A-stories 8がけ社会と大災害(2)
太平洋に面する北海道東部の釧路市。人口約16万人、漁業が盛んな道東の拠点都市は、遠く離れた能登半島の地震に危機感を募らせていた。
3月中旬、市中心部の道ばたには雪が積もり、日中でさえ気温は1桁台にとどまった。吐く息は白く、屋外に出れば手足が震えた。
こんな冬の夕方、津波避難場所がなく、早期避難率が低いという最悪の場合、日本海溝・千島海溝沿いを震源とする巨大地震による釧路市の犠牲者数は、人口の半数超の約8万4千人に及ぶと予想されている。
道内最多の犠牲者数を見込む市は今年、津波発生時に住民約900人が避難できる「津波避難複合施設」(避難ビル)の整備に取りかかる。今年度当初予算案に関連経費計約2億1590万円を計上し、2026年度中の完成をめざす。
連載「8がけ社会」
高齢化がさらに進む2040年。社会を支える働き手はますます必要になるのに、現役世代は今の8割になる「8がけ社会」がやってきます。そんな未来を先取りする能登半島での地震は、どんな課題や教訓を示しているのでしょうか。4月14日から配信する8本の記事では、8がけ社会と大災害に焦点をあて、災害への備えや復興のあり方を考えます。
だが、避難ビルだけでは命を守れない。
建設予定地の大楽毛(おたのしけ)地区は、海抜5メートルほどの低い土地に住宅が並び、近くに高い建物は少ない。地区の一部は、大津波警報が発令されても、津波到達時間までに徒歩で安全な場所に避難できない「避難困難地域」。揺れの30分後、最大10メートル級の津波が押し寄せ、ほぼ全域が浸水するとされる。
地区内で最も海沿いにある「さつき町内会」が昨年行ったアンケートでは、たとえ避難ビルができたとしても、避難の難しさは変わらないことが浮き彫りになった。
高齢化率52% 弱まる「自助」「共助」
住民248人のうち130人が65歳以上で高齢化率は52%。大津波からの避難時、周囲と助け合えるかを尋ねると、6人が「自分も家族も体調不良。手助けが必要で協力してほしい」、40人が「声を掛け合い、助け合いながら避難できる」、29人は「家族と避難できるが、近隣の人までは無理」と答えた。
現状でさえ避難に課題を抱えるなか、今後さらなる高齢者の高齢化が進めば、避難に必要な「自助」の力が弱まっていくことは確実だ。
「能登地震はひとごとじゃない」
さつき町内会長の亀掛川正一さん(89)は、国内有数の高齢化地域を襲った元日の地震を深刻に受け止めた。「先のことを考える余裕はない。いまできることをしなくてはならない」。どうしたら全員が無事に避難ビルにたどり着けるか。そのための備えに奔走している。
アンケートで明らかになったのは、支援を必要としている人を支えきれなくなりつつある現実だ。それでも「できることをするしかない」中で、情報を落とし込んだ地図を手に近隣を一軒ずつ頭を下げて回り、「協力してもらえないか」と助け合いを頼んでいる。
「公助にも限界がある。発災直後は公助はない前提で物事を考えてほしい」
こう話すのは、釧路市の蝦名大也市長だ。
「机上の空論だった」市長が訴える訳は
なぜ公助の限界を感じたのか…