オカヤイヅミ「雨がしないこと」の独創性 ニルヴァーナ原則を日常に
中条省平のマンガ時評
フランス文学者で様々な評論活動にも取り組む中条省平さん(学習院大学教授)が、いま注目のマンガを解説します。
昨今のマスコミでは、不倫やセクハラなど性的なスキャンダルの報道が盛んです。その種の記事が注目を集めるのは、性的な事柄が、人間の本質に関わる隠された側面を露(あらわ)にするからでしょう。
しかし、そうした性的な関心が過熱する一方、「草食系男子」といった名称で、恋愛や性に淡泊な若い人々のありかたが話題になったりもしています。
性に関するこの相反する態度は、じつは表裏一体です。性的な関心は、生物本来の生命力の発現であると同時に、仏教でいう煩悩の源であり、その苦しみから逃れたいという欲求を生みます。フロイトは、そうした性的興奮による緊張を除去しようとする心的傾向を、ニルヴァーナ原則と呼びました。もともと東洋の言葉であるニルヴァーナ(涅槃(ねはん))は、私たち日本人にとって、なんだか懐かしい心の境地を表している気もします。
今回ご紹介するオカヤイヅミは、一昨年、手塚治虫文化賞の短編賞を受賞したマンガ家です。その新作『雨がしないこと』の独創性は、日常にニルヴァーナ原則を導きいれるような生き方が美しく造形されていることです。そして、その特異な人生観は、緊張と抑圧の大きい現代社会において、人間の心と体の救済を志向するものだと私は思います。
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