流される車、言葉を詰まらせたエースアナ やっと足を運べたあの街で
「石原慎太郎・東京都知事が4選出馬へ」が、夜のトップニュース候補のはずだった。
2011年3月11日金曜日の午後。
NHK「ニュース7」のキャスターだった武田真一さん(56)は、都議会での立候補表明を映像で見届け、ひと息ついていた。トイレで手を洗い終えた直後、東京・渋谷の放送センターがグラグラッと、揺れた。
ニュースセンターに駆け込む。放送は国会中継から緊急番組に切り替わった。ピロピロピロと、大津波警報を知らせる信号音が鳴る。
2階のスタジオで先にキャスター席に着いたのは、正午のニュースを担当していた後輩の横尾泰輔アナウンサー(48)だ。
次々更新される津波観測情報、東北沿岸部に設置したカメラ映像、東京の火災の様子。状況を刻々と伝える横尾アナの隣で、サポートを続けた。
その場にいた先輩アナが武田さんに言った。
「何やってるんだ。すぐ着替えてこい。お前がやるんだ」
きっと未曽有の大災害になる。エースアナの出番だった。
地震から約1時間後の午後3時47分、キャスターを交代した。6分後、NHKヘリの空撮映像が飛び込んでくる。
仙台市南部を流れる名取川の河口から、津波が波頭をたてて遡上(そじょう)していた。ヘリが旋回すると、地上の集落がのみこまれるさまが映し出された。
「黒い波が今、住宅や畑をのみこんでいきます」
「海岸や河口付近から、早く安全な高台に避難してください」
NHKのアーカイブには、努めて冷静に伝える武田さんの声が残っている。
だが本人によれば、一瞬、言葉を詰まらせた場面があった。
「放送は、なんて無力なのか」 打ち砕かれた自信
道路を走る車に、津波が追い…
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