「日本一小さな高速バス会社」どう育てた 急逝の前社長が残した軌跡
福家司
創業時に「日本一小さい高速路線バス会社」と呼ばれた会社が高松市にある。現在は共同運行便を含めて全国10都市37カ所を結ぶ四国高速バス。
急拡大の立役者といわれ、5月に急逝した前社長の白川統人(おさひと)さん(享年81)の軌跡を、側近として苦楽を共にした関係者の証言からたどった。
四国高速バスは、瀬戸大橋が開通した1988年、コトデンバス、大川自動車、琴平参宮電鉄の香川県のバス会社3社が株主となって設立された。
背景には、東京への高速バス路線計画を競い合っていた3社が「共倒れ」を回避するねらいがあった。
当時26歳で、夫の転勤で関西から高松に転居したばかりの宮成志津江さん(61)は、事務員として採用された。ほぼ同じ時期に、46歳だった白川さんは支配人に就任した。以後35年、宮成さんは白川さんの仕事ぶりをそばで見ることになった。
新会社設立時の陣容は、バス2台と運転手5人。
もろみときゅうり持参し、路線認可を直談判
当初はコトデンバス運輸課長…