令和ロマン・高比良くるまさん「ハイリスク・ローリターン」の勝負
8540分の1、確率約0.01%とは気が遠くなる。今やM―1は富士山になった。頂が高いほど、裾野は広い。
12月22日、いよいよ決勝を迎えるM―1グランプリ。史上初の2連覇を狙う「令和ロマン」はなぜ強くなれたのか。なぜまた最難関の勝負に挑むのか。高比良くるまさんに理由を聞きました。
「優勝は、令和ロマン!」。ステージで呼ばれ花吹雪を浴びた時、無名コンビだった。昨冬、漫才の頂上決戦M―1グランプリ、史上最速の芸歴5年で頂点に立った。
この年のエントリー数は8540組。参加規模では、約7千頭の頂点を決める日本ダービーを上回る。国民的行事としてテレビ中継や配信、SNSで拡散され、一夜で名声と賞金1千万円を手にした。
世界を変える人
その後も、ABCお笑いグランプリ優勝と上へ上へ。ボケの高比良くるまさん(30)は漫才の本を出版し、Forbes JAPANの「世界を変える30歳未満」の30人に選ばれた。
チェンジメーカー。M―1に人生を変えられた男は、未来を変えられるか。
たしかに、今までのM―1王者のようにテレビにむやみに露出しない。これから何を? えたいの知れぬことをおっぱじめそうな、不敵な目をしている。
勝負のあの日、何が
あの決勝もそう。ラスベガスみたいにギラつくM―1のステージに、異様なほどさっそうと現れた。サンパチマイクを前に4分、場を支配した。うまいより強い。大舞台に負けなかった。
これは事件だ。勝負も人生も決まる4分、普通なら息がつまる。目がくらむ。スポットライトよりまばゆい王者の称号と賞金に。
この日までに消えた八千(やち)の敗者の気渦巻く山頂の酸素は薄い。番狂わせも起きる。うまい漫才が勝つとは限らない。才能、努力、それだけでは勝てない。
予測不能なレース、何が勝敗を分ける? 「あの日、僕は負けが確定してました。取り返しのつかない負けが」
消えた100万円
それは、決勝の3時間前に起きた。12月24日のクリスマスイブ、もう一つのグランプリに挑んでいたという。
中山競馬場(千葉)の芝右2500メートル。GⅠ・有馬記念だ。
1頭に賭けていた。1枠1番、ソールオリエンスに、100万円。
レースが始まった。異変が起きたのは最終コーナーから。馬体が視界から消える。
「馬群に包まれて、ファーッと見えなくなった。ああ! 俺の馬、俺の100万が……」
「消えたんです。ファーッと。大敗。あの瞬間、M―1に出る緊張も飛んだ」。100万円と一緒に。
トップバッターの重圧
悪夢は続く。M―1のネタ順を決めるくじ引きで、引き当てた。賞レースで最も不利とされるトップバッターを。
ソールオリエンスと同じ1番手、どうする? 「行こう」。動揺なし。
「僕はもう負けている」。失うものはない。GⅠに負け、M―1で勝つ。聖夜の奇跡へ。腹が据わった。
何事も戦略的に考えて動くのがくるま流。どうすれば勝てるか、スペックが足りなくても、持ち札だけでどう戦うか。誰よりも早くお笑いの頂上決戦を制した若きチャンピオンの頭の中を深掘りしていきます。
「持ってない」から強い
――漫才で1千万円ゲットした日、競馬で100万円すっていたとは。あえて?
効果ありましたね。大会前って考えすぎてオーバーになるから、シンプルになりたくて。
俺の馬と100万円が消えた時、気付いた。「ああ、そうか。やるべきことをやろう」と。顔つきまで変わりました。目がキリッと冷静になって。
最近、あの賞金の使い道がやっと決まって。賞金も貯金も全部使って3千万円動かすプロジェクトです。
100万円の次は3千万円のギャンブル。もう動き出してます。僕は全部失う。
――⁉ いいんですか…