パワーワードが動かす日本社会 あやしんだ古井由吉さん
高津祐典
あれは古井由吉さんに新刊小説のインタビューを終え、帰り支度をしているときだった。ちょうど又吉直樹さんが芥川賞の受賞後第一作になる「劇場」を発表した直後だったから、何げなく「作品を読まれましたか」と尋ねた。古井さんが又吉さんを応援していることは知っていたので、作品の感想を聞いてみたかった。
返ってきたのは、意外な一言だった。
古井さんは表情を崩して、書き手の又吉さんについて「根気強い人だねえ」と感嘆した。想像もしていない答えだったけれど、何度も何度も書き直しをいとわずに表現していく人というような意味にとらえて、その場を辞した。でも、古井さんのことを思い返すと、少し違った意味もこもっていたのかもしれない。
古井さんと初めて言葉を交わしたのは、10年以上前だったか。ご自宅に電話して、「古井ですが」と名乗られた時に、誰とも似ていない声と口調に驚いた。日本語だから意味はとらえられるのだけれど、語と語、文と文のつながり方がふつうの口語とはまるで違っていた。
例えば夏目漱石の『こころ』…