野の花あったか話 苦味・旨味 ゴクンで笑顔に

野の花診療所院長
写真・図版
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徳永進・野の花診療所院長

 病気になっても食べること、飲むことは大切。老いても、終末期となってもそのことは最重要課題の一つ。人間も動物。そこは同じ。

 総合病院ですべきことをして転院した78歳の男性。気管切開を受けていて声は出ず、文字板に書いた。「チョコレートとコーヒー」。さっそく挽(ひ)きたてのコーヒーとチョコを病室へ。香りが漂う。注意深く嚥下(えんげ)され「オ、イ、シ、イ」と口パクで、というか顔パクで、笑顔で。

 味はどこで感じるか。3分の2は舌、3分の1は軟口蓋(なんこうがい)や咽頭(いんとう)(のどの奥)。味をキャッチする味蕾(みらい)細胞の分布を調べた結果らしい。のどごし、という言葉があるが、あそこ(咽頭)でも味蕾細胞は仕事をしている。口唇や歯や頰も関与していると思うが成書には記されていない。甘味と塩味は舌の先、酸味は舌の両横、苦味と旨味(うまみ)は舌の奥で感じるようだ。

 別の78歳の患者さんが紹介された。3カ月前に診断され、病状は急速に進行。胸水貯留、意識障害もあり重症だった。家族も病状を受け止めていた。あれこれ対応してると意識が戻った。戻ったどころか「ビール飲みたい」とおっしゃる。この場面で?と思ったところで看護師が「どんな?」と聞く。「スーパードライ」。用意するとゴクンとのどで飲む。笑顔。苦味はのど奥。

 好きな味は各自違う。おふくろの味、思い出の味、ソウルフード、というのもある。「晩酌に日本酒、いいですか?」と94歳の元社長さん。冷蔵庫に地元の純米酒。「旨い、あーもう一口」、のどが鳴る。何も食べられない末期の女性は「きつねうどんなら少し」と言った。小さなお揚げ、細く刻んだ白ネギ、つるつるのおうどん。最後の汁を吸って「出汁(だし)、おいしいー」。旨味ものど奥。

 のど奥には味覚の門番がいる。

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