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中原誠(なかはら・まこと) 1947年9月2日生まれ。宮城県塩釜市出身。故・高柳敏夫名誉九段門下。 65年にプロ四段。72年の第31期名人戦で、13連覇中の大山康晴名人に挑戦。4勝3敗で初めて名人を獲得した。以後、9連覇を達成(5連覇で十六世名人の永世称号資格を獲得)。その後も五冠王になるなど棋界のトップに君臨。「棋界の太陽」と称され、大山の後継者として「中原時代」を築いた。 居飛車党の本格派で、自然な指し手で相手の得意戦法を堂々と受けて立つ棋風は「自然流」と呼ばれた。加藤一二三、米長邦雄、内藤國雄らと名勝負を繰り広げ、タイトル獲得数は歴代3位の計64期(名人15期、十段11期、王位8期、王座6期、棋王1期、王将7期、棋聖16期)。十六世名人、永世十段、永世王位、名誉王座、永世棋聖の永世・名誉称号をもつ。79年の名人戦で米長を相手に指した「▲5七銀」は昭和将棋史に残る妙手と言われている。 2000年、名人在位を含めて連続29期在籍したA級から陥落。B級1組で2期指した後、フリークラスに転出した。03~05年に日本将棋連盟会長を務め、09年、現役引退。生涯成績は1308勝782敗。
ル保持者と対局できたことはよかった」。特別対局室での記憶を問うと、初の名人挑戦を決めた1983年のA級順位戦プレーオフの中原誠十段(当時)戦、大山康晴十五世名人との最後の対局となった92年のA級順位戦… …[続きを読む]
2024年11月24日5時0分PR注目情報
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