菅瀬晶子・文、平澤朋子・絵『ウンム・アーザルのキッチン』(福音館書店)を読む。本書は、『月刊たくさんのふしぎ』2024年6月号になる。朝日新聞書評委員が選ぶ「今年の3点」で長沢美津子が推薦していた。
本書は実話の絵本で菅瀬晶子文、平澤朋子絵の「ウンム・アーザルのキッチン」。難しい立場を生きるイスラエルのアラブ人女性の半生を、台所での日常から描く。人を幸せにする料理の数々に、紛争さえなければと。既刊号だが書店から注文可。
著者の菅瀬晶子は国立民族学博物館に所属し、1993年以来、パレスチナ・イスラエルに関り続け、主にキリスト教コミュニティの文化や、彼らがイスラム教徒と共有する聖者崇敬について研究している、と略歴にある。
本書に描かれているウンム・アーザルはイスラエルのハイファに住んでいる。彼女はアラブ人であるが、イスラム教徒ではなく少数派のキリスト教徒で、ユダヤ教のイスラエルでは二重の少数派になる。
菅瀬は長い間ウンム・アーザルの家に住んで、文化人類学の研究をしてきた。しかし、子供向けの本書では難しい話はしないで、ウンム・アーザルの日常について、特に彼女のキッチンを中心に家族関係などを描いている。羊のひき肉に米を混ぜてスパイスなどで味付けしたものを軽く茹でたブドウの葉にまいて炊いたワラク・ダワーリーという料理、これはアラブ人の大好物だという。
本書を読むことによって、イスラエルのアラブ人が身近に感じられるようになった。イスラエルによるパレスチナへの攻撃などによって、たくさんの死傷者が伝えられている。彼らの生活が分からないとそれらの死者は数字にしかならないが、こうして彼らの生活を知ることによって身近な死者になって伝わってくる。
以前、ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』(河出文庫)という優れたパレスチナ文学を読むことによって、パレスチナの問題が生々しく迫ってきた経験がある。
子供たちのために書かれたこの絵本が大人たちのためにも大事なことを伝えている。
・ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』(河出文庫)を読む