短歌愛でつながる点と点 「俵万智さんAI」と考える創作のこれから

メディア空間考

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メディア空間考 三橋麻子

 文化部の部長代理の辞令を受けた昨年夏。当時の職場、コンテンツ編成本部の若手部員が教えてくれた。「会社のAI開発の部署の人が短歌AIをつくっているんですよ」。文化部にあいさつにいくと、今度は部長がいった。「文化部が誇る朝日歌壇。短歌でDXしたい」。2人に接点はない。短歌に強い思いを抱く人が社内に点在していることを知った。

 「朝日歌壇」の初代選者は石川啄木で100年を超す歴史がある。今も月に何千通もの投稿はがきがくる。短歌担当者はこれを整理して選者に送り、選ばれたものを紙面に掲載する。メールでの投稿は受け付けていない。一方、AI開発者がいる「メディア研究開発センター」は、見出し生成のAI研究などをしており、DXの最先端にある。

 AI開発者と短歌担当。同じ会社にいても、まったく出会うこともない。一緒にプロジェクトができるか考えるため、まずAI開発者の話を聞いた。AIの原型はすでにできていた。文系の私には詳細なモデルはよくわからなかったが、開発者は自分も歌を詠み、驚くほど短歌愛にあふれていた。一方、短歌担当者は、何事もデジタル化が進む今、新聞と短歌の今後に不安を抱いていた。特に若い世代の投稿者が少ないことを気にしていた。もちろん短歌愛は底知れない。

 何であれ「ものすごく好きだ」という思いは足し算を超えた結果を導く可能性がある。目的地は同じだ。今年1月から毎週、会議を重ねた。互いを補える、ということはすぐにわかった。

 短歌AIをつくるうえで最大の課題はどんなデータを学習させるか、だ。読者と一緒に考えることができるAIをつくるにはどうしたらいいのか。ここで別世界の人が一緒に仕事する強みが生き、短歌担当者を介し、俵万智さんに全面的に協力していただけることになった。俵万智さんと俵さんの歌を学習させたAIが対面する。そこから生み出される短歌はウィキペディアをもとに生成するものとは異なるものになるはずだ。俵さん自身がそれを評価する。「万智さんAI」と「ウィキペディアを学習したAI」とも比べてもらう。

 より多くの人に成果を共有してもらうため、いろんな企画が生み出された。動画も組み込んだリッチページ、紙面と朝日新聞デジタルでの連載、ポッドキャスト、歌会イベント。社内のいろんな部署が協力して最高の舞台をつくってくれた。

 俵さんはAIが生成する歌に驚きながらも「AIが名歌をつくる必要はない。壁打ち相手のようなもの」と語った。壁打ちできるのは俵さんにカスタマイズされたからこそだ。朝日歌壇選者の永田和宏さんは「作者とは何か、文学とは何かを深める議論の導火線になる」と述べた。

 ここから何が広がるか。混成チームでは、次の企画も、次の次の企画も浮かぶ。短歌は31文字に思いを込める文学だ。AIがある時代に、人はどう創作と向き合うのか。考える素材を提供していきたい。

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 みつはし・あさこ 朝日新聞文化部部長代理。記者、デスクとして主に事件・裁判取材に携わってきた。前職はコンテンツエディター。ツイッターは@mmmm_asako

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