絶望した僕は見つけた「引退するなら…」 元名人・佐藤天彦の美学
元名人の佐藤天彦九段(36)は美学の棋士である。クラシック音楽への造詣(ぞうけい)は深く、ファッションに特別なこだわりを持ち、自宅リビングではシャンデリアが輝く。ニックネームは「貴族」。きらびやかなイメージがあるけれど、あえて断言したいことがある。彼が最も強い美意識を抱く対象とは、自らが指す将棋なのだと。29日、静岡市で始まった第82期名人戦・A級順位戦最終9回戦の前に、新しい地平を目指した現在地を語ってもらった。
不思議な何かを天に与えられた少年だった。
特別な才能、だけではない。
佐藤天彦は将棋を美しいと思える感性を初めから持っていた。
1993年、福岡市。
23年後に名人となる5歳の保育園児は、通い始めた道場で幼心を震わせていた。
「本当に小さな教室のような場所でした。一対一で教えてくれるんですよ。席主さんは四間飛車党で、銀を上がってから飛車を振るのがとても奇麗だな……と思っていました。なぜ先に飛車ではなく銀なのかな、駒の配置がいいなあって」
道場にいる他の子供たちは単純にゲームとしての将棋に夢中だった。佐藤も同じように魅了されていたが、異なる部分も同時に見つめていた。
「まず、駒に書かれた漢字が…