朗読の深さ、味わって 樫山文枝さん、鳥取公演を前に意気込み
女優の樫山文枝さんらによる朗読劇が10日、鳥取市で開かれる。演劇はコロナ禍で一時、休演を余儀なくされる時期もあった。ふつうの生活が少しずつ取り戻される中で、樫山さんはどんな思いを胸に鳥取の舞台に立つのかを聞いた。
私がお読みするのは「夜の辛夷(こぶし)」という山本周五郎短編です。子どものために岡場所という特殊な場所に身を沈めた女性の物語で、さっと読めば何でもないけど、朗読する人間によって全然違うと感じてもらえるような作品だと思います。
朗読と言えば、私が中学生まで、母が寝る前に本を読んでくれました。何の抑揚もなく淡々と。妹と2人、布団の中で楽しみにしていたものです。
私は女優として、一人ひとりの人物の個性を声で描ききるとともに、うねりのある物語を理解してもらえるよう読みたいと思っています。照明も音楽も駆使して集中して聞いていただけるような空間を作りますので、朗読の深さや楽しさをぜひ味わっていただきたい。
2年前から全国各地を回って篠田(三郎)さんとの朗読会を開いていますが、地方の人たちに聞いてもらえることはすごくうれしいことです。
コロナが起きた2020年の春、私は演劇鑑賞会の催しで中国地方を訪れていました。その後、次々に公演が中止になっていき、鑑賞会が壊滅状態になった地方も現れました。一方で、大きな舞台を呼ぶ力はなくなったけど、2人の朗読なら続けられると頑張ってくれた団体もありました。
一度なくしたものをもう一度立ち上げるのは容易なことではありません。文化に触れたいという方々のために、ほんの少しでも残っている火種にまきをくべる役割を果たせているのかな、と思います。
鳥取へはテレビの旅番組で訪れたことがあります。鳥取砂丘で遊び、漆の椀(わん)やお盆といった工芸品を作っているところを見て感動しました。梨やスイカやラッキョウ、食べ物もおいしい。すごく楽しみです。
劇場という遮断された空間で、面と向かって対峙(たいじ)できるのはぜいたくな時間です。日常の憂(う)さから離れ、物語と向き合った自分の心に何が触れてくるのか。今回の二つの作品はメッセージもたくらみもない、ただ一生懸命生きている人の姿から何かを感じ取ってもらえるのでは、と期待しています。
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かしやま・ふみえ 1963年、劇団民藝に入団。66年、NHKの連続テレビ小説「おはなはん」のヒロインを演じ、ゴールデンアロー賞特別賞を受けた。主な出演作に「海霧」(舞台、紀伊国屋演劇賞個人賞)「男はつらいよ」(映画)など。ナレーションの名手としても知られる。夫は俳優の故・綿引勝彦さん。
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劇団民藝「篠田三郎・樫山文枝 文学の夕べ」は10日午後2時から、鳥取市吉方温泉3丁目の市文化ホール(0857・27・5181)で。第1部で藤沢周平「山桜」を篠田さんが、第2部で樫山さんが朗読する。2021年6月の宮崎市を皮切りに和歌山市や長崎市、広島県呉市など14カ所で上演されている。