空襲の記憶、私たちがつなぐ 「なごや平和の日」に東邦高生が決意
「なごや平和の日」の初めての式典が14日、名古屋市で開かれた。制定を働きかけた高校生らが平和を次代につなぐ決意を述べ、空襲の体験者も講演。会場の岡谷鋼機名古屋公会堂に集った人たちは平和への願いを胸に刻んだ。
「式典に参加し、実感が湧いた。自分の中であらためて平和について考えられた」
東邦高校3年の西岡莉々子さん(17)は、平和の日制定までの活動を式典で紹介した後、晴れやかな表情でこう語った。1944年12月13日、前身の東邦商業学校の生徒・教員計20人が軍需工場で勤労動員中に空襲に遭い、亡くなった。生徒たちの活動はこの悲痛な歴史を知ったことをきっかけに始まった。2年の柴崎彩良(さら)さん(16)は「平和へのバトンをつなげました」と感慨深げだった。
西岡さんの母、由美子さん(46)は発表に静かに聴き入った。「私自身、多くの空襲があったことぐらいしか知らず、娘に多くを教わった。緊張もストレスもたくさんあったと思うが、誇らしいです」
■懐中時計が語る無念 思い返…
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