書き殴った「父親」「責任」 マルチ商法は必要か、親友の決断と後悔

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板倉大地
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 「マルチ商法はもうやめた」

 昨年9月、東京・池袋の焼き肉店で数カ月ぶりに会った親友のシュウ(31)は、淡々と言った。

 6年前にマルチを始めた彼は、300万円以上を費やすも利益は出ず、強引な勧誘を繰り返して多くの友人を失った。私は折に触れて連絡をとり、何度もやめるよう促したが、彼は「やめたら負け」と言い、続けていた。そのシュウがマルチをやめたという。

 驚く私をよそに彼は続けた。「結婚したんだ。先日に娘も生まれた」。父親になったのを機にやめた。私はそう理解したが、彼は否定した。妻や両親、義父母から何度も説得されたが、それでも続けてきたという。

 シュウの気持ちを変えたもの。それは子どもが生まれた翌日、マルチのリーダーに電話で言われた一言だったという。

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日雇い現場の青年に誘われ 抱えた借金100万円

 高校の演劇部で同期だったシュウは、卒業後もアルバイトをしながら、小劇場で役者をしていた。でも、面白いと感じる演目がなく、やりがいを見失っていた。そんな時、日雇い現場で出会った青年に誘われ、マルチを始めた。

 マルチ商法は誰かを会員に勧誘し、企業の商品を購入してもらえれば、購入額の数%が紹介者に入るとうたうもの。消費者庁によると、実際は販売成果を上げられず、借金が残って被害者となるだけでなく、周囲を勧誘することで加害者にもなり得る。

 シュウは何十人と声をかけたが、会員になる人はほとんどいなかった。実家で暮らしながら商品を購入し続け、100万円の借金を抱えた。

 それでも、毎週ミーティングをしながら仲間と勧誘に励むことがやりがいになっていた。

5歳上の彼女も勧誘 告げられた妊娠 

 マルチを始めて1年後、マッチングアプリで5歳年上の女性と知り合った。同じ劇団が好きだとわかって意気投合し、交際が始まった。

 その彼女も勧誘した。仲間のセミナーに連れて行った。だが、「怪しいからやめようよ」と言われた。「俺は続ける」と答えた。いつか成功すると信じていた。

 彼女からは「結婚したい」と言われていた。彼女のことは好きだったが、結婚式の費用や2人で暮らす家の賃料など今後の出費を考えると、うなずけなかった。

 交際して5年目の昨年1月。バイトからの帰り道で、スマートフォンが鳴った。彼女からだった。「妊娠したっぽい」。動揺した。「また今度話そう」とだけ言い、電話を切った。

 相談したのは、マルチのリーダーの男性だった。マルチを続けるべきかどうか。「ここで逃げたらこの先、他のことからも逃げてしまう」と言われた。また、続けることにした。

 それから6カ月間。妊娠の話題を避けて過ごした。彼女のおなかは、どんどん大きくなっていった。

迷った末の結婚 お茶代も出せぬ経済状況

 このまま結婚せず、お互い幸せになれるだろうか。迷った末に昨年7月、「結婚しよう」と言った。彼女は「一緒に頑張ろう」と笑顔を見せてくれた。

 ただ、経済状況は厳しかった。マルチの勧誘に必要なお茶代や交通費すら捻出できない。出産後、妻はこれまでと同じように仕事するのは難しくなる。2人で相談し、どちらかの実家に居候させてもらうことにした。

 両親は妻の妊娠を喜んでくれた。だが、マルチによる借金の話をすると表情が一変した。母親に「何をしているの。やめなさい」と怒られ、同居は断られた。

 妻の実家に行くしかなかった。4人で暮らし始め、快く受け入れてくれたと思っていた数日後。9月上旬、義母から「ミーティングをしよう」と言われた。マルチについてだった。

書かされた「父親」と「責任」 そして長女が誕生

 義母は、毎月シュウがマルチ…

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この記事を書いた人
板倉大地
東京社会部|警察庁担当
専門・関心分野
事件、事故、警察行政