第2回「海は願いをかかえている」 詩人・金時鐘さんが命をつないだ島

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中野晃
【動画】金時鐘さんが4・3事件で韓国から日本へ逃げる際に潜伏した無人島=中野晃撮影
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 済州島の北方の沖合に浮かぶ小さな島がある。金時鐘(キムシジョン)さん(95)が、昨年の師走に故郷の島を訪れた際、宿泊先の部屋のバルコニーから水平線上に見えた。75年前、故郷を離れる際に数日間、ひとりぼっちで身を潜めた「クァンタル」という無人島だ。

 「私のお父さん、お母さんの思いを抱えてくれた島です」

      ◇

 朝鮮の分断につながる南朝鮮単独選挙反対を掲げ、民衆が武装蜂起した1948年の「済州4・3事件」。島に広がる漢拏(ハルラ)山にこもった蜂起勢力に対し、官憲は容赦ない武力討伐にのり出す。中山間部の集落は焼かれ、住民は乳飲み子まで惨殺された。

 蜂起側に加わり、追われる身となって潜伏を続けた金さんは49年初夏、父が手配した船で済州島からの脱出を試みる。サーチライトが交錯する中、夜闇にまぎれて小さな漁船に乗りこむ際、父が「最後の頼みだ」として言った。

 「たとえ死んでも、わしの目の届くところでだけは死んでくれるな。お母さんも同じ思いだ」

 そう言って父が顔をそむけたのが、今生の別れになった。

 官憲側の船が行き来する中…

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