語り口調のリリックや、彼女にしかできない「ボーカリスト」としての異次元のバラードも、現在の音楽シーンにおいては唯一無二の存在感を放つ。どの世代から見ても違う楽しみ方ができる。

 当事者性を持つティーンとしても、過去の自分を見られているようで恥ずかしいと思う大人の女性としても、ロックサウンドに回帰してくれて興味を持つロック好きの大人としても、誰が見ても否定しようのない「Z世代最強のアーティスト」であることは間違いない。「Z世代のティーン女子」が感じる独特で複雑な感情を、信じられないほどのディテールで、リリックだけでなく、メロディーやトラックでまで表現できるほどの完成度の高さが評価されている。

 会わない方が良い元カレに会いに行く背徳感をミュージカル調に歌った「バッド・アイディア・ライト?」、曲の途中でビートチェンジを入れ込み、まるで吸血鬼に追いかけられているかのような緊迫感あるアレンジに載せ、日記を読み上げるような赤裸々な歌詞で恋愛で搾取される悲しみを表現した「ヴァンパイア」、そして元彼への未練と悔しさを「彼のハートを壊したい、そして縫い直したい、彼の顔にキスしたい、アッパーカットで」という歌詞で自分でも整理できないようなめちゃくちゃな失恋の感情を叫びながら歌う「ゲット・ヒム・バック!」。著書『世界と私のA to Z』でも書いたが、「搾取されないアーティスト」としての当事者性が最大の武器になっているのだ。

 そんな中、オリヴィアの新アルバムが、リリースとともにアメリカで大きな議論を巻き起こしている。アルバム1曲目に収録されている「オール・アメリカン・ビッチ」のリハーサル映像がX(旧ツイッター)で話題になった。「優しくて笑顔で可愛い女の子でいるべきだ」という社会からのプレッシャーに中指を立て、途中で奇声を発するアルバム1曲目のポップパンクな曲だが、それに対する意見が真っ二つに分かれた。

 大きく話題になったのは、「…

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