「アナウンサーたちの戦争」 夢の機械を悪魔の拡声器にしない決意を
太平洋戦争中の日本軍は、ナチスのプロパガンダにならい、ラジオによる声の力を利用した。NHKの前身の社団法人日本放送協会とそのアナウンサーは戦意高揚を図り、偽情報で敵を混乱させた。16日から公開の「劇場版 アナウンサーたちの戦争」は、そんな事実をもとに放送と戦争の関わりを描く。
演出を務めたのは、NHKのチーフ・ディレクター・一木正恵さん(54)。これまで、大河ドラマ「いだてん」や朝ドラ「おかえりモネ」などの話題作を手がけてきている。制作にかけた思いや、作品づくりについて話を聞いた。
――「アナウンサーたちの戦争」は昨年8月にNHKスペシャルで放送し、今回、約20分拡大して劇場版になりました。作品に関わった経緯を教えてください。
昨年はテレビ放送開始80年の節目、来年はラジオ放送100年を迎えます。それに向けたプロジェクトが発足し、私は2022年の正月ごろに加わりました。その中で、日本放送協会のアナウンサーが、どこまで戦争に関与していたか、「初めて解き明かす番組を出したい」という話をいただきました。
日本放送協会も新聞同様、大本営発表を流しましたが、当時の記録があまり残っていませんでした。それでも、戦争に加担してしまったことについて、社会にアンサーをしなくてはいけない。「アナウンサーたちは単に原稿を読んでいただけなんだろうか」「どんな思いで言葉を発したのだろうか」と疑問が浮かび、深く検証する必要があると考えて、参加することにしました。
――検証を兼ねるドラマを、NHKスペシャルで作ることについて、どう思いましたか。
当初は、それほど積極的ではありませんでした。NHKスペシャルは、質・量ともに圧倒的な情報で勝負する番組です。その中にドラマを組み込むことが果たして適切かどうか、やや懐疑的だったからです。単に情報をわかりやすく伝えるための再現ドラマであれば、私にはできない。ただ、史実を誠実に描いたうえで、フィクションでしか表現できない人間の感情や心の迷いを描くことができるのであれば、「挑戦したい」と思い、チームに入りました。
――どの段階からチームに加わったのですか。
取材からです。制作統括を務めた新延明さんが、すでに3年ほど、取材をしていて、私も戦時中の放送に関わったアナウンサーのご遺族たちに取材をしました。取材でわかったのは、戦時中の記録があまり残っていない理由の一つでした。
あるアナウンサーは、終戦間際、戦況を伝えたレコードをたたき割り、庭に穴を掘って埋めた。別のアナウンサーは、終戦の日の2、3日前ぐらいに突然、実家に帰って、何にも言わずにただ母の手を握って泣いていた。
アナウンサーたちの声は戦意を高ぶらせ、「一億玉砕」「本土決戦」と駆り立てました。アナウンサーの中には、うそを流して敵軍を混乱させる謀略放送をしたり、インパール作戦に従軍したりする人もいた。だから、自分たちも戦犯になるかもしれないといった思いや、罪の意識があったのでしょう。
彼らの言動の根底にある、「組織のために役に立とう」との思いから、自分たちとは一線を画す人たちの物語ではなかった。私と変わらない人たちだと改めて感じた。そして、間違った声の力の使い方をしてしまった苦悩を、伝えなければと思いました。
戦時中の負の歴史は、本当なら隠してしまいたいことです。でも、この反省をいかしたいし、葛藤も伝えたいと、ご遺族にも伝えたところ、当時のことをよく知ることができました。
幻の東京五輪 スポーツ実況の技が戦争に利用された
――物語の主人公は、開戦ニュースと終戦の玉音放送のどちらにも関わった和田信賢さんです。森田剛さんが演じています。
和田さんは横綱・双葉山の69連勝が止まったその瞬間、実況を務めた人気アナウンサー。1940年には東京五輪が予定され、いよいよ、エースアナウンサーとして彼の時代の幕が開くはずでしたが、戦争によって幻となった。そして、東京五輪に向けて磨かれたスポーツ実況の技が、戦争に利用されていくのです。
でも、彼は放送の戦争利用に…
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