結束できぬ韓国保守勢力、「有名人頼み」の弊害 今後も厳しい戦いか
ソウル=牧野愛博
韓国合同捜査本部は15日、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を内乱罪の疑いで拘束した。韓国メディアによれば、与党「国民の力」所属議員108人のうち、尹氏が立てこもった大統領公邸に駆け付けたのは30人程度だった。同党関係者らは、結束できない理由について、大統領選ごとに有名人の候補を頼り、党の改革が遅れた結果だと語る。
21世紀に入り、韓国保守政党は「ハンナラ党」「セヌリ党」「自由韓国党」「未来統合党」「国民の力」と5回も党名を変えた。イメージカラーも青から赤に変え、「党」という言葉も外した。同党関係者は「それだけ、大規模な変革を迫られているからだ」と話す。
韓国保守の源流は、1948年建国当時の李承晩(イスンマン)政権と、61年から79年まで続いた朴正熙(パクチョンヒ)政権だ。これに、金大中(キムデジュン)、金泳三(キムヨンサム)両元大統領、金鍾泌(キムジョンピル)元首相の「3金政治」が加わり、政党組織よりも、有名な政治家が中心になった政治が長く展開された。
こうした有名な政治家が一線…