血液中の尿酸値、高いと悪いのか? 進化の光に照らして考える

内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司
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 血液中の尿酸値が高い高尿酸血症は痛風や尿路結石の原因です。さらに、近年では動脈硬化や心血管疾患との関連も指摘されており、尿酸は悪者とされがちです。ですが、尿酸値が高いことは悪いだけだ、と一方的に決めつけるのは早計かもしれません。

 腎臓では尿酸は単に捨てられるのではなく約90%が再吸収されます。尿酸が単なる老廃物や悪い作用しかない有害物質だったなら、わざわざ尿酸を再吸収するのは不思議です。何か尿酸に有益な生理学的作用があるからこそ、尿酸を再吸収させる仕組みが進化したという可能性はないでしょうか。

 よく言われているのが尿酸の抗酸化作用です。「有害な活性酸素が老化の原因であり、活性酸素を中和させるビタミンCやポリフェノールといった抗酸化物質を取りましょう」という話を聞いたことがあると思います。実は尿酸にも、ビタミンCやポリフェノールと同じく抗酸化作用があります。

 多くの哺乳類は尿酸を分解する酵素を持っていますが、霊長類の一部は進化の過程でこの酵素を失いました。ネズミのような短命な哺乳類と違って寿命が長いヒト科動物では、高い尿酸値を保って体内の活性酸素を減らし老化を遅らせることが有益だったという仮説があります。

 興味深いことに、ヒト科動物の中でもゴリラやチンパンジーと比べて寿命が長いヒトがいちばん尿酸値が高いのです。尿酸値が高いと、関節に尿酸が析出して痛風を引き起こすかもしれませんが、全ての個体が痛風になるわけではありません。寿命が長い動物では、たまに痛風になる個体がいたとしても尿酸の抗酸化作用で老化を遅らせることで生存競争において有利になるでしょう。

 ただし、尿酸の抗酸化作用が長寿をもたらすという説は仮説にすぎません。そもそもヒトの集団内においては、尿酸値が高い人ほど長生きというわけではなく、逆に尿酸値が高すぎると短命の傾向があります。ヒトの体内で尿酸が有益な作用をもたらすことは明確には証明されていない一方で、尿酸が血管に炎症を引き起こし動脈硬化の原因になることを示唆する研究もあります。やっぱり高尿酸血症は治療して尿酸値を下げた方がいいのでしょうか。

 別の考え方もできます。高尿酸血症の人には動脈硬化などの酸化ストレスの増加と関連する病気が多いのですが、もしかすると尿酸値が高いのは防御反応であり、高尿酸血症は短命の原因ではなく結果なのかもしれません。もし高尿酸血症が活性酸素から体を守ろうとした結果であるなら、むしろ薬で尿酸値を無理やり下げる方が体に悪いという可能性も否定はできません。

 尿酸の作用は抗酸化以外にもあり、実態はたいへん複雑です。このあたりが日本と海外で高尿酸血症の治療方針が異なる一因でしょう。質の高い臨床試験が行われ、どのような患者さんにどのような薬を使ってどれぐらいの尿酸値を目標にすればいいのか、明らかになることを期待します。

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。