処理水放出決定、宮城の漁業者から不満相次ぐ 風評被害、広がる懸念
東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出開始が正式に決まった22日、全国有数の漁業産出額を誇る宮城県内の漁業関係者からは、不満の声が相次いだ。政府側が「関係者の一定の理解を得た」と強調する中、風評被害が始まっているとして現場では懸念が広がっている。
「漁業者のみなさまに寄り添いながら、政府一丸となって取り組みを進めてまいりたい」
岸田文雄首相が24日にも海洋放出を始めると表明した約3時間後。太田房江・経済産業副大臣が県庁を訪れ、村井嘉浩知事に政府の方針への理解を求めた。
約15分間の面談で、太田氏は今年7月に国際原子力機関(IAEA)が公表した「国際的な安全基準に合致する」とする報告書などに触れ、「現時点で準備できる万全の安全確保や風評対策、なりわい継続支援を講じている」と説明した。
村井知事は、県の漁業産出額が東日本大震災前の水準に戻りつつあるとし、「復興に向けたこれまでの努力と成果が水泡に帰すことがないよう、風評対策をはじめとする取り組みや支援策をお願いしたい」と要望。中国や香港などが禁輸措置を検討していることで「すでに風評被害が発生している」と釘を刺した。
東電についても「震災後、誠意に欠けるところがあった」とし、風評被害の賠償について「東電任せにせず、国が責任を持ってしっかりと指導していただきたい」と求めた。
面談後、村井知事は報道陣の取材に「政府の決意が見て取れた」と評価。宮城の水産物について「安全であるという科学的な根拠を持ってPRしていきたい」と述べ、県も風評対策に取り組む考えを示した。
ただ、現場には不安の声が根強く残る。
県内の漁業関係者を代表して放出に反対してきた県漁業協同組合の寺沢春彦組合長は同日午後、報道陣に「風評対策への道筋がつけられないままの発表で、我々の思いは通じていなかったなという思いがある」と吐露。「我々は『放出』自体に理解を示しているわけではない。そこははっきり申し上げておきたい」と強調した。
寺沢組合長によると、7月末で漁期の終わった素潜り漁のアワビの取引価格が6月10日時点から実質3割下落した。「放出の完遂まで『全責任を負う』とした国の約束を果たしてもらいたい。事前にしっかり賠償基準や風評対策を決めてから放出されるべきではなかったか。納得がいかない」と語った。
気仙沼漁業協同組合の斎藤徹夫組合長も「受け入れがたい。風評は必ず発生する」とし、「カツオは南から北へ、サンマは北から南へ移動する。宮城産とならないよう、あえて千葉や北海道で水揚げする動きも考えられる」と懸念した。
気仙沼市魚市場を拠点に水産物の加工・販売を手がける「阿部長商店」の阿部泰浩社長は「東南アジアの華僑の間で日本産食品の不買運動が起きそうだ、との情報もグループの地域商社に寄せられているので心配だ」と語った。「風評被害が起きたら東電には真摯(しんし)に対応してもらいたい」と水産業全般への対応を求めた。
名取市閖上漁港で、アカガイなどをとる漁師の出雲浩行さん(58)は「首相の言う通り責任を持って、補償を最後まできちっとやってほしい」と話した。
9月に漁期が始まる閖上のアカガイは、高級すしネタで知られ、一部は輸出もされている。今年春にはキロ6千円の高値がついた。「風評被害に補償するというが、どの価格を基準にするかや、対象地域が示されていないのが不満だ」
気仙沼市の菅原茂市長は22日の定例会見で、「漁業者が反対のまま放出にいたることは誠に残念」とし、「絶対に避けなければならないのは放出のトラブルだ」と強調。石巻市の斎藤正美市長は「大多数の方の安全性に対する理解が得られていない状況であり、国と東電は全責任を持って対処されることを強く求める」との談話を出した。
一方、仙台市の郡和子市長は同日の定例会見で、首相が福島を訪れ、全国漁業協同組合連合会の幹部と面会したことに触れ、「丁寧に説明をしてもらいたいということについては、応えていただけているのではないか。一定程度評価する」と述べた。
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