コロナ禍は将来像映す「試写」 グレン・ワイル氏の警句
政治も経済もごく少数が支配するこの世界は、ラディカル(急進的・根本的)な変革を必要としている――。米マイクロソフト所属の政治経済学者グレン・ワイル氏(35)は、デジタル技術と市場の力を駆使し、自由と民主主義を人々の手に取り戻すためのアイデアを次々に発信してきた。新型コロナウイルスのパンデミックにより、権力の集中は以前にも増して深刻になった。打つ手はどこにあるのか。
――富と権力の集中を脱しようと、「私有財産を廃して共有とし、その利用権をオークションにかける」といった斬新な提案を重ねてきました。パンデミックのさなかに、「ラディカルに市場をデザインする」という思考態度はどこまで有効でしょうか。
「コロナ対策に成功したのは、そうした考え方を世界でもっとも深く実践してきた国や地域でした。その一つは台湾です。マスクを配ったり感染者を追跡したりするアプリ開発などに役立てられ、犠牲者も経済への打撃も最小限に食い止めることができました」
「対策を率いたデジタル担当閣僚の唐鳳(オードリー・タン)氏は、私が創設した団体『ラディカル・エクスチェンジ』の理事を務めています。台湾の例でもっとも大事なのは、参加型のデジタル民主主義を希求する人々のエートス(気風、習性)です。それが、市民社会からボトムアップで生まれた技術への信頼につながり、対策に正統性を与えました」
――ほかの成功例は?
「(電子政府をいち早く確立したことで知られる)エストニアです。台湾や日本と違ってSARS(重症急性呼吸器症候群)の経験がなかったため、ほかの欧州各国と同じようにいったん事態は悪化しました。しかし、台湾にならった対策を次々に共有し、結果的に欧州では最もうまく対応できました」
朝日地球会議にも登壇
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「トランプ氏が問題なのではない」
――感染者や死者が世界最多で、経済の落ち込みも激しい米国は明らかな失敗例です。トランプ政権は何を根本的に誤ったのでしょうか。
「私は、トランプ氏や政権がもっぱら責められるべきだとは思いません。政権に主たる責任があるとすら考えません。多くの過ちは官僚組織、あえてトランプ氏の言葉を借りれば『ディープステート』(影の政府・政府内政府)によってなされたものだからです。彼らは一貫して公衆をミスリードし、政治リーダーたちの意思決定を混乱させました」
「民主党がしばしば称賛するCDC(疾病対策センター)ですが、最初はマスク着用を勧めませんでした。どれだけの規模の検査が必要かも大統領に知らせなかった。検査と感染者追跡、隔離の態勢を拡充しなければ、ロックダウンが何度も必要になってしまうことも明らかにしませんでした」
――とは言っても、パンデミックを軽視するトランプ氏の姿勢はひどいものでしたよ。
「もちろん、トランプ氏も責任を逃れ、問題を政治化し、自らの政治的立場を優位にするためにいつものように分断の種をまきました。しかし米国で私たちが抱える根本的な問題はトランプ大統領という人物ではなく、差異を超えて互いに正直に話し合うことを妨げている深い分断そのものです」
「それゆえCDCの不誠実さが問題なのです。彼らは政治リーダーも公衆も信頼せず、あげくに自らも不信を突きつけられました。どの側も過ちを犯したことを認めて初めて、私たちは次に進めます」
株価は最高値 雇用悪化をよそに
――先進国では以前から低成長(スタグネーション)と格差拡大(インネクオリティー)が同時に進む困難を抱えていました。あなたが「スタグネクオリティー」と呼ぶ問題です。コロナ禍で、これらはさらに露骨になりました。
「作家アーネスト・ヘミングウェーはかつて、破産をこう表現しました。たいていは徐々に、そして突然やってくる、と。グローバル化した資本主義に、まさにいま起きていることです」
「欧米型の政治経済システムに対する、とくに若い世代の信頼はずっと低下し続けてきました。それがコロナ禍により、完全に崩れ去りました。最近の世論調査によれば、米国人の75%は、今の形の資本主義が普通の人々のためになっているとは信じていません」
――米国では何千万もの雇用が消え去った一方、限られたプレーヤーによる市場の独占がいっそう進みました。
「世界恐慌以来の雇用危機が襲う中でも、株価は最高値をつけ続ける。この間、人種や地域の分断をめぐる社会不安が高まり、ときに暴動に発展したことに、なんの不思議もありません。社会システムを根本から考え直さないと、事態は悪くなるばかりです」
「最もありうる対案は、中国…
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