あの震災後、自分は歌に救われた ソプラノ歌手・コロンえりかの思い

有料記事阪神・淡路大震災

田部愛
[PR]

 言葉をなくしたあの時、音楽が自分を救ってくれた――。ソプラノ歌手のコロンえりかは、舞台に立ちながら、音楽を通じた教育活動にも取り組んでいる。阪神・淡路大震災の経験と、戦争の傷痕との出会いが、自分の「柱」になってきた。

 ベネズエラで生まれ、10歳で家族で来日。父はベルギー人の作曲家。母は日本人の声楽家だ。

 近年は日本を拠点にオペラやコンサートに出演しつつ、2020年から「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の芸術監督を務める。障害がある子もない子も共に声や手話でパフォーマンスする合唱団だ。

 音楽と歩もうと決めたのは中学3年生のとき。1995年1月17日、阪神・淡路大震災で被災したことがきっかけだった。

 神戸市灘区の自宅は全壊。一瞬のうちに多くの人が亡くなり、街も日常も消えた。受け止めきれず、自分の気持ちを言語化できなかった。

 しかし、母が指導していたコ…

この記事は有料記事です。残り789文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【初トクキャンペーン】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら

1.17 再現/阪神・淡路大震災

1.17 再現/阪神・淡路大震災

あの日、何が起こったのか。阪神・淡路大震災を映像や音声でお伝えします。[もっと見る]